遠くで爆音が聞こえた。
ここからそう離れてはいない所が発生源だということは理解できた。
おそらく、響ちゃんが近くにいたということでしょう。
よかった、ならまだ間に合う。
こんな戦い間違ってる。
無意識に人を助けてしまう彼女が本心から人攫いをやりたいと思っているはずがありません。
もしかしたら私の勘違いかもしれない。
もしかしたら私の独善かもしれない。
それでも……。
雪音クリスという少女のことを知ってしまった。
だから、見過ごすことなんてできない!
「ふっ……ぐぅ……!!」
骨が軋む。
筋肉が悲鳴をあげる。
神経は今にも千切れてしまいそうだ。
それでも、立ち上がる。
歌え、唄え、謳え、詠え。
心のままに。
「——————————————」
聖詠を捧げる。
まばゆい光に包み込まれた私はシンフォギアを纏った。
「行くぞッ!!」
〈バンカーシェル〉を炸裂させて、私は空へと翔ぶ。
中空から見下ろした公園の、その向こう。
森の中から土煙が上がっている所が見える。
たぶん、あそこに響ちゃんとクリスちゃんがいるはずです。
『小詠くん!何をしている!』
私がシンフォギアを纏ったことを確認したのか、通信機から逼迫した様子の司令の声が聞こえてきた。
『君にはまだ安静が必要だ!今すぐシンフォギアを解除しろ!!』
「すみませんがそれは聞けない相談です!」
言うのが少し遅かったようですね。
シンフォギアを纏ってしまえばこっちのもの、好きにやらせてもらいます。
「響ちゃんとクリスちゃんの戦いを止めに行きます!引き止めても無駄ですからね!」
『……無茶だけはするんじゃないぞ!』
「善処します!」
着地して再び跳躍、あまりの痛さに膝をつきかけたが、無理矢理〈バンカーシェル〉の炸裂で跳び上がる。
森の中、開けた場所で対峙する響ちゃんとクリスちゃんが視えた。
「ぶっ飛べよ!アーマーパージだッ!!」
ネフシュタンの鎧が眩しいほどの光を内側から放出している。
それを見た私は即座に空中で体勢を変え、二人の間に飛び込む軌道に乗った。
「ハァァァァァァッ!!」
【
腰部のブースターで加速した私はフルパワーの一撃を纏い、急降下する。
流星のごとき一撃でふたりの間に割り込み、着地と同時に落下エネルギーと〈バンカーシェル〉の衝撃で地表砕き、大地を隆起させ天然の盾へと変える。
「小詠さん!?」
驚く響ちゃんを気にする間も無く、次の瞬間、クリスちゃんの纏っていたネフシュタンの鎧が文字通り弾けた。
全方位へと飛び散った鎧が、木々を薙ぎ倒し、東屋を倒壊させる。
後には何も残らず、岩陰に隠れていた私と響ちゃん、そしてこの状況を作ったクリスちゃんだけが残った。
「小詠さん、どうしてここに!?まだ筋肉痛で寝込んでいるんじゃ……」
「色々あったってことにしておいて。今はクリスちゃんを止めに来たとだけ言っておくわ」
「そ、そうなんですか?……というかなんで小詠さんがクリスちゃんの名前を……?」
響ちゃんはいつもの調子で次々と質問をぶつけてくる。
ええい、少しは落ち着きなさいって。
「まあ、ちょっとね。それよりも……」
立ち上がって、岩の向こうに立つクリスちゃんを見る。
俯いたまま怒りに震えているのか、拳を握りしめて、こちらを睨みつけていた。
「お前……!」
「クリスちゃん……」
土煙が吹き荒れる中、私とクリスちゃんが対峙する。
その後ろにいる響ちゃんはよくわかっていないのかキョトンとした顔つきで私たちを見ていた。
「……裸で恥ずかしくないの?」
私はキメ顔でそう言った。
「なっ!?バッ、バカにしてんのかッ!!」
「バカになんてしていない!本当にそう思ったんです!」
事実、女同士とはいえ裸を見られて恥ずかしくない人がいるとは到底思えませんが……。
だいたいなんで一糸まとわぬ生まれたままの姿だっていうのに仁王立ちしてこっち睨みつけてるんですかクリスちゃんは。
司令が付近に避難警報出してなければ誰かに見られてたかもしれないというのに。
「ハッ!ふざける余裕があるならこっちも手加減なんてしねぇぞッ!」
「クリスちゃん!?何を!」
「Killter Ichaival tron」
これは……聖詠!?
