緑亜の君へ   作:タナト

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 な、何か月たったんだ…
やっと、完成しました。待ってくれている人がいたならそれだけで幸せです。
時系列はフワッとしていますがだいたい本編3年前です。


日々 ーINTO THE FISH TANKー 

 

 秋も深まるある日、呼び出された僕はいつもの廃工場にバイクで訪れる。

ヘルメットを外し、愛支さんを探す。

 

「こっちだ」

 

「……!」

 

声のした方に目を向けると、いつもと違う雰囲気の彼女がいた。

いつもぼさぼさの髪はきれいにまとめられ、つややかに輝いている。ふだんは適当なTシャツにジャンパーを羽織ってるだけのやぼったい愛支さんがベージュのコートに赤いマフラーを巻いて、ともすればジャージを着てくる愛支さんが、ひざ下までの黒いスカートを履いている。これはどうしたことだろう。

 

「お、なんだい?急におしゃれしてきたお姉さんに胸きゅんだぜ。ってやつかい?」

 

少しぼーっとしていた僕に、愛支さんさんはいたずらっぽく言う。

自分の頬が赤くなるのを感じる。

 

「………そ、そうです。愛支さん、素は綺麗なんですからいつもそれくらい身だしなみに気を使うべきです」

 

顔をそむけながら、照れ隠しにそんなことを言ってみる。

 

「お、言うねぇマセガキ。とりあえず適当なもん着ればまとまって見える君と一緒にするなよ。この野生の読モ」

 

愛支さんはそんな若干意味の分からないことを言いながらニシシと笑っている。

 

「それで、今日はどうしたんですか?」

 

僕は気を取り直し、気になっていたことを聞く。定期的に会う時期にしては少し間隔が短い。

僕が警戒を含んだ視線を向けると、愛支さんはさらに口角を上げ、グイッと顔を近づけてきた。僕も思わずのけ反る。

 

「デートしようぜ。ダーリン♡」

 

「…は、はぁ⁉」

 

思わず、ジャングレイダーまで後退る。

 

「何もバイクまで逃げることないだろう⁉」

 

愛支さんはむすっとした顔でまた詰め寄ってくる。

自分としてはただものすごく動揺しているだけである。

 

「…急に愛支さんが変なこと言うから…」

 

一瞬ケロッとした顔をした愛支さんは、またすぐに意地悪な笑顔を浮かべた。

 

「ああ、悪い悪い。君ショタショタのマセガキだったね。こんな色気むんむんのお姉さんに詰め寄られて平気でいられるわけないか」

 

「いや、アナタに色気は無い」

 

自然に口から出ていた。

 

「なんでそこだけ冷静なんだよ…」

 

そんな受け答えをしている内に本格的に落ち着いたので改めて聞いた。

 

「デートってどういう?」

 

すると愛支さんさんは心底あきれた顔をしながら、

 

「君、そりゃ恋人同士のするそれに決まってるだろ?」

 

「恋人って僕と愛支さんが…?」

 

にんまりと目を細めた愛支さんに見つめられた僕はまた内心ドキドキしてしまう。

 

バチンッ!と額で何かがはじけた。

 

「痛っ!」

 

普通にデコピンだった。いや、普通ではない。明らかに喰種のパワーだった。

僕は額を押さえのけ反る。何とかバイクを倒すまいと踏ん張ることが精いっぱいだった。

 

「なぁ~に本気にしてるんだよ。それともそういうのがお望みかなぁ」

 

「って、何するんですかっ!?僕じゃなかったら頭蓋骨が砕けてますよ」

 

僕は額を摩りつつ怒鳴った。

愛支さんはニヤニヤの頂点だ。だが僕の方は激痛で動揺も照れも吹き飛んだし、いたずらとしても成立していない気がする。

 

「ハハッ、そんな自然体の反応してくれるのはホント君ぐらいだよ。まぁ、実を言うとほら、今度書く作品にそういう描写が必要なんだよ。それで疑似体験しようというわけさ」

 

屈託のない物言いに少し胸がきしむ。内心の動揺を覆い隠すべく話題に集中する。

納得しかけたが、この人の作風にそんなのがあっただろうか…?みんなからはただでさえ不安ばかりなのにこんな暗いの読みたくない!と不評だった。僕としてもあまり好きではない。せめてフィクションの中だけでも救いが欲しいものだ。

