ボーダー基地内 宗馬隊作戦室
時刻はまだ午前10時前ほど。
もうすぐ、例の太刀川隊との非公式な模擬戦が始まる。模擬戦は昼休みも挟み複数回行われる予定だ。
何でも、ネイバー達が住む異世界に太刀川さん達が調査に出向くんで、その為の実戦訓練がしたいらしい。
何でオレ達が、って思うけどボーダー内でトップクラスの問題児であるオレ達にこういう面倒ごとが回ってくるのは仕方がないかもしれねーけどな。
(にしても、まだ来ねーな)
問題児の中の問題児。我らがリーダーがまだ来ない。今日だけじゃなくて、例の城戸さんに呼び出されて行く前の時はいつも通りの様子だったんだが、それ以降会ってねえ。
一応電話があって模擬戦のことや遠征については知らされたが、随分と説明不足で雰囲気もおかしかった。結局、その後の詳しい日時や段取りもオレと瀬戸ちゃんが受け持つことになって、あいつにはメールで伝えただけだ。
「遅いですね、宗馬さん。もしかして時間を間違えているんでしょうか?」
さっきから何度も時計と扉を見やり、焦っている瀬戸ちゃんが声を掛けてくる。
普段ならばいつものこととしてもう少し落ち着いてただろうが、今回は城戸さん達直々の真面目な仕事の話であるのと、アイツの様子がおかしかったことがあって不安になってるんだろう。
「んー?そいつは無いんじゃないか?確かに様子はおかしかったけど、キチンとメールの返信は来たんだしな。ま、もう少し待ってみようぜ」
「そうですね。でも、汀目さんは大丈夫何ですか?宗馬さんとロクに打ち合わせできていないんでしょう。タダでさえチーム戦なんて久しぶりなのに、相手はあの太刀川隊ですよ?」
「カハハ、まあその点は特に気にしなくていいぜ。作戦なんて元からねーし、瀬戸ちゃんもご存知の通り分断するか、その場その場で上手くやるかのどっちかだからな」
「その、その場その場で上手くやる、という所を細かく考えるのが作戦なんです。はぁーーー、毎度毎度そのせいで私までゼロから対応をしなくちゃいけなくなるんですよ」
やべ、地雷踏んだ。いやまあ、分かるぜ?割りかし無茶な動きをするオレ達2人のオペレートするのは大変だもんな。
ただでさえいつも迷惑を掛けてしまっているので、大人しく愚痴を聞き流しすことにした。
曖昧に相槌を打っている時、部屋のドアが開き待ち人がやってきた。
「オッ、やっと来たか、って何だ?」
ようやくウチのバカが来たかと思えば、バカはいつもと明らかに違う雰囲気を醸し出していた。バカなのに。
まず目につくのが、何故か一度もつけた姿を見たことのない真っ黒でとんがっているサングラス。バカなのに。
服装は黒一色。けれども持ち合わせがなかったのか、二宮隊の様なカッコイイ黒スーツなどでは無く、安そうな黒のTシャツに黒のジーパン、そして何故か黒革のジャケットに黒のローファー。バカだ。
部屋に着いてからこちらに向かって来る歩みはゆっくりとしていて、まるで見えない鎖を全身に巻きつかれているかの重厚な印象を与える。バカなのに。
背は少し丸くなり、肩も下がっていて普段の明るい雰囲気を感じさせない。バカなのに。
けれども、全体的に重く暗くなっているが、何処と無く覚悟を決めた男の様な落ち着いた力強さを感じさせる。バカなのに。
ゆっくりと室内に入って来た宗馬は、何か言葉を発することは無く、黒いサングラス越しに俺の方をジッと見ていた。
そんな明らかに異常な様子の宗馬に、思わず寒気を感じた。
「えっと、大丈夫ですか?宗馬さん」
同じく不気味に感じていたであろう瀬戸ちゃんが、堪り兼ねて声を掛けてくれた。
「あっ、ああ。大丈夫だ、悪りーな遅くなって」
ボーとしていたのか、声を掛けられてようやく雰囲気が少し戻ったように見える。
