男が演奏している横に看板が立っている。あなたは看板を読んだ。...投げ銭歓迎!石は投げないでください... あなたは周囲を調べた。... ...何かが見つかりそうだ... 投げやすい小石を見つけた! 作:ネコ文屋
スカルアヅチ城──
漆黒の外壁と、禍々しくも荘厳なその姿は、空に向かってそびえる巨大な竜の骸のようにすら見えた。けれど今日、その城の前に広がる広場は、まったく異なる熱気に包まれていた。
無数のプレイヤーたちが集まり、色とりどりの衣装や楽器、旗やサイリウムで埋め尽くされたその光景は、まるで異世界のカーニバル。宙に浮かぶ案内ホログラムには、イベントのロゴと共にこう書かれている。
「DRAGON FESTA - 音で孵化する、真なる竜へ」
ステージに設置された《音響核(オートフォノス)》が、まだ始動していないにも関わらず、じんわりと青白い光を放ち続けている。その周囲には、警備のスタッフたちが目を光らせ、観客の誘導をしていた。
「これ……ほんとにドラゴン、出てくるのかな」
「いやいや、ライブラリが協賛しているんだぜ? なんか起きるに決まってるだろ!」
観客席では、期待と興奮が入り混じった声が飛び交う。
ベンチに座って弁当を広げる者、楽器体験コーナーでギターを抱えながらセッションを始める即興バンド、光線で応援メッセージを空中に描く者たち。全員が、「何かが起きる」ことを信じて、今この瞬間を共有していた。
ステージ裏、重厚な幕の向こうで、スタッフが小走りに機材の最終チェックをしている。ワンダラースのベーシスト、サイバーファングが静かに弦を鳴らし、ハルぽんは深呼吸してから衣装の裾を整えた。
その視線の先、スカルアヅチ城の塔の一つに、演出用の音響灯がゆっくりと点灯する。
それはまるで、今にも孵ろうとする「何か」を見守る、産声の予兆のようだった。
あと五分。
会場の誰もが息をのむ。静寂が、かえって熱を帯びていく。まるで全員が、巨大な心臓の鼓動の一部になったかのように。
夜の帳が下りたスカルアヅチ城。その威容を背にした広場には、無数の光が瞬き、人々のざわめきが星のざわめきと溶け合っていた。
そこに生まれようとしているものは、まだ誰にも知られていない。
司会のアナウンスもまだない。
ただ、観客たちは知っていた。
何かが起きる。
突如、すべての照明がふっと落ちた。
深い闇。
その静寂を破るように、ひとつの音が、底の方から湧き上がった。
ベースが鳴る。ドラムが加わる。ステージから吹き出すスモークが光に染まり、シルエットが現れる。
ギター熊のリフが切り裂くように走り──ワンダラースの音が動き出す。
中央に浮かび上がったのは現実世界のアイドル、笹原エイト。
その隣には、にこやかに手を振るハルぽんの姿があった。
『夜の空に響くメロディー
まるで龍が目を覚ますように
Flames are rising, beats igniting
この鼓動は止まらない』
──まだ“それ”は現れていない。
けれど、観客の心の奥に、小さな火が灯り始める。
その火は、歌とともに広がっていく。
『燃え上がれ Fire, take me higher
奏でるたびに強くなる
Wings of music, set me free
この世界を塗り替えて』
ハルぽんの動きに合わせてステージの床が光を帯びる。
笹原エイトの声が空へと突き抜け、音がまるで風のように会場を巡っていく。
客席では、誰もが気づかぬうちにリズムに身を預けていた。
ただ、その熱に巻き込まれていく。
『Music Dragon breathed fire, oh
光のリズムで踊れ
Music Dragon roars higher, oh
響け、この空の彼方まで』
──その名前は呼ばれた。
だが、まだ姿はない。
観客の誰もが、その「ドラゴン」が音楽の中にだけ存在していることを、直感で知っていた。
『街のノイズに埋もれた夢
でも心の中 Burning bright
I hear the sound, it's calling me
目を閉じて飛び立とう』
夢と雑音の間を、音楽がすり抜けてくる。
この歌は、導入であり、予兆。
まだ“それ”を呼び覚ますには早すぎる。
『灰の中から Rise again
何度でも甦る
With the fire in my soul
今、翼を広げる』
ステージの上空に、赤い光の帯が一瞬走った。
誰かが「あっ」と小さく声を上げる。
だが、それはただの光の演出──まだ、何も起きていない。
『Music Dragon breathed fire, oh
光のリズムで踊れ
Music Dragon roars higher, oh
響け、この空の彼方まで』
その名を歌に乗せて呼びかけながら、笹原エイトとハルぽんは、ただ観客の心を揺さぶっていく。
ステージは燃えている──音で、光で、気配で。
『燃え尽きるまで Let it burn
音の炎で照らせ
Music never fades away
この世界に刻む』
最後のコードが鳴った瞬間、ステージが一気に真白な光で包まれた。
その余韻の中、ざわめきが戻る。
──ドラゴンは、まだ目覚めていない。
けれど、確かに気配はあった。
「何かが始まった」
会場全体が、そんな確信に包まれていた。