特別だからって世界を救う義務は存在しない。 作:霧ケ峰リョク
主人公がどんな仕事をするのかは決まっていますがそこまでいけないです。
もう少し長くお付き合いください。
夢を見た――――酷く遠く、それでいてとても懐かしい夢を。
訪れた事が無いような外国の下町でいつも通りの当たり前な日常を過ごしている、そんな夢だ。
決して裕福とは言えないし、当然平和なんてものも無い。
夢の中での自分はまだ友人達に恵まれていたものの、知人は当たり前のように理不尽な暴力によって命を落としていった。
いつも通りの当たり前な日常、それは争いと暴力の日常。
俺はそれが嫌だった。だから暴力から守りたかった、大切なものを守りたかった。
「それが貴方の覚悟なのですね」
そんなある時だった。一人の女性と出会ったのは――――、
+++
「…………っ、いっつ」
身体の内側から響く激痛と高熱による倦怠感に苛まれながら、俺の意識は覚醒した。
本当に不快で最低最悪な目覚めである。
痛みと熱だけならそれでもまだ良かった、いや、本当は良くは無かったのだがまだ良いと受け入れられた。だというのにまさかあんな悪夢を見る羽目になるとは思ってもみなかった。
見覚えの無い筈なのに何処か懐かしい夢だった。
いや、多分これは記憶なのだろう。ボンゴレⅠ世、ジョットの記憶。
全集中を体得した影響か、それとも超直感のせいか、あるいはその両方が原因なのかは知らないがたまに夢として見る事がある。
本当、こんなものを見せられたからってどうしろって話だよ。
「って、ここは何処?」
痛む身体を無理矢理に動かして起き上がる。
額の上から濡れたタオルが落ち、膝の上に乗る。
どうやら誰かの家の中らしい。誘拐、では無いのは間違いないだろう。
「…………助けられたって、感じかな?」
時間帯は恐らく夜を過ぎた頃だろうか。
意識を失う前に比べたら大分良くなったが、それでも今の俺は絶不調といっても過言ではない状態だ。
この状態から元に戻るには軽く三日間くらいはしっかり休まなくちゃ無理そうだ。
「何処の誰かは知らないけど、感謝しなくちゃな」
正直な話、あそこで意識を失ったままだったらちょっと危なかった。
全集中で誤魔化していたとはいえ、死ぬ気の炎が枯渇していたわけなのだから。
とはいえ、ここの家に住んでいる人の好意に甘えてはいけない。色々と後ろ暗い、いや、底の底まで真っ黒な組織から追われているわけなのだから。
一体どれぐらいの時間眠っていたのかは分からないが、ずっとここに留まっているわけにはいかない。家主に会ったらお礼を言って急いで立ち去らないと、この家の人達に迷惑をかける事になる。
そう考えながら立ち上がろうとして、自身が寝転がっていたソファーの上から転がり落ちた。
「…………あれ? どう、して」
言う事を全く聞かず、少しも動こうとしない自分の身体に困惑する。
歩く事はおろか、立ち上がる事すら出来ない。
いや、よくよく考えるとこれが妥当な結果なのかもしれない。
アルコバレーノ・リボーンの必殺技を喰らいまくって、戦闘で身体に無茶させて、挙げ句の果てには他のアルコバレーノの奥義も喰らった。
これでよく今まで行動する事が出来た。むしろアルコバレーノ達に勝利した代償としては軽すぎるくらいだ。
だがそれでも立ち上がれないわけじゃない。
見知らぬ人に迷惑をかけるわけにはいかないのだから――――。
「目が覚めたんですね」
動かない身体に喝を入れて何とか立ち上がろうとした瞬間、女の子のものと思われる声が聞こえた。
「でも、まだ安静にしていた方が良いと思いますよ」
「えっと、そうだね。ちょっとびっくりしちゃって…………きみが助けてくれたんだよね。本当にありがとう」
自身を心配している様子の声の主にそう言いながら、相手の顔を見ようとする。
そして、花のような痣がある少女の姿を捉えた。
「…………セピラ?」
瞳に映るその少女の姿は、さっき夢で見た女性と非常に似ていた。
「いいえ、私はユニと言います」
「ああ、ごめん。昔の知り合いにそっくりだったからつい――――ん?」
ユニ、確かその名前は大空のアルコバレーノの名前だった筈だ。
改めて目の前の少女の姿を一瞥する。
記憶の中にある大空のアルコバレーノ、ユニの面影がある。
