ナイフが宙を縫って突き抜ける。1つ、また1つと、無数の刃があちこちへと飛来する。
閃光の様な銀の煌めきを携え、咲夜の手元のそれらは次々と放たれた。
相手は今回の異変の元凶……天人の『比那名居天子』である。
彼女めがけてナイフは飛ぶ。時には直線的に、フェイント、視線誘導……咲夜の持つ技術を駆使し、戦っていた。
数多の斬撃は止まる事は無い。この、異変の決着となる弾幕ごっこが終わるその時まで、天子を襲う刃は止む事はないだろう。
……しかし、相対する今回の相手も、やられてばかりでは無い。
雲から岩が隆起する。幾ばくかの土煙を伴い、注連縄を巻かれたそれは、天子を守ろうと飛び交うナイフの間に割って入る。金属と岩がぶつかり、鈍く乾いた音が響いた。
その数、10数個。戦場を飛び回り、天子を襲う刃達を片っ端から防いでいく。
更に、攻撃から身を守るだけではなく──多大な質量を持った武器として、咲夜に攻撃する。ナイフごときでは大した影響は無いと証明する様に、それらの小さな刃を蹴散らしながら、彼女に向かって突進した。
外の世界で使われた道具、ドリルのように回転をしながら、進んでいく。
攻撃と防御を兼ね備えた要石という特殊な岩……これだけでも十分脅威になる。しかし、天子の手札はこれだけではない。
「ふっ」
掛け声1つ。それに合わせて片手を振るう。
左手、そこには、燃え盛る様な紅い剣が握られていた。
──緋想の剣。気質を放出させ、吸収することができる、天界の宝剣である。だが今は本来の剣として使用されていた。
きん──金属同士が衝突する音が響く。要石では防ぎ切れない弾幕を、第2の防壁として、弾く。一閃、二閃……緋想の剣は、紅い残像を伴い何度も、何度も、振るわれた。
そのまま、隙を見て、天子は剣を構えた。
剣とは防御の為だけに作られた道具ではない──。それを示すかの様に、咲夜に向かって……あろう事か、
投擲用の物としてこの紅剣を使用する。咲夜の様に替えがあるナイフではなく、一点物である宝剣を、いっそ清々しいほどに力を込め飛ばした。思考の埒外から攻撃されたのもあり、反応が遅れた咲夜──バランスを崩すという失態を犯してしまう。
「う、ぐっ!?」
無理矢理身体を捻り、緋想の剣を避けることは出来た。だが第2波──要石の急襲は回避出来るだろうか。
それは……当然、不可能。人間としての種族の限界、それが咲夜を阻む。脆弱な人の身では、いくら体術に優れた彼女とはいえ化け物じみた動きは出来ない。
だが、打てる手はゼロでは無かった。
片手に無理を効かせ、ナイフの刀身を飛来する赤い剣まで持っていく。当然な話であるが……緋想の剣とナイフでは鋭さ、強度、そもそもの刃物としての格が違う。バターに刃を通すように、触れた瞬間に生じた切れ込みから、滑らかに剣が滑っていった。
まるで意味の無い……切っ先が咲夜の身体に触れる時間を僅か少しだけ先延ばしにした程度の効果。だとしてもそれはこの勝負では大きな影響を及ぼすものになるのだった──
「幻世『ザ・ワールド』!」
間一髪、咲夜は能力を発動、スペルカード宣言を行う。
宝剣の切っ先が彼女の首筋に届く寸前に、体が分離する直前に──
空中に存在する緋想の剣を、乱雑に掴み取り、天子と同様に投擲。止まった世界をただ1人動き回り、ナイフを設置する。着々と準備は進んでいた。
「整った……」
ほんの数秒後、ナイフの数が3桁に到着した段階で咲夜はぽつりと呟く。ついに
スポットライトが演者を照らすように、銀の光が天子を取り囲む。ありとあらゆる方位から飛び出す寸前のそれらと、更にもう1つ。ナイフの群れがスポットライトだとしたら……レーザーポインター、更にいえば照射されたそれは──ライフルに取り付けられたものだろうか。剣と銃、凶悪な武器という点はにおいては──一致していた。
次の瞬間、咲夜は指を鳴らして乾いた音を響かせる。何の合図かは、言うまでもないだろう。
そして、何が起こるかも。
要石により、一部弾かれるナイフこそあれど、一瞬の間に約百本のナイフを捌ききれる程天子は化け物じみていなかったのだ。そして仮に捌けたとしても……緋想の剣という、強力な兵器がある。
「あぐっ」
身を捩り、抵抗を見せるも、そこに活路は無かった。一点突破を狙って、最小限の動きで、最大速度で正しい方向を駆け抜ければ、あるいは、スペルカードを使えば……と考えるのも後の祭り。未来は既に確定している。
「ぐ、あぁっ!」
咲夜の想定外の事態として、ナイフの猛襲を受けても彼女は無傷という状況にあれど、強靭な天人の身体でも、緋想の剣は防げなかった。
被弾、1。と咲夜は心の中でカウントする。
流れは自分にある……そう考え、苦悶の表情を浮かべる天子に咲夜は吶喊した。
このまま勝ち切る、という作戦である。相手に攻める機会を与えず、一方的にスペルカードを連射し、勝つ。
それを実現せんと、スペルカードを構えた。そして、天子の至近距離で宣言を始めた瞬間の事である。
どくん、と。心臓が跳ね上がった。
(────!?)
どくん。どくん。
心臓の鼓動がどんどん、際限ないのではと錯覚する程に速くなる。痛痒を咲夜に齎せるぐらいに、脈打っている。
明らかに異常な状況。しかし、手の打ちようがない。策を考えるには、あまりに唐突で、時間が足りない。
そしてそのまま彼女は──
そこで見た物は──見知った人物らが、見たことの無い緑色の蜥蜴をあやつり、見たことの無いおぞましく真っ黒なものを退治する様子であった。
そう、リオルの見た物と、同一の出来事だ。八雲紫、伊吹萃香。彼女らの映像が数十秒流れ……目が覚めた時には既に、天子との弾幕ごっこに敗北していた。
咲夜は当然、その結果には納得いかない。気を失っている間に一方的にやられ、敗北を喫したという非常事態に言いたい事は幾らでもある。卑怯だ、ズルだ、と。
ただそれ以上に……あの映像が気にかかっていた。あれは一体、なんだったのだろうか。勝利を宣言する天子の姿をなるべく視界に入れないようにしつつ、考える。
結果的に、その疑問はあっという間に解決する事になった。何故なら、第三者の介入──伊吹萃香の参戦という、咲夜にとって大きな出来事が起きたからである。
イーブイの手塗ってなかった……