結果から言えば、私は死ななかった。
当然です。
言ったでしょう?信じているって。
私は信じていました。
クリスちゃんを。
響ちゃんを。
仲間たちを。
「……盾!?」
「剣だッ!!」
天から降り注ぐ声。
爆煙が晴れると、私とクリスちゃんの間には巨大な剣が突き立っていた。
「遅れてすまない。大事ないか?鳴神」
「おかげさまでこの通りピンピンしてます」
とは言ったものの、動けないことには変わりないのですが……。
駆け寄ってきた響ちゃんが肩を貸してくれたので倒れずに済みましたが……ちょっと無茶のしすぎですかね……。
「ハッ!死に体でおねんねと聞いていたが……足手まといがここに来て何しようってんだ?」
「……そうね。確かに今の私は足手まといかもしれない」
フワリと巨大な剣から飛び降りて、舞うように着地する。
「それでも、もう何も……失うものかと決めたのだ」
「翼さん……」
「力を貸して欲しい。立花、鳴神」
「はいッ!」
「背中は任せてください」
私たちを一瞥した翼さんはフッと微笑みを浮かべると、手にした刀を構えてクリスちゃんへ向かって飛び出した。
「オラオラァッ!!」
対してクリスちゃんも、ガトリング掃射で対抗するが、翼さんはそのことごとくを紙一重で躱しながら接近する。
これこそが剣と鍛えられた風鳴翼の本来の力なのだと言わんばかりに。
クリスちゃんの戦闘センスも私たちより遥かに抜きん出ているが、翼さんはそれすらも凌駕しているようにも見えた。
振るわれる太刀筋は鋭く、武器の相性も相まって、クリスちゃんを終始圧倒する。
そして、戦いはものの数分で終わりを迎えようとしていた。
「うざってえッ!!」
再びガトリングを構える。が——
「!?」
突如空から降り注いだノイズによって、クリスちゃんの両腕のガトリングが破壊される。
そしてさらにもう一匹のノイズが、クリスちゃんへと体当たりをしようとしているのが見えた。
「クリスちゃんッ!!」
考えるより先に身体が動いていた。
支えてくれていた響ちゃんの手を離れて、両脚の〈バンカーシェル〉を同時に炸裂させて飛び出す。
体勢を整えている暇はない、シンフォギアそのものがノイズに対して特攻になるはずだ。
体当たりとも言えないような姿勢でノイズにぶつかった私は、そのままクリスちゃんの胸に飛び込むような形になる。
あ、すごく柔らかい。役得役得。
「お前何やってるんだよッ!?」
「いやぁ……勝手に身体が動いてさ」
でも、もう今ので身体の限界が超えましたね。
これ以上動いたら死にますよ私。主に筋肉痛で。
「バカにして!余計なお節介だッ!」
「あっははは……そうかもね」
私も響ちゃんやクリスちゃんの事は言えませんね。
無意識に助けに入ってしまうなんて。
……はて、私ってこんなキャラだったんでしょうか。
確か記憶を取り戻すついでにノイズと戦っていたはずです。
いままでも確かにシンフォギアを纏って人助けをしてきましたが、ここまで肩入れすることってなかったような気もするんですけど……。
いや、考えるのは止しましょう。
今はこの感触を堪能してやるのです。ぐへへ……。
「ぐへへ……」
「あ!?何笑ってんだよ!」
おっと、久しぶりに口に出てしまいました。
お口にチャックです。
とまあそんな調子でふざけてはいるが、こんな時にノイズの襲撃なんてタイミングが良すぎますね。
なんだか嫌な予感が……。
「命じたこともできないなんて……貴方は私をどこまで失望させるのかしら」
「ッ!?」
「この声……!」
いやフラグ回収早いな。
どこからともなく聞こえてきたこの声には聞き覚えがあります。
しかもついさっき聞いた声じゃないですか。
確か名前は——
「フィーネッ!?」
——そう、フィーネです。
音楽用語で楽曲の終止を意味するイタリア語。
首も動かせないので、視線だけを這わせると、展望台の手すりに肘をつき、その手に杖を持ったフィーネが見えました。
「くっ!こんな奴がいなくたって、戦争の火種くらいアタシひとりで消してやるッ!!」
突き飛ばされた私はそのまま今度は響ちゃんに受け止められる。
こっちもこっちで良い感触ですぐへへ。
「ぐへへ」
「小詠さん!どこかぶつけたんですか!?」
いけない、また出てしまった。
どうも私は意志が弱いらしい。
なんだか真面目な空気漂う中だというのにふざけてしまうのは私のサガなのか。
「そうすれば、アンタの言うように人は呪いから解放されて、バラバラになった世界は元に戻るんだろ!?」
「…………はぁ」
クリスちゃんは一体何を言っているんです?
戦争の火種とか呪いとか、元に戻るとか。
それともあのフィーネとかいう女が何か吹き込んだとかそういう類のお話ですか?
「……もう貴方に用はないわ」
「ッ!?何だよソレッ!!」
「言葉通りの意味よ」
こちらを向いたフィーネが、手にした杖を差し向ける。
すると、空を旋回していたノイズが手裏剣のように変貌し、落下してきた。
「クリスちゃんッ!」
飛び出そうとする。が身体は鉛のように重く、血液は沸騰して全身を駆け巡り、神経は引き裂けそうなほど痛かった。
「ぐっ……」
たまらずに膝をついて蹲る。
このままだとクリスちゃんが……!
「鳴神ッ!!」
しかし、私よりほんの少し遅れて反応した翼さんがノイズを斬り捨てたことで事なきを得るが、今の一瞬の隙で、フィーネの姿は忽然と消えていた。
「待てよッ!フィーネッ!!」
「クリスちゃん!待ってッ……痛ぅ……!」
フィーネが消えたと思わしき方角へ走り出したクリスちゃんを止めるべく手を伸ばすが、その手は届かない。
またしても私は、ただ手を伸ばすことしかできなかった。
茜色の空、夕陽が沈む海へと消えたクリスちゃんの姿が焼き付いて消えてくれない。
「畜生ッ……!!」
ほんの少し、クリスちゃんとの距離が縮まったと思っていた。
でも、そんなことはなかった。
近づいたと思っていた心は再び離れていき、うるさいくらいに苛む。
伸ばした手が掴みかけたモノ。
差し出した手から零れ落ちたモノ。
記憶をなくした私は無くしてばかりだ。
でも、この程度で諦めるものか。
この程度で、歩みを止めてたまるものか。
たとえそれが一握りの可能性だとしても。
この胸の想いを届けるために、今はただ前に進むだけだ。