魔法少女まどか☆マギカ [別編]~再臨の物語~(第3部)   作:マンボウ次郎

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魔法少女まどか☆マギカ 別編~再臨の物語~(第3部2話)

「天生目涼子はあなたのお姉さんよ」

 

「え!?」

 

うっすらと聞き覚えのある名前を耳にし、その記憶の糸を手繰る前に告げられた真実。

肉親の存在を忘れる者はいない。

その名前を聞いて想いを巡らせない者はいない。

しかしゆう子の記憶に眠る実姉の名は朧にかすみ、暗闇の中の影のように、その存在は浮かび上がることがなかった。

 

ただ微かに、温かい誰かが胸の中にいるような、そんな気がした。

 

「あなたにはお姉さんがいたのよ。それも、つい最近までね。歳は2つ3つくらい上かしら。そして彼女は魔法少女だった」

 

ほむらが看取った海辺の少女。

グリーフシードの手に入らない世界になっても魔法の力を人助けに使い、自らの魔力を使い果たして円環の理に導かれた魔法少女。

 

「あなたの持つソウルジェムは、天生目涼子の遺したグリーフシードよ。つまりそれは、お姉さんの形見というわけ」

 

「天生目、涼子……私のお姉さんが、魔法少女……だった」

 

視線を手元に落とし、ゆっくりと呟いた。

それから左耳にあるイヤリング型のソウルジェムを優しく撫でる。

 

「どんな、女性(ひと)だったんですか」

 

「とても強くて、優しい人ね。最期にあなたの名前を口にしていたわ。だからあなたを見つけてソウルジェムを託すことができたのだけれど」

 

自分では憶えていない肉親についての記憶を、他人から聞かされるのは不思議な感覚かもしれない。

それはとても切なく、残酷な運命の螺旋だった。

ほむらの回想の一部始終を聞いたゆう子はしばらく黙ってから

 

「立派な魔法少女、だったんですね。なんか、変な感じです。私の知らないお姉さんがいて、その人は魔法少女で、私がソウルジェムをもらっている……」

 

ひとり言のように自分に言い聞かせた。

 

「ありがとうございます、教えてもらえて良かったです。自分の中にあるもうひとりの感覚がわかったような気がします」

 

「もうひとりの感覚? お姉さんの意識が残っているの?」

 

「はい、そうだと思います。一度だけ、私が私でなくなるような感覚があったんです。ブリキの兵隊人形と戦っている時に、自分の感覚が薄れていくような、そんな感じがしたことがあって。あれはきっとお姉さんの意識だったのかもしれません」

 

ゆう子の持つソウルジェムに、もうひとつの意識が宿る。

すでに円環の理によって救済され、この世に存在しないはずの天生目涼子の魂が、僅かに意思を留めているのか。

いずれにしても、普通ではあり得ないことだとキュゥべえは言うが、それはゆう子本人にしか感じることのできない現実だった。

 

「私のお姉さんの意思が、何を残してくれたのか……自分で探してみたいと思います。もし見つけることができれば……お、お姉さんのことを、思い出すかも……しれませんよね」

 

「……そうね」

 

強がる声も掠れながら気丈に振る舞うゆう子を見て、ほむらはただひと言だけ頷いた。

 

「ほむらさん、ありがとう。姉の分もお礼を言わせてくださいね。杏子ちゃん、行こう! 杏子ちゃんがみんなの目になるなら、私は杏子ちゃんの翼になるよ」

 

「はぁ? そりゃどういう意味だよ」

 

ゆう子はすぐに立ち上がると杏子の左手を握り、目を閉じた。

 

「ちょっ……」

 

そのまま、何か言いかけた杏子の言葉を残してふたりはほむらの部屋から姿を消した。

 

瞬間移動でどこかへ転送されたふたりを見送ると、キュゥべえは

 

「答えは自分で見つけるつもりだね。天生目ゆう子はグリーフシードの転生から生まれた魔法少女の複合種、いわばハイブリッドだ。普通の魔法少女と違って、ふたり分の因果を背負っていることになる。未だ目覚めていない表の力は、僕らの想像を超える異質な能力の可能性があるね」

 

と、ほむらを見て言った。そして

 

「起死回生の能力とはいかなくても、もしかしたらこの状況を変える何かが起こるんじゃないかな」

 

とも言った。

 

「そうでなければ何も始まらないわ」

 

ほむらの返事は、どこか含みのある言い方だった。

 

 

「なるほどな。翼になる、ね」

 

瞬間移動でほむらの部屋を出たふたりは、夕暮れの中を歩き出した。

 

「その移動能力は、意外と使えるかもしれないな」

 

杏子は頭の後ろで手を組みながら、紅く染まる空を眺めながら言った。

 

「でも、あんまり魔力を使いすぎるんじゃねえぞ? お前はまだ半人前の魔法少女なんだし、あたしみたいに魔法が使えなくなっちまったら……って」

 

横目でゆう子を見ると、その瞳には今にもこぼれ落ちそうな涙の雫でいっぱいだった。

杏子は驚いて立ち止まり、わけを尋ねた。

 

「ごめんね、杏子ちゃん。私にお姉さんがいたなんて、ぜんぜん知らなかった。私、忘れちゃってるの? 名前を聞いても顔も思い出せないし、お父さんやお母さんも何も言ってない。みんな、みんな忘れちゃってるの?」

 

「……ああ。ゆう子のお姉さんは、魔法少女として消滅しちまったんだ。だから人間の記憶には残らない。姿を憶えているのは、最期に居合わせたほむらだけってことになるかな」

 

「生まれた時から一緒に過ごしてきた家族を忘れちゃうなんて、信じられなくて……」

 

そうでなければ、人ひとりが突然消えてしまった事実は世の中で説明がつかない。

記憶の改変が起こるのは魔法の摂理であり、この不条理も魔法少女の悲しい運命(さだめ)と言える。

 

「でもさ、お姉さんは死んじまったわけじゃないんだぜ。円環の理に導かれて、憎しみも悲しみもない世界からゆう子のことを見守っているんじゃないかな。それに……」

 

杏子はひと呼吸置いて

 

「ソウルジェムの中には、お姉さんの意思が残っているんだろ?」

 

「……うん」

 

「家族ってのは、いつもどこかで心が繋がってるんだ。あたしも両親と妹を亡くしちまったけど、今でも心の中で生きてる気がするよ。それに、マミだってな」

 

杏子の言葉は、常に実直で真っすぐだった。

 

「そのソウルジェムが、お姉さんが生きていた証さ。天生目涼子が自分の住んでいた街を守り通していたように、天生目ゆう子もまた、守りたいものを最後まで守り通せばいい」

 

「……ありがとう、杏子ちゃん」

 

人は悲しみを忘れて生きることはできないが、それを乗り越えて前へ進むことはできる。

ふたりは陽の落ちた見滝原の街を、並んで歩き出した。

 

 

続く


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