記憶を消す──そう言われて真っ先に思い付いた、というか思い出したのがユクシーだった。霧の湖で『ときのはぐるま』を守る番人。紅魔館の傍にある湖と名前が被っていたのも理由の一つに挙げられるだろうか。
幻影のグラードンと戦った後、バルビートやイルミーゼ達が舞う美しき湖にて出会う事になった……。
初めての遠征で、誰もが驚くような大冒険を繰り広げた2匹は、思い返す。
間欠泉が噴き出し、大きな噴水のように巨大な湖を持ち上げる情景を。瞳を閉ざす、自分達のような小柄さでありながら懸命にそこを守る黄色いポケモンの姿を。
そしてその中心で青緑色に輝く『ときのはぐるま』を。
しかし、そこで回想は終わりだ。
大事な記憶、そしてそれを消されると聞いて連想ゲーム的に思い出した、思い出だった。
『『どうにかする方法は?』』
自然と口を開け、質問する。
そんな恐ろしい能力を持っている──いや、別にそこは問題では無い。問題はそれの使い方、そして在り方だ。
ユクシーのように優しく、気高く、知性を持っているのなら……正しくその能力を使えるのなら、良いのだが──
しかし、あの『黒』はどうだ?
優しさ? 気高さ? 知性?
イーブイに寄生し、リオルに襲い掛かった、あの粘液状の化け物。あれは、果たしてそんな大層なものを兼ね備えているだろうか。
(──そんなはずは無い)
あれが存在していても……生きていても、害にしかならないだろう。ただ、それだけで終わりではない。萃香の意味深な言葉──
──もう……忘れてるみたいだな。
この台詞から読み解けること、簡単に推測が出来る。ここまでお膳立てされたのだ。深く考える必要は無い。
(もう既に……記憶を消されたんだ)
しかし、リオルには
「方法? それは簡単さ。記憶を戻すことは実質不可能と考えて……なら、手段は三択。
消されないように最初から離れておくか、出会ったら……逃げるか、先にぶっ潰す」
『それはそうだけど……』
イーブイは困り顔になる。前者は分かるが、後半の二つ……スピードは速かったから逃げるのは難しいだろうし、潰すにしてもリスクが高すぎる。
(そもそも潰すってどうやって……)
萃香のように消されるより速く爆散させるということだろうか。あの黒いものの耐久性が分からない。何処ぞの鯉の王様ほどには脆いだろうか。それとも、ツボツボのように硬いのだろうか。
もし失敗してそのまま大事な思い出が消えたとしたら、洒落にならない。
「接近戦なら、私ならともかく……お前らは厳しいかもな」
その発言からするに、やはり厄介な、というか強力なのだろう。少なくとも2匹にとっては。
(ワタシやリオル基準でも……となると、対抗できる人も少数はなんじゃあ……)
2匹の強さは並の中級妖怪を軽く倒せるほど。大妖怪とは程遠いとはいえ、幻想郷全体でみてもそれなりに強力な部類に入っている。
(僕“も”接近戦で苦戦する……いや、これは下手をしたら……)
リオルは波導弾での遠距離攻撃が可能だが、本質はれっきとした格闘ポケモン。同レベル帯の者との格闘戦なら、大抵の相手に勝てる自信がある。
『萃香』
「ん?」
『あの黒いのに……立ち向かえる、倒すことができる人って、どれくらいいるの? 萃香の説明を聞いた限りじゃあ、あれは相当強いみたいだけど』
「あぁ、強いさ。隠密からの奇襲のコンボが厄介でな。遠距離から弾幕を撃つにしても、捕捉が上手くいかない」
──まあマスパみてーに丸ごとやっちまえばいいんだけどな、と付け足した。
「あれとやり合えるのは──そうだな、私ら鬼や、吸血鬼。天人に、その他諸々異変解決者。えーと……幽々子とか、蓬莱人のあいつらとか……」
聞き覚えのない者も混じってはいたが、やはり名前を挙げられるのは2匹以上に強力な者ばかりである。
「あと、もう察してる……多分、形状から察したのか? まぁいい……分裂とかもするぞ、ドロドロした粘液みたいな感じので、千切ったら個々で動き出す。数は、具体的な数字は出せんが結構いるな……」
はぁ、と彼女は1つため息をつく。どうすればいい、と悲観するというよりも、めんどくせぇ、といった、投げやりな雰囲気だ。
『聞けば聞くほど、わけがわからなくなってくるね。ポケモンにも規格外に強いのはいたけど、ディアルガとか』
しかし、ディアルガやその他強力なポケモンとは違った方向性の強さだ。無差別に攻撃し、手当り次第に奪っていく。
ある意味で、1番厄介なタイプかもしれない。
『後』
「おう」
『消された……て言うのは、どうやって判断したの?』
「あぁ、それはな……
そう言って、親指を立て、右腕を上げ、指先は後方を指す。
そして、なんだなんだと指の先を目線で2匹は追う。足元が雲であるから、目立った足音は聞こえないが、それでも人影が近付いているのは分かる。
『咲夜……?』
イーブイは声を上げた。気付いたら別れていたのだが、どうやら無事だったよう……と、言いたいところだが、勝負の後だろうか? 少しぼろぼろになっていた。
兎も角、さっきぶりの再会である。
そう、彼女こそ、紅魔館のパーフェクトメイド、十六夜咲夜その人だ。