僕には記憶がない。
いや、この村に来る前までの記憶を思い出すことができないと言った方が正確かな。
まあ、どっちでも構わないだろう。
そう、僕はアルニ村での暮らし以前のことを、自分の名前ともう一つのこと以外思い出すことができない。
僕の名前はシュウ。
すでに何十回、何百回、何千回と繰り返したこの言葉は、記憶がはっきりしだした当時の僕の支えだった。
まあ、レナやセルジュ、村の皆が居る今はただの口ぐせのようなものになってしまったけれど
それで構わない。
かつての僕はそうしなければ自分を保てなかった。でも今は彼女たちがいるのだ。
自分を肯定してくれる存在がある。
それは(少なくとも僕にとっては)この世の中で最も幸せなことだと言えるだろう。
だからこそ僕は、彼女たちを、自分の居場所を守るためならなんでもする。
彼女たちを脅かすモノが現れたなら、目が覚めた時から片時も離さずにいる、この虹色に輝く刀(虹、と名付けた)を以って排除する。
とまぁ、こんな物騒なことを考えているわけだけど、幸いにもその機会は未だ訪れてはおらず、平穏で幸せな日々を送ることができているのだった。
これは、そんな平和な日常の終わりを告げる話。
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漁に使うための網を修繕する作業をようやく終え、辺りを見渡す。
そこには、ある人の人生の軌跡があった。
ライオンザメにノコギリカブリ、ギロチンガメに六角クジラ。その他にも、捕らえようとすれば一筋縄ではいかない程苦労するであろう生き物たちの剥製が並んでいる。
そこでは、室内に居ながら自然の雄大さを感じることができた。いくら眺めていても飽きは来ないだろう。そんな風に少し考え込んでいると、階段を降りてくる音が聞こえた。
「ん、なんだセルジュか」
それに、この作業場の主人が反応して声をかけた。
「こんにちわ。 こっちにシュウが来てるって聞いたんだけど居る?」
なんだ、僕を迎えに来たのか。
さて、どんな文句を言ってやろうかな……。
「ほれ、そこで作業してるぞ」
「やあ、おそよう」
その言葉に合わせて寝坊助に手を振ってやる。
どうやら僕がそれほど怒ってないと思ったらしく、随分とホッとした顔だった。甘いなぁ。
けれど既にレナに絞られているだろうし、少しは手加減してあげようかな。
「シュウ、作業ってもう終わってる?」
「ああ、初めにいいつかった分は終わってるよ。まだ何かあるかもしれないけど」
と言いつつ主人の方を見ると、
「ハハハ、いや最初に頼んだ分で本当に終わりだよ。お疲れ様、シュウが手伝ってくれたおかげでだいぶ早く終わったよ。なんだ、今から二人でデートでもするのかい? 若いっていいもんだねぇ!」
などと茶化してはいるけど、僕の方から今日のこの後の予定は話してあるので単純にセルジュをからかいたかったのだろう。実際彼はあたふたしながら否定している。
そうだ、いいこと(あくまで僕にとってであるが)を思いついた。そうと決まれば早速……。
「……セルジュは、私とデートするのは嫌なの?」
と、少し拗ねたような口調と上目遣いのコンビネーションで攻撃してやる。普段使わない『私』という一人称と女の子らしい言葉もセットだ。
「え、えぇっ!?いや、別に嫌とかそういうわけじゃ…」
効果は覿面だったようだ。ふふ、そろそろネタバラシといこうか。それに、ほどほどにしておかないと後が怖いからね。怖いのはセルジュではなく、レナなんだけど。
「冗談だよ。少しからかっただけさ。 ……さて、君がのんきに眠っている間に仕事は終わらせてしまったし、早速トカゲ岩に行こうじゃないか」
「ウロコ獲りだったっけか?」
「うん、ボク達いまからトカゲのウロコを取りに行くんだ」
「懐かしいねぇ。よし、その道の先達である俺がアドバイスしてやろうじゃないか」
これは願っても無い。あいつらはかなりすばしっこいと聞くしどうやって捕まえるかまだ案はでてなかったからね。
セルジュもそう思ったみたいで、ぜひお願いします!なんていってるし。
「よぉし、それじゃ耳の穴かっぽじってよく聞けよ?
