特別だからって世界を救う義務は存在しない。 作:霧ケ峰リョク
「何で全員震えているんだ?」
「皆緊張しているからだと思いますよ、先生」
教室内に入って来た無精髭を生やしたおっさんにそう答える。
幸いな事に少し注意したお陰なのか、皆静かになった。
やはり全員現実感が無かっただけで、これから裏社会に一歩踏み出すという事を分かってきたらしい。
「沢田さんのことが怖いだけだと思いますよ」
「失敬な。少し注意しただけだよ」
仮にもマフィア候補生が表社会の一般人相手に恐怖で何も出来なくなるとか、そんな事は無いだろう。
「貴方は裏社会を何だと思ってるんですか」
「人外魔境」
そうとしか言えないだろう。
異能や死ぬ気の炎、アルコバレーノといった超人が跳梁跋扈する世界なんて好き好んで関わりたいとは思わない…………いや、雲雀さんなら関わるか。あの人
「裏社会の人達も沢田さんにだけは言われたく無いと思いますよ」
「解せぬ」
「解して下さい」
ユニから向けられる冷ややかな視線から目を逸らしつつ、教室の中に入って来た教師に目を向ける。
何故かは知らないが、この教師に見覚えがある。
会った事は無い筈なのだけれど、何故かとてつもなく嫌な予感がする。
「まぁ、静かにしてくれる方が俺としてはありがてぇがな。と、自己紹介がまだだったな。俺はシャマルだ。よろしく頼むぜ」
教師の男、シャマルは気怠そうに言い放つ。
成る程、教師の名前はシャマルというのか――――シャマル?
「っ!!」
その名前の意味を脳が理解した瞬間、オレの身体は椅子から立ち上がり、距離を取りそうになるのを拳を握りしめて何とか堪える。
強く拳を握り過ぎたせいで血が出ているが気にしない。
何せ、目の前に居るこの教師は最大限に警戒しなければいけない人間だからだ。
――――Dr.シャマル。
トライデントモスキートという異名を有する暗殺者にして名医でもある。
尤も、医学に携わる人間としては問題外のろくでなしだ。
女好きのセクハラ野郎で男は余程の事が無い限り治さない。
しかし名医であるのは事実であるから尚更質が悪い。
殺し屋としても一流以上の腕前で、あのヴァリアーにも勧誘される程の実力者だ。
――――困った。
内心、頭を抱えて呻き声を上げたくなる。
きっと、シャマルにもオレの情報は渡っているだろう。
能力の関係上、勝つのはそう難しい話じゃない。だけど相手は裏社会でも上から数えた方が良い正真正銘の殺し屋だ。そして、あのリボーンの友人でもある。
下手な真似をしたらオレの正体がバレる危険性もある。
身体の性別ごと変えているからそう簡単にバレないとは思いたいが、相手はあのシャマルだ。用心した方が良いだろう。
そう考えていると、静かになった生徒の内の一人が手を挙げた。
「あ、あの…………先生って、あのトライデント・シャマルですよね。何で教師なんか…………」
「某国のお姫様に手を出しちまってな。逃走資金の調達の為だ。この仕事割と稼ぎが良いからな」
ダメ人間、ここに極まれりとはこの事を言うのだろうか?
