少女の歌は雷鳴の如く   作:ハシタカノミコト

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孤独のカタチ

 

デュランダルの移送任務が頓挫した翌日。

目覚めた私を待っていたのは全身の筋肉がバッキバキに痛むという現実でした。

いや比喩とかではなく、本当に腕や足どころか、指先や足先の末端に至るまで全ての筋繊維が悲鳴を上げているんです。

それに気づかずに動かそうとして、さっき五分くらい悶絶する羽目になりました。

 

「とてもつらい」

 

誰にいうでもなく呟いたら、顎がめちゃくちゃ痛かった。畜生め。

そもそも、こうなった原因に心当たりなんてあるわけがない。

昨日の移送任務の途中から気を失っていて、目覚めたら任務はすでに終わっていたからよく覚えていないのだ。

了子さん曰く私がデュランダルの一撃を相殺した反動なんじゃないかって言っていた。

空から見ていた司令は爆煙でよく分からなかったらしい。

そこんところどうなの? って視線を二人して向けてきたけど……。

 

…………。

 

知るか!

こっちは気を失ってたって言ってるでしょ!!

そもそも、なんで私の与り知らぬところで身体を好き勝手されて、私が筋肉痛で寝込まなきゃいけないんですか!!

 

その上、さらに司令からは——

 

「いつもの小詠くんだな……」

 

——なんて、なぜか訝しむような視線を向けられた。

くそぅ、くそぅ。

私が一体何をしたっていうんだ……。

 

しばらく睡魔に身を任せて眠ろうとしたが、いつものように寝返りを打とうとして激痛が走り、強制的に目が覚まされた。

畜生めッッッッッ!!!!!!!

こうしてゆっくりするのは久しぶりですし?ありがたいんですよ?

でもねぇ!筋肉痛に苦しみながら天井のシミをずっと数え続けていると頭がおかしくなりそうなんですよ!

たまには少しとっ散らかった部屋の光景やカーテン向こうのベランダの光景が見たいんですよ!

 

「とてもつらい」

 

本日二度目。

やっぱり喋ると顎が痛かった。

この筋肉痛はいつまで続くことになるのだろう。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

それから数日。

幾分かマシになったとはいえ、未だに筋肉痛で痛む身体を押して街中を歩いていた。

なぜ家でおとなしくしていないのかって?

日用品がいろいろ切れそうだからですよ!

しかもこういう時に限って司令も了子さんも響ちゃんも誰も電話に出ませんし!

 

「あと……百メートル」

 

壁に手をつきながら、生まれたての子鹿のように震える足で牛歩のごとく歩む。

ちなみに自宅から最寄りのスーパーまでは歩いて十分。

ここに来るまで三十分を要してるので、いつもの三倍遅く進んでいることになる。

三倍遅く進むって意味わからない……。

しかも、残りの百メートルがものすごく遠く見えた。

こんなに遠かったっけ……?

 

「こんなに遠かったっけ……?」

 

道行く人々は私の方へ一瞬視線を向けるが、そのまま去って行ってしまう。

そりゃ誰も助けてくれませんよね!日本人ってそういうところありますもんね!

我関せずとか対岸の火事とかお門違いとかそういう言葉多いですからね!

誰彼構わず助けようとする響ちゃんの方がおかしいんですって!

 

「あっ……」

 

考え事をしながら歩いていたら躓いて転んだ。

全身が筋肉痛のせいでめちゃくちゃ痛い。

両手に力を入れて立とうにも痛くて力が入らない。

これはあれだ、詰んだというヤツだ。

こんな状況で助けてくれるのなんて響ちゃんみたいな人助けが趣味みたいな人間か底抜けにお人好しな人だけだろう。

こうなったら這ってでも行くしかあるまいて。

 

「おいおい大丈夫かよ」

 

ゾンビのごとくズリズリと這いながら進もうとしていたら、ぶっきらぼうだが、優しい手が私を掴んで起こしてくれた。

 

「ああ、すみません。ありがとう——ッ!」

 

「……お前」

 

顔を上げて、私は驚愕した。

それは相手も同じだったらしく、目を丸くしてこちらを見つめている。

 

「ネフシュタンの……!」

 

「アイツと一緒にいた……!」

 

これが、私と雪音クリスのシンフォギアを介さない、初めての出会いだった。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「ほらよ」

 

「ありがとう」

 

ネフシュタンの少女改め、雪音クリスちゃんがやっぱりぶっきらぼうに袋を差し出してきた。

その中には、私が買おうとしていた日用品がしっかり詰まっている。

 

「ったく、筋肉痛なら家で大人しくしてろよ」

 

「いや〜、面目無い」

 

ヘラヘラと愛想笑いを浮かべて差し出された袋を受け取るのだが……。

 

(ぐおおお……この程度の重さでも痛むんですか……)

 

「ふっ……ぐぅ……!」

 

「おい、顔が赤いぞ」

 

しまった。

これ以上心配をかける訳には……もといこちらの情報を出す訳にはいかない。

平常心、平常心。

 

「き、昨日唐辛子を食べ過ぎだからかな!?」

 

「なんだそれ」

 

