特別だからって世界を救う義務は存在しない。 作:霧ケ峰リョク
流石に赤ちゃんプレイをやらせるには勇気が無かったんや。
「惚れ薬つってもな。あくまで強烈な恋愛感情を抱くだけのもんだ」
沢田綱吉に劇薬を投与した下手人にしてアカデミアの1-Aを担当する教師、トライデントモスキートの異名を持つ
左頬が腫れあがっており、伊達男が台無しになっているがその事を誰も気にする人間は居ない。
単純にそれどころじゃないのである。
「この薬を投与したからって人格が変わるわけじゃねぇんだわ。あくまで投与してから一番最初に見た奴に恋をするくらいのもんだ」
「シャマル先生。なら、彼はどうして
シャマルの言葉にアルビートが挙手し、問いを投げる。
その問いを聞いてシャマルは何とも言えない表情を浮かべる。
「あー、恋は人を狂わせるって言葉がある。もしくは恋は人を成長させるともな。要するに恋は人を変えるんだよ」
「では彼がああなったのは恋が原因だと? とてもではありませんが恋をしたくらいで変わるような人間とは思えなかったんですが」
「ああ、オレもだ。強い恋愛感情を抱いて少しは考え方を変えさせようぐらいにしか思ってなかった」
本当に失念していた、シャマルはそう言って頭を掻く。
「生真面目な奴が恋を知ってチンピラに落ちる事もあるし、屑が恋を知って改心するって事もある。その事をよく知っていたっていうのになぁ」
シャマルはこの教室の空気が重くなっている元凶、沢田綱吉が居る方向、教室の一番後ろの窓側の方に視線を向ける。
視線を向けた先は一種の魔界といった表現が似合う程に禍々しい空間になっていた。
憎悪にも殺気にも似通っていながらもそれらとは全く異なる強く、それでいてドロっとしている。足を踏み入れる事は愚か、視線を向ける事すら忌避する程に禍々しい。
そんな空間を生み出している事の元凶は今――――、
「よしよーし、良い子良い子」
マットを敷き、ユニの頭を膝の上に乗せて寝かせ、盛大に甘やかしていた。
その表情からは邪な気持ちは一切感じられない、まるで聖母のような慈しみで満ちていた。
「あ、うぅ…………」
一方、綱吉の膝の上でユニは顔を真っ赤にして俯いていた。
表情から察するにかなり恥ずかしいのか、誰とも視線を合わせないでいた。
「さ、沢田さん」
「ん? どうしたのユニ」
「す、凄く…………恥ずかしいんですけど」
「ユニは、嫌なの?」
綱吉はユニにそう呟く。
その表情は何処か寂しそうで、悲しそうに見えた。
「い、嫌というわけじゃありませんが…………」
そんな表情を見てユニは否定する。
すると綱吉はパァっと満面の笑みを浮かべた。
「ならもう少し休んでて、ユニは何もしなくて良いから! 食事も全部食べさせてあげるし、寝る前には本を読んであげましょう」
「あ、はい…………」
「そうだ! 折角なら可愛い衣装も用意するよ! ユニは素材が良いから、きっと似合う服も沢山あると思うんだよ!」
キラキラと瞳を輝かせながら物凄く嬉しそうにしている綱吉の姿にユニは何も言えなくなり、力無く綱吉の膝枕に頭を預ける。
恥辱を味わっている当人は兎も角として、傍目から見れば微笑ましい光景なのだろう。
実際のところ、惚れ薬を使われたにしてはかなり穏当な結果だ。綱吉に使われた惚れ薬は人によっては理性が吹っ飛ぶ人間も居るくらいには強烈なものだ。幼い少女にダイブするという見るからに事案な事にならないで良かったとも言うべきなのだろう。
「大丈夫、全部オレに任せて。もしユニに危害を加えるような人が居るっていうのなら、一族郎党皆殺しにするから」
好意を向けている対象以外に対して強烈な敵意と殺意を抱いているという点さえ除けばの話だが。
「あれだな。ボンゴレ坊主は愛に狂うタイプだったって事だな。それも全自動追尾式の地雷みたいなとびぬけてヤバい奴」
「なんてことをしてくれたんですか!?」
シャマルの発言にアルビートは思わず叫ぶ。
それはこの教室に居る約一名を除いた全生徒共通の思いだった。
「いや、オレも予想外だったわ。まさか自己犠牲精神に酔った馬鹿が恋を知れば相手を甘やかしつつそれ以外には敵意を向けるメンヘラになるとは思わなかった」
「そもそもとして惚れ薬なんてものを使わなければ良かったのではないのでしょうか?」
「ああ、今すげぇ後悔しているけどよ…………あの時はそれが一番手っ取り早いって思ったんだよ」
本当に過去の自分は何てことをしでかしてくれたのか。
自身の短絡的な行動にシャマルは酷く後悔する。今、死ぬ気弾か嘆き弾を撃たれたら間違いなく蘇るだろう。
尤も蘇った所で無意味だ。仮に死ぬ気弾を撃たれて物理的に矯正しようとしても今の綱吉に勝てるとは思えない。基礎スペックからして違い過ぎるし、そもそもトライデントモスキートが効くとは思えない。嘆き弾に関しても「見苦しい」と言われて即殺されるイメージしか湧かない。
これならまだ惚れ薬を投与する前の方が話が出来た。
「何なんだろうな。ボンゴレも苦労するな」
いくら初代の血統と記憶を受け継いでいるとはいえ、あんな飛びぬけてヤバい小僧をボスに据えなければいけないなんて。
シャマルがそう思った瞬間、強烈な殺意を向けられる。
「苦労してるのはオレの方だよ。勘違いするな」
綱吉は汚物でも見るような視線をシャマルに向ける。
