特別だからって世界を救う義務は存在しない。 作:霧ケ峰リョク
取り敢えず今回で復讐者戦は一回決着です。
「逃げるぞ」
間髪入れずに呟いたスモールギアのその言葉にイェーガーは非難がましい視線を送る。
すると視線の意図を察したのか、スモールギアが肩を竦める。
「少し落ち着けよ。お前だって分かってんだろ。今の状態であいつに勝つのは無理って事は」
「…………っ」
「まぁ、普段の調子に戻ってもアレを倒せるかは分からんがな」
スモールギアは視線をある方向に向ける。
そこには獣のような唸り声を上げる沢田綱吉だったものの姿があった。
背中から生えていた複数の管のような触手は骨格を形成し、身体の至る所からは血のように真っ赤な金属のような刃が生えている。
何処からどう見ても化け物でしか無かった。
「こんな見た目をしてるオレ達が言うのもあれだけどよぉ。化け物は化け物、人外は人外でも明らかに人間じゃねぇよ」
裏社会には化け物染みた強さを持つ人間が居ないわけでも無いし、外見が怪物染みた存在も皆無じゃない。
復讐者達自身も自分達が既に人間でないのは理解している。
だが目の前のこれとだけは一緒にされたくなかった。
「腕を失っても、臓器を失っても、頭部が消し飛んでもすぐに生えてくる。そして問題無く活動する。なんだこりゃ、文字通り物語に出て来るような不死の怪物じゃねぇか」
「スモールギア」
「しかも時間が経つにつれて強くなっていくとかどうしようもねぇ。今のオレ達の手に負えねぇよ」
イェーガーが静止するもスモールギアは捲し立てるのを止めなかった。
実際、スモールギアの言う通りだった。
最初こそ腕を切り落とすなり、首を切り落とすなりすれば新たに生えてくる等して少しだけ時間を稼げた。しかし今はそれすらも出来ない。首を斬り落とそうと刃を通らせた瞬間にはくっついている。傍目から見たらただ刃が通過しているだけにしか見えない。しかも、肉体強度は鉄を連想させる程に硬い。
そんな怪物を力を制限されまくっている今の状態で勝てると思う程、イェーガーは愚かでは無い。
「チェッカーフェイスの居場所は知りたいがそれを手に入れる為に戦って全滅しましたは洒落になってねぇ。耐えろ、今は耐える時だ」
「…………分かった」
スモールギアの言葉にイェーガーは逡巡した後、同意する。
「んじゃ、全力で逃げるぞ」
その言葉を皮切りに復讐者達は背を向け逃げ出す。
後ろから襲い掛かってくる怪物の攻撃を何とか回避する事に成功し、無事に時ノ庭園の展開範囲から脱出した。
+++
「おまっ、ふざけんじゃねぇ!! 暴走したコイツを放置して逃げんじゃねぇよ!!」
逃げ去っていく復讐者達の後ろ姿を見て、シャマルは間髪入れずに叫ぶ。
とてもではないが叫ばずにはいられなかった。
どう見ても化け物としか言いようが無い姿になった奴を、それも一目見ただけで正気を失っていると分かるほどに暴れ狂っている奴を置いて逃げ去ったのだ。
傍迷惑としか言いようが無い。
「くそっ! 戦っていた復讐者が居なくなったら次にあいつと戦わなくちゃいけないのはオレ達じゃねぇか!!」
理性があるのならばそんな事しなくても良いのかもしれないが、残念なことに今の沢田綱吉にそんな事が分かるとは思えない。
事実、復讐者という敵が居なくなった今、悍ましい程の殺意を向けられているのはシャマル達だった。
向けられる殺意は人間が人間に対して向けるものじゃなかった。裏社会で生きている以上、そういった思考の狂人と関わった事が無いわけではない。だがこうして自分にその殺意を向けられるとは欠片も思っていなかった。
「あ、あぁ…………」
生徒の一人がその場に尻餅をつく。
何やら股が濡れているような気もするが構ってはいられない。
目の前の飢えた肉食獣をどうやって止めるか、そっちを考えるだけで精一杯だった。
「グルル…………」
そして、綱吉は獣のような唸り声を上げ、背中から生えている触手で攻撃を開始する――――、
「沢田さん!!」
その直前でユニが一歩前に飛び出し、皆を庇うような形で両手を広げた。
「なっ、おいユニ嬢ちゃん!!?」
ユニの突然の行動にシャマルは思わず声を上げる。
愚行、無鉄砲、考え無しの行動としか言いようが無い。
だがそれを止めようにも時間は無く、綱吉はユニに向かって触手を振るう――――直前で自分自身にその攻撃を叩き込んだ。
「なっ!?」
綱吉の突然の行いにシャマルは驚愕の声を上げる。
見るも無惨な姿になりながらも、綱吉の身体は再生を始める。
だがさっきとは違い、そこには何かしらの意思のようなものが見える。
「…………いい加減に、しろ。大人しく、なれ!!」
そう叫ぶと同時に綱吉は自らの炎で自分自身を攻撃し始める。
瞬間、綱吉が作り出した世界に亀裂が入り、時間も経たない内にあっという間に広がっていく。
世界が壊れるというのは、この光景の事を言うのだろうか。
「とっとと、壊れろ…………!!」
