元司令と艦娘が登山するだけの話   作:zenjima7

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 お久しぶりでした。気が付くと年が明け令和二年ですね。
 お話は新章突入と致しまして、いよいよ立山登山へとまいりたいと思います。


菊月と立山開山縁起

 昔々…、もうちょっと具体的には現代から1300年くらい前。帝が御座なされていたのが飛鳥宮だった頃。飛鳥から遠く離れた北陸越中国は、国司として赴任した佐伯宿禰によって治められていました。

 宿禰のもとには一頭の立派な白鷹がおり、これをたいそう可愛がり大事に飼っていました。

 その鷹のことを羨望の、いや、ずいぶん物欲しげな眼差しで眺めていた一人の少年、佐伯有頼。この有頼少年は宿禰の一人息子です。

 ある日、有頼は父宿禰が大切にしている白鷹をこっそり持ち出し鷹狩りへと出かけました。憧れのカッコいい白鷹を持ち出し、意気揚々としていたことでしょう。

 家族が大切にしている道具をこっそり持ち出すとか経験ないですか? (作者は10代の頃、祖父のスーパーカブを持ち出して乗り…以下省略)

 まあ、1300年前の少年も、現代の少年と中身はそう大差ないと言うことですね。

 

 その白鷹を連れ、いざ颯爽と鷹狩り!

 …と思ったら、鷹は有頼の手を離れると、そのまま空高く飛び立ち、戻ってくる気配はありません。

 

「不味い、ヤバイっ!!」

 

 こういう経験てありませんか? (作者は祖父のスーパーカブで転と…略)

 

 焦る有頼、白鷹を追いかける。これがバレたら父が烈火の如く怒り狂うに決まっているので、それはもう必死です。

 

 当時の佐伯宿禰の政庁は新川郡の保の伏山と言うところにあったと伝わっています。新川郡は現在の富山県新川地区にあたり、新川とは現在の常願寺川の古い呼び方ですが、保の伏山がどこなのかはハッキリとは解りません。

 政庁として機能していたからには周辺はそれなりの邑であったと推測され、農耕も盛んだった筈です。常願寺川以東で街道の近く、農耕に適した平原が広がる土地といえば、現在の滑川市か上市町の周辺かなと雑に推測します。上市町中心部からちょっと行くと、郊外の南の山麓に出ます。この辺りに鷹狩りに適した草原が広がっていたんじゃないかとも何となく想像できます。

 

 さて、白鷹を追う有頼少年。草原から森へ分け入り、山を越え、谷へ降り、ある場所へと辿り付く。岩の上には磐座、前方に大河の流れ、対岸に松林。白鷹は鷹泊り(大松の枝)に泊まって翼を休めているではありませんか。

 

「よ、良かった。白鷹さえ戻れば、何とか父上を誤魔化すことができる」

 

 なんて有頼がほっとしながら言ったかどうか?

 

 さて、この有頼少年が白鷹を追いかけたルートですが、鷹を喪失した場所を上市町郊外と仮定するとだいたい推測することができます。

 上市町の西種集落から高峰山へと登り、更に進んで大辻山の鞍部である鳥越峠へ至り、そのまま林道を下っていくと常願寺川にあたる芦峅寺という場所に辿りつきます。

 はい、立山信仰の要所の一つである芦峅雄山神社のある場所なのです。

 

 さて、苦労して探し求めた白鷹を見つけることが出来た有頼だったのですが、いよいよ捕獲! と、その時に、突然一匹の熊が藪の中から飛び出してきて驚いた白鷹がまた飛び去ってしまいます。

 

「ああぁっ、よくもやってくれたな! 熊め、これでもくらえっ!」

 

 怒った有頼、持っていた弓を番え矢を放ちました。矢は命中、手負いの熊は呻きを上げながら山の奥へと走り去っていきました。

 

「そうだった、私はもともと狩りに来てたんだっけか。よーし、こうなったらどこまでもあの熊を追って仕留めてやろう。熊狩りだ!」

 

 白鷹逃亡事件のおかげで有耶無耶になっていた狩りという本来の目的を思い出した有頼。事至り若干現実逃避してるような気もしますが、今度は熊を追うハンターとなって追跡を開始します。地面に点々と落ちている熊の血を目印に熊を追いかけます。

 常願寺川の上流へと進み、称名滝の脇から岩壁をよじ登ると、葦が生茂り、池塘が点在する清浄な山原に出ました。

 アレ、このルートって、もしかしたら八郎坂から弥陀ヶ原へ至る現在の登山道なんじゃ??

