魔法少女まどか☆マギカ [別編]~再臨の物語~(第3部) 作:マンボウ次郎
「美樹……さやか……」
ほむらの目にも映る、その少女の姿。
両手に武器を持つそのシルエット、マントをなびかせるそのフォルム、背格好も何もかもが、美樹さやかそのものだった。
「さやか……さやかなのか?」
杏子はこれまでの殺気を脱ぎ捨て、動揺していた。
いま目の前にいるのは、世界改変の後に円環の理によって消滅した美樹さやかの影。
もう二度と会うことが叶わぬはずだった、仲間の姿。
「どうして、こんなところに……」
「ああ、あなたの知ってる子だったんだね」
両手をダラリと垂らした影のさやかの向こうで、あかねが言った。
相変わらず冷たい視線のまま、しかし、どこかうすら笑みを浮かべたような口元で。
(残酷すぎる。とても人の考えることと思えない)
ほむらは立ちあがり、凄惨な想いであかねを見た。
この白い悪魔は、ためらいもなくゆう子を殺し、何百人もの魔法少女の魂を弄んでいる。
(でも螺良あかねは、まだソウルジェムを捨てていない。だから、魔獣になどなっていない)
そういえば、あかねは言っていた。
自分は『まだ魔法少女だ』と。
そして、あかねはテレパシーを使っていた。
やはり、『まだ魔法少女』なのだ。
「(でも、あの所業……)心はすでに、獣」
さやかは無言で剣を構えると、凄まじい速さで杏子に突っ込んだ。
双剣を躍らせ、杏子に斬りかかる。
刃を当て引くような斬撃は、明らかに杏子を殺す攻撃だった。
あれで斬られればひとたまりもない。
杏子は防戦一方で、さやかの攻撃を槍で受けるだけだった。
「さやか、どうしちまったんだよ!」
戦意は喪失し、心は乱れている。
それもそのはず。
杏子とさやかは、心許せる仲だった。
ふたりの間には、強い絆があった。
かつて、錆び付いた心で彷徨っていた杏子に、帰る場所を教えてくれた。
崩れてしまいそうな毎日でも、笑って見つめ合えた。
いつだって変わらない思いを残せたのは、美樹さやかがいたから。
だから杏子は、さやかに刃を向けることはできなかった。
「さやか、やめてくれよ、さやか!」
杏子は、繰り返される斬撃を必死で受けるだけだった。
ただ呼び続けることしかできなくなっていた。
ふたりの強さは、どちらかといえば杏子のほうが上だった。
魔法少女としての経験とセンス、場数も段違いに杏子が上。
何よりもさやかは、攻撃能力よりも治癒能力に長けた魔法少女で、杏子のように幻惑魔法と槍を一体化させた攻撃型の魔法少女ではない。
それでも、さやかの攻撃は杏子を圧倒していた。
杏子は防戦一方なうえに、心は乱れ、さやかを傷付けることはできない。
もしソウルジェムに攻撃を当ててしまえば、殺してしまうことになる。
ふたりの壮絶な攻防に、他の影の少女たちは割り込む隙もなかった。
激しい剣戟の衝突で、小さな火花が飛び散る。
槍の柄にギリギリという音を乗せながら双剣を受け止めた時、ふたりの目が合った……ような気がした。
「さやか……泣いて、いるのか?」
影の顔には、涙がつたっていた。
「そうだよな、せっかくの再会が、こんなんじゃ……な」
杏子は目を伏せ、口元を歪めた。
「さやか、お前……あのとき言ってたよな。あたし達の力は、人を幸せにできるって」
影の少女は答えないが、杏子は言葉を繋げる。
「そうさ。それを信じて、魔法少女になったんだもんな。アンタも……あたしも」
杏子は渾身の力を込めて、さやかの身体ごと双剣を押し返した。
影のさやかは空中でクルクルと回転してから着地する。
そうして、ふたりの間には距離が取られた。
「だから、あたしは今でも信じてるんだ。それが、不確かな未来でも……さ」
杏子はゆっくりと腕を下ろし、身体の力を抜くと、足元に槍を落とした。
無造作に、無防備に。
そこへさやかが突進してきた。
正面に双剣を交差させ、一瞬で間合いを詰める。
「なあ……目ぇ覚ましなよ、さやか」
杏子は無抵抗のままだった。
そこに、真っ黒な剣が水平にクロスし、首の付け根にふたつの刃が交差する。
――アンタの帰る場所は、ここじゃない
その言葉に、さやかはピタリと動きを止めた。
影のサーベルは、首の表皮に一文字の赤い線を描いて止まった。
交差した双剣は、杏子の首を刎ねることなく、皮1枚に薄い傷をつけただけだった。
そのまま、さやかは動かずにいた。
首の両側をサーベルで挟まれたまま、杏子も動かずにいた。
まるで、時が止まっているように。
薄く斬られた杏子の首筋に、赤い血がゆっくりと流れた。
「あたし達の場所に帰ろう、さやか」
そのひと言で、さやかは両手に持つサーベルを下ろした。
杏子の声が届いたのか、記憶を呼び戻したのか、もう殺意は感じられない。
表情(かお)もない影の顔が、なんとなく笑っているようにも見えた。
その時だった。
「……何?」
ほむらは足元に違和感を覚えた。
杏子とさやかの攻防の中、自分の足元を見ている暇はなかったのだが、ふと何かが動いているような、息吹いているような、生命の鼓動を感じて視線を落とした。
そこにはソウルジェムを砕かれ、天生目ゆう子が息絶えている。
赤紫色の燕尾服に包まれ、眠るように横たわるゆう子の身体ではなく、その周り。
「こ、これは?」
小さな何かが、動いた。
それは緑色の葉を出し、今まさに芽吹いたところだった。
「植物? これは……樹木の芽?」
砕けたソウルジェムの破片のひとつひとつから、緑色の芽を出し、葉を広げ、苗木のように樹木の芽が伸びていた。
そのエネルギーというか、魔力の波動というか、大気に満ちていく生命の鼓動を感じて、杏子も影の少女たちもが一斉に目を向けた。
「な、なんだ? このとんでもない魔力は!?」
少し離れた杏子には、ほむらの足元に芽吹く『何か』は見えていない。
ただ、そこから発せられるとてつもない魔力の波動が、魔法少女の第六感を揺さぶった。
「ほむら、お前一体何を?」
「いいえ、私ではないわ。これは……無花果の樹?」
深く5裂して裂片の先端が丸みを帯びた葉。
若葉色のような、薄い褐色のような枝。
それらはゆう子の亡骸を持ち上げながら物凄い早さで伸びていき、ねじれ交わるように絡み合い、ひとつの大きな樹木へと姿を成した。
いくつもの根がしっかりと地を這い、太い幹は力強く、大きな枝にはたくさんの葉が茂っている。
突如現れた巨木を前に、誰もが言葉を失っていた。
あかねは、目の前で起こったことが自分と関わりのないことだとわかっていたが、冷たい視線を向けているだけだった。
見上げるほどの大樹の出現で、涅槃の空間は殺伐とした戦いの空気から不思議な雰囲気に包まれた。
神妙で、奇怪で、異様な感じ。
「これは、あの時と同じ……?」
その光景は、あのとき六千石町で起こったグリーフシードの転生と酷似していた。
ゆう子のソウルジェムが、再び生まれ変わろうとしているのか。
続く