元司令と艦娘が登山するだけの話   作:zenjima7

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元司令、権現信仰を語る(写真有)

 車を買った。

 車は俺と菊月、二人が乗れてそれ以外にいくつか荷物を乗せることが出来ればこと足りる。登山口までは荒れた林道を走ることもあろうから俺が選んだのは軽の四輪駆動車。今日は菊月を助手席に乗せてドライブという名の試走運転だ。

 

「司令官……」

「元司令な。で、何だ?」

 

 若干菊月の声が震えている気がするが、いや、気のせいだろう。

 

「ポンと簡単に新車を買ってしまったが、司令官は金持ちだったのか?」

「そのことか」

「し、司令官、雨も降っていないのになぜワイパーを動かす?」

「お、間違えた。右のレバーが方向指示器だったな」

「……」

「俺は18で自衛隊員として着任して、22で開戦、それから10年間くらい戦線にいたからな、その間忙しくて棒給には殆ど手がつけられなかった。それと軍縮によって任期満了が早まってしまったが退職金が出ている。暫くは生活に困らないだけの貯えがあるぞ」

「司令官、自動車運転免許を取ったのは?」

「入隊して暫くして、自衛隊が国防軍になる直前、20歳の時だ」

「司令官は免許を取ってからずっと海上だったということか、そして棒給に手がつけられないくらい忙しかったと……」

「車の運転は10年ぶりになるなぁ、船艇の運転なら慣れたものだが」

「ひぃっ、司令官っ、いいから、前を見ててくれっ!」

「どうした、菊月?」

「うわわっ、ダメ、ま、前を見て!」

 

 実は菊月の養育費が国から少しばかり支払われているのだがな。

 戦時中、fleetgirlたちは果敢に戦った。彼女たちの部隊での役割はいろいろあったが、菊月は海上突撃歩兵だった。武装を装着し、海面をスケーティングするという特殊能力を活かして身一つで海上を走り、敵深海側の海上歩兵と入り混じって文字通りの白兵戦を繰り広げる。敵の守備隊を突破して敵艦に乗船し、艦を制圧して時には轟沈に至らしめる。

 最も過酷で危険で損耗率が高い戦闘員、それがFG海上突撃歩兵である。

 

 深海軍が提示してきた休戦の条件の中にfleetgirlたちの処分という内容が含まれていた。どうやら深海人はfleetgirlたちをただの使い捨ての兵器とみなし、実際に自軍の海上歩兵をそのように扱っていたようだ。それはある意味正しい見方とも言えるし、国防海軍の指揮官連中の中にもそう考えるものが少なからずいた。

 彼女たちは『製造』されるのだ。亡命深海人に言わせると『建造』だとか。特定の遺伝子情報(深海人曰く、レシピ)を元に培養槽の様なものから作り出されるらしい、俺は見たことは無いが。

 

 しかし、時の国防軍統合幕僚長はfleetgirlの処分という条件の受け入れを断固として拒否。防衛大臣に対して言い放った。

 

『我が軍に生きた兵器など存在しない、全て兵士である。勇敢な兵士を生ゴミの如く処分することなど有り得ない。国家の守護たる軍組織の存在意義を揺るがす大事ぞ。もしそのようなふざけた条件を呑んできてみよ。主足らずは、臣足りえずと心得よ!』

 

 暗に、叛乱さえも辞さないぞという覚悟の言葉。統合幕僚長とは直接話したことも無いわけだが、いち軍人として、fleetgirl運用艦艦長として、FG部隊を率いる者の一人として「それでこそ我らが大将」と、気骨ある精神に多いに感心したものだった。

 彼は後世に『最後の侍大将(ラストサムライ)』『伝説の武将(レジェンド)』として、永らく名を残すことになる。

 粘り強い交渉と妥協の応酬の果てに、国防軍の大幅な軍縮とfleetgirlたちの武装解除を条件に含んだ休戦条約が深海軍との間に締結された。諸外国は知らないが我が国においては、fleetgirlたちに国家の市民権が与えられ、今に至る。

 

 実際彼女らはかなり人間くさい。菊月がそうであるように、表情豊かで、感情的で、好奇心も旺盛だ。

 菊月には同じ遺伝子情報を元に製造された姉妹が何人もいた。新規配属のfleetgirlたちは製造番号が付けられているが、配属先の指揮官が一人一人に名前を付けてやるのが恒例になっている。

 これまで付き合ってきた女の名前をつけて悦に入ってる馬鹿野郎もいたし、野生動物にあやかった名前をつけ、サーバルとかカラカルとか呼んで配下の彼女たちを愛玩動物の如く可愛がる者もいた。

 

