魔法少女まどか☆マギカ [別編]~再臨の物語~(第3部) 作:マンボウ次郎
無花果の大樹が後光に包まれると、影の少女たちに異変が起きた。
ほむらと杏子に向かっていった者、それを傍観していた者、そして影のさやかも、皆が突然動きを止めた。
「何が起こったんだ?」
その様子に、杏子も一旦槍を収める。
「あ、ソウルジェムが……!」
影の少女たちの体内にあるジェムが、肉体から引き剥がれるように吸い出された。
ジェムを失った少女たちは音もなく塵のように消えていき、数百ものカラフルなソウルジェムが、すべて無花果の大樹に集められた。
魔法少女たちの魂の宝珠、それは命の結晶。
その結晶が、無花果の枝という枝に満ちていく。
小さな結晶は徐々に膨れ上がり、やがて豊かな無花果の実として実っていった。
あっという間に成熟した実は濃い紫色になり、大きさは1メートルほどに育っていた。
「魂の浄化……もしかして……」
ほむらは、無花果の実に宿る魔力を感じて気付いた。
数百の果実ひとつひとつから発せられるこの魔力は、もしや……
「ほむらさん!」
大樹の中心から、ゆう子が叫んだ。
視線の先に螺良あかねを見つめ、最後の刻に向けて始まりの合図を送るように。
「みんなの力、ほむらさんに託します。あの人を、救ってあげてください」
みんなの力を託す。
あの人を救う。
ほむらは黙って頷いた。
だたその言葉だけで、ほむらは理解した。
そして、あかねも気付いていた。
これから起こることと、その結末を。
熟した無花果の実が、メリメリと音をたててひび割れる。
裂け目からは赤紫色の果実が見え始め、その中には、人の姿。
様々なカラーに身を包んだ、少女の姿。
美しく輝くソウルジェムを身に付けた魔法少女の姿が、ひとり、またひとりと、無花果の根元に降り立った。
胸元に緑色のジェムを付けた少女。
額に黄色のジェムを付けた少女。
空色のネックレスにジェムをはめた少女。
そして
青色に「C」を象ったジェムを付けた、美樹さやかも。
「さやか!」
青色のカラーを基調とした服装に、ブルーの髪の毛。
影ではない、本物の美樹さやかの姿を見た杏子が、パァっと明るい表情を見せた。
さやかはちょっとだけ片目をつむる仕草をしてから、他の少女たちと一緒にあかねを見据えると、魔力を纏った。
他の魔法少女たちもまた、一斉に魔力の光を身体に帯び、辺りは魔法の力に満ちていった。
それはまるで、光のカーテンかオーロラのように涅槃の空間を明るく染める。
様々な色の魔力の光は、すべての色が相まって眩い白色に発光していた。
あかねが無理やり蘇らせた影の少女たちは、魂の浄化を受け、真の魔法少女としてあかねに相対した。
「どうやら、あなたの思惑とは違ったようね」
そう言ったのは、時の魔法少女、暁美ほむら。
ほむらの横には、幻惑の魔法少女、佐倉杏子。
ふたりの後ろには、顔も名前も知らない数百人の魔法少女と、ひと際大きく魔力を帯びた美樹さやか。
さらに後ろには、無花果の大樹からすべてを見下ろす、天生目ゆう子と涼子の姿。
そして、涅槃の空に浮かぶ星々もまた、自分たちの光を放っている。
すべての光は、ほむらに力を託している。
すべての魔力が、ほむらに集まっている。
一体、どれだけの魔力がほむらに集まっているのか。
世界も、星も、宇宙でさえも打ち消してしまうのではないかと思えるほどの力が今、ほむらの双肩にかかった。
ほむらは真っすぐに立ったまま静かに腕を持ち上げると、そこに漆黒の弓を出現させた。
「あなたの復讐は、あなただけのもの。あなた以外に誰も望んではいなかった」
「そうみたいだね」
暗い夜空を背景に、翼を片方だけ広げた白い悪魔、螺良あかねはそこに立っているだけだった。
相変わらず冷たい視線を向けてはいたが、殺気もなく、何をしようともせず、ただそこに立っているだけだった。
