おじいちゃんはビッグボス【完結】   作:難民180301

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おまけ

 野外活動サークルメンバー、なでしこ発案の焼肉キャンプ当日。なでしこの姉の車でリンを拾い、千明提案の四尾連湖キャンプ場に向かう途中、肝心の肉を買うためにゼブラというスーパーに立ち寄る。

 

 なでしこがリンの意外な一面を知るのはこの時のことである。

 

「リンちゃん、お肉なに買ってく?」

 

「そうだな……豚バラ、カルビ、トントロ、ホルモン、ハラミ、タン、ロース――」

 

「あ、私トントロ好きー」

 

 スーパーに入店しつつ二人はおいしい焼肉に思いをはせる。特にリンの方はすでに頭の中で焼肉を始めているのか、肉への熱い思いが小さな体からにじみ出ている。なでしこもその熱に浮かされ、弾むような足取りでお肉のコーナーへ向かう。

 

 しかし待っていたのは非情な現実だった。棚にひっついている『モリモリ焼肉コーナー』の名前とは裏腹に、そこにあった牛肉はバラとカルビだけだ。イメージしていた焼肉の理想像が崩壊し、二人はガクリと膝を折る。

 

「そっか、バーベキューって普通は夏だから、今は……」

 

「マイノリティー殺し……」

 

 普段はリンが恩恵にあずかっているシーズンオフだが、今回ばかりは都合が悪かった。

 

 割と本気でショックを受けているリンを慰めようとあわてて周囲を見回すなでしこ。

 

 が、リンはすぐに立ち上がった。気のせいか表情はいつもより勇ましい。

 

「仕方ない、台所用品のコーナーで果物ナイフだけ買っていこう」

 

「なんで!?」

 

「現地調達もキャンプの楽しみの一つだよ。本当はサバイバルナイフがほしいけど」

 

「キャプチャーしちゃうの!? 落ち着いてリンちゃん! 野生の牛なんてキャンプ場にはいないよ!」

 

「あ、そっか。じゃあ鳥とか魚とか」

 

「焼き鳥用の鳥ならそこにあるよ! 豚串も!」

 

 焼肉コーナーのすぐ隣に鳥肉と豚肉が勢ぞろいしている。ハンバーグの種もある。鮮魚コーナーには加工済みの新鮮なお魚だってあるだろう。現地調達の必要はなさそうだ。

 

 計画を変更したなでしことリンは、豚串、鳥肉、ハンバーグ、野菜にお魚をしこたま買い込みキャンプ場へ。当初の思惑とはちがうものの、備長炭で直火焼きした上外ごはん効果で三倍おいしい焼肉キャンプを楽しむのだった。

 

 

 

---

 

 

 

「と、そんなことがありました!」

 

 ガタゴトと揺れる電車内。学校からの帰り道で、焼肉キャンプの感想を聞かれたなでしこは話をそうしめくくった。なお、話の始まりは「リンちゃんがワイルドでびっくりした」である。

 

 なでしこの両隣に座る野外活動サークルメンバー、千明とあおいは苦笑する。

 

「たしかにしまりんの提案もアレだが、なでしこのツッコミも大概だな」

 

「なでしこちゃんは基本、ボケ担当やからなー」

 

「どういうこと?」

 

「気にせんでええでー」

 

 首をかしげるなでしこをしり目に、千明はカラカラと笑う。

 

「しっかししまりんも面白い冗談言うじゃねーか。ツッコミ役のイヌ子と組んだら世界狙えるぜ」

 

「勝手に人をツッコミ役にすな」

 

 スーパーの肉の品ぞろえがイマイチだからといって、肉をキャンプ場で現地調達する女子高生なんているわけない。きっと空腹とショックで奇妙な冗談が口をついたのだろう。

 

「あれ冗談だったの?」

 

「そりゃそうやろ。志摩さんが動物をキャプチャーしてるとこなんて想像できへんやん」

 

「そうかなぁ?」

 

 なでしこは納得いかない。リンの小動物のような体格とイメージは合わないし、根拠もないが、なんとなく無人島で大自然相手に一カ月サバイバル生活くらいはできそうな気はする。

 

「キャプチャーといえば、なでしこにスネークさんの話ってしたっけ?」

 

「まだしてないと思うよ。でもあれホントなん?」

 

「ホントだって!」

 

「なになに、何の話?」

 

「アキがこの前キャンプ場の下見に行ったときにな、スネークさんに会うた言うんよ」

 