ただ代理戦争の際に再会した時のユニよりも幼く見える気がする。
いや、よく考えればそれも当然だ。代理戦争が起こった時の沢田綱吉の年齢は14歳で、今の俺は13歳なのだから。
「どうかしましたか?」
「いいや、何でも無いよ。ユニ、ね。うん、覚えた。可憐なきみに良く合う、とても素敵な名前だ」
「ふふ、ありがとうございます。そう言えば御名前を聞いてなかったのですが、貴方の名前は?」
「嗚呼、俺はさ――――」
ユニに聞かれて俺は自分の名前を語ろうとして、途中で止まった。
ユニは大空のアルコバレーノで、人類最高峰の問題児集団アルコバレーノのリーダーだ。まぁユニは問題児ではなく物凄く良い子なのだけれど。
だがこの場合ユニに名前を告げたら俺の情報が他のアルコバレーノに渡る危険性がある。
ここは偽名を使って――――いや、ここは正直に伝えよう。
「ごほん…………俺は沢田綱吉。えっと、改めて感謝を。ありがとうユニ」
自分の命を救ってくれたのだから出来る限り正直でいたい。
そうでなくても彼女には、正確には彼女の先祖であるセピラには恩があるのだから。
「沢田綱吉さんですね――――えっ?」
ユニは俺の名前を聞いた瞬間、笑顔のまま固まる。
そして一度顔を背け、数秒してから再びこっちに向けた。
「あの…………もしかしてボンゴレ10代目の沢田綱吉さんですよね」
「違います。そんなアサリ一家とかいう名前の組織の後継者じゃありません」
「いえ、誤魔化そうとしなくても良いですよ。沢田さんがボンゴレ10代目である事は分かってますから」
「…………不本意ながらそのアサリ一家の10代目扱いされてるのは認めるよ」
「沢田さん。貴方一体どうしてこのイタリアに居るんですか」
ユニの問いに俺は思わず困った表情を浮かべる。
正直な話、俺もここイタリアに居るのは予定外だったからなぁ。
「何処から説明したら良いかは分からないし最初から説明するよ。先ず――――」
+++
「――――と、いうわけなんだよ」
俺が家出をした経緯を、このイタリアまで来た経緯をユニに説明した。
マフィアとの戦いに巻き込まれたり、マフィアを一つ潰したり、マフィアランドで抗争に巻き込まれたり、アルコバレーノと戦ったり、仲間に捕まって牢屋の中に放り込まれたり、脱出してイタリアに上陸したと思ったら殺し屋に襲撃されたり、何とか勝利したものの今までの疲労でぶっ倒れてしまったこと。
「そしてそれ等の経緯を経て、ユニに助けられて俺はここに居るんだよ」
ソファーの上に腰を掛けながら説明を終える。
ユニは俺がここまで来た経緯を聞いて、少し困っているような表情を浮かべる。
「努力の方向性、少し間違ってませんか?」
「間違っていないよ。いや、まぁもうちょっと良い方法があったんじゃないかって俺も思ってはいるけどさ」
だけどそれは今だからこそ言える言葉に過ぎない。
あの時の俺が出来た選択、頭の中に浮かんでいた考えで最善だったのがあれだった。
それ以外に良い方法があったんじゃないのかと後で自問自答し、後悔する事も何度かあるが時既に遅しというやつだ。
本当、あの船から脱出するのはもう少し身体の疲労を癒してからでも遅くは無かった。
武器やリングも無い状態で敵の本拠地であるイタリアに単身で乗り込むなんて正気の沙汰じゃない。
乗り込みたくて来たわけじゃないが。
「いえ、そうではなくて…………別に逃げる必要は無かったのではないでしょうか」
そう考えていると、ユニは俺の考えとは違う事を言う。
「沢田さんならきっと良いボスになるでしょうし、リボーンおじ様達と戦う必要も無かった筈」
「それは違うよ。そもそも俺はマフィアになりたくないから」
ユニの言葉を俺は否定する。
「良いボスだろうが、良いマフィアだろうが結局はマフィアだ。マフィアに良いものとか無いし」
ボンゴレファミリーが裏社会の秩序を守っているのは知っているし、そのおかげで沢山の人が救われているのも知っている。
だが、それとこれとは話が別だ。
どう足掻いてもマフィアはマフィアに過ぎないし、人を救っていようがそれ以上の人を傷付けているのも事実なのだ。
「って、それをユニの前で言う必要は無かったね」
「いえ、いいえ。大丈夫ですよ」
