「駆けっこしたいんですか、負けませんよ!」
噂の俊足自慢のfeetgirlは、私の挑戦を嬉しそうにピッと人差し指を立ててながら受けとってくれた。
長い銀髪と兎の耳みたいなリボンがユラユラと揺れている。彼女、本当に嬉しそうだ。自慢はただ自慢じゃなくて、走ること自体が好き、風を切って海上を掛ける、その速さそのものが好きだ、ということなんだろう。気持ちがありありと伝わってくる。
つまり彼女は私と同類、こっちまで嬉しくなってしまう。
私と彼女は並んでスタート位置につく。
fleetgirl同士のこのような力比べは訓練の一環として国防海軍では認められていた。模擬弾を使った砲撃演習であったり、武装をパージした状態で行われる格闘演習だったりが普通であるが、そのどちらも私にとって重要ではない。
私は走ることが全て、速さが全て、戦闘能力はスピードに直結している。だから、単純に速力演習で勝負する。
これはfleetgirl間で行われる演習の中ではマイナーで、誘っても余り相手にしてもらえないことが多い
だから、私は今、ウズウズしている!
同類と、並んで、スピードを競い合えることが!
どうしても嬉しさを堪え切れなくて、ニヤニヤしていたんだろう、彼女が首を傾げながら私に尋ねてくる。
「何がそんなに可笑しいの?」
「一番楽しいスピードトレーニングの時間だからね!」
「ふーん、貴女変わってるのね。でも何か嫌いじゃないかも、私は島風、よろしくね」
「bonjour、ル・ファンタスクだ、私より速い奴はいないよー、貴女はどうかな?」
「速きこと島風の如し、です!」
顔を見合わせて、ニシシと笑い合った。やっぱり、私たちどこか似ている。
お互い違う工廠で生まれてるし、元になった遺伝子情報も違う筈なんだけど、こういう偶然ってあるのかもね。
自己紹介をしあったところで、旗を手にした審判役のfleetgirlの子から合図がかかる。
「二人とも準備してー、3、2、1…GO!」
「行くよっ!」
「Allez!」
旗が振り下ろされると同時に、私たち二人は海面を蹴って一気に飛び出した。
……………
私は駆けた。その速力をフルに使って戦場を駆けまわった。
私たちに狙いを定めてくる敵、それに向かって突撃する。一気に、勢いに任せて、真正面から最大速力で!
反撃はしない、まだしない。撃ち返すのに気をとられて少しでも速力を緩めれば、途端に蜂の巣になっちゃう運命だから。銃弾が肌を掠めて血が滲んでも、運の悪い姉妹が銃弾に当たって倒れても、怯まない、怯んじゃいけない!
あっという間にあり得ない至近距離になって、敵が私たちの速さに怯んで、慌ててしまえばこっちのもの、正面にいる奴を蹴って殴って邪魔だからどけて、私たちは敵陣を一気に突き抜けていく。敵中突破して背後に回りこんだら部隊を展開して砲撃開始!
私たちの戦法は速さを活かして敵の背後に回りこんでの撹乱、奇襲。でもこれは危険な任務、紙一重の作戦。背後に回りこんでも、敵が態勢を立て直して反撃してくれば少数の私たちはそのまま押し潰されてしまう。だけど、今日はそうならなかった、つまり味方の指揮官はなかなか切れ者ってこと。
私たちの突破を見越して前面から圧力をかけてくれた。前面の味方と後面の私たちに挟まれた敵は酷い混乱状態になっちゃってる。いつもより突破も楽に出来た気がするし、援護攻撃をきっちりとやってくれたのかもしれない、やるじゃん!
そう言えばアミラルが言ってたかも、今日連合して戦う味方はとても頼りになるって。『鉄壁』とか? まあ脚が遅そうな異名を持つ部隊だけども、鈍足の中にも有能なのがいるもんなのね、口だけの役立たずが殆どだから余計に、ね。
敵陣の向こうに見える私たちの母艦ド・グラースと並んでるあの艦か。
確か、えーっと、なんだっけ?
