男が演奏している横に看板が立っている。あなたは看板を読んだ。...投げ銭歓迎!石は投げないでください... あなたは周囲を調べた。... ...何かが見つかりそうだ... 投げやすい小石を見つけた!   作:ネコ文屋

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ウズウズ


19_第一部 ムーンブラッド

 Goblins' Jamの最後の音が消えてからも、会場にはまだ熱気が残っていた。

 

 観客たちは笑いながら声を掛け合い、先ほどまでの宴の余韻を楽しんでいる。

 

 だが――次の瞬間。

 

 会場の照明が、一つ、また一つと消えていった。

 

 ざわめきが少しずつ小さくなる。

 

 スカルアヅチ城を照らしていた照明までもが落ち、辺りは夜そのものに包まれた。

 

 その代わりに、頭上へ巨大な月が浮かび上がる。

 

 青白い満月。

 

 その光がスカルアヅチ城の尖塔を照らし、漆黒の城壁を銀色へと染めていく。

 

 そしてステージ中央。

 

 一筋の赤い光が走った。

 

 スクリーンに映し出された文字。

 

 《ムーンブラッド》

 

 歓声は、先ほどとは違った。

 

 どこか息を呑むような声。

 

 期待と緊張が入り混じった静かなざわめきだった。

 

 ステージへ、黒を基調とした衣装のメンバーたちが現れる。

 

 ギター。

 

 ベース。

 

 ドラム。

 

 そして、その中央に立つボーカル。

 

 マイクを握った彼女は、しばらく何も言わずに観客を見つめていた。

 

 やがて――

 

 ポツン。

 

 ピアノの音が一つ。

 

 続いて、ストリングス。

 

 低く唸るベース。

 

 そして重厚なギターが、その静寂を切り裂いた。

 

 ズゥン――。

 

 空気そのものが震える。

 

 Goblins' Jamとはまるで違う。

 

 身体を動かすための音ではない。

 

 心の奥へ沈んでくる音だった。

 

 ボーカルが、静かに歌い始める。

 

 ♪

 

 月が照らす 静かな夜

 

 凍えた街を 影が走る

 

 誰にも言えない この痛み

 

 胸の奥で まだ燃えている

 

 ♪

 

 ステージ上空に浮かんだ月が、ゆっくりと光量を増していく。

 

 スクリーンには、夜の街を一人歩く人影。その周囲を、無数の赤い光が漂っていた。

 

 歌声は決して大きくない。なのに、不思議なほど遠くまで届く。

 

 私は舞台袖からステージを見つめながら、思わず息を止めた。さっきまであれだけ騒がしかった観客が、今は誰も喋っていない。

 

 ただ、聴いている。

 

 ♪

 

 Moonlight, show me the way

 

 この闇を越えて

 

 Blood in my heart

 

 消えない証

 

 ♪

 

 ストリングスが大きくなり、ドラムが入る。

 

 ギターが一段深く歪む。

 

 そして――

 

 ボーカルが顔を上げた。

 

 ♪

 

 月よ 月よ この魂を

 

 どうか照らしてくれ

 

 失ったもの 傷ついた日々

 

 すべて抱きしめて

 

 ♪

 

 その瞬間、ステージいっぱいに無数の光が咲いた。

 

 それは星だった。

 

 無数の星々が夜空を埋め尽くし、スカルアヅチ城さえも宇宙の中に浮かんでいるように見える。

 

 ハルぽんが小さく呟いた。

 

 「……きれいなの」

 

 隣にいたエイトも、黙って頷いている。俺も、ただその光景を眺めていた。

 

 やがて曲が一度静かになる。

 

 ピアノだけが残った。

 

 ボーカルがマイクを握ったまま、観客へ問いかける。

 

 「あなたが――夜を越えるために必要なものは、何?」

 

 誰も答えない。

 

 答えられない。

 

 その問いは、観客一人一人の胸の中へ落ちていく。

 

 家族。

 

 仲間。

 

 夢。

 

 約束。

 

 あるいは――音楽。

 

 それぞれが自分の答えを思い浮かべた、その瞬間。

 

 ドラムが鳴った。

 

 ドンッ!!

 

 ギターが爆発する。

 

 ストリングスが一斉に駆け上がる。

 

 そして、サビ。

 

 ♪

 

 Moonblood! 夜を裂いて

 

 赤い月の下 叫べ

 

 Moonblood! 運命さえ

 

 この手で塗り替えて

 

 Fly into the crimson sky

 

 翼を広げて

 

 月が沈むその時まで

 

 We will never fade away

 

 ♪

 

 観客の頭上を、巨大な赤い月が横切る。その月を背に、一羽の黒い鳥が飛んでいく。

 

 やがて鳥は無数の羽根へと変わり、会場全体へ降り注いだ。羽根に触れた観客の身体が、一瞬だけ淡い赤色に輝く。

 

 演出だ。

 

 そう分かっている。

 

 それでも――胸が熱くなる。

 

 音楽というものが、誰かの中にある痛みや願いを、本当に拾い上げているような気がした。

 

 曲はさらに激しさを増していく。

 

 ギターとドラムが互いに競い合うように音を重ね、ベースがその隙間を縫う。

 

 ボーカルはステージ中央から動かない。

 

 それなのに、その歌声だけで会場全体を支配していた。

 

 そして最後のサビ。

 

 ♪

 

 Moonblood! 夜を裂いて

 

 赤い月の下 叫べ

 

 Moonblood! 運命さえ

 

 この手で塗り替えて

 

 Fly into the crimson sky

 

 翼を広げて

 

 月が沈むその時まで

 

 We will never fade away

 

 ♪

 

 最後の一音。

 

 ギターが長く伸びる。

 

 ドラムが止まる。

 

 ストリングスが消える。

 

 そして――完全な静寂。

 

 空に浮かんでいた赤い月も、ゆっくりと消えていく。

 

 数秒。

 

 誰も声を出さなかった。

 

 やがて。

 

 パチ。

 

 どこかから、一つの拍手が聞こえた。

 

 それが二つ、十、百へと増えていく。

 

 そして会場全体が、割れんばかりの拍手に包まれた。

 

 「……すげぇ」

 

 思わず呟く。

 

 さっきまでのGoblins' Jamとは正反対。

 

 なのに――同じくらい強烈だった。

 

 私がステージ中央へ視線を向ける。

 

 そこには《音響核》がある。

 

 淡い光を放つ球体。

 

 その内部を、赤い光が一瞬だけ走った。

 

 「……反応、出てる?」

 

 私が呟くと、少し離れた場所でモニターを確認していたエリオが頷いた。

 

 「はい」

 

 その声は静かだった。

 

 「先ほどとは違う種類の感情反応です」

 

 エリオの視線が、ステージへ向けられる。

 

 「歓喜ではありません。孤独、憧憬、喪失……そして、それを乗り越えようとする意思」

 

 《音響核》が、もう一度だけ脈打つ。

 

 「これもまた――音楽です」

 

 私は黙って、その言葉を聞いていた。

 

 まだ、何も生まれてはいない。ドラゴンの姿もない。

 

 ただ、確かに何かが積み重なっている。

 

 歓喜も。

 

 悲しみも。

 

 憧れも。

 

 そのすべてが、このフェスの中へと。そして、音楽ドラゴンの“雛型”へと。静かに蓄積されていく。

 

 ステージでは、次の演奏へ向けた準備が始まっていた。

 

 夜は、まだ長い。

 

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