元司令と艦娘が登山するだけの話   作:zenjima7

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元司令、菊月と神通峡にて(写真有)

 深海人の人類側への亡命がいつから始まっていたのかは公表されていない。

 彼女たちは一部人間とは異なる特徴が見られるが、遺伝子的にも身体構造的にもほとんど違いがなく、ネアンデルタール人とホモ・サピエンス程の違いもないらしい。

 女性しか存在せず、遺伝子情報を元に製造によって新個体が作られる。その他、文化や社会や歴史など、まだ謎の部分も多いのだが……、彼女たちの社会の中に決定的に欠けている男性を求めて密かに陸に上がって人間社会の中に潜伏し溶け込んでいたものもいた、などとという都市伝説まで最近聞くようになった。

 そういえば祖父に見せられた古いアニメにそんなのがあったなぁ。人間社会に潜伏して地球の乗っ取りを企んでいた異星種。外見を美しい女性の姿に擬態した植物系の種族でアマゾーンだかマゾンだとか? うーん、そのあたりの記憶は曖昧だ。

 

 fleetgirlは亡命深海人からの技術提供のもと人類によって製造された存在。初会戦によって大幅に損耗してしまった国防海軍の戦闘員を補うだけでなく、実は新戦術と対深海棲艦用の新型艦の運用に関わっていた。

 復帰して3曹に昇進した俺を待っていたのは新課程の教育。そこに集められたのは、あの戦闘を生き残り且つあの謎の頭痛に耐性があったことが確認されている隊員。国防海軍はこれまでの戦術を一新し、深海戦争に勝つ為の戦力を立て直そうとしている。俺たちはその新国防海軍の中核になるべく選ばれたのだった。

 一年間の、殆ど詰め込み式の教育課程を修了して3尉に、更に訓練課程は続き、一年も経たないうちに1尉に昇進。あの情報保全隊の尉官が言った通り、あっという間に昇進していった。この時、国防海軍はすでにfleetgirlの製造を開始していて、更にそれを運用する新型艦の建造も進めていたらしい。

 新型艦と新設予定のfleetgirl部隊、その指揮官となるべく人間の育成に心血を注いでいたというわけだ。

 

 その日、俺は初めてfleetgirlと対面した。

 初対面するにあたり若干困っていた記憶がある。何せガールって付いてるくらいだからfleetgirlとはやはり女子、俺はそれまでの人生の中で家族以外の女とまともに話したことなどなかったからな。まあ普通に上官として接すれば良いのか、と割り切って声をかけたものだ。

 

「これからFG練習艇4号の指揮を執る1尉だ。君が4号艇のfleetgirlか?」

「あ、はい、あの……FG-C047です。どうか、よろしくお願いします」

 

 初対面した彼女は俺と目を合わせようとはせずに、俯き加減にボソボソと挨拶した。

 だいぶ緊張しているように見えるが、大丈夫だろうか?

 

「番号だと呼び難いな。君と俺は相方として訓練修了後もやっていく予定なのだろう?」

「あ、はい、そう伺っています……」

 

 相変わらず、こちらをチラ見するだけでまともな会話もできない。何とか距離を縮めてコミュニケーションを円滑にできるようにならないと、今後の活動の障害になってしまう。

 

「指揮下に配属されたfleetgirlには名前を付けてもよいと言われているのだが、名付けてもよいか?」

「は、はい。よろしく、お願いします……」

「よし、実は決めていたんだ。俺の故郷を流れる大河があってな、昔その名を冠した軍艦もあった。君は今日から神通だ、よろしく神通!」

 

 その瞬間、彼女は顔を上げてまっすぐ俺を見た。オドオドしていた先程までとはまるで違う、凛々しい佇まい。そしてハッキリとした口調で俺に言い放つ。

 

「はい、ありがとうございます指揮官。この神通、全力で事にあたります、お任せを」

 

 

…………

 

 

 今日も菊月と車で出かける、有沢線に乗って射水市から一気に富山市まで走り、今はある河川の堤防道路を南へ向かって走っていた。

 

「大きな河川だな、司令官」

「元司令な、ああ、これは富山の七大河川の中で最も大きな河、神通川だ」

「ジンヅウガワ、神の通りと書いて神通と読むのか?」

「そうだ、神通だ。おまえもよく知る神通は、俺がこの河から名付けた」

「そうか、神通川か……」

「ああ、神通だ」

 

 ちょっとだけしんみりとして二人とも静かになった。赤い瞳に少しだけ涙を浮かべて車窓から神通川の流れを眺める菊月。

 まだ指揮官として訓練中だった俺の下、最初に配属されたfleetgirlが神通。突撃歩兵ではない彼女は、指揮官である俺の補佐的な役割を担っていた。

 前にも言ったが、俺の麾下のfleetgirl、12名の突撃歩兵と1名の補佐官の中で深海戦争を生き残ったのは、菊月と夕月、たった二人だけなのだ。

 

 あ、いかん!

