特別だからって世界を救う義務は存在しない。 作:霧ケ峰リョク
そして最近暑くなり過ぎて全然眠れないです。
ついに始まった戦闘訓練。
しかしいきなり激しい特訓から始まると言うわけではなく、最初は基礎的な体力作りからだった。
想像していたものと違った事に期待を裏切られた生徒達の大半は不貞腐れた表情を浮かべながら校庭を走っていた。中にはこの体力作りの重要さを理解している者も居たが、理解している者は既にこんな課題はクリアしている。
しかし、分かっている者の中でもまだクリアしてない者が居た。
ユニである。
「…………はぁ、はぁ」
荒事はおろか、ついこの間まで裏社会に関わって来なかったユニの体力は一般人と同じ、否、それよりも低いだろう。
その上、飛び級しているのだから他と比べて幼い体格のユニにはかなりハードだった。
「頑張れユニー!! ファイトー!!」
一方、物理的に人間を辞めている綱吉は走り込みを一番最初に終えて、ユニの応援に回っていた。走り込みに掛かった時間は僅か三分。誰が見てもおかしいとしか言いようが無かった。
その応援を受けてユニの顔は赤くなる。
恥ずかしい、とても恥ずかしい。
羞恥心から紅潮するユニに対し、綱吉は誰もが見惚れる程清々しい笑顔を浮かべていた。
そして走り込みが終了し、ユニは綱吉の隣に立つ。
「ユニ。息が荒いけど大丈夫? 飲み物あるけど…………」
「い、いらないでゴホゲホっ!!」
何とか強がろうとするも、身体は正直にユニの状態を告げていた。
激しい運動をしたおかげで、とてもではないが飲み物を受け付けられなかった。
「もう少し落ち着いてからにしよっか。はい、ゆっくり息を整えて」
「ふー、すー…………」
「そうそうそんな感じ。いきなり激しい運動をしたら身体がビックリするからね。ちょっとずつやっていこう」
綱吉の言葉に従い、ゆっくりと呼吸を行う。
流石に運動をする前のようにはいかないが、時間が経過するにつれ身体も落ち着きを取り戻し始める。
「ふぅ…………沢田さんは随分と早く終わりましたね」
「弱体化してるとはいえこの身体のスペックは人間辞めてるからね。もう少し休めば本調子に戻るけど」
少し困ったと言わんばかりに綱吉は身体の不調を訴える。
さっきの光景を見て本当に不調なのかと疑問を抱くものの、本人が言う通り完全に本調子ではないのだろう。
あんな技を使って何らかのリスクを背負ってない方がおかしいのだから。
「沢田さん。一つ聞きたい事があります」
「なぁに? ユニになら何でも教えてあげるよ」
「
その技の名を言った瞬間、綱吉の身体が凍り付いた。
朗らかな笑みこそ浮かべているものの纏っている雰囲気が明確に変わっていた。
「えっと、それ以外に何か無いかな?」
「私はあの技について聞きたいんです。それともあれですか? 沢田さんは嘘を付いたんですか? 何でも教えてあげるって言ったのに?」
「うぐぅ…………!!」
痛いところをつかれたのか、綱吉は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「…………話長くなっちゃうけど、それでも良い?」
「構いません」
「じゃあ教えるけど、その前に死ぬ気の炎から説明するね」
綱吉はそう呟くとユニの前に立ち、中指にはめているリングに死ぬ気の炎を灯す。
その炎は以前の復讐者との戦いで見たものに比べれば遥かに弱々しく、今にも消えてしまいそうなか細い炎だった。
周囲のクラスメイト達も綱吉がこれからする説明に興味があるのか、次第に綱吉の方に集まっていく。
「ユニは当然知っていると思うけど死ぬ気の炎は闘気とは違い、生体エネルギーを圧縮した物なんだよ」
「はい。それは母から聞いてますので知っています」
「じゃあ死ぬ気の炎には計15の属性が存在する事もこの前軽く話してるよね」
「確かに言ってましたね」
「まぁ、大空の七属性と大地の七属性は互いに対の関係にあたるから厳密に言えば全く別の属性というわけじゃ無いんだよ。大空属性の波動を大地のリングを通せば大地の属性の死ぬ気の炎になるからね。リングはフィルターのようなものだよ」
綱吉の説明を聞いてこの場に居る人間は成る程と納得する。
