元司令と艦娘が登山するだけの話   作:zenjima7

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元司令、菊月とご近所さんに挨拶する(挿絵有)

 深海戦争。

 それは11年前に深海人の指導者と思しき女性がインターネット、テレビ、ラジオなどの、あらゆるメディアを通して全世界、全人類に向けてリアルタイムでメッセージを発信したことが事実上の宣戦布告として記録され……、いや、全人類が記憶している。

 

「This world is not balanced is to you guys.

 Get back to our world, by force!」

 

 今でもはっきりと俺の記憶に残っている。公式にその存在が明らかにされ、事実上初めて人類の前に姿を現した深海人である彼女のことを。

 

 長い艶やかな黒髪、透き通った雪のように真白な肌、細っそりとしたスタイルの長身に、スラリと伸びた長い手足、完璧なる黄金比の高貴ささえ漂う顔立ち。

 黒髪を別けて額から突き出した角と、うっすらと輝きを放つ真紅の瞳。

 彼女は美しく、しかし異質だった。

 

『凄惨なる美貌』と、後に伝えられる深海の姫君。

 

【挿絵表示】

 

 彼女たちに固有の言語があるのかは知らない。だが、メディアで堂々と主張する彼女は流暢な英語を話していた。英語はいちおう世界共通語ということになっているからな。

 人類の言語、文化、世界情勢、それらを理解し、敢えて人類のメディアを利用して、その前に出てきて宣言した彼女は、おそろしい知性と政治感覚を兼ね備えていたのだと、今なら理解できる。

 

This world is not balanced is to you guys.(貴方がたはこの世界に相応しくない)

 Get back to our world,      (私たちに世界を返してもらいましょうか)

 by force!(力ずくで)

 

 全世界の人類を一瞬ポカンとさせた彼女だったが、真紅の瞳を爛々と輝かせながら穏やかで涼しげな笑顔を浮かべていた。

 22歳、当時はまだ一介の国防海軍海士に過ぎなかった俺は、彼女のまわりで何か勝手に言い合いを始めた人類のMCやコメンテーターなど眼中になく。

 

「いい女だな、あの赤い瞳がすげえ綺麗だ」

 

 なんてことを呑気に言っていた、何も知らないガキだった。

 この瞬間に戦火という地獄の門が開いたことも、まるで解っていなかった。

 

 

 

 …………………………

 

 

 

「おはよう、司令官」

 

 赤い瞳が俺を見つめていた、布団の中から。

 彼女の白雪のように透き通った肌は、サラリとした肌触りと程よい柔らかさ、そして何より雪のようと形容した白さに反して、ちょうど良い温もりが感じられた。

 銀髪を撫でると、手はサラリと頭を滑って艶やかな髪の感触が手のひらに流れていく。

 

 ……うん、角は無い。あの時見た角は、ここには無い。

 若干幼いが、あの時見た姫にも負けないくらいにこの娘は美しい、というより、可愛い。

 

「おはよう菊月、それと元司令な」

「ふう、司令官は暖かいな、それに良い匂いがしてこうしていると落ち着く」

 

 スリスリと頬を俺の胸に擦り寄せて、より身体の密着度を高める。彼女の髪の良い香りが鼻腔をくすぐり、俺は寝ぼけ眼を即効で覚醒させ、布団から跳ね起きた。

 

「ば、バカッ! 何故俺の布団の中に入っている? おまえの布団はそっちだろう!」

 

 声を荒げて怒鳴りつけるが、腰を折り曲げて股間を両手で押さえて不恰好この上ない姿勢だった。血液が下半身に降りて、硬質化していったのがわかったからな。

 だがこの態度がいけなかった。赤い瞳に涙を浮かべ、明らかにシュンと萎れてうつむく菊月。

 

「司令官と私は、昨日戸籍上でも正式に家族になったじゃないか。家族とは、こうやってスキンシップをとるものではないのか?」

 

 確かにそうだ。親子でも兄妹でも、もちろん夫婦で、このように同衾して抱擁し合う、そんなスキンシップは珍しくない。確かに珍しくはないのだが。

 いや、そうではない、そんな場合ではない、そんな理屈ではなく、この案外打たれ弱い美少女をフォローしなくては。

 

「すまない菊月、つい大きな声を出して悪かった」

 

 そう言って彼女の前に片膝をついて頭を撫でながら謝罪する。菊月は眉間に皺を寄せてまだ泣きそうな表情だった。

 

「だが家族でない男女は、なるべく同衾しないことになっている。俺と菊月は家族になってまだ間もない。だから俺自身がまだ状況に慣れていない部分があるのは否めない。これから慣れていけるように努力する、だから許してくれ」

「そうか、司令官はスキンシップに慣れていなくて動揺しただけなんだな!」

「そ、そうだが、元司令な」

「てっきり私が何かイケナイことをしてしまい、司令官の逆鱗に触れたのかと思った」

 

 うん、なんとかフォローできたようだ。笑顔になってくれた。

 それから並べて敷いた布団を二人で協力して畳み、寝間着を脱いで普段着に着換える。簡単な朝食をテーブルに並べて手を合わせた。

 

「司令官、今日は何をするんだ?」

「そうだな、まずはご近所へ挨拶に回る」

「御近所付き合いとかいう陸人の社会コミュニケーションか」

「俺にとっては幼少期に家族と過ごした古巣だが、おまえにとっては初めての人間社会だからな、まず挨拶をしっかりな」

「ふむ、挨拶が大事なのは理解している。この菊月に抜かりはない」

 

 フンスと鼻息荒く、自信満々な菊月だが、俺にはちょっと不安に思うところもある。

 銀髪と真紅の瞳、深海人所縁の特徴に一般の人は恐怖を感じたり拒否反応を示さないか?