「きみが大丈夫でも俺が良くないの。幼い女の子の前で言う言葉じゃなかったし、何よりもマフィアの恩恵を受けている俺が何を言っているんだ今更って話だし」
もし人を苦しめているだけのマフィアだったら容赦なく潰せたものを。
そうすれば後腐れなく平穏な生活を享受出来たというのに。
そう考えているとユニが「ふふ」と短く笑みを零した。
「ですが、少しだけ沢田さんの事が分かりました。貴方は、話で聞くよりもずっと普通の人ですね」
「俺は自分の事を普通だと思ってはいるけど…………ちなみにどんな話を聞いたの?」
「えっと…………怪物とか化け物とか歩くリーサルウェポンとか」
「どいつもこいつも俺を何だと思ってるんだよ」
リングの炎とかこの時代では発見されてなかったものや全集中の呼吸とかこの世界では作られていなかった技術を使ってはいるが、あくまで土台であるこの身は普通の人間だ。
雲雀さんや山本、お兄さんとかアルコバレーノと比べると俺なんてただ努力しただけだ。
まぁ才能や素質自体はあるからここまで強くなれたのは事実だけど。
「それで、実際のところマフィアになりたくない理由は何なんですか?」
「…………さっきも言ったと思うけど、マフィアになるのが嫌だから――――」
「確かにそれも理由の一つだとは思います。ですが、それだけが理由ではありませんよね」
「うぐ…………」
にっこりと笑みを浮かべながら言うユニの言葉に思わず唸る。
流石は予知能力を持つ大空のアルコバレーノと言うべきか。
いや、この場合彼女自身の力なのだろう。
「その理由が何なのか、ユニは分かっている?」
「はい。分かっています。沢田さんは優しいですね」
「なら今の俺の口から言わなくても良いか」
本当にこういう時、超直感があると分かりやすくて便利だ。
向こうも予知能力があるから未来で俺が何を言ったのかが分かるし、俺はそれを察する事が出来る。
最も今回はあまり良い方に作用していないが。
内心その事に不満を抱いていると、俺のお腹からギュルルルルルルという音が鳴り響いた。
「お腹が空いたんですか?」
「う、うん…………なんか、ごめんね」
ここ最近、まともにご飯を食べていなかったな。食べたものなんて精々生魚だけだったし。
「なら何か持ってきますよ。冷凍食品しかないですけど」
「えっ、いや、気にしなくて良い――――」
「すぐに持ってきますから待っててくださいね」
そう言ってユニは俺の言葉を無視して走っていった。
「…………ここは彼女の好意に甘えるしか無いか」
殆ど身動きがとれない今の俺では何もすることが出来ない。
出来るとしたらしっかりと食べ物を食べ、身体を休めることぐらいだろう。
本当、ユニには感謝の言葉しか無い。
「本当、セピラの血筋には初代の頃から迷惑をかけてばっかりだ」
+++
深夜を過ぎた頃、俺はトイレを後にする。
そして軽く身体を動かして自らの状態を確認する。
「ふぅ…………一先ずはこれで大丈夫かな」
ユニから貰った食事を摂り、しっかりしたところで休めば身体も動くようになっている。
まだ完全回復はしていないけど、動くことぐらいは容易に出来るようになったと考えると幾分か楽である。このままなら明日にはここを発つ事も出来るだろう。いつまでもユニに迷惑をかけるわけにはいかないのだから。
そう思いながらソファーの所まで戻ろうとした時だった。
ユニが眠っている部屋から泣く声が聞こえたのは――――。
「ひっく…………お母さん、私…………死にたくないよ…………」
眠りについているユニの寝言を聞いて、思わずその場で足が止まる。
大空のアルコバレーノの呪いは他のアルコバレーノと違い短命だ。
正確にはユニの祖母ルーチェが呪われた当時、彼女の母親を妊娠していたせいで呪いが短命に変わってしまったのだ。
「……………くそっ」
仕方がない事なのは分かっているし、それ以外の方法が無いのも分かっている。
だけど、もう少しだけ待ってあげようと思わなかったのか、あのチェッカー柄のラーメン野郎。
同じ種族なのだろう、生き残った数少ない同胞なのだろう。
それなのにどうして子や孫にまでその呪いを引き継がせるんだよ。
彼女の、眠っているユニの寝言を聞いてそう思わずにはいられなかった。