ただ走るだけの授業より、こういった超常の力についての説明の方が彼等彼女等には受け入れやすかった。
「ちなみに死ぬ気の炎を出すリングの材料である石は大抵地中にあるか崖とかに埋まってたりする。あるいは洞窟の中とかね。リングの形をしてなくても死ぬ気の炎を出すことは可能だから、炎を灯す事さえ出来れば探すのは容易だよ。別に身体に直接触れて無くても炎は灯せるから」
「じゃあ沢田さんが着けてるリングは」
「全部オレの自作。本職に比べれば腕は落ちるけど、まぁ実用には耐え得るやつだよ。まぁ材料を見つけられたのは運が良かったからだけどね。見つけたら毎回生命エネルギー使い過ぎて死に掛けてたけど」
そう言って綱吉はまるでジョークでも言ったかのように朗らかに笑う。
一方ユニはその話を聞いて難しい表情を浮かべた。
笑えない、全然笑えない。材料となる石を探す方法を聞いて思ったのは、どうしてそんな命をシュレッダーに入れるようか真似をするのか、という怒りだった。
綱吉が言っていたやり方は常に無駄に生命エネルギーを放出しているようなものだ。あっという間に力尽きて死んでもおかしくない。
いっその事このまま人間に戻らないでやめてたままの方が良いんじゃないだろうか。そうすれば未来は回避出来るかもしれないというのに。
「復讐者達が使ってた夜の炎は今の説明には関係無いから省くけど、オレが以前やった時ノ庭園には大空属性の死ぬ気の炎と大空属性のリングの存在が必要なんだよ。発動の維持には必要ないんだけど」
「…………大空だけしか使えないんですか?」
「霧なら似たような事が出来ないわけじゃないけどね。流石に自分の心を世界に変えるのは大空しか出来ない」
「それなら、私でも出来るということですか?」
ユニの質問に綱吉は首を横に振る。
「残念だけど時ノ庭園をユニが使うのは出来ないよ。あれはあくまでオレの心と固有の能力なんだから。オレしか使ってないからなんとも言えないけど。ユニが使うとしたら全く別のになると思う」
「ちなみにどうやったら出来るようになるんでしょうか?」
「大空の特性を利用して自分と世界の境を無くすと言えば良いのかな? これに関しては理屈じゃなく感覚の話だから説明が難しい」
そう言うと綱吉は酷く困った表情を浮かべる。
恐らく嘘は一つもついてないのだろう。説明が難しいから出来ないというのも分かるし、感覚でやっているというのも本当の事。
ただ一つだけ。本当に大切な、重要な事は話していない。
あの技を発動する時、どのような感情を必要とするのか。
「正直あまり良い技じゃないんだよ。解除するのに自分で自分を傷付ける必要があるし、解除した後は暫くの間体調が絶不調になるし…………うん。ユニは覚える必要の無い技だよ。多分覚えられないだろうし」
綱吉が言った覚える必要の無い技というのは彼が心から思っている事だ。
そう自分自身を気遣う綱吉の顔を見て、ユニは何とも言えない表情になる。
「と、ごめんシャマル。授業の邪魔をして」
「別に構わねぇよ。オレの授業よりも生徒達は興味があったみたいだしな。まぁ、オレも聞いてたんだが」
「オレはあまり愉快では無かったよ。あの技のことあんまり口にしたくないから」
授業終了のチャイムが鳴り、綱吉はシャマルと会話し始める。
どうしてそこまで優しく振舞っていながら、どうしてあそこまで世界そのものを壊さんと言わんばかりに憎み、怒っているのか。
幼いユニには理解できなかった。
+++
「――――素晴らしい」
画面に映し出された映像を見て、緑色のおしゃぶりを付けた赤ん坊、アルコバレーノのヴェルデは感嘆の表情を浮かべた。
映し出されたのは復讐者達との戦闘だった。
死ぬ気の炎を使った高度な戦闘、夜の炎と呼ばれている第八の属性、透明なおしゃぶりを持つアルコバレーノ、バミューダ・フォン・ヴェッケンシュタイン。
そして沢田綱吉が使った『時ノ庭園』――――。
どれもこれもがヴェルデの知的好奇心を刺激する最上級のものだった。
欲しい、あの力が――――あの力を使う沢田綱吉の身柄が。
幸いな事に自分には今、性格以外は適した協力者が居る。
「その力、科学の発展の為に使わせてもらおう」