 菊月は深海人の技術を使い、国防海軍内で生み出されたfleetgirlであり、深海軍とは殆ど関係がない、と説明したら解ってもらえるだろうか?

 考えても仕方がないか、出たとこ勝負だな。

 食後は身支度を整えて玄関を出た。少し歩みを進めてから一旦振り返って家を眺める。

 懐かしいなぁ、俺はこの家で生まれ、10歳まで祖父母、それと両親と過ごした。それから父の仕事の都合もあり両親と妹と、関東へと移り住んだのだが、学校の長期休暇の折には必ずこの家へ帰ってきて何週間か過ごしていたものだ。

 山男だった祖父と共に、近隣の山々を登山して回るのが俺の少年期。おかげで恋愛を含む青春にはまるで縁が無かったがな。女性に縁遠かったのは成人してからも同じだったか。

 菊月と並んで家の敷地を出てすぐに人と出会う。白髪の老女だが俺はこの人を知っている、今から挨拶に行く予定のお宅の人だからな。

 

「あら、アンタ司令ちゃん?」

「ハイ、ご無沙汰しています、お向かいさん」

「立派にならはったけど、ちゃんと子供の頃の面影が残っとっからすぐ解ったちゃ」

「父も母も戦災で亡くしましたので、私が家を相続することになり戻ってきました」

「そんながけ、きのどくな。アンタ何しとったが?」

「今年まで海軍にいました。戦争が終結したので退役したんです」

「あら、アンタも大変やったがやねぇ。オラのおっとちゃんも昔出征しとったがよ、無事に帰ってきたがいけどね」

 

 チラと横を流し見すると、菊月が目を丸くして呆然とつっ立っていた。頭の上にハテナマークもチカチカと浮かんでいる。だろうな、富山弁で早口で喋られると話の内容は殆ど解るまい。

 

「ところで、その子はどこの子なが?」

 

 お向かいさんの言葉に菊月がすぐに反応して、ムンと胸を張って一歩前へ出てきた。俺は冷えた汗を一筋足らす。

 

「菊月……です。これから司令官……元司令の家でお世話になる……なります。宜しく、お願いする……します!」

 

 噛み噛みじゃないか、その挨拶!

 それから、元司令って呼んだ!? おい、実はちゃんと呼べるのか!

 俺が目を丸くしてつっ立っていると、お向かいさんがまあと声を上げた。

 

「この髪の色と眼の色、ガイジンさんながいね、司令ちゃん可愛いらしいお嫁さんを」

「お向かいさん、違いますから……」

「ハイ、まだ嫁ではありません!」

「き、菊月!」

「あらまぁ、ちょっと待っとられ」

 

 お向かいさんは一旦家に戻り、いくつかの野菜をビニール袋に入れて持ってきて菊月に手渡してくれたので俺と菊月は感謝の言葉を述べて深く頭を下げる。

 お向かいさんはニコニコと笑顔で手を振って再び歩き出す俺たちを見送ってくれた。

 

「うむ、司令官!」

「元、司令な」

 

 野菜の入ったビニール袋を満足そうな表情で両手に抱えている菊月。

 

「陸人の御近所付合いもなかなかだな。この菊月、嫌いではない」

 

 まったく、元司令って言えるんじゃないか本当は。それからまだ嫁じゃないとはどういうことだ、一体どうなりたいのだ? 人の気も知らないでコイツは……でも、

 

「良かったな菊月」

「ああ、良かった!」

 

 11年前に見た深海の姫の笑顔は、美しかったが冷たさを感じさせるモノであったが、菊月のこの笑顔は違う。まるで俺の心まで暖かくしてくれるような、そんな心地よいものであった。

 

 

「よし菊月」

「何だ司令官?」

「車を買いに行くぞ」

「自家用車か」

「うん、この富山県はなバスや電車などの公共交通機関が余り発達していないのだ」

「そうなのか」

「自家用車がないとほぼどこにも行けないと言っても過言ではない、当然、山にもな」

「むう、山……立山にもか? それはすごく困る!」

「だから挨拶回りが全て済んだらバスで庄川を渡り、隣町の高岡市へ行こう。高岡ならカーショップも充実しているはずだからな」

「高岡市とは新幹線を下車した駅のある町か。うむ、早く挨拶回りを終わらせよう司令官!」

「あはは、挨拶は一つ一つ丁寧にだぞ」

「わかっている、この菊月を侮るな」

「それから俺は元司令。挨拶の時に間違えるなよ」

「わ、わかっている!」

 

 年月が経てば、鬼畜と呼び恐れ嫌った敵でさえ、友好的なただの隣人となりえるのだ。

 きっと大丈夫。並んで歩いていても気にならない、普通、当たり前の隣人、そうなっていくのだろう。

 

 顔を上げると集落の屋根の上に、白い粉砂糖を上から塗したケーキみたい立山が見えていた。山の中間部の弥陀ヶ原はもう殆ど白くない、だいぶ雪解けが進んでいる。

 

 夏山のシーズンはもう少しだな。




富山弁解説。

※富山弁は『がちゃけ』言葉といいます。
語尾に『〜が』『〜ちゃ』『〜け』と付くのが特徴です。
「そんながけ?」は「そうだったの?」と訳せます。

※『おっとちゃん』は『お父さん』になり父親をさしますが『とーちゃん』だと実は『旦那さん』になり自分の夫のことになります。
類義語に『おっかちゃん』と『かーちゃん』があります。

※『きのどくな』は『残念でしたね』となり同情心が篭る慰めの言葉になります。

だから決して誤字ではないのですよ、いちおう。
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