「オイオイ、本当に大丈夫なのか?明らかに様子がおかしいぜ、お前」
「いや、大丈夫だ。むしろベストコンディションと言っても良いくらいだ」
頭を強く振りながら、よく分からんことを抜かす。
目の前のバカをいつもの様にバカを見る目で見ていたら、頭を降るのを止めて力のこもった声でコチラに話し掛けてきた。
「トッシー、公平の相手はオレがする。お前は太刀川さんの相手を頼む」
「ん?別に構わないぜ。間合い的に、どっちかっつーと公平より太刀川さんの方がやり易いしな」
「ああ、助かる。公平はオレのエモノだ」
どうやら、この異常状態には公平が関わっているらしい。
何があったんだか、今回は関わったら面倒臭い案件のようなので、オレは大人しく太刀川さんの相手に集中しようとする。
しかし、面倒事から手を引こうとするオレと違って、優しい瀬戸ちゃんはバカのことを気に掛けるようだ。
「はぁー、何をしようとしているのかは知りませんけど、今回の試合は真面目に重要な案件なんですからね」
「ああ、そうだな」
「それに、試合は何度もやるんですから変に意気込んで、途中でバテないでくださいよ」
「分かってる。一度じゃあ足りないだろう。最悪なことにな。オレが保つかアイツが保つか、どちらにせよ最悪だが仕方ない」
「・・・・・・うんっ、諦めました!弁護はしませんが、もう勝手にやっちゃって下さい!」
あーあ、ついに瀬戸ちゃんも見捨てたか。
まあ、そうした方が気持ちは楽になるだろうぜ。常識人は苦労するよな。
標的にされてる公平には悪いが、処置無しだ。ちなみに、狙われていることは教えてやらない。模擬戦だからな。俺はバカどもの見世物を高みから見物させてもらうぜ。
舞台は夜。人っ子一人いないシミュレーションで作られた街を1人歩く。
未知の世界への対策と公平性の為、フィールド選択の決定権はどちらにも無くランダムとなった。
ここ数年、何度もこのシミュレーションを使用してはいるが、都市と言っていいこの街並みに人の気配が全く無いこの景色にはどうしても違和感を覚える。
こうした違和感を覚えるのは、オレが他の連中と違い戦闘に集中していないからだろうか。だが、感じるものは仕方ない。それに、シミュレーション以外にも防衛任務の時の危険地帯にも感じるものはある。
当たり前だが、あの放棄された街は瓦礫の撤去も修復もされない。そして、日々の戦闘によって瓦礫の山が増えていく。
そんな光景を目にすることで、どうしても非日常を意識させられる。
「あの荒れ果てた風景の様に、オレの心は傷付けられたんだぜ。公平ぃ」
自前の目の良さを活かして、いち早くターゲットを発見した。
しかし、オレは先制するチャンスを捨てて、ある程度近づいてから表通りの中央に出てゆっくりと歩いてゆく。
向こうもコチラに気付いたようだ。
だが、急には仕掛けてこない。
公平は弾バカなどと言われている感覚派の天才クソ野郎なのだが、戦場全体を見通すことが出来、行動も一々手が込んでいて実は頭を使うタイプだ。
だからこそ、相手が不可解な行動に出て急な危険性が薄いと感じたら様子を見て攻めて来ない。多分。
「よぉう、公平。大変だなぁ?遠征任務とは。
ジャンプもマガジンもサンデーも存在しない世界に行かなくちゃいけないなんてな。
正気の沙汰じゃねえ」
「いやソコかよ」
どうやら賭けは上手くいったらしい。公平は隙こそ見せないものの、攻めては来なかった。それどころか会話に乗って来た。
意図せずに口角が上がる。
い〜い流れだぁ。オレが新たに得たこの力はまだ人に試していない為、ぶっつけ本番となる。感覚的にはイケると思うのだが、成功率を上げる為に公平の精神状態を揺さぶった方がいい。
「オイオイ、大切なことだろうが。少年心を忘れた時から子供は大人になっちまうんだよ。つまり、少年誌を読まなくなった時点でトリオンの成長は止まる」
