新たなる適合者の少女、立花響ちゃんが二課に入ってから一ヶ月が過ぎました。
未だに翼さんの機嫌は悪いまま、学院でも二課でもわかりやすいほど不機嫌オーラ全開です。
ただでさえ有名人ということで近づき難い雰囲気を持っているのに、それ以来、完全に孤立しているようにも見えます。
この間なんて響ちゃんに武器まで向けて、シンフォギア同士の戦いになるまで発展して大変でした。
司令が戦いを止めていなければ、もっと大事になっていたかもしれない。
……いや、待って。
よくよく考えてみれば司令って化け物すぎません?
シンフォギアを纏った女の子二人を相手にして、生身で止めるっておかしくない?
何食ったらそんな芸当できるようになるんですか。
聖遺物の欠片でもふりかけにして食ってるんですかね?
OTONAのふりかけですか?
うるせえよ。
え、私は何をしていたのかって?
そんなこと私が聞きたいくらいだ。
片や亡くなった相棒のために、なんでもひとりで抱え込む頑固な女の子。
片や善意100パーセントの人助けが趣味という自己犠牲の塊みたいな女の子。
そして記憶を無くして過去も性格も不明な第三者の私。
……どないせえっちゅうねん。
こんなのどっちを選んでも絶対気まずくなるやつじゃん。
だったら私はどっちの味方にもなりませんよ。
「私はどっちの味方にもなりませんよー」
机に突っ伏して、誰に言うでもなく呟いてみる。
って、また思ってることが口から出た。
なんとも軽い口だ。
まあ言ったところで、反応する人なんていない。
放課後の教室なんだから、当然だ。
「当たり前だ。これは私と立花の問題だ」
「うひゃあ!つば、つばば、つばばばばさん!!」
違った。翼さんがいたらしい。
唐突に後ろから声をかけられて不意打ちをされた私は膝を机に強打した。
というかここ二年の教室では?なぜ三年の翼さんが?
「いっ……つう。いたなら言ってください!」
「すまない、気づいて言っているとばかり」
そんなわけなかろう。
シンフォギアを纏えるといっても私は一般人だぞ。
翼さんと違ってアーティストでもなければ武道を嗜んでなどいない。
相手の気配を察知するなんて芸当できません。
……おいそこ、聖遺物を埋め込まれたヤツのどこが一般人だとか言わない。
「……まあいいです。何か御用ですか?」
「ああ、おじさ——司令から今日ミーティングをするから集まれと言伝を預かった」
「司令がですか?わっかりました。いつも通り発令所ですよね」
「ああ、そう聞いている」
「響ちゃんも参加するんですよね?」
「……ああ」
うわっ、あからさまに嫌そうな顔した。
そりゃ剣向けた相手に会いに行くのは嫌かもしれないけど、公事と私事を混同してはいけませんよ翼さん。
ともかく、考えていたって始まらない。
さっさと翼さんと響ちゃんを連れてミーティングに行かねば。
「ほら、私も一緒に行きますから」
「あ、おい鳴神!」
翼さんの背中を押して、私は二年の教室を後にした。
* * *
「翼さんに、小詠さん?」
「はろー響ちゃん。元気?」
「は、はい。まあ元気ですけど……どうしたんです急に?」
突然の教室訪問を受けた響ちゃんが目を丸くして私と翼さんを交互に見ている。
まあ上級生が下級生の教室に尋ねて来たのなら当然の反応ですよね。
そうでなくても響ちゃんと翼さんの関係って険悪だから戸惑うのも無理はない。
「翼さん、用件があるんですよね」
「……そうだな」
ほら、まーた嫌そうな顔をする。
どんだけですか。
せっかく綺麗な顔立ちしているのに台無しですよまったく。
とまあ、顔に感情を出しつつも、翼さんはスタスタと響ちゃんの元に歩いていく。
「…………」
「あ、あの……翼さん」
ガチャンガチャン!
見つめ合う事数秒、響ちゃんが何かを言おうとして、それを遮るようにどこから取り出したのか、あのごっつい手錠を彼女のか細い両手に嵌めた。
「……え?」
「重要参考人として、再度本部まで同行してもらいます」
「……あちゃー」
それを見ていた私は頭に手を当て盛大なため息。
なぜミーティングがあるから本部に来いと素直に言えないのか。
ほら、響ちゃん涙目になってますよ。
そりゃあんな手錠を二回も三回も掛けられたら泣きたくもなるよね。
誰だってそーなる、私もそーなる。
「な、なんでぇぇぇぇぇ!!!」
茜色に染まる空に、響ちゃんの哀しみの叫びがこだました。
* * *
「はーいそれじゃあ仲良しミーティングを始めましょうか」
せんせー!仲良くない人たちが二名ほどいるんですがー!
了子さん?ねえ了子さーん!?翼さんと響ちゃんが仲良くないですよ!?おい!!!了子さん!!目を背けるな!!!!こっちを見ろ!翼さんを見ろ!!澄ました顔で響ちゃんの存在を完璧抹消してますよ了子さん!響ちゃんめっちゃ困惑してますよ!?おい!目を開けろ!こっちを見ろって!!おい!!!!!
「藤尭、マップを出してくれ」
あれ!?司令無視!?人類最後の砦であるシンフォギア装者の人間関係に亀裂が入っているのに無視!?
「これを見てどう思う?響くん」
「……いっぱいですね」
あ、響ちゃんも気にしてないんですね。
私の杞憂ですかそうですか。
「はっはっはっ!まったくその通りだな!」
「なんの地図なんですか?」
「これは、ここ一ヶ月に渡るノイズの発生地点を図にしたものだ。それじゃあ小詠くん、ノイズについて知っていることは?」
「わかりません」
「……では響くん」
「え、あ、はい。えーと——」
なんだか今この場にいる全員から白い目で見られた気がする。
しょうがないじゃん!記憶喪失なんだから!ノイズのことだってシンフォギアことだって感覚的にしか理解していないんだから!一年前にも説明したでしょ!!