 

 有頼はその清浄な草原で白髪の老婆と出会い、教え諭されます。

 

「汝の尋ねる白鷹は東峰の山上に有り、行かば得られるが至難の道なり。初一念貫かんと欲すれば勇猛忍耐を要すべし。苦を厭うなら早々に立ち去るべし」

 

 なるほど、立山信仰の中にある『おんば様』なる山姥信仰はここからきているようですね。いや、元々あった土着の山姥信仰を立山信仰の中に取り込んだのかもしれない、どちらか先だったのかは今となっては判別不可能です。

 さて置き、有頼は諦めていた白鷹の行方を教えてくれた老婆に感謝して追跡を続けることにしたようです。

 

「うむ、ここから先は更にキツい道のりってことだな。白鷹を逃し、熊も逃し、やっぱり帰りま〜すじゃ何しに来たか解らないバカだからな、行くに決まっている!」

 

 などと気合いを入れ直したかどうだか?

 

 途中川を渡れずに困っているとたくさんの山猿が助けてくれたりと、そんなこんなありながら有頼少年は険しい山道を登っていき、苦難の道のりの果てに辿り着いたのは、正しく御仏の世界でした。

 

 四方を巡る山々は八葉蓮華の花の如く、

 去来する雲霧は神仙の食する霞の如く、

 一本の木も無く、原一面に広がる花畑、そそり立つ巨岩、夏も溶けぬ万年の雪。

 下界とは異なる、天上の世界がそこにはありました。

 その風景に感動するのもそこそこに、熊が逃げ込んだ岩穴をつきとめました。しかし岩穴に踏み込んた有頼を待っていたのは熊ではありませんでした。

 

「ええぇ、な、何で? そんな、嘘ぉ?」

 

 岩穴の奥には、金色に輝く阿弥陀如来が立っていました。しかもよく見ると胸には有頼が射た矢が……。

 

「私は、御仏に向かって弓を引いて! 何たる大罪、許されざる仏罰……」

 

 ガクガクと体を崩して膝を地面につき、あまりの遅れ多さに愕然とする有頼に、手負いの阿弥陀様が言いました。

 

「汝、濁世の衆生を救わんが為、十界をこの山に現し、幾千万の劫初より山の開ける因縁を持てり。この立山は峰に九品の浄土を整え、谷に百三十六地獄の形相を現し、因果の理法を証示せり。我、汝を得てこの山を開かんと待つこと久し。汝の父をして当国の司たらしめしは我なり。汝の生をこの世に与えしも我なり。畜生の姿を借り、身を損ないて導きしも又我なり。汝の名を顧みよ、頼み有りと申すにあらずや。阿弥陀如来は即ち伊邪那岐神の本地にして、不動明王は天手力雄神の本地なり。汝、直ちに当山を開き、鎮護国家、衆生済度の霊山を築け(立山開山縁起より抜粋)」

 

 時に大宝元年7月25日早朝、と伝えられています。

 因み大宝、断絶状態にあった年号を時の文武天皇が復活させ、以後現在まで途切れる事なく続いています。これを書いている現在、令和元年12月です。

 

 阿弥陀様との衝撃的な遭遇を経て直ちに下山した有頼少年は、父にこの体験を告げました。余りに非現実的な話であったにも関わらず、有頼の父宿禰は全ては解っていたと優しく告げます。

 

「母がおまえを授かるとき、阿弥陀様が私の枕元に立った。そして遣わされたのがあの白鷹なのだ」

 

 衝撃事実、そしてそれは岩穴で阿弥陀様が有頼に語った話しと合致すること。

 事態の大事を悟った宿禰は、有頼を伴って都上。事の次第を朝廷に奏上したところ、

 

「ふむ、その語には余も心当たりがある。越中国の騒乱を治めるに佐伯宿禰有若を遣い治めれば直ちに平安に至る、と御仏の御告げを夢に見たのだ」

 

 と、時の帝であった文武天皇までもが認めました。そして勅命を発し、立山山頂より東西十三里、南北三里を霊域と定められました。

 

「我、天命を得たり!」

 

 有頼は出家して慈興を号し、山麓に芦峅寺を建立して居を構えました。

 同志の修行者と共に山道を切り開き、室所を建て、絶頂に立山神霊を祀る霊殿を築きました。

 そして新川郡南北六箇所に堂塔社殿を建立して、立山禅定の弘宣に生涯を捧げることになりました。

 

 立山の信仰登山の幕開けです、1300年という長い歴史と文化の始まりの物語です。

 富山県の歴史文化は立山と共にあると言えます。立山が開山したこの瞬間から歴史という大河が流れだしたと言っても過言ではありません。

 

