捕食者“朧”   作:ごま塩とんぼ

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のろのろですが、第二話です。


出会い、その予感

 最初に世界を自覚したとき傍にいたのは、二人の幼い子供だった。

 フェルトと綿と刺繍糸で作られた歪な体は、子供たちが試行錯誤して想いを篭めながら作ったのだと、なんとなく悟った。

 

「かーびぃ」

 

 柔らかな伸びかけの黒髪を可愛らしい飾り付きのヘアゴムでふたつに結んだ、五歳ごろの少女が舌ったらずな調子でフェルトのマスコットをそう呼ぶ。

 隣にいた八歳ごろの黒髪を短く揃えた少年が、少女に寄り添って同じようにマスコットを見つめた。

 

「これからね、おぼろが、悪い怪獣やっつけにいくの。ほんとはね、おぼろが(おうち)にちゃんと帰れるようにって思って兄ちゃんと作ってたんだけど……」

 

 そこまで言って、少女が言葉を詰まらせる。

 不安そうな、泣き出しそうな、複雑な表情になった少女を見て、隣の少年が少女の頭を撫でた。

 

「カービィは星の戦士だから、きっと朧のこと守ってくれるよ」

 

 少年が、自分の胸中に宿る不安を気取られぬように表情を取り繕いながら、目を潤ませる少女を励ました。

 俯いていた少女は顔を上げて少年を見ると、こくりと黙って頷き、手中のマスコットを再び見つめる。

 

「じゃあ、おねがいね、カービィ。おぼろの、お守りになってね」

 

 

 

 

 

 第弐話:彼らの、出会い

 

 

 

 

 

 朧は、自身の後ろをついて来るカービィを見た。

 マスコットの時は確かに動植物の毛や化学繊維で構成されていた筈だが、様々なスキャンを重ねて見るとカービィはれっきとした生き物になっている。

 内部の詳しい構造や骨格は検出されなかったが。

 手の平に収まる程度のサイズだったものが、今や二十センチの綺麗な球状をしたピンクの知的?生命体だ。

 この見知らぬ土地といい、理解できない事柄が立て続けに起こっている。と、朧は密かに悩む。

 

 そうこうしながら十数分ばかり歩くと、歩幅が違いすぎるため段々追いつけなくなったカービィは、空気を吸い込んで宙に浮くと短い手をバタつかせ、ふわふわと上下しながらホバリングで移動するようになった。

 空を見上げると、高高度を飛ぶ生体反応がいくつか検出される。

 それらをズームで確認したが、普通の鳥から地球上には生息していなかった生物まで飛行していた。

 辺りに生える植物の特徴からしても、朧はどうやら今いる場所が地球ではないらしいと悟る。

 それから更に数十分ほど歩いて草原を抜けると、朧とカービィは背の高い広葉樹林地帯へ入った。

 朧は歩みを止め、マスクのセンサー機能で生体反応の位置を再び探る。

 二人が居る位置から前方百メートルほど離れた位置に感知した複数の反応を、ビジョンを切り替えながらセンサーで細かく見ると、それは大きな四足歩行の生き物だった。

 鼻は体と同じくらい大きいが、形からしておそらく地球にも居た豚と同じような生物だろうと朧は考えた。

 地球の豚と唯一違うのは、この豚がとある国立公園に生息する非常に凶暴な性質を持った豚『グレイトスタンプ』の黒色近種である事だが、二者がこれを知るのはだいぶ後のことだ。

 朧が豚の群れをマスクのビジョン越しに眺めながらどうするか考えていると、足元からグルル、というまるで獣の唸り声のような音が聞こえた。

 怪訝に思って音の位置を見ると、カービィが腹と思しき箇所を両手でさすっている。

 暫し見つめ合った後、ケココという顫動音(せんどうおん)と、ぽよぽよという気の抜ける人間が聞いただけでは理解し難い固有の言語で会話する二者。

 

 腹の虫か。

 うん、おなかすいた。

 

 朧は暫し考えた。

 カービィは狩りが得意なようには見えない。

 むしろ逆に狩られそうなほど、のほほんとした容姿をしている。

 となれば、ここは当然狩猟に長けた種族(プレデター)である自分が手頃な獲物を狩るのが妥当。

 そう思考を帰結させると、朧はマスクの内側に備え付けられた制御装置を口周りの触脚で操作し、光学迷彩(クローキングデバイス)を起動させてカービィを空いている右肩鎧に乗せる。

 すると、朧に密着したカービィにも迷彩の効果が働き、朧と共に身体へ一瞬青い電光が走った。

二者の身体に反射する光の屈折率が迷彩効果で捻じ曲げられ、瞬く間に辺りの景色と同化して姿が透明になる。

 光学迷彩(クローキングデバイス)が問題なく働いたことを確認すると、朧は近くにあった背の高い広葉樹の枝から太いものを選び、その上へ跳躍した。

危なげなく飛び乗ってから、先程見つけた豚の群れの動きをよく観察する。

 豚たちは周りに生えた草を食むことに集中しているようで、発見した時から殆ど移動していない。

 朧は息を潜めながら豚たちの方へ近づき、獲物が自身の『狩り』の射程距離に入るように木から木へ跳び移り移動する。

 いくつか狩りの手段を考えたが、今回は手っ取り早い方が良いだろうと判断したのだ。

 人間でも肉眼ではっきりと目視できる十分な距離まで来ると、群れの輪から離れたところで餌を探している個体に狙いを定め、マスクのレーザーポインターを起動させた。赤い三つの点で逆三角を形どるソレが真っ直ぐに伸び、丁度黒豚の額を照らす。

