男が演奏している横に看板が立っている。あなたは看板を読んだ。...投げ銭歓迎!石は投げないでください... あなたは周囲を調べた。... ...何かが見つかりそうだ... 投げやすい小石を見つけた! 作:ネコ文屋
ブクブク
魔術師ギルドの受付にいたお姉さんと早速仲良く(希望的観測)なった俺は、雑貨屋から次のエリアのマップを購入し、意気揚々と宿屋を予約してから、沼地へと足を踏み入れた。
と、その前に泥汚れを警戒して装備をもう一セット購入した。どうやらこのゲーム、耐久値の概念が導入してあるらしく、基本的に使えば使うほど劣化していくようなのだ。生産職に優しい...資本主義ぃ(悲鳴)!このエリアだと湿気や泥汚れに未対応な装備は劣化が著しくなったり、見た目が悪くなっていくようだ。ああ、お金を増やそうとするとお金を減らさなければいけない...
新調した装備は泥大蛙のロングブーツ、樫木のロングスタッフ(暗緑鉱砂コーティング)、頭装備の森林牛のヘルメット。牛のヘルメットはウッドランドブルの
このゲーム残金ない状態で死ぬとどうなるんだ...デスペナが重い状態で路地裏で放り出されるのか、借金して宿屋に泊まるのか、どちらでもまあいいけど、路地裏の方がいいかな...借金地獄とか笑えない。
さて、新しいエリアに足を踏み入れたのだが、流石に未知のエリアに準備無しで突っ込むのは不味いかと思い購入した『簡易攻略MAP~沼荒野編~(編・NMM)』によると、どうやらここは荒野にいる生き物と沼地にいる生き物が縄張り争いや食い合いをしながら生態系を作っているエリアらしい。
街の門から出た先の景色を見ると、草木がまばらで大きな岩が剥き出しになっている赤い荒野の部分と、黄土色やら緑白色、さらには、薄青色の様々な色で濁った沼がところどころに広がる湿地帯の部分とが作り出す奇妙なモザイク模様が眼下に見受けられる。どうやら様々な鉱石が産出されるようで、沼の色は地中の鉱物の色を反映しているのだとか。
最も確かめたかった(高難度MOBがうろつく)デンジャラスゾーンは南と北らしい。道に迷わなければ大丈夫だと思いたいが、街道は沼地や大岩を避けるように曲がりくねっているので、時折、高レベルモンスターのエリアに近づく必要があるので注意と書いてある。お勧めのショートカットも書いてあるので、利用すれば戦闘を少なくするのも可能なようだ。惜しむらくは気を付けるべきモンスターが書いていない。まあ、廉価版みたいだから文句を言ってはいけないだろう。試しに買ってみたのだが、中々お買い得だったのではないだろうか。必要な情報は自分で書き込めば良いしな...
じゃりじゃりと長靴で音を立てながら進む。早速荒野らしきものと遭遇。サボテンだ。トゲトゲしい。
「ファイアーボール!」
サボテンは湯気を出しながら燃えた。...どうやらこのサボテンは動かないサボテンのようだ。
ファイアーボールの火力では燃やし尽くすことができなかったらしく、表面に焦げ跡がつくのみで、ほとんどそのままの形で残った。悪いことをした...
世の中には砂漠を這って横断するサボテンなんてのもいるらしく、ファンタジーならなおさら二足歩行で襲いかかってくるかもしれないと思ったのだが。
赤い実をつけた個体がいくつかあったので、採取用の皮手袋をして袋に実を突っ込んでおく。少しでもお金を得なければ...
チョロチョロと足元を小さめのトカゲが走るので、実を小さく割って放り投げると、咥えて岩の隙間へと潜っていった。フフフ...可愛いな。
採取をしながら舗装もされていない緩やかな下り坂を下っていく。ゴツゴツした岩が露出した荒れ地に差し掛かった。草木も生えていない。
サボテンの採取ももう終わりか。そう思い採取袋をしまうと唐突に、音を立てて右手の岩陰から突風が吹く。
赤い砂が巻き上がり、顔面にかかったので思わず右手で払おうとして...ゾッと悪寒が走った。視界の隅に獰猛な牙がちらりと映る。
襲撃じゃないか?!あわわわ...