ほむらは右手に、淡くピンク色に発光する矢を取り出した。
これが最終局面、すべての魔力を滅する、終局の弓矢。
「あなたは最後に間違えてしまった。魔法少女は皆、生命を燃やして生きていた。安息の地に導かれても、希望の光を捨てていなかった。みんな、誰かの幸せを願っていた。それを……」
言いながら、ゆっくりと矢を番える。
「終わらせることは、誰にもできない」
ほむらの魔力、杏子の魔力、さやかの魔力、魔法少女たちの魔力。
すべてが終局の弓矢に集まり、ピンク色に発光する矢は大きな光の矢となった。
今までほむらが放ってきた魔力の数十倍、数百倍、いやもっと壮大で強大な魔力の矢。
矢と呼ぶにはあまりに大きく、抱えきれないほどの光に溢れる巨大な大十字。
神々しい光がほむらの瞳に映った。
「あの子の祈りに感謝しなさい。きっとあなたにも、その意味がわかる日がくるわ」
それを聞いたあかねは何も言わず、フッと笑ったように見えた。
ほむらは光の矢を放つ。
漆黒の弓を離れた矢は、真っすぐにあかねに向かった。
巨大な大十字となった矢は、彗星のような尾を引いて一直線に飛び、あかねの身体の中心を捉える。
あかねは避けようとも防ごうともせず、ただその矢を見つめていた。
薄く開けた冷たい瞳に、矢の光が激しく映り込む。
「――――」
そんな刹那、ほんの一瞬、あかねの口から漏れた言葉が、ほむらだけに微かに聞こえていた。
光の矢があかねの身体を貫く。
すべての魔法少女たちの魔力を乗せ、すべての魔力を打ち消す終局の矢は、誰よりも強大な魔力を持つあかねの肉体を一瞬で飲み込んだ。
矢の軌道に巻かれて、あかねの白い身体は形を失う。
そして矢の本体、先端の矢尻の部分があかねのソウルジェムを砕こうとした、その時
終局の矢はパーンという音と共に、光の粒となって飛び散った。
あまりに大きな魔力の飛散で辺りは真っ白になり、その場の全員が何も見えなくなってしまった。
やがて視界が開けると、そこには小さなソウルジェムを両手に抱えた少女がいた。
「ほむらちゃん、待って」
「……!!」
白いドレスを着て、淡い羽根を広げ、ピンク色の長い髪を結い、優しくソウルジェムを抱える少女。
それは円環の理という概念でもない、絶望の魔女という禍々しいものでもない、世界改変の後に女神となった、鹿目まどかの姿があった。
「まどか!」
涅槃の空間は、時が止まっているように静かだった。
その姿を目に映した瞬間、ほむらの瞳から大粒の涙が溢れた。
それは止めどなく流れ、頬を伝い、恥ずかしげもなく泣いた。
杏子もさやかも、他の魔法少女たちも、皆がひとつ違う次元にいるかのように霞んでいる。
「また会えたね、ほむらちゃん」
「ええ。あなたの言ったとおり、また……会えたわね」
涙に濡れ、震える声で、ほむらは答える。
まどかが微笑むと、ほむらも微笑んだ。
まどかは優しい笑顔で、ほむらは涙でくちゃくちゃになった笑顔で、お互いを見つめ合った。
「ほむらちゃん、この子も魔法少女なんだよ。誰よりも苦しんで、誰よりも悲しい想いをして、それでも一生懸命に生きてきた、魔法少女なんだよ」
あかねのソウルジェムを、そっと抱えながらまどかは言った。
真っ白なジェムはひび割れたまま、持ち主を失っている。
「だから、もう許してあげてくれないかな」
「許す?」
「うん。この子の身体は、終局の矢でその存在を失くしてしまった。だからもう2度と、この世に戻ることはできないの。でも、魂は生き続けることができる。ソウルジェムさえあれば」
魂は生き続けることができる……それはつまり、涅槃を照らす光として……ということだろう。
鹿目まどかの、円環の理の導きによってあかねの魂を救済し、安息の地で安らかに、ということだろう。
しかし、ほむらは首を振った。
「まどか、それは……できない」
続く