特別だからって世界を救う義務は存在しない。 作:霧ケ峰リョク
来月からはゆっくりになりますが書く時間も増えていくと思うので気長に待っててください。
夢を見る、夢を見る、夢を見る――――いつかきっと必ず起こる未来の光景を夢として見る。
微睡みの中でユニは脳裏に浮かぶ未来を予知していた。
その未来では知り合ったばかりの少年、ボンゴレ10代目である沢田綱吉が血に塗れたおしゃぶりをその手に持っていた。そして、そんな彼を泣きながら止めている自分の姿が映っている。
ユニが有する予知は主に二種に分類される。
一つが能動的に発動する予知で、此方の方は自分自身の意思で発動する事が出来、誰もが想像する未来視の力でもある。
何もしなければその通りの未来が起こり、変えようと思って行動したらいくらでも変える事が出来る。
そしてもう一つの予知が自分の意思ではなく、唐突に発生する予知だ。
能動的に発動する事が出来る予知とは違い、自分の意思で制御する事は出来ない。
その上、見る事が出来る未来も断片的であり、詳細な事は何一つ分からない。
だがこの予知は必ず起こる予知だった。
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γ達から教えて貰った道を駆ける。
恐らくだけど、このまま進めば数分もせずに到着するだろう。
「まあ、そう上手くいくわけがないか」
物陰から姿を現す武器を携えた黒スーツの男達に思わず顔を顰める。
ジッリョネロファミリーの連中じゃない。コイツらは間違いなく敵対マフィア、ラーニョファミリーとかいう名前の連中だ。
「っと、食らうか!!」
此方に向けて放たれた銃撃をリングの炎のシールドで防ぐ。
「このまま一気に押し返したいところなんだけど、なぁ!!」
残念な事にここまでダメージを受けた今の俺じゃそこまで炎は使えない。
とはいえ、このまま防戦一方だとこっちが潰れてしまう。
敵の攻撃を防ぎつつ心の中でそう思いながら周囲を見渡す。すると視界の端に植物が生えている植木鉢を捉えた。
「あんまり使いたくはないんだけど、この際仕方ないか」
植木鉢に視線を向けつつ、顔の前に出した死ぬ気の炎を回転させる。
炎は小さく弱々しいものだったが、回転の速度が上がると同時に爆発的に膨れ上がった。
「これぐらいで良いか…………弾け、ろ!!」
限界まで膨張した死ぬ気の炎は風船のように弾け、散弾の如く敵に降り注いだ。
「ぐわぁあああああああああああああ!!?」
無差別に降り注ぐ死ぬ気の炎の嵐は一方的にラーニョファミリーの男達を薙ぎ払っていく。
ついでに建物の壁面やコンクリートの地面も破壊し、攻撃が終わった後は辺り一面で爆発が起きたかのような光景が広がっていた。
「うわ、やり過ぎた…………」
目の前の惨状に思わず後悔してしまう。
これを自分が作り出したとはいえ、ここまでするつもりは無かった。
だがこの有り様である。やっぱりというべきか、これは使用を控えるべきだろう。
使える局面が限られている上に、これを使うのに集中する必要があるから強い相手には大きな隙を見せるから使えない。使える場面があったとしても制御や手加減が出来ないし、最悪殺してしまいかねない。
――――尤も、俺自身も好き好んでこれを使いたいとは思わないが。
そう考えていると突然、視界が真っ暗になった。
「…………っ、流石に限界か」
地面に膝をついて倒れそうになるのを堪える。
多分貧血だろう。片腕を失ったわけだし、それだけの血液を一気に失ったわけなのだから。
死ぬ気で動き回っていたとはいえ流石に限界だった。
むしろここまでよく戦う事が出来たと自分で褒めてやりたいところである。
「それにしても、敵が居過ぎだろ」
この道はγ達から教えて貰ったジッリョネロファミリーのアジトに行く事が出来る道だ。
だというのにも関わらず、この道に居る敵が多過ぎる。
一人二人程度ならそこまで気にはしなかったけど、ここまで多いと流石に違和感を感じる。
「裏切り者でも居るのか?」
多分、というか十中八九その可能性が高い。
別に珍しい話ではない。マフィアに裏切りはつきもので、それはボンゴレも例外ではないのだから。
ただ裏切りがあったのだとしたなら、どうして裏切ったのだろうかという疑問が浮かぶ。
