少女の歌は雷鳴の如く   作:木野きのこ

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機械仕掛けの神

 

響ちゃんと対ネフシュタンの少女のための特訓を始めてからはや数日。

今日は大事な任務のために学院はお休みになりました。

なんでも二課を支えてくれるお偉いさんがどこぞの革命グループに暗殺されたらしく、それに伴って、二課の保有する完全聖遺物〈デュランダル〉をより安全な場所へと移送するとか何とか。

それが今回の任務だそうです。

 

輸送に了子さんの軽自動車を使い、それを護衛するための車両を四台、上空からはヘリが一機直掩に入ります。

ちなみに私は司令と共にヘリに乗って上空からの護衛です。

 

時刻は朝の5時ちょうど。

まだ少し暗いリディアン音楽院の前に私と響ちゃんをはじめとした十余名が集合した。

 

「すっごい眠い……」

 

寝癖でボサボサの頭を手で直しながら、大欠伸をかく。

別に緊張で眠れなかったわけではない。

単純に私が朝に弱いだけの話です。

いやまあそれを抜きにしたって朝の5時はやりすぎでは?

ほら、お天道さんだって、今ようやく向こうの山から顔出したレベルなのにアホなんじゃないですか?

 

「小詠さん!頑張りましょう!!」

 

響ちゃんは朝早くだっていうのにもう元気爆発してるんですか。

若いっていいですね、ひとつしか変わりませんけど。

 

「ほらほら小詠ちゃん、女の子なんだから身だしなみにもう少し気を使いなさい」

 

何度手で直しても反発する私の寝癖を見かねたのか、了子さんが櫛で梳いてくれる。

 

「これでも寝起きよりはマシなんですよ……」

 

目覚めた直後の私の頭は、それはもう凄いことになっている。

もともと髪質が癖っ毛だというのもあるかもしれないが、それを抜きにしても、本当にひどい。

どこぞのスーパーサイヤ人並みに爆発して逆立っている時もあるくらいだ。

 

「はい、これでオッケー」

 

渡された手鏡を見ると、さっきまで反発していた寝癖は収まり、いつもの髪型になっていた。

さすが了子さん、できる女は格が違う。

時折貞操の危機を感じさせるのが玉に瑕ですけど。

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして〜」

 

「ふむ、そろそろ準備はいいか?」

 

私たちが寝癖直しに悪戦苦闘している間に、護衛の黒服さんたちとの確認を終えた司令がこちらにやってくる。

 

「はい、いつでも」

 

「が、頑張ります!」

 

「よし、ではこれより作戦を開始する」

 

「作戦名は天下の往来独り占め大作戦よ!」

 

こうして、デュランダル移送作戦——もとい天下の往来独り占め大作戦が始まった。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

移送作戦は順調です。

それはもう不吉なくらいに。

このまま何事もなく終わって欲しいのですが、おそらくそうはいかないのが世の常というもの。

ネフシュタンの少女が襲撃してこないとも限らないので、警戒は必要です。

 

「何か見えるか小詠くん?」

 

「特に異常はないですね」

 

そもそも海上のハイウェイなんて見通しのいいところで襲撃をかけてくる人間はいないでしょう。

戦闘機や爆撃機ならともかく、今日日の日本でそんなものを使えば国際案件不可避ですからね。

攻めてくるとすれば、ハイウェイを降りた直後が怪しいです。

もっとも相手が人間ならば、ですけど。

 

「ッ!?」

 

その時だった。

進路上のハイウェイに亀裂が入っているのが見えた。

 

「司令!」

 

「招かれざる客のお出ましだ!左舷、各自備えろッ!」

 

司令の怒号とほぼ同時に、ハイウェイの一部が崩れた。

逃げ遅れた一台の護衛車両が海へと落ちていく。

 

「そんな……!」

 

「アイツらはこの程度では死なん!次に備えろ!」

 

「は、はい!」

 