 話によると千明は、野外活動の偉大な先達であるスネークが、キャンプ場でワンポールテントを張りスキレットで肉を焼いているところに遭遇した。千明は肉を一切れごちそうになったとか。最近千明がスキレットを買ったのはその時の影響だとか。

 

「ええっ!?」

 

 話を聞いたなでしこの目が大きく見開かれる。

 

「スネークさんがテントを!? しかもお肉をわざわざ焼いてた!?」

 

「なー? 私もそこが信じられへんのよ」

 

「いやなんでだよ!? スネークさんだってたまにはテントも張るし肉も焼くだろ!」

 

 憤慨する千明だったが、一般的女子高生にとってのスネークの印象は良い言い方をすればワイルドの化身、平たく言えば野人である。テントを張るより洞穴を探すか木の上に登るかして夜を明かしそうだ。肉も焼かずに生で頂くだろう。なにしろどんな毒キノコを食べても「腹を壊した」で済む胃腸を持っているのだから。

 

「ファンの人がスネークさんの髪型とかヒゲとかマネしとっただけちゃう?」

 

「そんなわけ――いや、言われてみればそんな気もしてきた……」

 

「まあまあ、アキちゃんがかっこいいおじいさんに会ったってことでいいじゃない!」

 

「せやせや。ところで、そのスネークさんが今朝面白いことつぶやいとったんやけど――」

 

 あおいがスマホを取り出し、SNSのページを開いたことで話題が変わる。姦しい野外活動サークル三人組にとって、電車での移動時間はあまりにも短かった。

 

 

 

---

 

 

 

「ぶえっくしょい! すまん、で、トイレに行ってどうしたって?」

 

 女子高生に噂されているビッグボス、もといスネークはベタにくしゃみを一つ。自宅のリビングでダイニングテーブルに隣り合って座る孫娘に向き直った。

 

 話題はなでしこたちと同じく四尾連湖キャンプだ。初めての友達とのキャンプは祖父に真っ先に話したいことだったが、他にも原付の免許をとったことなど話が尽きず、祖父が帰ってきて数日たった今日やっと話している。

 

 なでしこの美人なお姉さん、火がつきにくい備長炭、親切な火おこしのお兄さん、文字の読めない石碑――記憶にあることを取り留めもなく語っていたリンは、一度ごくりと生唾を呑み、声を一段低くする。

 

「トイレに行った後湖を眺めたら、月明かりが湖に反射してすごくきれいだった。星もよく見えて、対岸にはぽつぽつと明りがあって――そしたら、出た」

 

「出た?」

 

「牛鬼が。獣みたいに唸ってて、大きな枝角が生えてた。……言い伝えは聞いてたけど、まさかホントに出るなんて」

 

 リンは無意識に祖父の袖を握りしめた。脳裏によぎるのは恐ろしい牛鬼のシルエット。唸り声とともにぬっと闇から現れた怪物の姿は、しばらく忘れられそうにない。

 

「CQCで戦おうとしたけど、怖くなって必死で逃げて……」

 

「その判断は正しいぞ、リン。情報のない敵との交戦は避けた方がいい。それにCQCはあくまでも対人戦闘術だ。怪物の類には使えない。――怖かったな」

 

 祖父の大きな手がリンの頭に乗せられる。頭から感じる温かみが、恐怖心を嘘のように消していく。まるでダンボール箱を被ったような安心感がリンの全身を覆った。

 

 と、そこで祖父はニヤリと笑う。

 

「しかし牛の鬼とは、本当なら惜しいことをしたかもしれんな」

 

「え?」

 

「幻や伝説、空想と呼ばれるものは最高にウマいと相場が決まっている。ましてや『牛』の鬼だ、ウマいのは確実だろう」

 

「その手があったか……!」

 

 リンは目からウロコが落ちる思いだった。妖怪、亡霊と聞いていたからキャプチャーするという発想がなかった。しかし目の前に現れた時点で実体があるのは確実。ならば味を確かめるのが正しいキャンパーのはずだ。そこに気付くとはさすがビッグボス。

 

 今度行ったら探してみようと決意するリン。すると、ハッと何かに気付いたように祖父を見上げた。

 

「そう言うってことは、おじいちゃんは食べたことあるの? 伝説とか、幻とか呼ばれるものを」

 

「無論だ。まあつい最近のことだが。コイツを見てくれ」

 

 おもむろにスマホを取り出す祖父。リンに向けられた画面に映っていたのは蛇である。ビール瓶程度の太さの胴体、それに比して細い尻尾、蛇の頭。これはどう見ても――

 