慌てて泡を吹きながら、ロングスタッフを突き出して横へと飛びすさぶ。
突き出された長杖は最短距離で獣の顔面を打ちすえる...はずだった。
小さく風が鳴る。犬くらいの大きさの獣が空中で棒をかいくぐり、飛び跳ねてくる。
「なっ...」
慌てて長杖をこちらへと引き寄せ、しゃがみ込む。
肩に爪が食い込む。そして...獣は俺の頭へと噛みついた。
ガジッッ
「ひえぇえええ?!」
かじられた?!かじられた?!振り払わないと...
混乱のあまり地面を転がり回ろうとするが...
獣は襲いかかった勢いのまま肩を踏み台にして離れていった。
......痛くない。そうだ...ヘルメットをしていたのだった...
そんななんとものんびりしたことを考えつつ、後ろを振り向くと...
小さな砂煙を立てながら、狐のような狼のような獣が少し先の地面へと着地するのが見えた。
「サンドウォール!」
兎にも角にも壁を作る。機動力に劣る立場としてはそうせざるを得ない。暫定狼を隔てる壁が一巡の選択肢をくれる!
「ホワイトフォッグ。」
1m弱の高さの砂壁上部へと当たった白霧は、壁を伝って上へ横へと広がり薄いもやが壁の近辺に立ち込める。
数瞬後、砂を蹴る小さな音が聞こえたと思うと、砂壁上方の真ん中のもやが乱れた。
「アクアウィッップ!!」
長杖をもやが乱れた箇所に向けて砂壁上部全体をカバーするように左右へと先端部を振って、水流を蛇行させながら幅広く掃き出す。
サンドウォール、ホワイトフォッグ、アクアウィップのトリプルコンボは始まりの草原と跳梁跋扈の森でソロ活動をしていた際に、機動力の高い魔物に絡まれた時に対処できるように編み出した対処法だ。相手の視界を防ぎ選択肢を制限することで、パターンに持ち込むこと容易い。もっとも空を飛ばれたり、4匹以上の群れに絡まれると容易く突破されてしまうのだが...
この魔物はすぐに攻撃してくるタイプのようだ。奇襲もしかけてきたし速攻型なのだろう。
水流に打たれた魔物の影がギャンと悲鳴を上げながら、壁の向こう側へと落ちていく。
「ロックニードル。」
長杖を砂壁に向けて呪文を唱える。石トゲの呪文は砂壁の呪文と相性が良い。独りで検証したところ、砂壁のどこからでもトゲを出すことが可能なようだ。そして...先日解散してからも、ログアウトする前にMPを吐き出すついでに検証していたところ驚くべきことが分かった。
【見えていないにも関わらず、砂壁の向こう側に石トゲを発動することができる。】
これはシャンフロを始めてから常日頃、戦闘で魔法を使ってきた自分にとって衝撃の発見だった。
魔法の発動に
さらに検証を進めたところ、向きが決定されるのは呪文を言い終える瞬間ということが分かった。この恣意性を含む仕様は魔法を使う上で抜け穴になるかもしれない。要研究だ...
再び悲鳴が聞こえる。上手く砂壁の近場に落ちてくれたようだ。
上手く反撃が続いているが決して有利な訳ではない。近距離型に距離を詰められたら為すすべもなく攻撃されるのは目に見えている。これまでも幾度となく接近戦で死んできたことか...
やはり一筋縄ではいかないようで、傷を負いながらも暫定狼は一度、砂壁の横方向へと大きく離れるようにかけていく。
赤い大地を駆けていく姿を見て、ふと思い出した。そういえば野生動物のドキュメンタリー番組で、見たことがある動物だ。そうだ...コヨーテだ。北米に多く住んでいる狐のような狼のような...
コヨーテは、砂壁を大きく迂回して駆けていく。
「ファイアーボール...」
ちっ...流石に素早く動く相手には当てにくいな...ある程度、進行方向を予想して発射しているのだが、なかなか当たらない。慣れが必要か...牽制にはなっていると思うが...
もし、狼ないし中型から大型の肉食獣がいきなり目の前に現れたとしたらどのように戦うのが良いのか。例えば銃を持っているとしよう。銃の場合、相手が接近する最中に一方的に攻撃を加えることができる。相手が気づいていない場合は圧倒的遠距離から致命の一撃をくらわせることができるだろう。
では銃を持っていなかったら。銃を持っていない時代の人々は獣とどのように戦ったのか。弓矢で遠距離からなぶり殺しにするのだ。罠を使うのも良い。
しかし...手元には接近戦の武器しかない。人間の優位性というものが彼我の間で存在しない戦い。
そんな現実では味わえない獣との原始の距離感がこのゲームでは味わえる...