速度を上げた一団がハイウェイを抜け、市街地に入る。

朝早くということもあり、道路を走る車がいないことが唯一の救いか。

 

『弦十郎くん!招かれざる客ってどっち!?』

 

「姿は確認していないがおそらくノイズだろう!」

 

『なるほどねえ。この展開、想定していたより早いかも!』

 

「すまん、何とか逃げ切ってくれッ!」

 

『……まったく、簡単に言ってくれちゃって!』

 

車両が加速した瞬間、了子さんの真後ろにいた護衛車両が突然空へと舞い上がった。

 

「「!!??」」

 

見れば下水道のマンホールが破損しており、中から噴き出した水の水圧で打ち上げられたらしい。

さらにその奥にノイズらしき姿もある。

 

「司令、下水道にノイズが!」

 

「ああ見えている!了子くん!マンホールにに注意しろ!奴らは下水道を使って攻撃してきているぞ!」

 

『言われなくても見えてるわよッ!!』

 

またひとつ、護衛車両が吹き飛ばされる。

これで残り一台。

たった数分の出来事なのにすでに半分以上が損失してしまった事実に驚く。

 

『弦十郎くん!このままだとヤバくない?この先の薬品工場で爆発でも起こればデュランダルは——』

 

「わかっている!だが護衛車両だけ的確に破壊しているってことは奴らはデュランダルを狙って制御されて襲撃してるってことだ!」

 

手元の地図を見ていた司令が顔を上げてニヤリと笑う。

 

「だったらそれを逆手に取って攻め手を封じる!」

 

『勝算はあるんでしょうね!?』

 

「思いつきを数字で語れるものかよッ!!」

 

司令と了子さんのやり取りをしている最中にもノイズの襲撃は続き、マンホールから直接姿を現したナメクジ型ノイズによって最後の護衛車両が破壊された。

それでも何とか逃げ込んだ先の薬品工場にはそれすらも想定していたと言わんばかりに大量のノイズが待ち構えていた。

タンクの上にはネフシュタンを纏ったあの少女の姿もある。

このままだと間違いなくデュランダルは奪われてしまうだろう。

 

「司令!私が出ますッ!」

 

「本気か!?お前の雷が誘爆すれば辺り一帯は!」

 

「加減はしますよ!できる限り!」

 

ネフシュタンの少女が相手では、無理な相談かもしれませんが……。

それでも、やるしかありません。

 

ヘリの後部ハッチを開き、私は中空に身を躍らせた。

爆発によって荒れ狂う暴風の中、響ちゃんたちの元へ一直線に飛び込む。

 

「———————————」

 

聖詠を謳いあげ、その身にシンフォギアを纏った私は地面にクレーターを作りながらも、着地をしてみせる。

すでにノイズの大群を前にした響ちゃんはシンフォギアを纏って、その出方を伺っていた。

 

「小詠さん!」

 

「おまたせ響ちゃん!準備はいい?」

 

「はいッ!」

 

互いのシンフォギアが震える。

イントロのように流れ出したメロディが位相差障壁で隔絶された世界に存在するノイズを現実世界に引きずり出すフィールドを形成する。

響ちゃんは拳を構え、私は脚を構える。

 

「最速でッ!最短でッ!」

 

「真っ直ぐ一直線にッ!」

 

ほぼ同時にノイズの群れに向かって飛び出す。

 

「「ブチ抜くッ!!!」」

 

抉るような拳の一撃と、鋭い飛び蹴りがノイズを跡形もなく消し飛ばした。

それを皮切りに、私たちはたった数日とはいえ培ったコンビネーションで背中を預けあい、群れの中心で次々とノイズを屠り続ける。

 

司令との特訓で全身が凶器とかした響ちゃんが持ち前のバイタルと〈ガングニール〉の爆発力で次々とノイズを薙ぎ倒し、私はといえば、その威力ゆえに〈バンカーシェル〉すら使えないので、記憶にある技で何とか対処するしかないのだが……。

……さすがに響ちゃんの戦闘力上がりすぎじゃない?

