私が光瑠と再会してから1週間が経った。光瑠はいつもマスクを着けて過ごしている。私はマスクを着けていない彼の顔を見たいのだが、光瑠はマスクを外してはくれない。食事をする時にも外さないから、正直驚いたよ。光瑠がマスクの下でどんな表情をしているのか、想像するだけで儚い……。
だが、私とどう接すればいいかわからないと言われてしまった。そう言われてから、私も光瑠に話しかけずらくなってしまった。もっと光瑠と会話して、あの日の事について謝りたいし、お礼も言いたいんだ。こんなにも近くにいるのに、1週間も光瑠と会話できていないなんて。自分が情けない……。このままでは光瑠と話す事ができないと思ったので、私はある人物に助言を求めることにした。彼女なら、いい解決策を示してくれるかもしれないからね。学校が終わったら、彼女に喫茶店に行こうと誘おう。私はそう決意した。
・・・
「なあなあ光瑠ー! 聞いてくれよー! 」
5時間目の授業が終わって休憩時間に入った瞬間、隣の席の「彼」に話しかけられた。
「あのさ、今日何回目?君から何度もその言葉を聞いた気がするんだけど」
「そんなもん数えてねえよ!お前に話したいんだよ!誰も聞いてくれる奴いないからさ!お前だけなんだよ……! 」
「わかったから。それで、要件は何かな? 」
「あのさ!お前、パスパレって知ってるか? 」
「なにそれ? 」
パスパレ。そんな単語聞いたことがない。食べ物か何かだろうか。
「えっ!?お前知らねえの!?あのパスパレだぞ!? 」
「知らないよ。今日初めて聞いた」
「嘘だろぉ……? 今すげえ流行ってるのに。お前、大丈夫か? 」
「基本的にテレビとか見ないから流行とかそういうの知らないんだよ。それで、そのパスパレ……だっけ。がどうしたの? 」
「ああ!パスパレってのは、パステルパレットっていうアイドルグループの略で、今すっげえ流行ってるんだよ!それをお前にも勧めようと思ってさ! 」
「ごめん。興味ない」
「えぇ……」
彼の言うパスパレはアイドルグループだったんだね。でも僕はアイドルに興味はないし。お勧めされてもなぁ……。
「お前に勧める為に、せっかくパスパレのポスター持ってきたんだぞ!ほら! 」
そう言って彼はリュックから小さめのポスターを取り出し、僕に見せてきた。アルファベットで「Pastel*Palettes」と書かれている。なるほど。それでパステルパレットっていうんだ。ポスターの真ん中にはカラフルな衣装に身を包んだ5人の女子達が大きく写っていた。まあ、予想通りというか、いかにも「彼」が興味を持ちそうなアイドルグループだということはわかった。というか女の子であれば「彼」は誰でも好きなんじゃないだろうか。だって「彼」だもの。
「なぁ、この子達めっちゃかわいくね!?光瑠、お前ならこの中で誰が1番好きなんだ? 」
「はぁ……?いきなりそんなこと言われても……」
「俺はやっぱり
「千聖…………? 」
僕は一瞬耳を疑った。千聖という名前に、僕は聞き覚えがあった。何度も夢に出てきている「彼女」と同じ名前だ。もしかしてと思い、詳しく聞くことにした。
「……ねえ、この千聖って人の名字わかる? 」
「なんだよ急に。まさか、お前も千聖ちゃんに興味が湧いたのか!?」
「いいから!この人の名字知ってるなら教えて! 」
僕は思わず声を荒げてしまった。何故か心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。一刻も早く、彼女の事を知りたかった。僕はたじろいでいる彼の顔をじっと見つめた。
「お、おう……。珍しいな。お前がそんなでかい声出すなんて。ええと、たしか……
「やっぱり……」
僕は小声でそう呟いた。やはり僕の幼馴染の「彼女」だった。まさかアイドルグループに所属していたなんて。優しい笑みを浮かべるその表情は昔とあまり変わっていなかった。彼女は本当に千聖なのだと、確信せざるを得なかった。
