授業が終わった後、私はすぐに千聖がいる花咲川学園へ向かった。校門の前に立っていると、数人の子猫ちゃん達から話しかけられたので、その子猫ちゃん達の相手をした。子猫ちゃん達が去ってからしばらくすると、千聖の姿が見えた。校門を抜け、こちらの方へ歩いてきたので、私から千聖に声をかけた。
「やぁ。千聖じゃないか。奇遇だね」
私が千聖に声を掛けると、少し驚いた表情をした後、すぐに冷たい視線を向けてきた。
「……薫。何が奇遇よ。校門の前で待ち伏せしていたでしょう?教室の窓から全部見えてたわよ」
「待ち伏せだなんて人聞きの悪い。君に用があってここに来たんだ。千聖、近くの喫茶店に行かないかい? 」
「ええ。お断りするわ」
満面の笑みで断られてしまった。相変わらずだね千聖は……。美しい薔薇には棘がある。とはまさにこの事だね。あぁ……。儚い……。だがここで引き下がる訳にはいかない。彼女にどうしても聞いてもらいたいんだ。「彼」の事を。
「そ、そんなこと言わずに、一緒に来てくれないかい? 」
「お断りすると言ったはずよ。今日は久しぶりにOFFで、明日は大事な撮影があるから家でゆっくりしようと思っていたところなの。誘ってくれたのは嬉しいけれど、また今度にしましょう。私はこれで失礼するわ。薫」
彼女はそう言って反対方向へ向かおうとした。私は千聖を引き止め、彼のことを口に出した。
「待ってくれ千聖!私は君に光瑠の事を話しに来たんだ!少しでいい。私の話を聞いてはくれないか!? 」
光瑠の名前を出した瞬間に千聖は足を止め、こちらを振り返った。
「……わかった。少しだけよ。……その話、詳しく聞かせてもらえないかしら? 」
「……そう言うと思っていたよ。さぁ、行こうか」
千聖が話に乗ってくれた事に安堵しつつ、私達は近所の喫茶店へ移動した。テーブルに座り、千聖はブレンドコーヒー、私は紅茶を頼んだ。数分後、注文した飲み物がテーブルに置かれた。千聖はコーヒーを少し口に含んだ後、私に光瑠の事について質問をしてきた。
「それで、貴女はさっき、光瑠の名前を口に出したわよね?どういうことか、説明してもらえる? 」
「ああ。……光瑠が羽丘学園に編入したんだ。しかも私と同じクラスになってね。久しぶりに彼を見たよ。相変わらず綺麗な眼をしていた。光瑠の瞳は、まるで水晶のようだった。あぁ……。はかな……」
「それで? 」
言い終える前に千聖に止められてしまった。私とした事が。つい。このままだと帰ってしまいかねないので本題に戻ろう。
「そ、それで、……彼は変わってしまっていたんだ。マスクで顔を隠していて、積極的に友人を作ろうとしないんだ……」
教室内で光瑠をたまに見ることがあるが、いつもおとなしく、誰かに話しかける様子はない。時々、光瑠の隣の席にいる男子と少し話しているのを見る程度で、他に誰かと話している様子は見られない。
「……そう。それで貴女はどうしたの?彼とは話したの? 」
「ああ。この前話したよ。私の事はちゃんと覚えていた。だが、今の私とはどう接すればいいのかわからないと言われてしまってね。彼に距離を置かれてしまったんだ。情けない話だが、私の方も光瑠にどう話しかければいいのかわからなくてね……」
あの時の光瑠の悲しそうな眼を、私は今でも昨日の事のように覚えている。こんなにも近くにいるのに話しかけることすらできないなんて、本当に情けない話だよ……。
「なるほどね。それで、私にどうすればいいか聞く為に、私はここに連れてこられた。そうでしょう?」
「ああ。その通りだよ。千聖、君も光瑠の幼馴染だから、君に相談すれば、何かいい答えが見つかると思ったんだ。これからどうすればいいか、教えてはくれないか? 」
私は千聖に助言を求めた。千聖も光瑠の事は他の人間より知っているはずだ。千聖にしかこの相談はできない。そう思ったから、彼女の貴重な時間を借りて、今ここで彼女に相談している。
千聖はコーヒーを飲んだ後、ため息をついた。そして、少し呆れたような顔をしながらこう言った。
「……まあ、今の貴女を見れば、距離を置きたくもなるわ。正直、私だってそうだしね」
「うっ……」
「けれど、光瑠はそう簡単に人を嫌うような性格ではないはずよ。人の本質なんてそう簡単に変わるものではないと思うから。たとえ昔と今で性格が違っていても、本来の人思いで優しいところは変わっていないと思うわ」