まさか隠し玉ってことですか!?
『アウフヴァッヘン波形を確認!これは……!』
『イチイバル……だとぉ!?』
『間違いありません!失われた第二号聖遺物イチイバルです!』
「クリスちゃん……あなたも適合者ってこと……なの」
光を纏うクリスちゃんを見つめて呆然と呟く。
もし彼女が適合者だというなら、なおのこと私たちが戦う理由などないはずだ。
「……本当は使いたくなかった。教えてやるよ小詠ッ!あたしは歌が嫌いだッ!」
「歌が……嫌い……?」
自分を包んでいた変身の際に発生するバリアフィールドを吹き飛ばしたクリスちゃんは両手に構えたガトリングをこちらに向けてくる。
「穴あきチーズにしてやるッ!!」
【BILLION MAIDEN】
いやそこは蜂の巣じゃないんですか。
と言うツッコミをする暇もなく、迫る弾幕から逃げ回る。
筋肉痛はとうに感じなくなっていた。
おそらく脳内麻薬的なサムシングで感覚が麻痺しているだけでしょう。
これは後が怖くなってきたぞぅ。
「うわわわわっ!!!」
「もってけフルバーストだッ!!」
【MEGA DEATH PARTY】
今度はミサイル!?ならッ——!!
「ちょろちょろとッ!うざってぇ!」
木々を盾にしてミサイルとガトリングの嵐を何とか掻い潜り、弾幕から逃げ切る。
が、不規則な軌道で追いついたミサイルが私を追い越して前方で爆発し、広場の方へと吹き飛ばされてしまった。
空中で受け身を取り、体勢を立て直して着地すると、クリスちゃんと再び対峙する形になる。
しかし、武器は構えても攻撃してくる様子はなく、立ち尽くしたままこちらを睨んでいた。
「おい小詠!どうしてさっきから攻撃しようとしない!」
「どうしてって……クリスちゃんを止めるのに戦う必要なんてないでしょ?」
「ふざけたことを吐かすな!戦う力も戦う気もないヤツはすっこんでろって言ったはずだ!」
「あるよ、戦う力。でもこれはクリスちゃんと戦うための力じゃない」
シンフォギアは人同士で戦うために作られたものなんかじゃない。
こんなことはきっと間違ってる。
「ノイズと戦うための力だ!だから私はクリスちゃんとは戦わない!」
「この期に及んでまだそんな甘っちょろいことをッ!」
手にしたガトリングから弾幕が放たれる。
が、今度は逃げません。
私の覚悟をクリスちゃんに見せてあげます。
「……今度は避けようとすらしねぇのか」
「これが私の覚悟だよ、クリスちゃん。もうこんなことやめよう?」
「ハッ!足が震えてるくせによくもまあヌケヌケと言えたもんだ!」
ぐっ、痛いところをつきますね。
ここに来るまでに酷使した上に急降下キックと逃げ回ったせいで限界を超えてたから、実は動けませんでした……なんて口が裂けても言えない。
正直なところ、もう立ってるだけで精一杯なんですよね。
このまま和解ってことになりませんか?なりませんかそうですか。
「言っとくがあたしはお前や
低い駆動音とともにガトリングの銃身が回転を始める。
ガシャンという音ともに腰部のハッチが開いて大量のミサイルが顔を覗かせた。
「小詠さんッ!」
「大丈夫だよ、響ちゃん」
こちらに駆け寄ろうとする響ちゃんを笑顔で制止する。
動けない上に銃口を向けられて怖いくないわけがありません。
でも、そんな時こそ自分は大丈夫だって笑うものです。
どんなに怖くても、どんなに追い込まれても。
「いい言葉を教えてあげる。ピンチの時こそ笑え。……覚えておいて」
「ピンチの時こそ……笑え」
そう。
私たちはノイズに対抗できる唯一の希望。
シンフォギア装者なのだから。
「それじゃあ閻魔様によろしくなッ!!」
低い駆動音が激しい炸裂音に変わる。
大量のミサイルが風を切る音が聞こえる。
「小詠さんッ!」
叫ぶ響ちゃんを安心させるように振り返って、もう一度笑ってみせる。
そして、次の瞬間。
私の視界は真っ白な閃光と、耳をつんざくような爆音に飲み込まれた。