一撃のたびに地面が砕けるってどれだけの威力で打てばそんなことができるようになるんですか。

 

「ホアチャアッ!!」

 

ズガン!という音と共にまた大地が抉れ、体当たりを喰らったナメクジ型ノイズが三十メートルくらい吹っ飛ばされる。

あれ鉄山靠ってヤツですよね?初めて見ました。

しかもすっごい威力、風圧だけで周囲のノイズが消し飛ばしたし、軸線上のノイズは全部薙ぎ倒して、壁にクレーター作って霧散させるって相当ヤバイ。

何がヤバイって、私が助走に〈バンカーシェル〉の炸裂を上乗せすることでようやく出せる蹴りの威力をただの体当たりで出してるあたりがです。

……いやまあ生身でシンフォギアをぶっ飛ばす司令がマンツーマンで稽古つけているんだから、当然といえば当然ですかね。

 

「今日こそモノにしてやるよッ!!」

 

「「ッ!!」」

 

ノイズを蹴り飛ばしつつ、そんな響ちゃんのぶっ飛んだ戦いぶりを見ていると、頭上から声とともに鞭が振り下ろされる。

ついにネフシュタンの少女が動き出した。

即座に私は横っ飛びで回避するが、それより速く動いた少女が響ちゃんに飛び蹴りを喰らわせる。

 

——その時。

背中がぞくりと震えた。

恐怖とも畏敬とも似つかぬ言い知れぬ感覚が全身を駆け巡る。

私が振り返る間も無く、それは格納されていたケースを突き破って姿を現した。

 

「!?」

 

その場にいる全員が、その光景を見つめていた。

中空に浮かぶ黄金の光を纏い、中ほどで折れた灰色の剣。

天羽々斬のような機械的な剣ではなく、装飾の施された儀式的な剣。

あれが完全聖遺物〈デュランダル〉ですか。

って呑気に見ている場合じゃない。

なぜ急にデュランダルが姿を現したのか疑問には思うが、あれを護衛することが私たちの任務なのです。

ならば、それをまっとうするまで。

 

「頂くぜ!デュランダル!」

 

「そうはさせないッ!!」

 

デュランダルに一番近い位置にいたネフシュタンの少女が強奪のために飛び上がるが、それを防ぐために、〈バンカーシェル〉を炸裂させて一気に肉迫する。

そのまま体当たりで少女を吹き飛ばした。

 

「お前ッ!」

 

「響ちゃん!」

 

少女に吹き飛ばされた響ちゃんが戦線に復帰し、デュランダルへと手を伸ばす。

 

「絶対に渡すものかッ!」

 

響ちゃんがデュランダルを掴んだ刹那。

世界が反転した。

 

「ッ!?」

 

背中が震える。

だが、さっきまでの言い知れぬ震えではない。

これは明確な恐怖と畏怖だ。

そして、それは響ちゃんから発せられている!

 

「グ……ギギ……!」

 

「響……ちゃん?」

 

「ガアアアアアアッッ!!!!」

 

突き上げたデュランダルから放たれた膨大な熱量が朝の空を茜色に染め上げる。

その刀身はいつのまにか完全な姿を取り戻しており、燻んだ灰色の刃も、黄金に輝く剣へと変わっていた。

 

「まさか……デュランダルが起動したの!?……グッ!?」

 

呆然とその光景を見上げた矢先、頭が割れそうなほど激しい頭痛に襲われる。

今までに感じたことのない痛みに耐えきれず、なす術なく私の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

『小詠くん!小詠くん聞こえるか!一体何がどうなっている!?』

 

上空のヘリから現場を見下ろしていた弦十郎が逼迫した様子で小詠の名を呼ぶ。

見えたのは響がデュランダルを掴み何かが起こったところまで。

それ以降、眩い光が辺りを包んでおり、上空からは何も見えない状況だった。

 