「たしかに……」
光瑠は幼い頃から優しい性格だった。誰かを庇って、代わりに自分が傷付くくらいに。
「友人を作ろうとしないのには、何か原因があるんじゃないかしら?過去に光瑠の人間関係に何かあって、それが原因で今は人に心を開けなくなっているのかもしれないわね。あくまで私の推測だけれど」
「何故、そう思うんだい? 」
「同じ事務所の知り合いの子で、親友に縁を切られた影響で心を閉ざしてしまった子がいたから。結局、その子は仕事を続けることもできないくらい深い傷を負って、事務所を辞めてしまった。私はその子を見て、心に負った傷は簡単には治らない。そう、実感したわ」
その話を聞いて改めて、千聖の言う事はすごく真っ当で、説得力があると私は思った。彼女の言う通り、人間関係によって光瑠がああなってしまったとなれば合点がいく。小学校の時の出来事も関係しているのではないかと、私はそう考えている。
「きっと光瑠は、傷付くのを怖がってる。人を信用したくても過去の事が原因で信用できずに、心を開けないでいる。そうでなきゃ貴女の事を避けなかっただろうし、普通に友人を作ろうとしたと思うわ。あの子、昔から人に優しくしすぎて、自分が損をするような人間だったでしょう? 」
「……そうだね」
「それで、薫。貴女はどうしたいの? 」
「えっ……? 」
「今日はその答えを求めに来たんでしょう?正直、私は実際に光瑠に会った訳ではないから、的確な助言をすることはできないわ。今話した事は、幼い頃の光瑠がそうだったから、私はそう考えてるってだけ。どうするかは貴女次第よ。自分で答えを出しなさい。そうやってずっとウジウジ考えているのが嫌ならね」
千聖は笑顔でそう言った。千聖の話を聞いて、やっと私の中で考えがまとまった。
「決めたよ。千聖」
「……どうするの? 」
「私は光瑠の、いや、ひかちゃんの笑顔を取り戻したい……!また幼い頃のように、彼と笑って過ごしたい!心を開けないのなら、私が開けてみせる!私がひかちゃんを変えてみせるよ……! 」
私は思っていることを全て千聖に話した。このまま彼と話せないで終わるのは嫌だ。それを聞いた千聖はクスッと笑ったが、すぐに真顔に戻った。
「……そんな簡単に出る答えに、貴女は何日も悩んでいた訳?本っ当に情けないわね。私だったらすぐにでもそれを実行するのに」
「す、すまない……」
「まあでも、きっと心を開いてくれると思うわ。貴女1人じゃ心許ないから、花音やこころちゃんの力も借りてみてはどうかしら?世界を笑顔にすることが、貴女達の目標なのでしょう?幼馴染1人笑顔にできないようじゃ、先が思いやられるわよ? 」
それを聞いて私はハッとした。自分1人ではなく、こころ達皆の力を借りればいいのだと。ハロハピの皆なら、快く力を貸してくれるだろう。そうと決まれば、すぐにでも行動に移そう。ハロハピの皆にも相談してみることにした。
「ありがとう。千聖。君のおかげで迷いを断ち切ることができたよ。君も近々、光瑠に会ってみてはどうかな? 」
「貴女に言われなくてもそうするつもりよ。頑張ってね。かおちゃん」
「そ、その呼び方はやめてよ……」
「あら?さっき光瑠のこと、ひかちゃんって呼んでたのに?そういえば貴女昔、光瑠からもかおちゃんって呼ばれていたわね。光瑠にそう呼んでもらったら? 」
「い、嫌だよ……恥ずかしいから……」
千聖から昔のあだ名で呼ばれ、一気に顔が熱くなった。どうしてもその名前で呼ばれると恥ずかしくなってくる。
「その話し方で光瑠と話した方があの子も話してくれるはずよ?かおちゃんだー!ってね。ふふふっ!」
「もう……。ちーちゃんったら……」
「あはははははっ! 」
思いきり彼女に笑われた。時折私をからかってくるのが彼女の悪い癖だ。全く。でも楽しそうに笑う千聖も美しい。あぁ……。儚い……。
千聖は私を数分からかった後、彼女はコーヒー代をテーブルに置いて喫茶店から出ていった。私も紅茶を飲み終えて会計を済まし、喫茶店を後にした。
(待っていてくれ光瑠。君を必ず笑顔にしてみせる)
静かな決意を胸に、私は自宅の方角へ歩き出した。
いつ会いにいこうかしら? ふふふっ!会うのが楽しみね。
次回、第10話 邂逅 お楽しみに。