 俺はfleetgirlたちに昔の軍艦にあやかった名前を付けた。菊月は睦月型駆逐艦9番艦からきている。

 菊月の他に睦月、如月、弥生、卯月、皐月、水無月、文月、長月、三日月、望月、夕月と、姉妹といえる同時期に製造されたfleetgirlたちが12名いた。皆、俺の部隊に配属された部下たちだが、個性的で良い子ばかりだった。

 

 戦争を生き残ったのは、末っ子の夕月と菊月の二人だけだったが……。

 

 

「司令官、今日はどこへ向かっているのだ?」

「元司令、今日は医王山だ」

「医王山? 山か、山なのか!」

「ああ、医王山は南砺市と隣の石川県金沢市にまたがる山で、今正面に見えているやつだな」

「おおお、立山連峰ほどではないが、なかなか立派な山容をしている!」

「ああ、主峰の奥医王山は標高939メートルとわりと低めだが一等三角点が設置されていて三百名山、花の百名山に指定されている隠れた名峰だ」

 

 山と聞いて菊月の瞳がキラキラと輝き出してくる、本当に食いつきが良いな。

 医王山は富山県の呉西地区の殆どの場所からその立派な山容を見ることができる。南砺スーパー農道沿いに城端地区へ向かうとちょうど正面に眺めながら走ることになるので印象に残るであろう。

 

「主峰の奥医王山を始めとし、白兀山、前医王山、蛇尾山、黒瀑山などのいくつかの山から成っている」

「司令官、ちょっといいか?」

「元司令な、で、何か?」

「今いくつか山の名が挙げられたが、医王山そのものが挙がらなかったが?」

「良いところに気がついた、実は国土地理院に医王山という山頂は存在していない。いくつもの山が集まった山塊のことを指して医王山と呼んでいるのだ」

「ほ〜う」

「それは立山も同じな」

「そうなのか!」

「狭義では雄山、大汝山、富士ノ折立、この3つの峰を総称して立山三山と呼ぶ」

「なるほど」

「広義では先の立山三山の他に浄土山、別山などの周辺の山も含めて立山と呼ぶこともある」

「うんうん、解るぞ! 特型駆逐艦を狭義では吹雪型とし、広義では暁型と綾波型も含めるのと同じだな」

「さすが、理解が早いな」

「し、司令官、前見て運転っ!」

 

 褒めながら菊月の頭を撫でたが、今日はいつもと違い手を払われて怒られてしまった。どうしたことだ、機嫌が悪いのか?

 

「医王山も立山もだが、我が国の山とは切っても切れないのが信仰だ」

「信仰、神への祈りか」

 

 深海人にも信仰があるらしい、彼女らの場合は海神信仰だとは思うが。

 工廠生まれの菊月の場合は信仰という概念とは無縁だが、知識として知っているみたいだ。

 

「古代からこの国の人々は神が天にいると考えていた」

「天、つまり空、広く大きく人では計り知れない。そういうものを恐れ、やがて崇める様になる。それが人が生み出した神、なのだな。深海人だとそれが海だった、ということだな」

「その解釈は概ね正解だが、正確ではない。ま、神の解釈はまたいずれな」

「むぅ」

「とにかく、我が国の古代人は神が天から降りてくる、と考えたのだが神は一体どこに降りてきたのか?」

「それが山か!」

「そうだが、なぜ山に降りてくるのか?」

「む〜?」

「至極単純、山頂が天に近いからだ」

「むむむむ」

「それともう一つ、人が死ぬと魂は天に昇るとも考えられていた」

「ふむ」

「山は天と地の境にある、魂は天へ昇る前にまず山へ行き、しかもそこには神が存在する」

「そうやって生まれたのが山岳信仰か!」

「その通り、山を神聖視する潜在意識が修道者に多大な影響を与え、神道、仏教、陰陽道など内外の宗派の要素を内包した独自の信仰を成立させていく、それが修験道」

「シュゲンドウ……」

 

 車はいよいよ山の中へ入っていく。『ようこそアローザへ!』と描かれた屋根付きの奇妙なかたちのゲートをくぐり、グイグイと高度を上げていき、やがてログハウス風のコテージが並ぶリゾート地へとたどり着く。その背後にはスキー場のゲレンデが広がっている。

 

「変わった場所だな」

「南砺市がスイスのアローザ自治体と姉妹提携した記念に作られたリゾート地だ。あのコテージをスイス風にヴァルトというらしい」

 

 スキー場ゲレンデの脇の道から更に山奥へと進んでいく。やがて道幅は狭くなり林道となっていくのだが、菊月の顔が青くなってきているな。手がカタカタと震えている気もする。どうした、酔ったのか?