【明日の為にその1:そこにあるものを利用しろ!】
【明日の為にその2:地形を考えてうまく使え!】
【明日の為にその3:追いかけっこが好きな奴もいる!】
っと、こんなもんかな。ま、実は親父の受け売りなんだけどさ。どうだい、役に立ちそうか?」
言ってることは正しいんだろうけど、なんだかこう妙に……、まぁいいか。
「アドバイスありがとうございます。それじゃあボク達はこれで」
「あぁ、気を付けてな。最近でかいのを見たって噂もあるし。まぁただの噂だが」
兎にも角にも、こうして僕たちはトカゲ岩に向かうのだった。
閑話休題
トカゲ岩にやって来た僕たちは、彼のアドバイスに従ってトカゲを捕まえ、ようやく二枚のウロコを手に入れたところだった。
え?一匹からたくさん取ればいいのにって?いや違うんだよねこれが。トカゲのウロコ全部が綺麗なわけじゃないんだ。だから一匹からは一枚しかとらないって決めてるのさ。自分の中で、ではあるけどね。
そうこうしているうちに、三匹目のコドモ大トカゲ(ウロコを持ってるトカゲの正式な名前)を発見した。
「よし、あいつから最後の一枚をもらおう」
セルジュと頷きあうと、ちょうど円形になっている地形の左右から挟み撃ちにする形でトカゲを追い詰めていき、
「よっ」
あっさりと捕まえることができた。
さて、少し痛いだろうけど我慢してくれよ。
心の内で謝りながらウロコを剥がす。
すると、今まで聞いたことのないような大声で鳴き始めた。
「な、なに!?」
セルジュも僕も驚いてトカゲを離してしまう。すると、トカゲは一目散に走って行き、それと同時に地響きが聞こえてきた。
「えっと、もしかしなくてもあれだよね。噂になってるっていう大きいやつだよね?」
恐る恐る辺りを見渡すと……居た。
ちょっと待て、あんまり大きすぎないかい?
「アレがああなるか普通!?」
セルジュの心からの叫びが虚しく響く。
どうやらあいつはひどくご立腹らしい。それも当然か。最近村ではウロコが人気でウロコを取り過ぎたんだ。
けど、それに文句を言っている暇は無い。何とかしなければなんとかされてしまうのだから、戦うしかない。
「くるぞ!」
自分に活を入れ、虹の柄に手を掛ける。
セルジュは船を漕ぐパドルを改造した、スワローを構える。
「ふっ!」
大トカゲは幸いにもその図体に見合った素早さしか無いようで、攻撃をかわしながら何度か斬りつける。
「挟み撃ちだ!」
その言葉と共にセルジュはトカゲの死角に回る。
「ほら、こっちだ!」
トカゲの意識をそっちに向けさせないように大声を出して牽制をする。その目論見は成功し、トカゲは再びこちらを見る。が、それだけでは終わらず、大きく息を吸い込んだかと思うと広範囲に水のブレスを吐き出した。
「うぐっ!?」
ギリギリのところでそれを躱し、もう一度鼻先に斬りつける。……そろそろ溜まったか。目の端でグリッドを見て、パワーレベルが上がっていることを確認する。
「シュウ! こっちはいつでもいけるよ!」
セルジュも準備は整ったようだ。さあ、決めるぞ!
「セルジュ!」
トカゲの大振りな攻撃をかわしつつそう叫び、グリッドに配置してあるエレメント:ファイアボールに触れる。すると、体が赤い光に包まれ、目の前に大きな火の玉が現れた。
「行けっ!」
その火の玉をトカゲの顔に叩き込む。
ほぼ同じタイミングでセルジュも背後からファイアボールを撃った。どうやらセルジュもこいつの弱点属性に気付いていたみたいだ。
「グオオォォァア!」
さすがに堪えたようで、大トカゲは悲鳴を上げて逃げ帰って行った。
「おわったぁ……」
安心感からか、体中の力が抜けて行く。
二人してふらふらになりながらなんとかトカゲ岩を抜けて、オパーサの浜にたどり着いたと同時に砂浜に倒れこんだ。
「はぁ……、疲れたぁ」
座り直してセルジュを見ると、まだ寝転がったままだった。情けないなぁ、エレメント一つ撃っただけだろう。
「いやいや、あいつ思いっきり尻尾を振り回してくるもんだから近づくのも大変だったんだって。そりゃシュウ程じゃないだろうけど、いいじゃないか。シュウは強いんだから」
「僕は強くなんかないさ。まだまだだよ」
「なに言ってんのさ、村長とまともに打ち合えるのは村じゃシュウだけなんだよ?」
その言葉に僕が答えようとするよりも早く、
「あら、わたしはセルジュも結構いい線いけると思うんだけど」
と声がして、そっちを見るとレナが浜にやってきたところだった。
「遅くなってごめんなさい。待たせちゃったかな?」
「そんなことはないよ、僕たちも今来たところ」
「あぁ、そうそう……、ハイこれ、頼まれてたウロコ」
そう言ってセルジュがウロコをレナに渡す。
「うんうん、ちゃんと集めてくれたのね!これなら綺麗なネックレスをつくれるわ!ありがとうセルジュ、シュウ!」
「喜んでくれるなら苦労した甲斐があったよ」
「うん、ボクが寝坊しちゃったせいで用事が増えちゃったみたいだし、これくらいわけないよ」
