特別だからって世界を救う義務は存在しない。 作:霧ケ峰リョク
おかげで新しいのを買いに行く羽目になりましたorz
さて、愚痴はここまでにして労働生活最終話をどうぞ。
ユニから手渡される筈だった俺の黒歴史ノート。
それは一匹の鴉によって持ち去られて遠ざかっていく。
何が起こったのか一瞬理解出来なかった。と、いうか反応をすることすら出来なかった。
唐突に起きたという事もあるが、鴉が何故自分の黒歴史ノートを取ったのかという疑問が湧いたからだ。
そして、鴉の右眼が赤く漢数字の六という文字が刻まれているのを視界に捉えて、その鴉の中身が人間であるということを理解した。
「ユニ! ごめん、ちょっとそこに居て!!」
「沢田さん!!?」
ユニをその場に置いて持ち去った鴉を、六道骸を追いかけようとする。
だがグローブが無い今の俺が空を自由自在に飛び回る鴉を捕まえる事は出来ず、段々と距離が離されていく。
いくら身体能力が上回っていても、小回りがきく相手にはきついものがある。
せめてグローブがあれば追いついて捕らえる事が出来るのだけれど。
そう考えていると鴉が下に降りて森の中に入った。
不味い、このままだと見失う。
あの黒歴史ノートは6割は考察やら妄想だけど、残りの4割は知られたら不味い情報も載っている。
死ぬ気の炎やリングがそうなのだけれど、
未だ銃器といった武器や個人の異能が横行している裏社会に死ぬ気の炎なんてものが流行ったら目も当てられない事になる。それに加えて匣の情報が科学者の手に渡って、もしも匣が作り出されたりしたら面倒だ。
この時代でも死ぬ気の炎は分かる奴は既に理解しているから広まるのが遅いか早いかくらいの違いでしかないが。
「くそっ、本当ならあまり使いたくないんだけど…………」
状況が状況だから仕方が無い。
そのノートはこの時代にはあまりにも早過ぎるし、知ってはいけない事も書いてある。
それに加えて俺の妄想や恥ずかしい考察も入ってるからここで破棄する――――!!
「はぁっ!!」
空を飛んで逃げる鴉in骸に向かって炎弾を放つ。
鴉は自身に迫り来るその炎を軽やかに避ける。
その際に鴉in骸は此方に振り返り「カァ」と鳴いた。超直感が告げた、間違いなく煽っていると。
「悪いけど、もう終わってる」
放った炎弾が空中に静止し、その場で大きく薄く拡がった。
薄い炎の巨大なドームに飲み込まれた鴉in骸はすぐに訝しむが既に遅い。
この技には防御、射程は意味無い。
大空の炎の特性『調和』を使ったグローブを装備した時の事も含めて今の俺が使う事が出来る中で奥の手を除いて尤も強い攻撃。
「調和斬り」
刀身に大空の炎を纏わせた刀を一閃する。
その瞬間、ドーム内に居た全てが両断された。
木々は勿論、岩や虫、小動物を含めたその全てがだ。
「ガァッ!!?」
身体を両断されて鴉は地面に墜落する。同時に奪い取っていった黒歴史ノートも切り裂かれて散らばる。
これで一先ずは大丈夫だろう。後は残ったノートを全て燃やして焼却処分しなければ。
そう考えながら近づこうとした瞬間、空から現れた鷹が何枚かのページを掴んで飛び去った。
「…………くそっ、まだ居たのか」
いや、居てもおかしくはない。
六道骸は契約と称して相手の身体に強制的に憑依し、その身体を操る事が出来る。
しかも憑依する事が出来る対象は一人だけではなく複数だ。どれだけ操れるのかは分からないけど、本当に性質が悪い。
「ノートは…………くそっ」
本当に知られたら不味い事は何とか確保する事が出来たけど、死ぬ気の炎やそれに関連するものが記されたページが盗まれた。
ついでに俺の奥の手に関するページもだ。
まぁそのページに関しては妄想だと思われるだろうから大丈夫だとしても、問題は死ぬ気の炎だ。
鬼に金棒というか、渡しちゃいけない奴の手に渡ってしまった。
六道骸は死ぬ気の炎を使わない状態かつ、制限を受けていてもアルコバレーノであるバイパーを幻覚で倒す程の実力者だ。
そんな奴の手に自分を強化する術が渡ったのだ。
どんなことになるかなんて言葉にしなくても理解できる。
「はぁ…………最悪だ…………」
+++
「――――それで、不貞腐れた顔をして料理を作ってるんですか?」
「…………そんな感じだよ」
此方の顔を覗き込んでくるユニに返事をしながら鮪を捌いていく。
ああもう、本当に最悪だよ。こうなったら食べて食べて食べまくって少しでもこのストレスを解消してやる。
そう思いながら切り分けた鮪の身を酢飯の上に乗せて寿司を作る。
「沢田さん。それはお寿司ですか?」
「そうだよ。鮪以外にも鮭とか海老とか蟹とか、沢山のネタがあるからユニも好きなもの食べて良いから」
「良いんですか?」
「俺一人で食べるつもりで作ってるわけじゃないからね。皆も食べて良いから」