再びこちらに食らいつこうと地面を蹴るコヨーテの姿を見ながらそんなことを思う。しまったな...魔法職ではなく近接職を選べば良かったかもしれない。
しかし、魔法というのもまたよいものだ。現実にはあり得ないという点において、これほどまでに人間に自由を感じさせてくれるものはない。
「守れ、水の
杖先から水が溢れだし、水球が次々に生み出される。その水球たちが杖から離れ散らばっていくのが見えた次の瞬間......水の網目が宙を走り出し。視界が水に
先日の強制レベル上げブートキャンプで取得した魔法は2つ。待望のバリアであるタイダルドームと地形変更型のスタンブリングフロア。タイダルドームの性能としては唱えた術者を中心として水の被膜のドームを形成、敵の攻撃に対して自動的に防御を行う。移動してもついてこないことが難点だが...半拠点型の防御機構と考えれば使えないこともない。
長杖を水のドームの縁に接触させる。そしてこの魔法の何よりも素晴らしいところは...何といっても...
「アクアウィップ...」
水を媒介として、アクアウィップの射出点を自由に変更できる、それに尽きる!
術者の意志に従って荒ぶる挙動をする水の鞭。
コヨーテの動きに沿って水の被膜の上を上下左右に激しく振れ、宙を跳ねて逃げようとするが、勢いをつけて攻撃態勢に入っていたその身体は大きく避けることができない。
容赦なくコヨーテの体はあらゆる方向に打ち据えられた。
安全圏から一方的に攻撃する。これが
ゴクゴク
セカンディルで買った比較的味の良いマナポーションを飲む。そういえばこのマナポーション、少し甘く赤味を帯びているところを考えると...サボテンの実のエキスでも使っているのかもしれない。
ドヤ顔で水ドームの中でマナポを飲んでいると、コヨーテが立ち上がって離れる方向に足を向けるのが見えた。
「おん?今更逃げられてたまるかよ。」
ドームから急ぎ足で出る。ついでに長杖をしまい、バールとダガーに持ち替える。追撃は手数が命だ...
先ほどよりたどたどしい足取りのコヨーテに対して、火の玉を打ち出し、一山いくらの廉価ダガーを投げつける。背を向けていて飛来物を直接見ることができない相手にはまあまあ当たる。
コヨーテの足取りがさらに重くなる。この速度なら俺でも走れば逃げられるということはないな...
さらに追い立てると、コヨーテは大岩の巨大な亀裂の中に入っていく。
それを追っていくと薄暗い亀裂の奥に傷だらけのコヨーテが座っていた。
ここで終わりだ...トドメを刺してやる。
そう思いダガーを投擲するために振りかぶった瞬間...
アオオオオオォォォン...アオオオオオォォォン...
赤い岩壁に反響して何度も何度もその甲高い遠吠えが聞こえる。
ビュォオオオ
風が強く...強く...強く吹き荒れ始める。
砂が舞い上がり、砂塵の暴風が亀裂内を渦巻いて吹き荒れる。
そして...その抑えきれない流れが俺の体を巻き込んだ。
「ぐぁ...あぁ..........かぁ...ペッ...」
亀裂の外のそれなりの大きさの岩に砂まみれでぶつかった鈍い衝撃で、コヨーテにまんまとしてやられたことを悟る。赤い砂を口から吐き出す。
亀裂の奥を見るとすでにもぬけの殻だ。
「ち...ちくしょおおおおおおおお!!!!」
魔法職が獣風情によりにもよって魔法で謀られるとは...!うっぐぐぐぐ...
なんとも言い難い悔しさで思わず歯ぎしりを鳴らした。
Tips.魔法仕様
なんとなく納得できる魔法のルール。意識すると向きが変更できる。マナで形成された物体はマナを浸透しやすい(魔法によっては攻撃の起点に指定できる。)。
魔法は置いて行くという使い方が大切。実際にマナが物量やエネルギーとして変換されて出現しているので、空間制圧力がスキルより断然強い。