「ツチノコじゃん!」

 

「ああ。UMAの代表格。日本各地に生息するといわれる幻の蛇だ。実は先日――」

 

「で、味は?」

 

 話が早い、とばかりにスネークは笑みを深める。リンとスネークにとって発見の経緯とか場所とか、その他もろもろの情報に大した価値はなかった。

 

 問題は味。大自然に生きる野生動物たちのもっとも重要な情報は、味に他ならない。

 

 目をキラキラさせる孫娘に対しツチノコの詳細な食レポを語り始めようとしたその時――インターホンがなった。

 

「私が出るよ」

 

「――悪い。頼む」

 

 出鼻をくじかれた形のスネークは腕を組む。

 

 リンは続きが気になって、俊敏に玄関へ駆けていく。買い出しに行ったお母さんが帰ってきたのだろう。いちいちインターホンを鳴らすということは、鍵を忘れたのかもしれない。

 

 そうして不用心にリンが開けた扉の向こうにいたのは、

 

「お母さん、鍵忘れ……あれ?」

 

「やあリン君、久しぶりだな。また背が伸びたようだ」

 

「久しぶり。背だって伸びるよ、前に会ったのは二年以上前でしょ――ゼロおじさん」

 

 真っ白な髪の毛をきれいになでつけ、しわだらけの顔に人のいい笑顔を浮かべる老人。

 

 祖父の親友、ゼロおじさんだった。

 

 

 

---

 

 

 

 ゼロ。本名はデイビッドというらしいが、リンもリンの母親も彼がデイビッドと呼ばれるのを聞いたことがない。祖父も本人もゼロの名前を「しっくりくるから」と気に入っており、周囲も彼らに倣っているのだ。

 

「で、どうしたゼロ。護衛も付けずに一人で」

 

「私の意志はもう次世代に託した。ただの老人に護衛など人員の無駄だよ」

 

「今頃ただの老人を慌てて探す人員が無駄になっているだろうな」

 

「そうかもしれん」

 

 ダイニングテーブルをはさんで二人の老人が向かい合い、リンは少し離れたソファに座ってその様子を眺めていた。飄々と笑うゼロはこの時間を楽しんでいるようだ。

 

 護衛の話からも分かるように、ゼロはいわゆる有名人だった。超巨大IT企業「サイファー」の創始者にして元代表取締役社長。世界長者番付の常連であり、世界中にその名をとどろかせた偉人だ。祖父とはサイファー誕生前からの古い付き合いらしい。

 

 インターネットの概念すらない時代に「電子の網によって一つにつながった世界」を提唱し、以後技術者を育成しながらサイファーを起業。携帯電話、タブレット、パソコンなどの開発・製造・販売、大手検索エンジンや通販サイトの作成・運営などで瞬く間に規模を拡大し、今や世界に知らぬものはないほどの大企業となった。その規模のほどは、普通に運営してるだけで独占状態になっちゃうから規制を考えた方がいいのでは、と国に危険視されるほどだ。

 

 ゼロはそんな超巨大企業のトップであり、爆発的なIT革命の爆心地になったことにちなみ「グラウンド・ゼロ」の異名をとることになる。

 

 巨大になり過ぎたせいか、最近では黒い噂も絶えない。たとえば検索のサジェスト機能や広告表示で人々を無意識下で操っているとか、サイファーは世界を裏で牛耳る支配者とか、ゼロの思想は世界征服そのものであるとか。

 

(どう見ても普通のおじいさんだけど)

 

 といってもリンにとっては関係なかった。

 

 ゼロにどんな噂があろうと、黒幕だなんだと言われようと関係ない。

 

 気まぐれに現れ、お小遣いやお菓子をくれて、祖父とお酒を飲んで帰っていく。それがリンにとってのゼロおじさんだから。

 

「さて」

 

 ゼロは雑談を切り上げ、居住まいを正した。

 

「ここに来たのは他でもない。君が今朝投稿したSNSの画像についてだ」

 

「ああ、ツチノコか。どうだ、UMA探求クラブ副会長の見解は」

 

「実に興味深い。ぜひ実物を見せてほしいね。そのためにイギリスから自家用ジェットで飛んできたんだ」

 

 リンも確認してみると、たしかに今朝投稿されていた。朝はバタバタしていたから気付かなかったらしい。

 

(あれ? でも確かクラブの会長って――)

 

「それで実物はどうした? 会長?」

 