どちらにしろユニの教育に悪いのは間違いない。って、いうか今まで見た中で一番ダメな奴だ。
出来る事ならユニの視界に入れさせたくない。
けど、本当に隙が無いなこの人。少しでも敵意を向けたらすぐに迎撃出来るように準備している。
戦えば間違いなくオレが勝つけど、それでもやり合いたくはない相手だ。
「俺の自己紹介は終わったから、次はお前等な」
シャマルはオレから見て右側の、廊下側の座席の一番前に座っている生徒に指を差し向ける。
指名された生徒は座席から立ち上がり、自らの名を言い始めた。
+++
教壇に立ち、自己紹介をする生徒達を見てDr.シャマルは黄昏た表情を浮かべていた。
――――本当、どうしてこうなったのやら。
内心ため息交じりにシャマルはそう思ってしまう。
そもそもの話、シャマルはこの仕事に対してあまり乗り気ではなかった。
先程生徒の質問に答えた資金調達というのも理由の一つではある。だがそれだけでは正解ではない。正しくは資金調達の為と国際指名手配の解除、その二つがこの仕事を引き受けた理由である。
アカデミアに通う生徒は裏社会の未来を担う子ども達だ。
その親は当然地位や名誉、そして財産を持っており表社会にも干渉できる力を持っている。
それこそ国際指名手配を取り下げる事なんて簡単な程に。流石に凶悪犯の指名手配を取り下げる事は不可能だが、某国のお姫様に手を出した罪ぐらいならば揉み消す事が出来る。
だが、それでも割にあわない仕事だった。
「報酬に目が眩んだのが間違いだったぜ」
そもそもとして裏社会の関係者は頭のネジが何処か外れている。
環境が悪いので仕方が無いのだろうが、本当に大切な事を見えていない。
全てが全て、そういうわけではないのだろうがそれでも気乗りはしなかった。
「―――――――です。よろしくお願いします」
生徒達の自己紹介も大半が終わり、残り五人を残すのみとなった。
今までの生徒達を見ていて、興味を引くような人間は居なかった。
良くも悪くも普通だった。
だが次に自己紹介をする生徒はシャマルから見ても興味を惹く人物だった。
「エヴォカトーレファミリーのアルビートだ。よろしく頼む」
背の高い金髪の美少年、アルビートに生徒達の注目が集まる。
エヴォカトーレといえば、ボンゴレの同盟ファミリーで降霊術を扱うマフィアと聞く。
その噂の真偽は分からないが、シャマルから見ても実力者というのは分かった。
「同じくエヴォカトーレファミリーのリゾーナです」
アルビートに続いて小柄な金髪の少女も自己紹介をする。
ウェーブがかかった髪を持つ少女は、一つ前の座席に座るアルビートと同じファミリーに所属する者だった。此方の少女も実力者。エヴォカトーレファミリーの将来は明るいらしい。
「シモンファミリーの古里…………炎真…………」
「スカル様だ!」
次に立ち上がった生徒は前二人とは逆の意味で目を引いた。
ボロボロで傷跡が目立つ赤毛の少年だ。
外見からは覇気といったものを感じない、はっきり言ってマフィアには不向きそうな感じがする。
だが、その瞳の奥に宿るモノは前二人よりも強く感じた。
「シモンファミリー、ねぇ…………」
聞いた事が無い名前だが、このアカデミアに通っているという事はボンゴレの同盟ファミリー、もしくはそれに近しい善良なマフィアなのだろう。
何故肩にアルコバレーノのスカルを乗せているのかは分からないが。
と、いうか何でここに居るのだろうかあのアルコバレーノ?
内心疑問を抱くシャマルだったが、特に問題を起こしていない為気にしないでおくことにする。
それよりも今はこっちの方が重要だった。
「ジッリョネロファミリーのユニです。皆さんよろしくお願いいたします」
丁寧な挨拶をする幼い少女にシャマルは顔を引き攣らせる。
ジッリョネロファミリーのボスの娘、女好きのシャマルを以ってしてもあまり関わりたくは無い立場の人間だった。
脳裏に過ぎるのはジッリョネロファミリーの現ボス、アリアだと知らずに口説いた記憶。あの時の出来事は二度と忘れる事ができない、今でも夢に見るぐらいのトラウマである。
そんなファミリーのボスの娘が何故こんな場所に、そして飛び級しているのか。
「ほ、本当に考え無しに引き受けるんじゃなかったぜ」
シャマルは過去の自分を呪わずにはいられなかった。
内心深く後悔していると、ユニの後ろの座席に座っていた最後の一人が立ち上がる。
その瞬間、教室の中の空気が凍りついた。
今までの反応とは違う事にシャマルは訝しみながらも、その生徒に視線を向ける。
「ユニお嬢様のメイド兼護衛をしております、チヨヒメ・ディケイドと申します。皆々様、どうかよろしくお願いいたしますね?」
最後の一人はメイド服を着た日本人の少女だった。
異国の血が流れているのかで髪の色は明るい茶髪で、顔立ちも幼さを残している。
一見して何処にでも居るような普通の少女にしか見えない。
だがシャマルの殺し屋としての勘と医師としての勘が告げていた。
こいつは化け物だ、と。少女の外見をした、人間のふりをしているだけの怪物なのだと。
「…………帰りてぇ」
「ダメですよ先生。責務を放棄しては」
ニコニコと微笑みながらも一切笑っていない少女の言葉に、シャマルは溜め息を吐かずにはいられなかった。