てっぺきの、鉄壁……。
「鉄壁の神通!」
……………
戦争が終わっちゃった。
陸人と深海人、二種類の人類による生き残りをかけた激しい生存競争は、決着がつかないまま休戦してしまった。
私たちは陸人でも深海人でもないfleetgirl。戦争が終わってしまったら、戦うしか能の無い私たちは、走るしか能の無い私は……、役立たずのいらない子になっちゃうの?
戦争を生き残った姉妹は、トリオンファン、マラン、テリブル。姉妹じゃないけど指揮官補佐のド・グラース。皆、どうなっちゃうのかな?
アミラル、私たちは?
……………
結局、国防軍は軍縮、FG部隊も一部を除いて解散。私たちは取り敢えず処分されなかった。
で、その後の処遇はといえば。
「アミラル!」
「俺はアミラルじゃない、おまえたちの指揮官はド・グラースを連れて故郷へ帰る予定だ。残念ながら一人に付けられるfleetgirlは一人と決まっている」
「つまり今日から貴方が私のアミラルなんでしょ?」
「俺は元整備員だ」
「そういうのどうでもいいの、貴方は今日から私のアミラルなの!」
「ふん、好きに呼べばいい」
このぶっきらぼうで無愛想な彼はFG運用艦ド・グラースに所属していた整備士。主に私たちfleetgirlの艤装の面倒を見ていた人。まだ若そうだけど、黙々と淡々と静かに作業をしていたイメージがある。
今日の今日まで殆ど話をしたこと無いけど、きっと信用できる人。だって、戦争中、特に私は脚部艤装にかなりの負担をかけていた筈だけど、一度も動作不良を起こさなかった。だから私は彼をアミラルと呼ぶ、呼ぶことに何の躊躇もない。
それにしても、艤装を解除した私はもう最速fleetgirlとは言えない、ただの女の子になってしまった。ハァ〜……
島風はどうしているかな?
神通のfleetgirlたちはどうしているのかな? そもそも生きているのかなぁ?
生き残ってしまった私はこれからどうやって生きていけばいいのかなぁ?
ポン、と私の頭に乗せられた手の平。アミラルはぶっきらぼうだけど、声色優しく私に尋ねてきた。
「戦争は終わった、やりたくないことを義務でやる必要がなくなった。俺は故郷へ帰ってやりたいことをやる。ル・ファンタスクには付いてきてもらう」
「アミラルは何がしたいの?」
「俊足自慢のおまえが俺のところに来たのは、きっと何かの縁だろう」
「?」
深海戦争が休戦になって、もろもろの手続きが終了して半年後、私とアミラルは北陸新幹線に乗り込み、アミラルの故郷、石川県金沢市へと向かっていた。
ちなみに彼は比較的に責任の軽い整備員だったから早く手続きが済んだ。指揮官クラスだと、まだまだ戦後処理に時間がかかるみたい。
実家に帰ったアミラルは、そこで私に今後の道を示してくれた。
「これ、何?」
「ロードバイク、人が自らの脚力で最速になれる道具だ」
「
「ペダルを踏み、クランクを回し、ホイールを回し、前へ進む。単純な構造の中に、ただ速く走る為の技術と叡智をこれでもかと詰め込んだ、そんな道具だ」
「最速、最高っ、Je t'aime!」
嬉しさのあまり私はアミラルに抱きついて厚いキッスをみまった。
アミラルはビックリして私を剥がそうとしたけど、あまりの腕力に抵抗が無駄だと悟って反対に私の身体を優しく抱きしめてくれた。
「あらまぁ、戦争に行った息子が嫁を連れて帰ってきたわ」
「ふん、なかなかやるな息子。ま、これで店も安泰やな」
アミラルの実家はこのロードバイクを扱うお店らしく『ジテンシャヤ』とか言ってたかな?
fleetgirlの私は人と一緒に暮らす為に戸籍登録が必要なんだけど、その登録で私はアミラルの『ハイグウシャ』というのになった。ハイグウシャがなんなのか、そういえば講習会でなんとなく聞いたような気がするけど、興味が無くて殆ど寝てたから、
よくわかんない!