大切なモノを喪失したことが切欠となり手段を選ばなくなった初代霧の守護者。
命を救われた事で忠誠を誓い、かつての仲間すらも裏切った剣士。
この二人のように理由があるのなら分かる。だけど見た感じジッリョネロファミリーを裏切る理由が無いようにも見える。
「まぁ、それはどうでも良いか」
あくまで俺の予想に過ぎないし、もしかしたら念入りに計画を立てて抗争を仕掛けたのかもしれない。
いずれにせよ、ここでの仮定は無意味だろう。
裏切り者が居るにせよ居ないにせよ。今の自分に出来る事は限られているのだから。
「ぐ、ゲホッ!」
込み上げてきた不快感に思わず咳をする。
そして口から吐き出た真っ赤な鮮血が地面を汚した。
「流石に、そろそろ限界か…………」
さっきから何故か身体の内側が焼け付くように熱く痛かったが、どうやら折れた骨が内臓に突き刺さっていたらしい。
アドレナリンが分泌していたから痛みに気が付かなかったが、こんな状態で走り回って戦闘を繰り広げていたわけなのだから我ながら真正の馬鹿である。
背負っていたユニを降ろし、俺も同じように壁に背を預ける。
「本当ならもうちょっと後で使いたかったんだけどなぁ」
これを使ってしまえば自分の武器は無くなってしまう。
そうなったら間違いなく不利になる。だけど、このままだったら不利どころか死んでしまいかねない。
「ああもう、俺に他の属性の波動があれば良かったんだけどなぁ」
正確には他の属性の波動が流れていない人間は存在しない。
ただそれが実際に使えるかどうかは別の話だ。俺の場合は大空以外が微弱過ぎて使えないし。後天的に属性が変化したり、使えるようになったりする例も無いわけではないからそこら辺は何ともいえないが。
そんな事を考えながら近くにある廃材を手に取り、それを左腕の傷に突き刺した。
+++
「う、うぅ…………」
呻き声を上げながらユニは瞼を開く。
どうやら自分は意識を失ってしまっていたらしい。
酷く痛む頭を抱えながら、今何がどうなっているのかを確認しようと周囲を見渡す。
そして左腕の傷口に、断面に廃材を突き刺し、自らの身体を死ぬ気の炎で包み込んでいる綱吉の姿を捉えた。
「っ、沢田さん!!」
口から血を吐き出しながら自身の肉体を燃やしている綱吉を見て、ユニは思わず驚きから声を上げる。
「ああ、起きたんだ。ちょっと待っててね…………もう少しで終わるから」
声を聞いた事で目が覚めた事を知ったのか、綱吉は笑みを浮かべながらも自身の身体を燃やす炎の放出を止めない。
その姿を見て、ユニは綱吉が今何をしているのかを理解する――――理解してしまう。
そして、左腕の傷口に突き刺さっていた廃材がボコンと泡立った。
泡はすぐに廃材全体を覆い、数秒もしない内にそれは人間の左腕に変化する。
「ふう、治った」
綱吉が一息をついて。そう呟いた。
その姿はボロ雑巾のようにズタボロだった時とは違い、ある程度は元の状態に戻っていた。
パリンと音を立てて綱吉が右手に付けていたリングが粉々に砕け散る。
「…………やっぱり耐えられなかったか。最低でもBランクは無いと駄目だな」
砕け散ったリングを手の平に乗せ、握り締めながら綱吉はそう呟く。
「何を、したんですか?」
「ユニは、死ぬ気の炎にはいくつかの属性があるって事は知ってるよね?」
「はい。知ってます」
死ぬ気の炎には七つの属性が存在する。
それはボンゴレファミリーの守護者、世界最強のアルコバレーノ、そして自身の家系が代々守護しているあのリングと同じ数だ。
「大空、雨、晴、嵐、霧、雷、雲、大地、川、沼、氷河、砂漠、山、森、そして夜の計15属性があるんだけど」
「はい――――はい?」
「まぁ属性の話は今は関係ないから置いといて…………死ぬ気の炎は属性によってそれぞれの特徴があるんだよ。大空の特性は調和、崩れたバランスを戻したり、石や他の物質に変えたりする事が出来るんだよ」
さらりととんでもない事を言う綱吉に対し、色々と聞きたい事が山程あったがユニはそれを我慢する。
「それで、どうやって治したんですか?」
「大空の特性を応用したんだよ。怪我や欠損って元の状態から見たら調和していないからね。まぁ、欠損とかを直す場合だと色々と足りないから他の物を変えたりして――――って、あまり上手く説明できないな。要は大空の特性で廃材とか土や石で俺の身体を補ってるんだよ」