 せっかくのドライブだというのに、この雰囲気はちょっとまずい。確かに戦争は辛かったし、哀しい別れもたくさんあった。だが、過去を引きずってメソメソしていても仕方がないではないか、戦争は終わったんだ。

 一旦車を傍に停めて、

 

「菊月!」

「ふにゅっ!」

 

 両の手の平で菊月の頬を挟んで……、お、この感触は、スベスベしつつモチモチと気持ち良い感触だな、このままフニフニしてやる。

 

「ふむ、ふにゅ、ふむ〜?」

 

 しばらく動転してされるがままになってたが、やがてジタバタして手を振りほどかれてしまった。

 

「な、なっ、なんなのさっ!」

「わはははは」

「バカ、もうバカッ! 何を笑っているんだ!」

「すまんすまん、でも」

 

 プリプリと怒って俺をポカポカと叩いてくる菊月の頭を優しく撫でた。

 

「確かに戦争でいろいろあった、それももう終わったんだ。これからは二人支え合って暮らしていこう」

「し、司令官……」

「俺にとっておまえが唯一の家族なんだからな」

「……ああ、この菊月が、いつまでも共にある」

「よし、 いつもの調子になったな!」

 

 再び車を走らせて富山市大久保地区を抜けて国道41号線に乗る。その41号線をしばらく走って寺家から林道に入っていく。

 

「ここは、スキー場?」

「元スキー場だ、今は猿倉山森林公園」

「猿倉山、そこに登るのか!」

「まあ、登るは登るが」

 

 舗装された林道はずっと続き、車はグングンと高度を上げていく。たどり着いたのはバーベキュー広場や四阿屋が並ぶキャンプ場。ゆったりと余裕のある駐車場に自動車を停めて降車した。

 

「長い階段がある、これは?」

「450段ある、猿倉山の山頂へ続く階段だ」

「よし、行こう!」

「慌てるな。まずは準備運動な」

「うむ」

 

 菊月のテンションが上がってきている、身体をほぐした後、さっそくトントンと調子よく階段を上っていく。

 

「司令官、何かある!」

「ああ、あれは風の城、富山市を一望する展望台だ」

「おおお、行く、あそこまで行く!」

 

 階段を上り終えて、展望台である風の城にたどり着くが、そこに建てられていた石碑を見つけた菊月が呆然とする。

 

「史蹟猿倉城跡って、まさか」

「ああ、かつてここに猿倉城があった、猿倉山の山頂だ」

「たったのこれだけ?」

「450段の階段、まあ10分もあれば、な」

「むぅ~」

 

 ただ散歩に来た人ならこの階段は充分キツイものなんだが、登山のつもりで来たんなら明らかに物足りないだろうな。

 

「飛騨国古川高野城主塩谷筑前守秋貞、永禄年中、越中国に討て出て笹津近辺を攻取れり、新川郡牛柵の猿倉山に城を構え住居し、越後の上杉勢と共に越中を靡きけり。って古い記録がある」

「岐阜県古川の塩谷とかいう者が、このあたりに攻め込んできて周辺を占領して、そのまま帰らずこの猿倉山に城を築いて居座ってしまったのか」

「そんなところだ」

「なるほど、この位置は越中平野の南端にあり、飛騨街道と神通川の水運を抑える要衝だな。加えて、先程看板を見たが麓の笹津地区は温泉が多いのだろう、古くからの湯治場だったのか。塩谷秋貞、なかなかの炯眼者だったようだな」

「まったく、たまに恐ろしくなるなぁ、fleetgirlの知能の高さと呑み込みの良さにな。で菊月、行くか?」

「へ?」

「先に、な」

 

 縦走とは、山頂に立った後に下山せず、そのまま次の山を目指して稜線を歩いていく登山である。猿倉山はそのまま御前山、小佐波御前山(おざなみごぜんやま)へと登山道が続いているのでプチ縦走を楽しめる山なのだ。

 

「と言うわけで、まずは御前山を目指すぞ」

「ここからが本番なのだな!」

 

 まあ、登山というには比較的緩やかで階段の多い、ハイキングコースなのだが。

 深海人もfleetgirlも、海の上では人類を凌駕する力を発揮するのだが、陸に上がってしまうと普通の人間と変わらない。だから菊月が自分の体力を過信しないようにフォローしなくてはならない。

 

「菊月、あんまりハイペースに行くと、下りで脚にくるぞ」

「ふ、元突撃歩兵を侮るなよ、大丈夫なはずだ」

 

