男が演奏している横に看板が立っている。あなたは看板を読んだ。...投げ銭歓迎!石は投げないでください... あなたは周囲を調べた。... ...何かが見つかりそうだ... 投げやすい小石を見つけた! 作:ネコ文屋
ムーンブラッドの最後の余韻が消えていく。
先ほどまで夜空を覆っていた赤い月が消え、スカルアヅチ城前の会場には、まだ静かな興奮が残っていた。
拍手が少しずつ収まっていく。
すると――
風が吹いた。
ステージの上だけではない。会場全体を、ひやりとした風が駆け抜けていく。観客たちの髪や衣服が揺れる。
空を見上げれば、いつの間にかステージ上空に黒い雲が集まり始めていた。
「……天候演出?」
誰かが呟く。
その直後。
バリィッ!!
空に稲妻が走った。
歓声が上がる。
ステージ中央へスポットライトが落ちる。
そこに浮かび上がったのは、青白い雷を纏った巨大な水棲生物のシルエット。
長い首。
大きな背びれ。
そして、風を切るような翼。
スクリーンに文字が躍る。
《風雷ネッシー》
次の瞬間――
ドラムの一打が、会場を叩き割った。
ドンッ!!
続いてベース。
ギター。
そして、シンセサイザーの鋭い電子音。
和太鼓のような低音が重なり、ロックとEDMが一気に融合する。
ボーカルがマイクを握り、空を見上げた。
「行くぞォォォォッ!!」
雷鳴。
その瞬間、歌が始まった。
♪
風が鳴る 雲が吠える
眠れる大地を 今、起こせ
Whoa-oh! Whoa-oh!
轟け――!
♪
風がさらに強くなる。
ステージの周囲を青白い粒子が渦巻き、それが巨大な竜巻のように上空へ伸びていく。
観客から歓声が上がる。そしてギターが激しく刻まれる。
♪
風を切って 駆け抜けろ
雲の彼方へ 手を伸ばせ
昨日までの 迷いなんて
雷鳴ひとつで 吹き飛ばせ
荒れ狂う波を 踏み越えて
まだ見ぬ空へ 飛び込め
怖いものなど 何もない
この鼓動こそ 羅針盤
♪
ステージ上では、巨大な水棲竜のホログラムが空を泳いでいた。
雷を纏った身体がスカルアヅチ城の上空を横切り、稲妻がその軌跡を描いていく。
ムーンブラッドの幻想的な美しさとは違う。これは、荒々しい自然そのものだ。観客もそれに負けじと跳ねる。
♪
もっと吹け もっと強く
雷よ鳴れ もっと高く
この世界が 揺れるほど
声を上げろ!
Are you ready?
♪
「「「イェェェェェッ!!!」」」
会場全体から返事が返る。
私の足元まで振動が伝わってくる。
そして――
爆発。
♪
空を裂け! 彼方まで!
轟く鼓動を 響かせろ!
限界なんて 飛び越えて
この瞬間を 駆け抜けろ!
Ride the wind!
Ride the thunder!
魂ごと 駆け抜けろ!
今この瞬間を
We are alive!
♪
サビと同時に、会場の上空へ巨大な雷が落ちた。
もちろん演出だ。だが、あまりにもリアルだった。轟音とともに地面が震え、青白い光が一瞬で観客席を染める。
「うおおおおおおおお!!」
観客たちが拳を突き上げる。その声すらも演奏の一部になっていた。
ボーカルが笑う。
「まだまだ行けるよなァッ!!」
歓声。
ドラムがさらに速度を上げる。
♪
雨に打たれ 泥だらけ
それでも笑って 立ち上がれ
遠回りも 傷跡も
全部まとめて 連れていけ
風が止まれば 自分で走れ
道がなければ 切り開け
誰かが決めた 限界なら
雷落として 壊せばいい
♪
曲が進むにつれ、観客の動きもどんどん激しくなる。
ステージから吹き抜ける風。
頭上を走る雷。
足元を震わせるベース。
身体を突き抜けるドラム。
音楽を聴いているというより――
嵐の中にいる。そんな感覚だった。
そして、突然。
全ての音が止まった。
照明も消える。
風も止む。
残されたのは、静寂だけ。
ボーカルの声だけが響く。
♪
静かに――
♪
観客が息を呑む。
♪
耳を澄ませ
♪
誰も動かない。
♪
聞こえるか?
♪
遠くで雷が鳴る。
ゴロゴロゴロ……。
♪
遠くから
近づいてくる
♪
雷鳴が近づく。
ゴロ……。
ゴロゴロ……。
ゴロゴロゴロ……。
そして。
ボーカルが叫んだ。
♪
この音が!
♪
ドン!
ドン!
ドン!
巨大な和太鼓の音が三度、会場を叩いた。
ボーカルが拳を突き上げる。
♪
雷鳴だ!!
♪
ドォォォォォン!!
その瞬間、空が光った。ステージ上空を、巨大な水棲竜のホログラムが突き抜けていく。
その姿は一瞬だけ。
だが、あまりにも鮮明だった。
雷を纏った身体。
風を切り裂く長い首。
そして、大きく開かれた口。
咆哮の代わりに、無数の音符が空へと放たれる。
――もちろん、まだ本物ではない。
ただのホログラム。そう分かっている。
それでも、観客は歓声を上げた。
そして最後のサビへ。
♪
空を裂け! 彼方まで!
轟く鼓動を 響かせろ!
何度だって 立ち上がれ!
この世界を 駆け抜けろ!
Ride the wind!
Ride the thunder!
魂ごと 駆け抜けろ!
叫べ! 笑え!
歌い尽くせ!
We are alive!
♪
観客が歌う。
演奏者が叫ぶ。
風が吹く。
雷が鳴る。
音楽と歓声が一つになって、夜空へ駆け上がっていく。
そして――
♪
風が吹く。
雷が鳴る。
そして――
まだ見ぬ明日へ。
♪
最後の音が消える。
静寂。
その直後。
会場を埋め尽くす歓声。私は思わず拳を握っていた。
「……すげぇな」
隣を見ると、ハルぽんは完全にテンションが上がっていた。
「雷、かっこいいのー!!」
エイトも笑っている。
「うん。最高だったね」
私たちがステージへ視線を戻す。
そこでは、先ほどまで荒れ狂っていた風も雷も、すでに消えていた。
だが――
ステージ中央の《音響核》だけは、まだ淡く明滅している。その光は、これまでより少しだけ強い。舞台袖では、エリオが端末を確認していた。
「……共鳴率、さらに上昇」
エリオは静かに呟く。
「感情波形も非常に良好です。先ほどの《ムーンブラッド》とはまったく異なる反応ですが……」
エリオが《音響核》を見る。
「どちらも、確実に蓄積されています」
歓喜。
孤独。
憧憬。
闘志。
今、この会場で生まれた無数の感情が、少しずつ球体へ集まっていく。
まだ、ドラゴンは生まれない。
けれど――
確実に、その「何か」は育っている。
私は夜空を見上げた。スカルアヅチ城の上には、いつの間にか雲一つない星空が広がっていた。
その下で、ドラゴン・フェスタはまだ続いている。
次の音が、もうすぐ始まろうとしていた。