男が演奏している横に看板が立っている。あなたは看板を読んだ。...投げ銭歓迎!石は投げないでください... あなたは周囲を調べた。... ...何かが見つかりそうだ... 投げやすい小石を見つけた! 作:ネコ文屋
鳴り止まない歓声の中、最後のコードの余韻がゆっくりと夜空へ溶けていく。
ステージを包んでいた白い光が静かに薄れ、観客たちの熱気だけがその場に残されていた。
笹原エイトは軽く息を整えながら、マイクを握り直す。
「──ありがとう!!」
その一言に、再び大きな歓声が返ってきた。
ハルぽんが両手をぶんぶん振りながら、ぴょんと前に飛び出す。
「みんなーっ!! 来てくれてありがとー!! なのーっ!!」
観客席から一斉に手が振り返される。
サイリウムの光が波のように揺れ、スカルアヅチ城の黒い城壁に反射して、幻想的な光景を作り出していた。
俺──ギター熊は、その少し後ろでギターを肩に掛けたまま、その光景を見ていた。
……すごい。
何度ステージに立っても、この瞬間だけは慣れない。
音が届いた実感。
ちゃんと、届いたんだっていう確信。
それが胸の奥をじんわり熱くする。
「いやぁ、すげぇな」
思わず口にすると、エイトがこちらを見て笑った。
「でしょ? まだ始まったばっかりだよ、ギター熊」
「始まったばっかりでこれかよ。最後どうなっちまうんだ」
「ドラゴンが出てきちゃうかもしれないの!」
ハルぽんがきらきらした目でそう言って、客席から笑いが起きる。
「そう、その話!」
エイトが指を鳴らして前へ出る。
「今日の『ドラゴン・フェスタ』。ただのライブイベントじゃないってのは、もうみんな知ってると思う」
会場の空気が少しだけ引き締まる。
「私たちが目指してるのは、“音楽ドラゴン”の孵化だ」
その言葉に、観客のざわめきが広がった。
「もちろん、いきなり空からドーン!って出てくるわけじゃない」
「出てきたらちょっと怖いの!」
ハルぽんのツッコミにまた笑いが起きる。
エイトは笑いながら頷く。
「そう。大事なのは、ここにいる全員の“音”と“気持ち”なんだ。演奏する側も、聴く側も、楽しむ側も。全部ひっくるめて、このフェスそのものが一つの物語になる」
俺はマイクを受け取って、一歩前に出た。
「……難しい話に聞こえるかもしれないけど、要するに」
一度、観客席を見渡す。
期待に満ちた目。
笑ってるやつ、叫んでるやつ、もう泣きそうなやつまでいる。
「今日は、全力で楽しんでくれってことだ」
歓声。
「音楽ってのはさ、理屈じゃなくて、ちゃんと届くもんだろ」
ギターを軽く叩く。
「だから、俺たちは全力で鳴らす。みんなは全力で受け取ってくれ。それで十分だ」
一瞬、静かになったあと──
会場いっぱいに、大きな拍手が広がった。
歓声というよりも、それは確かな共感の音だった。
「いいぞー!!」
「最高のフェスにしようぜー!!」
「ドラゴン、絶対見せてくれー!!」
客席のあちこちから、そんな声が飛ぶ。
誰かの叫びに、また別の誰かが応えるように手を振り、光が揺れる。
ハルぽんはその様子を見て、胸の前でぎゅっと拳を握った。
「すごいの……! みんな、もう一緒に冒険してるみたいなの!」
エイトも、少しだけ目を細めて頷いた。
「うん。こういう空気が欲しかったんだよ」
ステージの上から見える景色は、ただの観客席じゃない。
そこにいる全員が、このフェスを作る“仲間”だった。
俺は少し照れくさくなって、視線を逸らしながらギターのストラップを直す。
「……まあ、そういうことだ。せっかくここまで来たんだ。最後まで付き合えよ」
それに対して返ってきたのは、今までで一番大きな歓声だった。
エイトが笑いながら、俺の肩を軽く叩く。
「うん、それで十分」
「充分なの!」
ハルぽんも元気よく頷いて、ぴょんと跳ねた。
笑いが広がる。
その空気が、何より心地よかった。
エイトは改めてマイクを握り、力強く叫ぶ。
「それじゃあ、ドラゴン・フェスタ第一部──開幕だ!!」
轟く歓声。
ステージの照明が再び点灯し、次のバンドの準備が始まる。
音は、まだ始まったばかりだ。
そしてきっと、この夜の終わりには。
誰も見たことのない景色が、そこにある。