 む! 横の斜面から転がってきたらしい石が邪魔だな、避けて通るか。

 

「ひぎぃっ!」

「ど、どうした、菊月?」

お、落ちる落ちる、絶対落ちる、崖に落ちるぅ……

 

 何か焦点の合わない目でブツブツと呟いているが、本当に大丈夫か?

 

 車は四阿屋がある峠へと辿り着く。この峠にはなかなか広い車の駐車スペースがあるのだが、今日も何台か止まっていた。菊月と二人で車を降りて少し歩く。

 

「うわー、スゴイ眺めだな! 嫌いではない、嫌いなわけがない!」

 

 菊月のテンションがアゲアゲになっている。アゲアゲ、そういえばfleetgirlにそんな口癖の子がいたなぁ。

 

 四阿屋は展望台になっていて、すぐ眼下には南砺市、砺波市の特徴的な村落形態『散居村』が広がる平野。南には砺波アルプスと呼ばれる中級山岳が連なる山並み。北は高岡市、射水市、その先に広がる富山湾。

 正面となる東にはやはり富山県のシンボル、立山連峰がドドーンとそびえ立つ。

 ロケーションは抜群だ!

 

【挿絵表示】

 

 そしてこの場所には、

 

「登山口だ、登山口がある!」

「ここは菱広峠、または夕霧峠。奥医王山と白兀山、その9合目登山口なんだ」

「登りたい、司令官!」

「今日はやめておくか」

「なぜ!?」

「時刻が14時半に近い、この時間からの登山は下山時に暗くなり危険が増すので良くないとされる」

「そうかぁ」

「それにな、医王山登山を楽しむなら、もっと他の登山口がある。それこそ、かつての修験者たちの修業の場であった登山道がな」

「おおお! わかった、今日は諦めよう。だが約束だ司令官、また医王山に来る、今度はもっと早く来るぞ、登山する為に!」

 

 はしゃぐ菊月の頭を撫でてやると、いつものように目を細めて気持ち良さそうにしていた。どうやら機嫌も直してくれたみたいだな。

 

「しかし、立山はいつ見ても神々しい、古代人が信仰心を抱いたのも納得できる。司令官、山岳信仰の話の続きをしてほしい」

「元司令だからな。話の続きか、立山連峰を崇拝する山岳信仰は古来から国に存在した神と、大陸から入ってきた仏、両方を習合させ立山独自の信仰に発展していく、本地垂迹説という考え方だ」

「ホンジョスイジャク説とはなんだ?」

「本地とは本来の姿。垂迹とは仮の姿。そして仏が現世に顕れる時の権(仮)の姿が神とする神仏習合の一つの考え方だ」

「つまり仏イコール神である、という理由付けだな」

「そういうことだ。神こそが本地、仏は垂迹という反本地垂迹説もあるがそちらはさて置き、権の姿で現れる神のことを『権現』と称し崇拝対象とした我国独自の特殊な山岳信仰のことを『権現信仰』と呼ぶ」

「山と神と仏が結びついたのだな!」

 

 話を聞く菊月の表情は好奇心に溢れ、赤い瞳がキラキラと輝いている。こんなに期待されたら、と俺の口は軽く立山連峰を指しながら更に語るのだった。

 

「立山権現の本地は阿弥陀如来、垂迹は伊邪那岐命。剱岳、刀尾権現の本地は不動明王、垂迹は天手力雄命だ」

「国造りの神と、力の神だな」

「この山にも医王権現がある。本地は薬師如来、垂迹は少彦名命。開祖は神仏習合の祖と言われている泰澄大師。その泰澄だが、元正天皇が病に伏せった時に祈祷により平癒したとされる」

「祈祷? 祈りを捧げて病気が快方するものなのか?」

「無理だな、祈って病気が治るなら医者はいらない。だから実際には何らかの処置をしたと思われる。例えば、投薬」

「薬……あ、薬草か!」

「正解、この山には古く多種の薬草が自生したらしく、それを天皇に献上し投薬治療を施したと考えられる。それが『医王』の山名の由来だな」

「山岳信仰、修験道、権現信仰、その中に医術も含まれていて、山とは面白いものだな!」

「越中富山の薬売り、って有名だからな。売薬業が盛んになるのは江戸期からだが立山権現や医王権現の中にあった製薬の秘術も少なからず影響を与えているんだろうな」

「うん」

 

 しばらく二人で展望台からの景色を眺めていた。

 菊月が黙って俺の手を取り、小さな身体を寄せてくる。視線は相変わらず立山連峰に向けられたままで。

 

 よし、山道具屋へ行ってを道具を揃えよう。

 

 いよいよ登り始めるとするか!




深海人の設定は『超時空要塞マクロス、愛・おぼえていますか』のメルトランディをイメージしています。
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