 それに連動して左肩鎧に備え付けられたプラズマキャスターが起動し、エネルギーチャージを始めた。

 青白いプラズマが辺りへ僅かに走り始め、エネルギーの充填完了を知らせるシグナルがマスクのビジョンに表示されたのを確認すると、朧は躊躇わずプラズマエネルギーを発射する。

 閃光は黒豚の頭部をほぼ真上から貫き、黒豚は断末魔を上げる暇もなく突っ伏して事切れた。

 突然のことに豚の群れが騒然となったが、襲撃者の姿が見えないため混乱したのか皆興奮しながら他所へ走り去る。

 それを見送りながら朧は迷彩を解除すると音もなく地面へ下り、仕留めた獲物を確認して自分の腰に巻いてある金属製のベルトを探った。

 やはり、先の戦いの最中で失ったはずの装備が何事もなかったかのように納まっている。

 その中から頑丈なワイヤーを取り出すと仕留めた豚の足に手早く巻きつけ、ビジョンを切り替えながら他に生体反応が無いのを調べると、付近に存在する岩場の方へ運び始めた。

 朧が豚を解体して焼くことをカービィに伝えながら岩場まで来ると、カービィは食事が待ち遠しいのか率先して薪を集めに行く。

 短い手では持てる枝も高が知れているが、落ちている枯れ枝等を忙しなく動き回って集め始めたカービィを見て、朧はそのまま集めて貰うことにした。

 手ごろな大木の枝にワイヤーで縛ったままの獲物を逆さに吊るし、右手ガントレットの装備であるリストブレードを展開する。

 ガントレットから飛び出したその三本の鋭利な鉤爪で、獲物の太い血管がある首の部分をさっくりと切り裂くと、逆さ吊りの状態であるがため切り口からは血が流れ出始めた。

 朧はその様子をしばらく見守ってから、豚の皮を器用に引き剥がす。

 血抜きの合間に岩場の反対側へ移動すると、少し離れたところに落ちている大きめの石で火起こしのための囲いを作り、集められた薪をその円の中に放り込んで手際良く火を起こした。

 

「ぽよぃ」

 

 暫くして薪を集め終わったカービィが、薪を頭上に持って朧の元までやって来た。

 朧が顫動音(せんどうおん)で答えると、カービィはそのまま火の近くへ寄って薪を下ろす。

 そして息を吸い込んだかと思うと、その見た目にそぐわぬ肺活量で火の勢いを調整してみせた。

 自慢げに胸(のような部分)を張るカービィを感心して称えると、カービィは嬉しそうに張り切って火の番を名乗り出る。

 つぶらな瞳をきりりとさせて焚き火を見つめるカービィに火の番を任せ、朧は獲物の解体作業に移った。

 カービィが火の番をしている岩場の反対側で樹上から下ろした獲物をさっさと解体(バラ)し、腰に備えた伸縮性の炸裂槍を地面に突き刺して展開する。

 弾頭の槍が地面に向かって複数本展開し、それを地面から引き抜いて幾つかの肉に刺して肩に担ぎ、火の元まで戻った。

 大きな豚肉の塊を感動的な表情で見上げはしゃぐをカービィをなだめ、肉を刺した槍を太い枯れ枝二本を支えにして火にかざし、豪快に焼き始めるのだった。

 

 

 朧は、ひとつの問題に気づくハメになった。

 この世界(おそらく地球とは別の惑星)に来てからはじめての食事は味に問題はなかったのだが、その量に些か問題がある。

 多いのではない、むしろ逆だ。

 朧の食事量は至って普通であり、人間の成人男性とさほど変わりはない。

 だが体長二十センチ程度のカービィの食事量は、あたかも巨大生物級であった。

 かなりの大きさであるグレイトスタンプ亜種の黒豚の肉は、八割、否、九割方がカービィの胃袋へ消えていったのだ。

 残り一割の肉でも朧は充分に腹が満たされたのだが、今後のことを考えると少々頭が痛い。

 黒豚のような大型の獲物がいつもいれば良いが、小型の獲物しかいない場合は相当な数を狩らなければいけなくなるだろう。

 そうなれば現地の生態系にも影響を及ぼし、朧の種族の掟にも反する。

 上手い解決策を考えなければならないと思いながら、朧は焚き火の始末をするとカービィを見た。

 カービィは満足したのか、口周りが油でテカテカしたまま嬉しそうにぽよぽよ話しかけてくる。

 ……とりあえず、みっともないので口周りを拭わせた。

 

 

 

 その後、飲み水がないため水場を探しに行くことに決めると、朧とカービィは連れ立ってその場を後にした。

 それから程なくして、二者が立ち去った後にひとりの男性が現れた。

 

「なんだ、誰か居たのか? ココ」

 

 焚き火跡を見て、立ち入り禁止の筈なんだけどなぁ、とぼやきながらその男性は生えかけの無精髭をジョリジョリと擦る。

 ボロボロの衣服に古ぼけた外套を羽織ったその姿は、まかり間違えば浮浪者のようだ。

 男性は焚き火の周辺を見回って、すっかり食われた後の豚の骨を見つける。

 その豚の骨の中でも頭蓋骨をよく見た男性は、なんだこりゃ、と首を傾げた。

 豚の頭蓋骨には上側から大きな穴が空き、さらにその穴は黒く焦げた痕がある。

 

「念以外でどうやったらこうなるんだか……こりゃ、やったヤツを探すしかないなぁ」

 

 そう独りごちながら後頭部を掻き、男性ことジン=フリークスは辺りの捜索を始めるのだった。

 

 


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