「三人も後継者が居たにも関わらず全員死なせている時点で論外だ。てかもっと作っとけよ後継者を」
「確かにその通りではあるんだけどよ。お前なら問題ないんじゃねぇか? 死なないんだしよ」
「それこそふざけんな。さっきも言ったけどオレはこの状態を快く思っていないってのに」
憤慨と言わんばかりに顔に青筋を浮かべながら吐き捨てる。
その一方でユニに対しては物凄く優しく接しており、物凄く優しい手つきで耳掃除をしている。
随分と手馴れている様子で、耳掃除をされているユニはとても気持ちよさそうだ。
「話は変わるけどよ、随分と手馴れてるんだな」
「妹で手馴れてるので」
+++
――――どうして、こうなってしまったのか。
ユニは今自分が置かれている現状にそう思わざるを得なかった。
事の発端はシャマルが惚れ薬を綱吉に投与されたことが原因で、一番最初に視界に映ったのが自分だったからだ。
その結果がこれである。
「ほら、ユニ。あーん」
一切の邪気が無い朗らかな笑みを浮かべながら、綱吉はユニに食べ物を掬ったスプーンを向ける。
「あ、あの沢田さん。自分で食べられますから…………」
「え? ダメ、かな?」
ユニの言葉を聞いて綱吉は悲し気な表情を浮かべる。
その姿はまるで捨てられた子犬のようにも見えた。
「だ、ダメというわけじゃないんですが…………その、このまま沢田さんに任せてたら色々とダメになってしまう気がして」
「大丈夫だよ」
綱吉は聖母の如き優しい笑みをユニを抱き寄せる。
「ユニはダメになんかならないよ。もしダメになったとしても絶対に見捨てないから」
「沢田さん…………」
「だから少しくらい素直に甘えても良いんだよ。ユニは子どもなんだから、我慢したりなんかせず、もっとずっと我が儘になったって誰も文句は言わないよ」
惚れ薬を盛られた結果だと分かっていても、今の綱吉の献身はユニにとって甘い毒でしかなかった。好意を寄せた相手を只管に甘やかし堕落させる。その愛は正しく愛玩でしかない。
だが、例え薬によって無理矢理植え付けられた恋心だったとしても、ユニはその愛を拒絶する事が出来ないでいた。
「…………やっぱり恥ずかしいんで一人で食べても良いですか?」
「や、やっぱりダメ?」
「うぐぅ…………はぁ、仕方がありません。分かりました。じゃあお願いします」
何とか勇気を出して断ろうとしたものの、結局受け入れてしまった。
その事にユニは思わず肩を落とし、大人しく綱吉の好きなようにされる。一つ救いがあるとしたらこのランチが美味しいということだろうか。
尤も、このランチを作ったのは綱吉である為、何かしら作為的なものを感じるが。
「ねぇ、少し良いかな?」
そう考えながら大人しくランチを食べていると、一人の生徒が此方に歩み寄って来た。
すると綱吉は目に見えて不機嫌になる。
しかし、話し掛けてきた人の顔を見て、不機嫌ではなくなる。
「きみは、シモンの」
「古里炎真だよ。そしてこっちは友達のスカル」
「また会ったな沢田綱吉! そして久しぶりだなユニ!」
シモンファミリーの次期ボス、古里炎真とユニと同じくアルコバレーノのスカルだった。
「お久しぶりですスカル。でも、貴方はカルカッサファミリーに居た筈じゃあ」
「壊滅したんだよ。主にこいつのせいでな!!」
ユニの疑問に答えつつ、スカルは怒気を滲ませながら綱吉に指を差し向ける。
綱吉はそんなスカルを見て笑みを浮かべながらスカルの人差し指を掴む。
「人に指を指しちゃダメだよ。次やったらへし折るから」
「あっ、はい。すみません」
微笑みながらも恐ろしさを感じさせる綱吉の言葉にスカルは思わず謝罪する。
その姿に裏社会最強の七人の威厳は欠片も感じなかった。
「それで、きみがオレの所に来たって事は…………ボンゴレとシモンの契約について、だよね」
「うん。まぁ、それもあるけど、先に御礼を言っておきたくて」
「…………御礼を言われるようなこと、オレは君に出来ていないよ」
「きみがそう思っていなくても僕達はあの時きみに救われた。それは変わらない事実だ」
「むぅ」
炎真の感謝の言葉に綱吉は何も言えず困ったような表情を浮かべる。
実際、結構困っているのだろう。炎真から向けられる感謝の念に心当たりが無いのか、あるいは恨まれていると思っていたのかは定かでは無いが。
「でも、それはそれとして聞いておきたい事があるんだ。
「オレは正気だけど?」
「いや、うん。気にしないで良いよ」
綱吉の発言に炎真は何とも言えないと言わんばかりの顔をする。
「まぁ、良いよ。オレもきみには話さないといけないって思ってたから」
そう言って綱吉は語り始める。
ボンゴレファミリーとシモンファミリーの過去を。
+++
イタリアのとある港にて、一隻の船が定着した。
その船には並盛中学校風紀委員会という文字が刻まれており、一人の少女が背伸びをする。
「ここにボスが居るの?」
藍色の髪をした少女は隣に居た学ランを羽織った少年に尋ねる。
「笹川了平の言うことを信じるならその通りらしいよ」
学ランを羽織った少年は少女の問いに淡々と答える。
「尤も、彼のことだから既に行方をくらませているかもしれないけどね」
「それでも何か手掛かりが残っているかもしれない」
少年の言葉に少女はそう言い放つと船から降り、イタリアの大地を踏みしめた。