魔法少女まどか☆マギカ [別編]~再臨の物語~(第3部) 作:マンボウ次郎
暁美ほむらには、杏子たちの様子は見えていない。
キュゥべえが介している魔法のテレパシーで、状況はなんとなくわかっていたが、火の穂の魔女が発している魔力の波動や、杏子が戦えないことをを考えると
(もしかしたら、勝てないかもしれない)
とも考えていた。
「どうしたんだい? 助けに行かないのかい?」
キュゥべえは、部屋の中にある不思議なディスプレイを眺めながら、後ろ姿のまま問いかけた。
まるでほむらの考えを察しているような、ほむらの迷いをえぐるような言葉が、静かな部屋にこだました。
「私の魔力も、あと一度だけ。最後の望みを失ってしまうわけにはいかないわ」
「あのふたりが犠牲になってもかい?」
「……ええ、そうよ」
「もし杏子たちが負けてしまったら、この街は焼け野原になってしまうだろうね。人々の犠牲も計り知れない」
「でしょうね」
「あのふたりと、街をひとつ失っても構わない、ということかい?」
「ええ、そうよ」
「ふぅん……ところで……」
と、キュゥべえはディスプレイモニタを眺めたまま
「ここに映っているのは、君の記憶の欠片なのかな。たぶん、君が今まで出会ってきた使い魔や魔女や、結界の記憶が映し出されているんだろうね」
なぜか話題を変えるように呟いた。
ほむらには背を向けたままで、声だけが再び部屋の中に響いた。
「私の時間操作魔法のひとつ。私の中にある、時の記憶が映像に映し出されているのよ」
「なるほどね。つまり、念写といったところか」
「そのモニタが、勝手に私の記憶を映しているだけよ。それがどうかしたかしら」
「じゃあ、君の記憶にないものがあったとしたら、それは他の誰かの魔力が混じっているということなのかな」
「……? どういうことよ?」
ほむらはギクリとした。
それは、キュゥべえの言っていることはどれも正しく、ほむら自身の記憶にない映像が映し出されることはあり得ないからだった。
ただひとつの事、鹿目まどかに関する記憶を除いて、ほむらの記憶も、キュゥべえの記憶も、魔女や魔法少女についてはリンクしているはずだった。
「僕は今まで、あんな恐ろしい姿をした魔女を見たことがないんだけどね」
と言って、キュゥべえは振り向いた。
背中を向けたまま、頭だけをこちらに向けたキュゥべえの後ろには
長い金髪、赤い瞳、まとわりつくようなネットリとした長い腕。
そして、薄笑いを浮かべたような不気味な口元の、女の姿が映っていた。
それはとても悲しそうな顔でもあり、憎しみに満ちているようでもあり、およそ人とは思えないような形相で、言葉で表すなら
執着心のかたまり
のような、そんな……魔女の姿が映し出されていた。
その姿は、ゆらゆらとうごめいているようだった。
ほむらの左手の甲にあるソウルジェムが、光を放つと
魔女の映るディスプレイモニタから、黒い瘴気のようなものが流れ出た。
瘴気は部屋の床まで流れ出て、キュゥべえの足元からほむらの足元まで広がってきた。
やがて
「オオォ……オオオォォ……」
という呻き声と共に、女の声とも男の声とも取れない、まるで何人もの声が混じりあったような、不気味な声が流れた。
『うふふ……つケタ』
思わず耳を塞ぎたくなるような、とても気分の悪い、嫌な声が、部屋の中に響き渡る。
ほむらは顔を歪め、目の焦点がズレる感覚に陥った。
(これは……頭に直接聞こえてくる)
『声ガ聞こえタからもしかシテと思っタラ、キュゥべえも一緒にイタんだね』
黒いモヤが、闇の波となって足元を埋め尽くす。
(声? まさか、杏子とのテレパシーを辿られたの?)
『うふふ、そうだヨ。忘レタの? ワタシも魔法少女なんダカラ、あなたタチの声はみんな聞こえテルんだヨ』
(心を読まれた!)
恐ろしい表情を浮かべた魔女は、ほむらの思考を読んできた。
身体をゆらゆらと揺らしているのか、映像が揺れているのか、その姿は薄紫色の、ノウゼンカズラの花を逆さにしたような恰好をしている。
ほむらの心の声を読み、脳に直接語り掛けてくるようにテレパシーで言葉を送ってきた。
「……螺良あかね、だね」
キュゥべえは確かな声で言った。
『わたしのコト? そうだったカモしれナイけど、そうデナイかもシレない。ソレヨリあなた……』
映し出されたモニタからほむらに向かって、魔女の顔が一気に近づいてきた。
ネットリとした腕が、身体に絡みつく。
『アナタ、わたしと同じニオイがすルのね』
いつの間にか、冷たく濡れた両腕がほむらの肩に回り、魔女の顔が耳元でささやいた。
ほむらはゾっとして、魔女の腕を振りほどき、思わず八咫の盾を廻した。
盾の内部に魔力が伝わり、内蔵された歯車が高速回転する。
その瞬間、周囲は時の流れを止めた。
これは、ほむらの時間操作魔法。
辺りはカラフルな色彩を失い、今この時は、ほむらだけが動ける特殊な時間世界となった。
幾度となく繰り返してきた時間操作の魔法。
流れを止めたこの時は、ほむらだけの絶対領域でもあった。
ほむらだけに見える、ほむらだけが動ける、ほむらだけが感じられる世界。
が、
『どうシタの? 何ヲ安心してルの?』
冷たい腕が再びほむらを抱きしめ、耳元に寄ってきた魔女の顔から生温かい息が漏れた。
八咫の盾は歯車が廻り、時間操作の魔法は発動している。
「な、なぜ動けるの?」
時の止まった世界の中で、ほむらは唯一絶対の存在であるはずなのに。
『うふふ、知りタイ?』
停止した時の中、ふたりの声だけが部屋の中に響いた。
黒いモヤはもうもうと流れていた。
『コレはアナタの闇なのヨ。アナタの抱える闇ナノ』
ほむらは、まとわりつく腕から逃れようとしたが、ネットリと絡みついた青白い腕はどうしても解けなかった。
『アナタは何をソンナに固執してルの? ワタシたちの運命なんて、もう決まっテルんだよ』
「な、何を……?」
『魔法少女ハ、ヤガテ呪いに滅ビル悪魔ノ子。コレマデ幾人もの魔法少女が辿っテきた運命ヲ、知っテいるでしょ?』
ヌルリとした魔女の顔が、ほむらの頬にすり寄る。
『ワタシたちは、あそこにイル、インキュベーターによって生み出サレタ出来損ないの悪魔ノ子。有史以前カラこの星の文明に干渉シ、作り上げられタ魔法少女は、あの宇宙生命体の糧デしかナイの。宇宙のエントロピーを覆すエネルギーの回収なんてノハ、彼らの驕り』
冷たく濡れた指でほむらの頭を撫でると、長い爪をこめかみにえぐり込ませてきた。
『見せてアゲル』
細い指はグリグリとほむらの頭の中に入り込んできた。
触覚と痛覚がマヒし、脳に直接魔力が干渉する。
「……っ!」
ほむらは身体を硬直させ、声にならない叫びをあげた。
続く