『小詠くん!聞こえていたら返事をしろ!』

 

「……聞こえている。この程度で狼狽えるな」

 

しかし、通信機から聞こえてきたのは小詠の声でありながら似ても似つかぬほど冷徹で冷酷な氷のように冷たい声だった。

 

『……小詠くん、なのか?』

 

「ああそうだ。私の名は鳴神コヨミだ」

 

『……状況はどうなっている』

 

「立花がデュランダルを起動させた。それだけのことだ」

 

『なんだと!?』

 

「おまけに聖遺物同士の干渉で暴走もしている。このままではさっきお前の言った通りのことになるぞ」

 

『ずいぶん人ごとのように言うんだな』

 

「実際人ごとだろう。私にとってはここが更地になろうと関係ない」

『…………』

 

「だがまあ、当事者として見て見ぬ振りも夢見が悪い。まあ見ていろ、丸く収めてやるさ」

 

小詠はニヤリと笑うと、弦十郎との通信を切った。

そうして、同じようにその光景を見つめているネフシュタンの少女へ視線を移す。

 

「そんな力を見せびらかすなッ!」

 

しかし、少女も事態を飲み込めずに混乱しているのか、手にした杖から大量にノイズを召喚して応戦しようとする。

 

「やれやれ、余計なことを」

 

小詠は頭に手を当て盛大なため息をこぼすと、肩を竦めながら響と少女の間に割り込んだ。

 

「なっ、何のつもりだッ!」

 

「下がっていろ。死にたくなければな」

 

短く、簡潔にそれだけ伝えると、ネフシュタンの少女を一瞥し、小詠の意識から彼女の存在は完全に消された。

眼前でデュランダルを構える響を見据え、またしてもニヤリと笑う。

 

「本来の武御雷槌を見せてやろう」

 

バッ!と両手を広げると、それに呼応して脚部の装甲が弾けた。

いや、脚部だけではない。

全身の装甲または一部がパージされ、小詠の眼前で再結合し武器を形作る。

時間にして数秒と経たないうちに、それは完成していた。

 

「かかってこい、デュランダル」

 

白銀に輝き、紫電を纏う戦鎚を構えて、そう言った。

 

「ガアアアアアアッ!!」

 

「ハァァァァァァッ!!」

 

ZEUS EX MACHINA(ゼウス・エクス・マキナ)

 

振り下ろされる黄金の巨大な剣と、振り上げられた極光の巨大な戦鎚が激しくぶつかる。

閃光が世界を真っ白に染め上げた。

爆音が大気を震わせるほど轟いた。

幾重にも重なる衝撃が地表を抉り、大地を砕き、空間すらも歪ませる。

二人の少女——いや、二つの聖遺物から発せられたフォニックゲインが荒れ狂い、逆巻く烈風となり、渦巻く嵐となり、その周囲に出現していたノイズを跡形もなく消し飛ばす。

そこには何者の存在すらも許さないと言わんばかりに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからどれほどの時が流れたかは定かではない。

刹那のごとく短い時間であったかもしれないし、永劫とも取れるほど長い時間であったかもしれない。

激しい閃光と衝撃が収束し、その場には二人の少女と役目を終えた聖遺物だけが残されていた。

その他に遺るものなど存在せず、ましてや勝者など存在しない。

ただそんな状況下でもひとり無傷のまま傍観者であり続けた女だけが立っていた。

 

「ひとつひとつは弱くとも、束ねた力は完全に迫るということか」

 

その女の瞳には、胸元に稲妻の痣が刻まれた少女の姿が反射している。

 

「とはいえ、所詮はただの寄せ集め。完全を冠したところで、真の完全には至るべくもない」

 

少女たちの傍に置かれたデュランダルを手に取り、破損してしまったコンテナに形だけの格納を行った女は、少女たちを一瞥すると、満足そうに微笑むのだった。


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