僕達のその言葉に、レナは薄く微笑むと、僕達の間に座り込んで話し始める。
「久しぶりだなぁ、ここ。
昔は三人でよく遊びに来てたっけ。
なんでも出来るシュウも泳ぐのだけは苦手で、わたしとセルジュに、泳ぎ方を教えてくれー、なんて泣きついてきたこともあったわよね」
「なっ、そ、それは忘れるって約束だったじゃないか…!」
恥ずかしい記憶を呼び起こされて、顔が真っ赤になるのが分かる。
「ふふっ、ごめんごめん。でも、なんか思い出しちゃってさ。つい口に出しちゃってた」
「でも、最初こそ上手く泳げなかったけど、教えたらすぐに上達したじゃないか、今じゃボク達よりもずっと速く泳げるでしょ?」
「それは、そうだけど……、恥ずかしいものは恥ずかしいじゃないか」
「そーお?そういうエピソードがあるのって、可愛らしくて良いと思うんだけどなぁー」
なんて言って、にへーっと笑うレナに毒気を抜かれて苦笑いを返す。
「まったく、レナには敵わないね」
レナを挟んだ向こう側でセルジュが何度も首を縦に振っているのを見て、笑ってしまった。彼も怖いもの知らずだね。すぐ隣で気付かないなんて。
それからしばらく、僕達は昔のことを思い出しては話し合っていた。
「変わらないね、海は……。」
それまでとは色の違うレナの声に、不意にしんとなる。
「わたし達が生まれるずっと前からこうして、よせてはひいて……。
気が遠くなるくらいのながい、ながい時間。
たくさんのものを見て、たくさんの声を聞いて。
わたし達がいなくなった後もきっと何一つ変わらない。よせてはひいて、ひいてはよせて……。」
そこで一度口を閉ざしたレナに、何か声をかけようかと思った時、レナは再び口を開いてこう続けた。
「ねぇ、セルジュ、シュウ。
今日、こうしてここに来て、昔にあったことたくさん思い出したでしょう?
あの日の約束のことも、覚えててくれたでしょう?
わたし、それがすごく嬉しかったの。
不思議よね、思い出って……。
もうすっかり忘れたと思ってたのに、胸の奥からいきなり浮かび上がって来るんだもん。「アトロポス………
じっと、待ってるんだね。ちょっとしたきっかけで思い出してもらえる、その時が来るまで……。」
「そう、今のこの瞬間だって、いつかふと思い出したりする時が来るのかも。「アトロポス……
10年、20年たって、わたし達が大人になって、結婚して、子供ができて……、そんなある日、ふとね……。
その時わたし達、どんな大人になってるんだろう。
どんな生き方をしてるんだろう…。」
レナの話を聞いて、少し考えてしまった。僕は何年か経った未来で、どうなっているのだろう、「アトロポス…」彼女達と共に笑いあえている未来を
「ボク達、こうして今日ここでいろんなことを思い出して、話して、笑ったでしょ?だから、今日の日のことだって、思い出だ、いつまでだって、覚えてるさ」
あぁ、ごめんよセルジュ、君の渾身のセリフ、半分も聞き取れなかったや。でも、レナがあんなに嬉しそうだし、まぁ、いいか。さっきから頭の中に声が響いて、どうしようもないんだ。ちょっと、休ませてくれると、いいんだけど……。
「うん……。
そうだといいよね、ほんとうに……」
「アトロポス」
「ねぇ、セルジュ。
わたしほんt…………………………」
「ぼくのなまえは、シュウ、だ……」
辛うじて繋がっていた意識が、そこで途切れた。
なかなか話が進みませぬ。
地球のみんなーーッ!!
僕に文章力を分けてくれーーッ!!!
さて、今回一気に作品の設定やら用語やらが登場しましたので解説をしたいと思います。
原作既プレイで、そのようなものいらぬわ!な方は読み飛ばしてください。
属性の話。
黄・赤・緑・青・白・黒と、今は失われた「虹」の七色が存在。
黄と緑、赤と青、白と黒がそれぞれ反発し合う。
メタ的に言うなら、攻撃に付随する属性の反対の先天属性の存在に与えるダメージが増大し、同色の先天属性の存在に対しては減少する。無関係の先天属性には等倍。
通常攻撃にも属性が付く。つまり、攻撃を行う人物の先天属性がそのまま通常攻撃の属性となる。
先天属性とは
全ての存在に先天的に付随する属性。これも全て先の六色のうちから選択されている。
今まで登場した人物で言うと、
原作キャラクター
・セルジュ→白
・キッド →赤
・レナ →青
オリジナルキャラクター
・ハジメ →白
・シュウ →黒
エレメント
・ファイアボール →赤
人物紹介
シュウ
セルジュやレナが幼い頃にアルニ村に流れ着いた。
レナやセルジュの父とも面識有り。
アルニ村に来る以前の記憶を失くしている。
記憶喪失の影響で精神崩壊を起こしかけたが村人たちの尽力で持ち直し、今ではすっかり村に馴染んでいる。
村に着いた時唯一持っていた一振りの刀を、今も愛用している。刀身が虹色に輝いていることから「虹」と命銘。
こんなところですかね。え?アトロポス?さぁ……、ただの幻聴なんじゃないですか?(すっとぼけ)