 それは菊月の姉妹の一人、長月の口癖の真似だった。姉妹だけあって容姿も声質もよく似ている、思わず苦笑してしまった。まあ、陸に上がって普通の人間と同ステータスになってはいても、そもそも鍛えられた歩兵だったから大丈夫なのかもな。

 

 風の城の右側から奥の御前山へ続く登山道の入り口がある。『ふるさと歩道』と呼ばれるよく整備された登山道だ。

 

「小佐波御前山は標高754m、遠目に台形の形をしていて立山に少し似ている」

「ふむ、ミニ立山といったところか」

「正にその通りさ。立山の小さな子供みたいな山で『(おさな)み』山と呼ばれていたのが『小佐波(おざなみ)』と転じたと言われている」

「あはは、当て字の山名だったのか、昔の人間も大概ダナー」

 

 蒼々と繁る新緑の樹間からチラリチラリと立山連峰がのぞく、実に気持ち良い山歩きだ、菊月もルンルンと嬉しそうに歩いている。一旦林道に出て、そのまま林道をたどるとすぐに御前山山頂なんだが。

 

「うぐっ、何だこれは」

「林道があっただろう、つまりここまでは自動車で来れる。そうなると山好きのハイカーばかりでなくタチの悪い連中も、な」

「山を、里山を何だと思っているのだ! 己の故郷を大切にできないのか! 許せんっ!」

「落ち着け、菊月……」

 

 御前山山頂には大きな四阿屋があるのだが、スプレー塗料か何かで描かれたガラの悪い落書きだらけになっている。これ以上長居すると菊月の機嫌がどこまでも悪くなりそうなので、軽く水分補給して先へ進むことにする。

 さて小佐波御前山だが、実は前回の二上山同様山頂の展望はほとんどない。そのことを先に菊月に言っておかないとまた怒ってヘソをまげてしまうからな。だが、この山には頂上とは別に抜群の展望所があるのだ。

 

「獅子ヶ鼻?」

「ああ、頂上も踏むが今日の目的地はその獅子ヶ鼻だ」

 

 小佐波御前山の最大の見どころは獅子ヶ鼻の眺望だ、頂上の踏破はついでに過ぎない、と、俺は思う。

 案内板に従って獅子ヶ鼻を目指して藪がちょっと深くなってきた登山道を進んでいくと、藪が開けて、岩場に出る。

 

「おおっ!」

 

 岩場の上に立った菊月が、感嘆の声を上げている。

 眼前に広がるのは、越中細入の山村、どこまでも奥へ続く飛騨の山並み、そしてその中心を見事に切り分ける雄大な神通川の流れ。みずみずしい新緑の輝きを放つ神通峡、その景観が目の前いっぱいに広がっていた。

 

【挿絵表示】

 

「獅子ヶ鼻岩、高さ40メートルという南に突き出した巨岩だ。下はほとんど垂直に切れ落ちているからすごい眺めだろう?」

「……」

「ん、菊月?」

 

 岩の上に立ち、ジッと彼方を見つめる菊月。長い銀髪がそよ風に吹かれてわずかに靡く。赤い瞳から零れた一筋の涙が頬を伝い、やがて菊月の顎から離れて神通峡の彼方へと飛散していった。

 俺は菊月の隣に並び立ち、そっと肩を抱いて身体を寄せる。

 

「今解った」

「そうか」

「神通、だな」

「そうだ」

「ただの河の名前じゃなくて、昔の軍艦の名前でもなくて、この美しい神通峡、司令官が守りたかった故郷へ込められた想いだったんだな」

 

 俺は何も答えず、静かに、まっすぐ神通峡の憧憬を眺めていたが、そのうち景色がじんわりとぼやけてあまり見えなくなった。

 そんな俺の姿を見た菊月が少しだけ驚いていたが、優しげな表情になり、手を腰に回してより強くお互いの身体を寄せ合った。

 

「すなまい菊月、もう少しだけ、こうしてたら、復活するから……」

「この菊月がいつまでも共にある、心配するな」

 

 俺は、守りたかったものを守ることができなかった。

 家族も、部下たちも、守れずにほとんど失ってしまった。

 指揮官として無能で、人間として凡庸な男だった……。





第1話で言いました。
『辿り着く行程と、辿り着いた先に見えるもの、経験と体験をひっくるめて感じることが登山なのだ』

岩壁に立ち、亡き友を想い、変わってしまった自分と変わらずそこにある故郷に無常を感じて涙を流す。その想いを汲み、共に涙を零す。
それに対し、そもそも自堕落を享受し、登る苦労をせずに山頂に立ってしまった者は、眼下に広がる故郷にも何一つ思うこと、感じるものなどありはしない。

それが登山、なのかもしれません。
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