魔法少女まどか☆マギカ [別編]~再臨の物語~(第3部)   作:マンボウ次郎

20 / 22
魔法少女まどか☆マギカ 別編~再臨の物語~(第3部20話)

「まどか……あなたが終局の願いを告げて、この世を去ったのはどれくらい前だったかしらね」

 

ほむらの憶えている時間で、半年前?

 

「だいたい、半年ってところかしら」

 

自分で、そう答えた。

 

「どうしたんだよ、ほむら。早くやりなよ」

 

後ろで杏子が急かしている。

ほむらがやろうとしているのは、グリーフシードの転生を応用したまどかの再臨。

持ち主の消えたソウルジェムは、空っぽの魂の器。

そこにまどかの魂を宿し、再び魔法少女としてこの世に戻す……というのが、元々のほむらの狙いだった。

 

ヒビ割れた螺良あかねのソウルジェムは、まだグリーフシードに成っていない。

魂の器という意味では同じなので、それはどちらでも構わないのだが、

 

「いいえ、何でもないわ。さあ、そのソウルジェムを私に」

 

と言って、まどかから白いソウルジェムを受け取った。

ジェムはヒビ割れ、その中からは漆黒が覗いて見える。

 

ほむらはそれを受け取ると

 

「ありがとう」

 

と小さく呟いた。

そして

 

「これで私が辿ってきた永遠の物語は、終わりを迎えるわ」

 

と言うと、白いジェムを指輪の形に変え、自分の右手中指にはめた。

 

「え?」

 

あの時、杏子も見ていたグリーフシードの転生とは、何かが違う。

グリーフシードに時間遡行の魔法をあて、時を遡り、魂を移し替えるのでは

 

「そうじゃないのか? ほむら……お前、一体何を?」

 

「杏子、あなたはいつも強いわね。どんな逆境も諦めず、道を切り開く。あなたはやっぱり、誰よりも魔法少女に相応しい」

 

ほむらは何かを思うような目で、杏子を見ていた。

今までにないほど穏やな眼差しで、優しく言葉をかけた。

 

「どうしたんだよ、らしくないじゃん」

 

杏子は少しはにかんだように表情を緩めて答えた。

 

「美樹さやか」

 

ほむらは振り返って、今度はさやかを見た。

 

「あなたの言葉がまどかに届いた。思い込みが激しくて不器用だけれど、行動力と勇気があるあなたは、彼女にとって必要な人」

 

「な、なによ転校生。そんなお別れみたいな言葉……」

 

確かにほむらの言葉は、まるで別れの挨拶のような、最後の言葉のような、そんなふうに聞こえた。

 

「まどか」

 

そしてほむらは再びまどかに向いた。

一歩、また一歩、足を進ませて近づき、そのまま両手を広げて、まどかに抱きついた。

その手に、力いっぱい抱きしめた。

 

「ほむらちゃん?」

 

もう、涙はなかった。

記憶が映すまどかのまぼろしを抱きながら、その温もりを身体で感じながら、ほむらは魔力を開放した。

 

八咫の盾に魔法の力が伝わり、内部の歯車が回転する。

キーンという小さな音を立てて、歯車の回転が速度を上げる。

空間がゆがみ、時空に歪(ひずみ)が起こった。

 

「大丈夫よ、まどか。あなたが心配することは何もない」

 

ほむらの時間遡行魔法の発動。

ある一点に集中して時を遡る、天生目ゆう子を魔法少女にしたグリーフシードの転生と同じ要領。

 

「あなたの受け止めた呪いは、もうどこへも行かない」

 

しかし、いま時空を超えているのはグリーフシードでもない、ソウルジェムでもない。

ほむらの魔力は、まどかを包んでいた。

 

「すべての呪いは、私ひとりで引き受ける」

 

ほむらは両手でまどか手を握った。

ふたりの間で、胸と胸の前で、優しく指を絡ませた。

 

「ほむらちゃん、何を……?」

 

ほむらの左手の甲にあるソウルジェムが、みるみる黒ずんでいった。

これは、時の魔法を使うことによって穢れが増しているのではない。

ほむらの心が絶望で澱んでいるのではない。

 

「はっ! もしかして‥‥‥!?」

 

ほむらは、まどかが抱えるすべての呪いを受け取っていた。

自らのソウルジェムに移し替えることで、まどかのソウルジェムを浄化していた。

まるで、グリーフシードで穢れを吸い出すように。

 

「やっと……やっとあなたの力になれた。あなたに守られる私じゃなくて、あなたを守る私になれた」

 

「ダメ、ほむらちゃん!」

 

眩しい光が風のように舞い、ふたりを包む。

ほむらの魔法で遡った時間は、ちょうど半年。

それはまどかが終局の願いを告げる直前。

 

かつてワルプルギスの夜を前に、ほむらが力尽きようとしたその時まで、まどかの時が遡った。

 

その姿は、絶望の魔女でもない、女神の姿でもない、ひとりの人間の少女。

まぼろしでもない、概念でもない、魔法少女でもない、元の鹿目まどかの姿。

 

出会った頃の、まどかの姿。

その姿を再び目にしたほむらは、これまでにない笑顔がこぼれていた。

 