「食った」

 

「おじいちゃんだった……」

 

 スネークが即答したとたん、空気が凍りついた。

 

 UMA探求クラブとはその名の通りUMAを探し求める趣味人のクラブで、ゼロが引退後ひそかに立ちあげた。当初はゼロが会長になる予定だったが、ゼロとの私的なコネを求めて人が群がるのを避けるため、その時点である程度有名だったスネークが会長となり、ゼロは偽名を使って副会長となった。

 

 近年はそこそこの規模でゼロを初めとしたUMA大好きな会員たちが活動していたのだが、ソロ活動の多い会長は名前だけ貸しているような状態だった。

 

「……なんだって?」

 

「おいおい耳が遠くなったのか? ツチノコを食べた、と言ったんだ」

 

「そうかそうか。味はどうだった?」

 

「最高だ。膨らんでいる胴体はほとんど筋肉で食べごたえがあった。風味はアミメニシキヘビに似ているが、脂のノリが段違いだ。程よい歯ごたえがあって噛めば噛むほど味が出て来る。旨みの塊のようなヤツだった」

 

「なるほど……君はバカか?」

 

 ゼロはテーブルを叩いて立ちあがる。リンは頭を抱えた。

 

「私は言ったはずだ! もしUMAを見つけても絶対食べるなと! つい最近のことだろうにボケたかスネーク!?」

 

「誰がボケるか! そもそもお前の言い方にだって問題があるだろ! 食べるなと言われて食べないヤツがあるか!」

 

「あるに決まってるだろう! ニッポンのバラエティじゃないんだぞ! よしんば食べるにしても、それより先に観察、スケッチ、生態調査、クラブメンバーを呼んで祝うとか、いろいろやることがあった!」

 

「……あー、実は最近耳が遠くなってきてな」

 

「こいつぬけぬけと……!」

 

 反論が思いつかなかったのか、面倒になったのか。スネークは一時的に高齢者と化した。

 

 さらに激昂するゼロ。逆切れして怒鳴るスネーク。UMA探求の手法を巡る二人の対立は激化の一途をたどった。すなわち、味かそれ以外か。

 

 リンはあきれ果てて肘をつきながら怒鳴り合う二人を見やる。

 

 昔から二人はこうだ。基本的には仲がいいが、ほんの些細なことで食い違い対立する。たとえばコーヒーと紅茶の優劣とか、映画の好みとか、お茶菓子はせんべいかスコーンかとか。その頻度たるや前世からの因縁と言われても納得できるほどだ。

 

 しかしどんなに本気で怒っているように見えても、体力が尽きればお互い酒を飲んでもとの関係に戻る。だからリンに焦りはない。

 

 ただし、話がこじれて言い合いが長引くと――

 

「あ」

 

 リビングの扉が開く。

 

 現れたのはリンの母だった。マイバッグは購入した食材でパンパンに膨らんでいる。

 

 普段は柔和な笑みを絶やさない彼女だが、言い合いを続ける老人二人に向ける視線は冷ややかで、表情がなかった。

 

「二人とも」

 

「おお、お前からも何か――」

 

「声が外まで丸聞こえ。近所迷惑」

 

 部屋の温度が一段下がった気がした。

 

 リンは飛び火を浴びないよう、ほふく前進で部屋を脱出する。

 

「大の大人がモノを食べた食べてないで大声出して……恥ずかしくないのっ!? リンも二人を止めなさい!」

 

「ごめんなさい!」

 

 しかし発見されてしまい、老人二人とリンがそろって頭を下げる。争いを調停する平和の使者は平等だ。

 

「この際だから言わせてもらうけど、父さんはなんでも口に入れるのやめなさい! 拾い食いみたいでみっともないでしょ! ゼロさんも、珍しい蛇を食べられたくらいで大声出さない! 蛇なんてどこにでもいるわ!」

 

「ひ、拾い食い……」

 

「珍しい蛇じゃなくてツチノコなのだが……」

 

「過ぎたことをグチグチ言わない! 大体あなたたちはいくつになっても――」

 

 長くなりそう。気まずげに口をつぐむ老人二人はあてにならないので、リンはおずおずと切り出した。

 

「ふ、二人も反省してることだし、このへんで終わりに……」

 

「まだよ。まだ終わってない!」

 

「はい」

 

 リンはあきらめた。

 

 なお、リンの母のお説教は外まで響いており、後日ご近所さんに「相変わらずだねぇ」と言われ、母娘そろって赤面することになるのだった。


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