「——ということ、ぐらいです」
「ほう、意外と詳しいな」
「今まとめているレポートの題材なんですよ〜」
アッッッッッ!!
私が学院で授業をまともに聞いていないとか、適当に聞き流していることが露見してしまう!やめて!これ以上知識をひけらかさないで!!
頭を抱えて身悶えしながら床をのたうちまわるが、そんな私を無視して話はどんどん進んでいく。
「うん、そうね。ほとんど響ちゃんが言ってくれた通りね。付け加えるなら、ノイズの発生率は決して高くはないの。だから、この発生率の高さは誰が見ても明らかに異常事態——」
異常事態ってレベルじゃないと思いますけどね!
ここ一年ずっと装者として戦ってきたけど、週に四、五回はノイズが発生している気がしますよ!?
朝も昼も夜も関係なくワラワラワラワラ虫みたいに湧いてきて正直うんざりなんです!
ブラック企業よりもブラックですよ!鉄血宰相のビスマルクだってもうすこし飴と鞭を使い分けますって!!
「——だとすると、そこになんらかの作為が働いていると考えるべきでしょうね」
なるほど、つまり誰かの策略のせいで私のバラ色高校時代はノイズとの戦いに一年も無駄に使わされたというわけですね!
ゆるさん!花の高校生活を無駄にさせた罪は重いぞ!シンフォギアを纏ったキックで月まで吹っ飛ばしてやる!
「風鳴司令」
「ん、そうか。そろそろか」
とまあ全員が神妙な面持ちで話す中、優男のお兄さん——緒川さんが一歩前に出る。
それで司令も察したのか、思い出したというような顔で相槌を打った。
「今晩は、これからアルバムの打ち合わせが入っています」
「ほぇ?」
響ちゃん、なんでそんなアホの子みたいな反応を……。
まあ確かに緒川さんって一見したら黒服さんのお仲間にしか見えませんし、どんな立ち位置か微妙に分かりづらいですけど。
「緒川さーん、響ちゃんに素性明かしました?」
「ああ、そういえばまだでしたね」
「素性?」
「表向きは、アーティスト風鳴翼のマネージャーをしているんですよ、響さん」
「おお、名刺もらうなんて初めてです。こりゃまた結構なものをどうも」
「それでは、失礼しますね」
そう言うと、立ち上がった翼さんは緒川さんを引き連れて、さっさと発令所を後にする。
その場には私、響ちゃん、司令、了子さん、藤尭さんと友里さんが残された。
「相変わらず翼さんは大変ですね」
アーティストとして活動して、学生として生活して、シンフォギア装者として戦って。
学生とシンフォギア装者っていう二足わらじですら私にはいっぱいいっぱいだというのに、ホント尊敬に値する。
「……そうだな。あんまりひとりで抱え込むなと言っているが、あの通りだからなぁ」
「頼るの苦手そうですもんね」
もしくは、その
何にせよこの問題も早めに解決しないと、そう遠くない内に翼さんが壊れるか、潰れてしまう。
「……私の何がいけなかったんでしょう」
そんな私と司令の会話を聞いていた響ちゃんが申し訳なさそうな顔でおずおずと切り出す。
「響ちゃんはよくやってるわ。多分、奏ちゃんの
「そうでしょうか……?」
「きっとそうよ。だからもう少し気長に待ってみなさいな」
「……はい」
私だって一年肩を並べて戦ってきたけど、未だに慣れ親しんだには程遠いですからね。
「ふむ、そういうわけでもないんだが、しばらく響くんは小詠くんと一緒に戦ってもらおうと思っている」
「え、なぜ」
「響くんは適合者になってから一月余り、幼い頃から鍛えてきた翼と違って戦い方もまだまだ素人、だからそれをカバーするための措置だ」
「ええ……」
私だって適合者になってからそんなに長くないんだけど。
戦い方だって蹴り主体の我流だし参考にならないのでは……。
「小詠さん!」
うわっ!いきなり切り替えるな!ビックリするでしょうが!!
何でこの娘今の今まで落ち込んでるみたいな顔だったのに目をキラキラさせてるの!?
「私、早く翼さんに追いつきたいです!それで、たくさんの人をノイズから救いたいです!だから色々教えてください!!」
眩しい!すごく眩しい!
なにこの娘すごく純粋な目で見つめてくる!
記憶を取り戻すついでにノイズと戦っているなんて口が裂けても言えないじゃん!
「頼んだぞ、小詠くん」
「さっすが小詠ちゃん!先輩だけあって頼りになる!」
司令と了子さんまで何を言ってるんだ!
持ち上げたって稲妻ぐらいしか出ませんよ!
どうしてこの人たちは結託して記憶喪失の私に教育係任せようとしてるんですかねえ!?
「サポートのサポートは俺たちに任せてください」
「バッチリサポートしますね」
畜生!最後の良心だった藤尭さんと友里さんまで逃げ道を塞ぎやがった!
なんですかサポートのサポートって!
「……わかりました。最善は尽くしてみます」
「やったーッ!改めてよろしくお願いしますね小詠さん!」
ダメだ……こんな空気で断れるわけがない。
響ちゃんがどんな戦い方を覚えたって当方は一切責任を取りませんからね。
「はぁ……」
私のため息は誰に聞かれることもなく、響ちゃんのやる気に満ち溢れた掛け声にかき消された。