「これでもう、あなたは魔法少女にも、魔女にもなることはない。もうひとつの約束も果たせた」

 

鹿目まどかの再臨で、円環の理が消える。

 

世界を構築していた理(ことわり)が消滅する。

 

「あ、空が……!」

 

杏子が夜空を見上げると、無数に輝いていた星たちが一斉に降り注いでいった。

鹿目まどかの願いのもと、安息の導きを受けていた星たちは、その概念を失い、流星群となってこの世に戻っていくのだった。

 

「綺麗……」

 

さやかの目に、ゆう子の目に、涼子の目に、涅槃の空間に立つすべての魔法少女の目に、美しい星の雨が映った。

星たちは涅槃の足元を越え、元の時代、元の場所、元の時空へと戻っていく。

 

呪いを浄化され、希望という輝きを放つ星々は、またどこかで祈り続ける。

もう二度と魔女にならぬよう、絶望の連鎖を繰り返さぬよう、少しづつ大人になっていくのかもしれない。

 

円環の理の終焉を見届けたほむらは、絡まる指をスルリと離した。

まどかの細い指と指の間から、ほむらの指がゆっくりとすり抜けていく。

 

「さあ、まどか。みんなのところへ」

 

そう言うほむらの左手は、小刻みに痙攣しているようだった。

星の雨は止み、あたりは薄暗い空間に包まれている。

 

ほむらは一歩、足を後ろに引いた。

 

「ほむらちゃん……もしかして、初めからそのつもりで……?」

 

まどかは一歩、足を前に出した。

 

「ええ、そうよ。円環の理が消えれば、魔女が産まれないというルールも消える。そうでしょ?」

 

ほむらはまた一歩、足を後ろに引いた。

それは確かな足取りとはいえない、よろめくように、引きずるように。

 

ほむらの左手が、ビクンと大きく震えた。

 

「あなたはもう魔法少女ではない。私の魔法で、キュゥべえと契約する直前まで戻っている。だからあなたは生身の人間」

 

まどかが身に付けているのは、見滝原中学の制服。

契約の直前、ワルプルギスの夜の襲来で避難していた時のまま、あの時のまま。

 

ほむらはさらに一歩、後ろにさがった。

それに釣られてまどかも足を踏み出そうとすると

 

「まどか!」

 

少し強い口調でほむらが静止する。

 

「物語はまだ終わっていないの。最後にあなたを傷付けたくない、だから……お願い」

 

「ダメ……待って、ほむらちゃん」

 

ゾワゾワっと、強風を受けているようにほむらの長い髪だけが大きくなびいた。

左手の痙攣が徐々に激しくなり、そこから黒い波紋が広がっていく。

 

杏子とさやかがその異変に気付いたのは、ほむらの左手が高く掲げられている時だった。

見えない何かに引っ張られるように左手が持ち上げられ、手の甲にあるソウルジェムが黒く輝く。

 

杏子もさやかも、思わず金縛りにあったようにおののいた。

邪悪な気配というか、今まで感じたこともないくらいの魔力の波動が、他の魔法少女たちをも襲う。

 

「ひっ!」

 

「うわっ!」

 

力の弱い魔法少女は、その魔力の波動を感じただけで身体を硬直させ、頭を抱え、悪寒に震え、身動きも取れないほどに伏せってしまった。

 

「なんだ、この魔力は……?」

 

ビリビリと伝わる魔なる気に、杏子も身体が震える。

 

「ちょっと転校生? これは何の冗談だってのよ」

 

さやかもそこに立っているのがやっと、といった感じで苦しい笑みを浮かべる。

 

生温かい風が足元に吹き始め、それはほむらの方に向かって流れていった。

透明な風はやがて色濃く、黒いつむじ風を形成し、ほむらの服をなびかせる。

 

ほむらの左手に揺れる魔力の波紋は、次第に強く、大きく、激しく、身体の全体を覆い始めた。

 

「まどか、あなたに出会えて私、幸せだった。病弱で気弱な私が変われたのは、あなたのおかげだから」

 

「ほむらちゃん!」

 

まどかが手を伸ばし、ほむらに近づこうとすると、杏子が後ろから肩を掴んだ。

並みの魔法少女では動けなくなるほどの魔力の波動を浴びながら、まどかを止めた。

 

「まどか、近づいちゃダメだ」

 

「でも、ほむらちゃんが……ほむらちゃんが!」

 

目にいっぱいの涙を浮かべ、それでもほむらに手を伸ばそうとするまどかを、今度は横からさやかが止めた。

 

「お願い、杏子ちゃん、さやかちゃん! ほむらちゃんを止めて! ほむらちゃんのソウルジェムは……」

 

「ああ。穢れが……溢れる」

 

ほむらのソウルジェムに、ピシピシと亀裂が走った。

細かい破片がこぼれ落ち、黒い揺らめきが舞う。

 

まどかの抱えていたすべての呪いを引き受けた魂の宝珠が、その穢れを開放する。

 

「まどか」

 

ほむらは左手のジェムから視線を移して、まどかを見た。

 

「ありがとう。そして……」

 

ほむらの目はとても安らかに、愛おしくまどかを見つめていた。

そして最後に、とても嬉しそうに微笑みながら言った。

 

――さよなら

 

 

 

続く

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。