「千聖ちゃん、パスパレだけじゃなくて、ドラマとかにも出てるんだぜ!ほんとすげえよなぁ。聞くところによると俺らと同じ歳らしいし。……って、どうした光瑠?ボーっとして」
「……えっ。あ、なんでもない。気にしないで」
「ああ、うん」
考え事をしていたので、彼の話は耳に入ってこなかった。思わぬところで幼馴染が今何をしているのかを知ることになるなんて。でも、彼女は今アイドルグループとして芸能界にいる。その時点で、僕と千聖では住む世界が余りにも違い過ぎる。絶対に会うことはないだろう。僕はそう確信した。
もう一度パスパレのポスターに目を通すと、見覚えのある少女が写っていた。水色を基調とした衣装を身に纏い、楽しそうに笑っている女の子。名前を見てみると、
「ねえ、この水色の子、このクラスにいない? 」
「ん?……あー。氷川の事か……」
彼はものすごく嫌そうな顔をしながらポスターに写る彼女を見ていた。なんでそんな親の仇を見るかのような顔するんだろ……。
「君がハマっているアイドルグループのメンバーが同じクラスにいるんだから話せばいいじゃん」
「……いや。アイツはダメだ。アイツが言うことは異次元すぎて理解できねえ。しかも、興味ないことにはとことん興味ないから、俺が話しかけたらシカトされるんだよ……。なんか、るんってこないとか意味不明なこと言ってきたし。とにかく、俺は氷川が苦手なんだよ。そう簡単に話せる相手ではないと思うぞ」
「そ、そうなんだ……」
自分が所属しているアイドルグループのファンだというのにシカトするなんて、変わった人だなぁ。彼からの話によると、彼女と会話できる人はごく少数らしい。でもアイドルだからって裏表を作ったり、人に媚びたりしないあたり好感がもてる。よくよく考えたら「彼」の普段の言動を考えるとシカトされて当然のように思えてくる。常日頃から女子に対して欲望を曝け出しているのだから、いくら優しい女子でも「彼」とは会話したくないと思うだろう。興味がないんじゃなくて、君の人間性の問題だと思うよ。お隣さん。まぁ、それを指摘したら怒られそうだから心の中に留めておこう。
「ま、まぁ今は氷川の話は置いといて。どうだ!光瑠!パスパレに興味持てたか!? 」
「名前は覚えたよ。パスパレでしょ? 」
「んだ! 今度一緒にパスパレのライブ見に行こうぜ!お前でも絶対楽しいって思うはずだしな! 」
「……気が向いたらね」
「よしっ!決まりだな! 」
そう言って「彼」はガッツポーズをとった。本当に楽しそうに話すね。この男は。そのライブで千聖を見るのはあまり気乗りしないんだけどな……。けどライブに行くと決まった訳ではないし。行かないという選択肢を取ればいいか。内心そう思いながら、机の中から6時間目の授業の教科書とノートを取り出した。
6時間目の授業が終わり、ちらりと隣の席を見ると、「彼」が涎を垂らしながら気持ち良さそうに寝ていた。「不真面目だよ」と注意しようと思ったが、その幸せそうな寝顔に免じて、何も言わないことにした。「彼」の事が苦手だったはずなのに、何故か僕は彼に甘い態度を取ってしまう。本当は関わってほしくなんてなかったのに。簡単に縁を切れさえすればいいのだが、それができないのは重々承知している。いくら厳しい言葉を言っても、彼は懲りずに僕に何度も話しかけてくるからだ。
彼にとって僕はどういう風に見えているのだろうか。僕はふと、そう思ってしまった。その質問をしたら、一体彼はどんな事を言うのだろう。わかりきった答えが出てくるのだろうが、僕はその答えに縋っているのだと、今になって初めてそう認識した。彼の寝顔を見ながら、僕は思わず目を細めた。
お気に入り登録40件突破致しました。ありがとうございます。
それではまた次回のお話でお会いしましょう。