茹で上がった蟹の殻を剥いて中身を穿り出す。
「…………少しだけ味見をしても」
「大丈夫だよ。沢山あるしむしろ歓迎するよ」
山本のお父さんに教えて貰ったから不味いことは無いとは思うが、寿司は一流の料理人でも握るのがかなり難しい。
正直な話、自分一人で食べるなら問題はないのだけれど、他人に食べさせるとなると少し自信が無い。
「では、少しだけ頂きます」
ユニは一言そう呟くと、近くにあった鮪の寿司に手を伸ばす。
そして手に取った鮪の寿司に醤油を少しだけつけて口に運んだ。
「美味しいですよ」
「そう、良かった」
どうやら自分が作った寿司は人に出せるものであるらしい。
本職の人間が作ったものと比べれば間違いなく劣るものなのかもしれないが、少なくともユニには喜んでもらえたらしい。
その事実に内心喜んでいるとユニは俺の服の裾を掴んで引っ張った。
「沢田さんは、これからどうするつもりですか?」
「…………」
ユニのその問い掛けに俺は答える事が出来なかった。
本音を言えば今すぐにも六道骸を追いかけたい。しかし、骸を追いかけようにもその居場所が分からないし、俺にはやることがある。
その上、絶対に避けられない運命というやつが迫っている。
まぁ、骸の目的は俺の身体なのだろうから、いずれ向こうからやってくる。
だからこそ、このジッリョネロファミリーには居られない。
「ここを去って何処か遠いところにいったい!?」
行くよ、そう言おうとした瞬間、俺の足がユニによって踏まれた。
「ゆ、ユニ?」
「沢田さん。本当に怒りますよ」
ぐりぐりと俺の足を踏み躙りながらユニは怒っていた。
「…………いえ、決めた。決めました。沢田さんは今日からジッリョネロファミリーの一員です」
「え、ちょっ!」
「拒否権は認めません! 認めたらまたやらかします。だからこれからはずっと私と一緒にいて下さい!!」
俺の右腕を抱き締めてそう言い放つユニに困惑する。
そして遠くに居たアリアさんが微笑ましいものを見るような目で此方を見ていた。
出来れば見てないで止めて欲しい。そんな思いを込めてアリアさんに視線を投げかけると、何かを察したのかアリアさんは二回ぐらい軽く頷いた後、去っていった。
いや、止めて下さいよ。
+++
誰にも知られていない戦いは六道骸の一人勝ちとなり、綱吉が記した
これによって様々な問題が発生し、裏社会が混乱することとなるがそれをこの時の貝の大空はまだ知る由も無かったのである。
大地の血統、霊使い、雪、因縁、復讐者、亡霊、虹、死刑囚、暗殺集団。
様々な思惑が渦巻き、かつての友は切っ尖を貝の大空に向ける。
かくして第一幕、第二幕と続いた物語はこれにてお終い。物語は第三幕へと移ることになる――――。
「お母さん。寝ちゃったよ」
「あら…………」
横に座っていた息子の言葉に母親である女性は語るのを止める。
そして息子の隣に座り、寝息をたてて眠りについている娘の姿を見て微笑んだ。
「こんなところで寝たら風邪をひいちゃうわよ」
困ったように言いながらも母親は少女を背負って立ち上がる。
背中から感じる重さは依然背負った時よりも重く感じた。
子どもの成長はあっと言う間だ。自分が子どもだった時も、母はこんなことを考えていたのだろうか。
「お母さん。僕がおんぶする?」
「大丈夫。ありがとうね」
息子からの言葉に母親は満面の笑みを浮かべた。
自身に似た蒼い瞳に若干外側に跳ねているような黒いくせ毛をした息子。
父親に似た琥珀色の髪に橙色の瞳を持つ娘。
その二人を連れて母親は歩き始める。
「ねぇお母さん」
「何かしら?」
「さっきの話の続き。どんな風になるの? 皆が幸せになるの?」
子ども特有の純粋な疑問、それに母親は困った顔をする。
「うーん…………残念だけど、皆が皆幸せになれたわけじゃないの」
「…………そうなんだ」
精いっぱい頑張った人が居た、誰かの為に頑張った人が居た、皆の幸せの為に自分の幸せをかなぐり捨ててしまった人がいた。
復讐の為に生きた人も、現在の為に誰かを犠牲にした人も、欲望の為に生きた人も居た。
その全てが幸せになれたわけじゃないし、むしろ不幸になった人の方が多いかもしれない。
自らの存在全てを賭しても欲しかったものが手に入れられず、逆に結果的に自らの望みが叶った人間もいた。
でも、それでも――――。
「よくお聞き。確かに皆が幸せになれたわけじゃない。だけど、これは悲しい物語じゃないのよ」
起承転結の「承」が終わりました。
本来なら三部で終わりだったんですけど、書いている内に長くなってしまい四部にしました。
なので第三部から色々と酷い事になります。
そして事前にネタバレしておきます。
この物語はハッピーエンドでは終わりません。
ただバッドエンドになるわけでもございません。ただ主人公にとってはハッピーエンドではないです。