クリスちゃんは呆れたように息を吐くと、私の隣にどっかりと座り込む。

……なんだかとんでもないことになってしまったぞぅ。

ついこの間まで敵対していた女の子と街中でバッタリ会った挙句、買い物までしてもらって、昼下がりの公園のベンチで日向ぼっことは恐れ入る。

何を話せばいいんでしょうか。

 

「ねえ、クリスちゃんはこんなところで何してたの?」

 

「あ?敵のお前に教える訳ないだろ」

 

「デスヨネー」

 

もっと違う話題にしよう。

えーと、えーと……。

 

「なんで助けてくれたの?」

 

「別に深い理由はない。強いていうなら、邪魔だったからだ」

 

「邪魔って……」

 

「考えてみろよ。側から見れば白い毛玉が道端で動いてるんだぞ。」

 

「毛玉って……」

 

「だから退かそうと思った。そんだけだ」

 

「……でも道端なら別に邪魔でも何でもないんじゃないの?」

 

事実、道行く人々は私のことを見て見ぬ振りでしたし。

 

「なっ!いや、確かに……そう、だけどよ」

 

「……もしかしてクリスちゃんって口調の割にはお人よ——」

 

「ち、違うッ!断じて違う!あたしにとっては邪魔だったんだよッ!」

 

顔を真っ赤にして否定しているあたり、どうやら図星らしい。

 

「そ、それよりあっち向け!お前の頭ボサボサすぎて見てらんねえんだよ!」

 

無理やりクリスちゃんに頭を鷲掴みされた私はグキッ!という音が似合う勢いで向こうを向かされる。

筋肉痛との相乗効果でめちゃくちゃ痛い。

しかし、そんな痛みに堪える私をよそに、クリスちゃんはどこから取り出したのか櫛で梳かし始めた。

 

「ったく、どうやったらこんな頭になるんだよ」

 

「いや〜、それほどでも」

 

「褒めてねーよ、バカ」

 

文句を言いながらも梳かしてくれる手は優しく、とてもこの間は敵対していたと思えなかった。

或いは、これが本当のクリスちゃんで、ネフシュタンを纏っているときは悪ぶっているだけなのかもしれない。

ふと、そんなことを思った。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「ほら、これでよし、と」

 

「ありがとう、クリスちゃん」

 

「別に大したことしてねーよ」

 

そう言いつつも照れているのか、クリスちゃんは頬を染めてそっぽを向いてしまう。

何この可愛い生き物。

 

「なんで頭を撫でるんだ!」

 

「……はっ!?」

 

あまりの可愛さに無意識に撫でてしまった。

おそるべし雪音クリス。

しかし撫でるのはやめません。

フワフワでなんか気持ちいい。

 

「あんまり可愛いかったもんでつい……」

 

「かっ、可愛いとか言うな!あと撫でるのをやめろ!」

 

撫でてた手を払われると、クリスちゃんは逃げるように立ち上がって、少し離れた位置に移動してしまう。

ああ、残念。もっと撫でたかった。

 

「あたしとお前は敵同士だってことを忘れるな!」

 

今度は犬歯を剥き出しにして犬のように威嚇してくる。

はえ〜、可愛い。

なんかこう、まだ人に慣れていない犬って感じがします。

 

「だいたい——」

 

「こんなところで何をしているのかしら?」

 

クリスちゃんが何か言おうとしたところで、それは遮られた。

途端に場の空気が凍り、重たい圧のようなものが支配する。

 

「——ッ!なに……?」

 

「何の用だ、フィーネ!」

 

クリスちゃんの見つめる先には木立がある。

だが、その木立の中からひとりの人影が現れた。

黒い帽子とワンピースのようなものを纏った女。

私と同じように髪が長いが、きっちりと手入れされて切りそろえられた金髪。

サングラスをかけているので、素顔ははっきりしないが、ひとつだけわかることがある。

 

(コイツは……ヤバイです)

 

第六感のようなものがそう叫んでいた。

明らかに普通とは逸脱した空気を纏っている。

 

「貴方には立花響の確保を命じていたはずよ」

 

「言われなくても、自分に課せられたことくらいわかってる」

 

クリスちゃんの返答に満足なのか、フィーネと呼ばれた女は口角を上げて妖艶に微笑んだ。

そのまま彼女は踵を返してその場を去り、反対方向へクリスちゃんも歩き出す。

 

「待って!」

 

ダメだ、クリスちゃんを行かせてはいけない。

何とか引き止めないと。

痛む身体に鞭を打って奮い立たせ、追いかけるための重たい一歩を踏み出す。

 

「ついてくるんじゃねえ!」

 

「でもッ!」

 

「ここから先は戦う力のない奴が出る幕じゃねえんだ。すっこんでろ!」

 

刹那、まばゆい光がクリスちゃんを包み込み、次の瞬間にはネフシュタンの鎧を身にまとって、空へと飛び出していた。

 

「クリスちゃん!」

 

名前を呼ぶが、彼女の姿はすでに遠く、聞こえるはずもない。

私の叫びだけが虚しく虚空に響いていた。

このままではいけない、何となくそんな気がした。

それがわかっていながら——

 

「痛て……」

 

追いかけようとしても、身体はついてこない。

ひき止めようにも、言葉が浮かばない。

痛みに堪えきれず、その場に蹲る。

——見送ることしかできない自分に、歯噛みすることしかできなかった

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