……………
今日も私は走っている。最速を目指して、グイグイとペダルを踏み、クルクルとクランクを回して。
「ハァ、ハァ……」
「ファンタスク、Allez allez!」
アミラルが、サアッと私の脇から追い抜いて前を走っていく。
「な……何で、こんな、わ……私が、遅いなんて!」
艤装の加護が無い私は、やっぱり普通の女の子だった。自慢の俊足はアミラルが整備してくれていた艤装の性能と特性によるもので、私自身の力じゃなかったことを、この数ヶ月で嫌と言うほど思い知らされた。
ロードバイクは、単純な脚力だけじゃそれ程速く走れない。上手く全身の筋肉を使えるライドフォームと、効率の良いペダリングが大事ってアミラルは言うけど……
私、頭悪いからよくわかんないし!
私たちは今、石川県と富山県の県境付近の百万石道路と呼ばれる林道を走っている。
これが平均斜度10%の登りが6キロも続く難路! 情け容赦なく体力を奪ってくれる。
辛い、苦しい、脚が重い。いつもは軽〜くスピーディに私を走らせてくれる愛車のAlpe d’Huezちゃんが、今日はぜんぜん前へ進んでくれない!
途中で脚が地面につくのは屈辱的だし、我慢してギアをインナーローに入れて、ゆっくり無心になってクランクを回して、ヨロヨロと走り続けていたら、いつの間にか隣まで下がってきていたアミラルが声をかけてくれた。
「ファンタスク、
「ふぁ…ひ」
aid station、自転車やマラソンで水分や補給を受けられる施設。単純にエイドとも言われるものだけど、こんな山奥にそんな施設が……、あった! それもかなり立派な施設が。
「み、水、水水ーっ!」
一旦自転車降りて、そのまま倒れこんで、愛車のケージからボトルを取り出してゴキュゴキュと喉を鳴らして水分補給。
「水分と補給食は持参したものだが、なかなか立派なaid stationだろう?」
「ハフ〜」
水分の次は、アミラルから渡された棒状の補給食を受け取って、もごもごと口に含んだ。黒い固形物のそれは、口の中で溶けてやや控えめな甘みが広がっていく。ロードバイクのお供、スポーツヨウカン。
「それにしても、立派な施設だけど」
「医王山国見ヒュッテ、本来は登山者の為の休憩所だな」
「登山ねぇ」
「富山側の祖谷というところに登山口があって、そこから登ってくるとこの国見ヒュッテに辿り着く、近くに医王権現の祠がある」
「ふ〜ん、へ〜」
「おまえ、興味無さそうだな」
「テヘペロッ」
アミラルがなんか説明してくれてるけど、登山にはちょっと興味がないかな。笑ってごまかすと、アミラルも苦笑していた。
「立てるか?」
「うん、ちょっと落ち着いたよ」
「来てみろ」
「ふえー、ほぁー!」
国見ヒュッテ展望所、目の前に絶景が広がっていた!
一面広がる水の入った水田に、空の蒼がそのまま反映されて、上も下も蒼い。
「うわうわー、なんかスゴイ、なんかスゴイよアミラルっ!」
「ここまで愛車で、自分の脚で登ってきたんた」
「Fuu〜私頑張った!」
「ああ、もう少しで今日の目的地、夕霧峠だ」
「うん!」
もう少し……、なんて言葉に騙された。ここからは急なアップダウンを繰り返す鬼級コース、私の脚は深刻なダメージを受けることになった。
しかし、それを乗り越えて目的地の四阿屋が見えてきた時の感激ったら!