「…………それ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。後もう少し時間が経てば馴染むから」
つまり、今はまだ大丈夫じゃないというわけだ。暗にそう言っている綱吉の姿をユニは改めて観察する。
その顔色は真っ青で、今にも倒れてしまいそうな程に汗を流している。
小さい怪我は治していないのか至る所に生々しい傷跡が出来ている。
そして、再生した左腕は全く動いていなかった。
単に動かしていないだけなのか、それとも治ったのはただ見かけだけなのか。
どちらにしろ見た目だけ取り繕っているようにしか見えなかった。
――――ついさっき見た夢で見た未来の光景が脳裏に過る。
予知で見た未来は断片で、何がどうしてそうなったか等の過程が分からない。
ただ未来で見た彼と今の彼があまりにもそっくりだった。
同一人物なのだからそっくりを通り越して同じなのは当然なのだが。
「ほら、見ての通り大丈夫――――」
そんな事を考えながら綱吉を見つめていると、綱吉は治ったばかりの左腕を振り回そうと手を振り上げた――――その瞬間だった。
ポタリ、と雫が落ちる音と共に彼の瞳から血が滴り落ちたのは。
「がっ、ぐふ…………ゲボッ」
綱吉の両の瞳から血の涙が流れ、鼻血が溢れ、口から咳と共に大量の血を吐き出した。
吐き出した血液は地面に注がれて、飛び散った血がユニの顔に付着する。
そして綱吉の身体は最初からそうなる事が決まっていたかのように力無く地面に倒れ伏した。
「…………沢田さん?」
地面に倒れた少年の姿にユニはへたり込みながら彼の名を呟く。
自身の呟きの返事が返って来ることは無く、彼はただ血の水たまりを作るだけだった。
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大空の調和を応用すれば黄金体験の真似事が出来るのではないか。
当時死ぬ気の炎を使えるようになった自分はそう考えた事があった。
結論から言えば俺の考えは当たっていた。
生命を創る力は無いが物質を同化させる力があったり、異物を取り込む力があったり等、不可能ではない。
そもそも晴の属性が全身を駆け巡っているから不死だったり、雲の属性があるから筋肉や関節が増殖したりする事から人体に対しても死ぬ気の炎の特性は有効なのである。
ただし負担がないわけではない――――むしろそんな真似をして負担にならないわけがなかった。
「沢田さん! 沢田さん!!」
自身を呼ぶユニの声を耳にしながらも、倒れた俺の身体が動く事はなかった。
痛い、熱い、寒い、身体の中をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられているような痛みと強引に異物を身体の中にぶち込まれたような不快感が全身を支配する。
この黄金体験もどきは肉体に掛かる負荷が物凄い。
傷口に埋め込む事は勿論、異物を身体の中に取り込んでいるわけなのだから本当にきつい。この異物が死ぬ気の炎ならここまで酷くなることはなかったのだが。
「しっかり……下さい! 沢…さん!!」
耳に入って来るユニの声も聞こえなくなってきた。
視界もぼやけて意識は闇に飲み込まれつつある。
だけど、気絶するにはまだ早い。リングが無くなったからって、武器が無くたって、死ぬ気の炎が使えなくなったって、出来る事はまだあるのだから。
と、いうか今ここで俺が倒れたらユニが危ない。俺の命も危ないけど、戦う力を持っていない彼女が一番危険だ。
だから立たないと、強引に筋肉を動かして身体を壊して死に掛けてでも立たないと。
生きてさえいれば、後でいくらでも直すことができるのだから。
そう考えながら強引に立ち上がろうとした、その時だった。
「――――もう大丈夫よ。ユニ、そして沢田綱吉君」
優しそうな女性の声が聞こえたのは。
聞いた事も無い声だった。だけど彼女の声は不思議と頭の奥まで入った。
そしてそれが切欠となったかは分からないが、急激な眠気に襲われて俺の意識は闇の中に沈んだ。
治す≠直す
これは誤字ではありませんので大丈夫です。