ガラスが砕け散った時に出るような音が響くと同時に世界が砕け、元の校庭の風景に戻る。
さっきまでの神秘的な光景は最初から嘘のように掻き消えた。
「あー、くそ…………やっぱり発動するんじゃなかった」
肉体こそ元通りになりつつあるが、その身体には明確なダメージが刻まれていた。
元に戻る速度もさっきとは比べものにならない程に遅く、口と鼻、そして目から大量の血を流している。
スプラッタな光景とでも言えば良いだろうか。少なくとも見てるだけで死にかけというのが分かるくらいには重症だった。
「…………無理、限界」
短くそう呟くと綱吉はそのまま前のめりに倒れた。
「沢田さん!?」
ユニは綱吉の名を叫びながら、現在進行形で赤い血の水たまりを作っている少年の下に向かう。
「…………オレ達は、一体何を見ていたんだ?」
生徒の一人が困惑に満ちた声でそう呟いた。
かくして、復讐者の突然の襲撃は終わりを迎えたのであった。
+++
――――時ノ庭園はオレが作り上げてしまった、作るべきではなかった技だ。
モデルは固有結界に領域展開。どちらも心を形にするものだった。
だが出来上がったのはかなりヤバい代物だった。作った事を後悔してしまうぐらいには危険な技なのである。
この空間本来の能力は時間操作。横の時間軸を司るマーレリングを有する白蘭の能力に似て、縦の時間軸を司るボンゴレらしい能力だ。この空間の中では自分の好きなように時間を弄ることが出来、逆行、加速、停止も自由自在だ。それに加えて空間自体がオレの身体ということもあり、零地点突破も空間内では何処でも発動可能で思いのままだ。
当然、そんな能力にはデメリットがつきものだ。と、いうよりとんでもない副作用がこの技にはある。
それは時間経過によってオレ自身が変質する事だ。
何でこのような副作用があるのかは分からない。ただ一つ言えることがあるとするならば、この副作用は決して軽くないと言うことぐらいだ。
第一段階は鬼化で弱点の無い不死の鬼に変ずること。正直な話、これだけならば時間こそかかるもののまだ人間に戻る事が可能だ。が、第二段階以降がどうなるのかは分からない。まだ戻る事ができる第一段階とは違って、それ以降はどうにもない事になると超直感が告げていた。
しかも、時間の操作を使えば次の段階に至る時間が短縮されるというおまけ付き。
出来れば技を開発している段階で警告して欲しかったのだけれど時既に遅く、完成した瞬間にその危険性はオレに牙を向けたのだ。
「本当、世の中思い通りに進まない」
至る所に亀裂が走った時ノ庭園の中、オレは玉座に腰を預けながら溜め息を吐く。
時ノ庭園は発動にこそ死ぬ気の炎を使うが維持には必要無い。勝手に展開されるのだ。
そして自らの意思で展開を止め、解除する方法は無い――――皆無だ。
止めるには自らにダメージを与え、死に瀕する程の重傷を負う事ぐらいだろうか。
尤も、それでも身体の変質は止められず、このままだと20歳を迎える頃には肉体は人食いの鬼になってしまう。
発動していなくても肉体を変えるなんて本当に碌でもない。いや、実際には解除できてないのかもしれないが。
「まぁ、それはそれとして…………」
玉座から立ち上がり改めて時ノ庭園を見渡す。
世界には亀裂が広がり、展開前の美しさは見る影も無い。
「当分時ノ庭園の展開は不可能だな」
時ノ庭園の展開を止め解除した場合、再発動には暫くの時間を要する。
その時間は大体三ヶ月ぐらいだ。もし復讐者が再び襲撃しにやってきたら間違いなく負けるだろう。
いや、今度来る時は絶対時ノ庭園対策の装備や準備をしてくるからどちらにしろ負けるか。
ユニの未来予知で復讐者が再びやって来るのは分かっているし。
ふぁっきん。
「鬼化も解かないといけないし、本当に嫌になる」
幸いだったのは第一段階で暴走してもすぐに意識を取り戻す事が出来、肉体のダメージを即座に回復できた事だろう。
本来ならば暫くの間は身動きすら取れないような大怪我だったのだから、それを考えれば大分軽い。とはいえ、鬼化はすぐにでも解かないとまずい。
自分の意識を取り戻したとはいえ、肉体は人間しか受け付けないのだから。
一応動物の血肉でも代用は可能だけれど、それでも早めに戻った方が良いに決まっている。
「一週間までには元に戻りたいなぁ」
確か、以前は元に戻るのに二週間かかったんだっけ?
あの時は地獄だったなぁ。人間の食事を受け付けない中、怪しまれないために死ぬ気で胃袋に押し込んで、後で体調崩したんだ。
幸いな事にこの学校の施設なら人間由来の、輸血用の血液があるだろうしそれで飢えを防ぐ事が出来る。
それでもこの身体について色々と聞かれることにはなるだろう。
「本当、邪魔ばっかり入る」
別に復讐そのものを否定するわけではないけれど、だからって何でオレに襲撃を仕掛けて来るんだよ復讐者連中は。
そんな事を考えながら意識が浮上するのに身を預けた。