「夕霧峠だ」
「こ、ここがピーク!」
愛車を降りて、ヘルメットを脱ぎ、今度は倒れずに歩き出した。
脚はもう疲労いっぱいでプルプルしてるんだけど、その場所から見下ろす一面の景色を、私は一時、疲れを忘れて食い入るように見つめ続けた。
標高は800mを超えている、空が近い。私はここまでやってきた、艤装に頼らず、自分の脚力で、ここまで登ってきたのだ!
「
感動する私の隣にやってきて、そっと肩を抱くアミラル。汗臭さなんて気にならない、とにかく風が心地良い。
こんな世界を教えてくれて、ありがとうアミラル、私の
「司令官、菱広峠に誰かいるぞ」
「そうだな、それから元司令な」
「!」
後ろから聴こえてきた声に、反応して振り返った。
「自転車乗りのカップルみたいだ」
「これは驚いた、彼女、fleetgirlじゃないか!」
ムードをぶち壊したのは男女二人組み、なんだか熊みたいな大男と、その男とカップルというには不釣り合いに小さい……、あ、この子の髪と瞳の色はもしかして?
「そちらは登山ですか、彼女は」
「うむ、解るか」
「コラ、ちゃんと挨拶。私は元司令です、こちらは被保護者の菊月」
「どうも。私はアミラル、この子はル・ファンタスクです」
アミラルと元司令とかいう男がペコリと頭を下げて挨拶し合っている。
そんな陸人のシャコウジレイなんて私の知ったことじゃない、それよりもこのfleetgirl……
「自転車でこの菱広峠まで登ってきたのか、御苦労だったな」
コイツの態度や物言い、気に入らない、イラっとする!
「ここは夕霧峠なの、ヒシ何とかじゃないから!」
「ん、そうか、自転車乗りはここをそう呼ぶのだったな」
「そうよ、間違えないで!」
「いや、間違ってない。私は自転車乗りじゃないから菱広峠だ。白兀山と奥医王山の間にある鞍部、私たち登山者にとってここはただの通過点だ」
目の前がチカチカする、怒りで脳みそが沸騰する。
苦しみに耐えて、自分がまだまだ鈍足だという屈辱を受け入れて、とにかく必死にペダルを踏んで、やっと辿り着いたこの夕霧峠を……、
ただの! 通過点だと! 言い切った!
このぉ……っ!!
「うわっ、何やってんだファンタスク!」
「や、やめろ菊月っ!」
気がついたら私は、菊月とかいうfleetgirlと、髪の毛を掴みあって、頬を摘み合って、ゴロゴロと地面を転がっていて……、
私はアミラルに、菊月は元司令に其々掴まれて引き剥がされていた。
「この菊月とやり合う気か、いいだろう、叩きのめしてやるっ!」
「ふざけんなこのチビっ、ノロマっ、アンタこそ泣かしてやるっ!」
「ファンタスク落ち着け、もう金沢へ帰るぞ。それじゃ元司令さん、また……」
「ああ、こちらこそすまない。アミラルさん、またいつか会おう」
「次会った時こそ決着つけてやる!」
「
……………
アミラルと二人で故郷に帰ってきて、久々に出会った同属、菊月と思いっきり喧嘩してしまった私。
Fuu……、思い出したらまたムカついてきた。
私は
あーうー……、Merde! 言ってやりたい、たくさん言いたいことがある!
会いに行ってやろうかな、でもアイツ何処に住んでるんだろう? 石川かな? もしかして富山かも?
あ、そっか、石川人と富山人って昔から微妙に仲が良くないっていうから、きっとアイツも富山に住んでるんだ、そうに違いない!
よーし、決めた。愛車のAlpe d’Huezちゃんでアイツのこと探しに行こっと!
「ねーアミラル、私ちょっと行きたい処ができちゃった♪」
令和元年おめでとうございます。今年もよろしくお願います。
アレ、なんか違う?