 

 ……………

 

 

「とまあ、立山開山伝説のあらましだな」

「ふむ、なんだか佐伯有頼の性格が妙に現代人っぽくて違和感がないでもなかったな」

「細かいところは見逃してやれ、確かにスーパーカブとかどうでもいいが」

「一体誰を見逃そうというのかちょっとよく解らないが、了承した」

 

 菊月が知りたがったので、立山の開山にまつわる昔話をしてみた。

 そして今はその芦峅寺の雄山神社へ車で向かっている。芦峅御山神社を詣でた後は近くの来拝山に登る予定だ。

 

「天命か……」

「ん?」

「佐伯有頼は、生まれる前から何を成し、何をして生きて、死んでいくのか決まっていたということなんだろう」

「そうだな」

「私たちfleetgirlもその筈だった」

 

 確かにな。fleetgirlは戦う為、戦争に勝つ為に人工的に作られた兵士ではある。だが、彼女らには間違いなく個性があり、中には戦争向きではない性格の者もいたのは確かだ。

 

「海で生まれ、海で戦い、海で死んでいく筈だったのに。その為に作られ、生まれてきたのに。戦いそのものが無くなってしまい、海から離れてしまって。

 私は、何故、生きている?」

 

 菊月が俯く、本気で悩んでいる。

 これは10、20代前半の若者ならではのアレだ。ふ、可愛いもんじゃないか、悩める青春期の若者そのものじゃないか。こんなにも愛おしい心を持った彼女たちが戦争する為だけに生まれてきた、そんな存在の筈がない。

 彼女たちは兵器じゃない。思い悩み、人を愛することだってできるんだ。

 

「菊月、佐伯有頼は実在でなく、ぶっちゃけ伝説上の人物だ。つまり物語の主人公なんだよ」

「え?」

「つまり、物語の主人公だからこそ、何の為に生まれて、何を成し、どう物語を完結させるのか決められているわけだな」

 

 はっはっは、そうなのだ。

 佐伯有頼なんて男は、倭建命や聖徳太子同様に、功績がまず先にあり、それに当て嵌められ生み出された架空に近い人物だ。

 立山権現信仰が生まれ、立山修験が成立し、それを導く伽藍と宿坊が存在していたから、相当する人物はいたんだろうがな。

 ポカンと口を開けて俺に注目している菊月の頭を撫でながら諭してやる。

 

「人は誰しも思い悩むものだ、自分が何の為に生きているのかとな。そうやって悩み、考えられる菊月は、十分人間らしいということだ」

「しかし、私は……」

「やるべきことを探す、じゃなくて、やりたいことをやる、で良いんだよ」

「ファ、司令官、何をする」

「元司令だ」

 

 菊月の綺麗な銀髪をクシャクシャと乱暴に撫で回してやると、頬を膨らませて不機嫌そうな顔になった。もう大丈夫かな。

 

「登山だ、立山に登ろう、やりたいことをやるんだ!」

「あ、うん、やりたいことか。立山登山はしたい、したいが……」

「ん?」

 

 何かを訴えかけるような瞳でジッと見つめてくる菊月。

 えっと、なんだろう?

 

(ル・ファンタスクは、自分のアミラルの配偶者になっていて、二人はただの保護者と被保護者の関係には見えなかった……)

 

「着いたぞ菊月。芦峅雄山神社だ」

「……もぅ」

「んん?」

 

 神社の隣には立山博物館がある、まあ機会があれば此方も見て回ったら良いな。

 車を降りて、二人並んで神社の表参道を歩いて奥の境内を目指して歩く。菊月が早足になって、好奇心旺盛そうな瞳を輝かせてあちこちを覗いている。

 ふと、足を止めて、クルリと振り返り俺と対面になる。その頃には真顔になっていて、俺に質問してきた。

 

「司令官、佐伯有頼は出家して慈興になったんだろう。修験道は立山権現は、神仏習合のこの国独自の山岳信仰だって言った筈だな」

「ああ、確かに言った」

「立派な神殿だ、規模も大きい、でも……でも!」

「……気づいたか菊月」

 

「ここは、神仏習合してないっ!」

 

「……そうだ」

 

「神だけしかここに祀られていない。伝承と違う、話と矛盾している、私の想像と異なっている。芦峅寺は、立山権現信仰の最も重要な拠点の一つではなかったのか?

 

 どうして? 何故なんだ?」




 次回予告、
 ひと筋縄ではいかなかった、立山の凄惨な歴史。

 『菊月と廃仏毀釈』
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