「止まるか!確かに大人になったらトリオンの成長も止まるが漫画は関係ないだろ」
「おーおー、ご立派ですなー。そんな所なのかねぇー」
「あん?何がだよ」
いつも通りの下らない話を切り上げてオレは語り出す。目の前のこの男に、オレの心が踏み躙られた出来事を。
ボーダー本部基地内 廊下
「凄かったねー、出水さんの試合!」
「うん!凄かった!あの米屋先輩を中々近づけさせなかった所もそうだけど、わざと間合いに誘い込んだ所が凄かったよね!」
「ねー。米屋先輩が攻め込むタイミングを分かってたってことだよね。打ったバイパーが曲がって囲い込んでたもんねぇ」
「あんな早い攻防の中でどうやって考えてるんだろ?」
「それにそれに!出水先輩ってバイパーの弾道をその場で設定してるんだって」
「それね!それが出来るのってボーダー内でも殆どいないんだよね!?」
「そうそう。確か、出水先輩と那須先輩、後はあ〜あの何か変な人?」
「あ〜、あのよく揉め事起こす人ね。でも、実際に見たことないよね?」
「うん。それにあの人、何かエッチな目で女性隊員のこと見るんだって」
「うわ、最悪。クビになればいいのに」
「もういいよこの話。それよりさ、出水先輩が始めて合成弾作ったんだよね!」
「本当に凄いよね!ーーーーーーーーーーーー
「ふざけんなぁぁァーーーーーー!!!!
ボーダー隊員をエロい目で見たことなんて無えよ!!いや、あるけど!あるけど、そんなじろじろ見て無いし!体のラインが出すぎてる服装見たら少しは意識するだろ!?アレはするだろ!年頃だぞ!??
サイドエフェクトが進化した時は、追い詰められててファイティングハイみたいになってたから!何もしなかったら死んでたから(ベイルアウト)!少年はいつだって生きる為に虎の爪を立てるんだ!ってヤツだよ!中島敦くんだってそう言ってたよ!!」
「あーーー、まあ言いたい気持ちも分からなく無いが、その言い訳全部自白になってるぞ?つーか、ネタ挟む余裕はあるのな」
「ウルセェ!どいつもこいつもチヤホヤされやがってッ!オレだってリアルタイムでバイパーの弾道少しは引けるよ!なのに何でお前ばっかチヤホヤされんだよ!?」
「那須にはチヤホヤされてんだろ?」
「あ、それ止めて。マジ止めて」
いかん、テンション下がった。
「公平ぃ。貴様がオレに付けた傷はこれだけじゃねぇぞ?」
「え?これオレが悪いの?」
当たり前だボケめ。
ん?何か最近、同じ流れがあったような?
まあいい。オレは今を生きる男、モチベーションの為に自身の怨念を更に燃え上がらせる。
「都合良くお前達との対戦が決まってたあの時、オレはお前に最大限のダメージを与えると決めた。オレの全てを費やしてでも」
そう、オレは未来を棄てたんだ。
「オレのサイドエフェクト。本来の強化視力から少しズレた進化をしちまった。しかさそ、もしかしたら、もしかしたらそこから軌道修正をすることができたかもしれねぇ。根拠は無い。可能性の片鱗もなかったさ。けどなぁ、それでも出来たかもしれないんだ。
だがッ!それも今回の件で無くなった!!これも根拠は無ぇッ!だが感じるんだ!もう、オレは完全に後戻り出来ない方向に進んでしまったと!!!」
憤怒、悲哀、絶望、それら全てを込めたオレの怨嗟の怒号が無人の街に響き渡る。
目の前の公平が気圧され後退りをする。声はしないがオペレーターの瀬戸ちゃんの息を呑む雰囲気が伝わってくる。
そして、オレは叫ぶ。あり得たやもしれぬ、己の手で捨て去ってしまった可能性を。
「正き成長をすれば!オレのサイドエフェクトは!!
透視能力へと進化出来たかもしれないっっ!!!!!!!」
棄て去った楽園に後ろ髪を引かれまくりながら、オレは前を向く。