 

「ああ、君の疑問はもっともだ。ただ、今回の作品はこれまでの作品とは少し趣向が違うんだ」

 

「………」

 

読まれた…やはりこの人の前では下手なこと言わない方がいいな。

しかし、趣向が違うとは何だろう。

 

「どんな本なんですか?それ」

 

愛支さんはよくぞ聞いてくれましたっ!と言うような自慢気な顔をした。

 

「私の人生をかけた作品で、英雄譚だ」

 

英雄譚…自分は生物関連の知識を深めるためそういう書籍ばかり漁っているため、その手の本で読んだのは美月に見せてもらったラノベぐらいだ。英雄譚と言えば剣と魔法のイメージ。だがやはりそんなものこの人が書くとは思えない。しかし、人生をかけた作品とは…

 

「君が思うような華やかなものじゃない。君には話したね、隻眼の王の話。これはその布石のようなものだ」

 

愛支さんはさっきとは打って変わり、ある事柄を話す時だけの生真面目な光を帯びた目をしている。

ああ、だいたいは理解できた。

 

「主人公は隻眼だろう、だから必然的に人間と喰種の狭間で苦しむことになる。そこで人間の女性との恋愛描写を入れようと思っているんだ」

 

なんというか、愛支さんの書く恋愛描写は本人の性格を反映してか、ドロドロというか倒錯的なものが多い、万人受けはしないだろう。そんな感じのデートをしようというのなら、いったいどんなことをすることになるのか…

僕は、待ち受ける状況を想像し、やはり断ろうと決意する。

 

「だぁかぁらぁ!そういう描写になりかねないからそれっぽいことをしようというんだ」

 

すぐさま顔色から僕の考えを読み取り、愛支さんは反論する。

しかし、やはり変だ。それだけを理由に愛支さんがそんな気を起こすだろうか?

 

「今回の作品はなるべく多くの人読んでもらえるようにしたいんだよ」

 

それで大衆向けにするわけか…

 

「こんなこと頼めるのは君ぐらいなんだよ。それに私はもっと君を知りたい…君という唯一の存在の内面をね。だからさ、行こうじゃないか、デート」

 

そんな畳みかけるように言われた甘い言葉と共に、愛支さんはなかなか見ないの無邪気な笑顔を見せた。その笑顔に疑念は消し飛び、心は緩んで言ってしまった。

 

「………まぁ、いいですよ」

 

そう答えると愛支さんは一層の笑みを浮かべた。

言った後で少ししまったとは思ったが、愛支さんに下手なごまかしは聞かないし、僕自身興味が出始めている。

しかし、問題はあった。

 

「で、どこに行くんですか?」

 

「君が決めたまえ」

 

「…え、えぇ⁉」

 

この人はホントに何を言っているのだろうか、まともに人として生活したことのない僕がそんな判断できるわけがなかった。

 

「いいから、どこか行ってみたいところは無いのかい?」

 

 

 

 

私は、君の背に掴まりあの赤いバイクに乗り目的の場所へ山道を海側へ走る。秋の乾いた風は冷たいが君の細めの体でも小柄な私を風から守るには十分なようだ。思えばこうして移動するのは初めてである。ヘルメットはあらかじめ自分のものを用意していたが正解だったようだ。ふむふむ、少しはデートっぽいことができているのではないだろうか。

それにしてもこのバイク、奇天烈極まりない見た目に反して乗り心地は一級品だ。相当高性能な特別製らしいがそんなところには気が回るのになんでもっと見た目や駆動音をおとなしくしようという発想は無かったのだろうか。

 

「ねえ、どう思う?」

 

「アマゾンなんて造る人たちがまともなわけないでしょう」

 

風の音とエンジン音でかき消されそうな声も喰種の聴覚は正確に聞き取る。無機質で感情の籠らない声。

君は割とシビアなところがある。しかし、考えているだけでそれを自ら排除しようなどとは毛頭思っていない。そこらへんがすごく中途半端だ。しかし、多くの場合と違い私をイライラさせない。むしろそこが面白味である気がしてくる。どちらかを選ぶ、ではなく選ばないという選択肢。『二兎を追う者は一兎をも得ず』、とはいうが君は『二兎とも追わない』ともいえる考え。人間とアマゾン、双方が殺しあうことを半ば許容し穏やかな均衡関係を築くことを求めている。その先最終的に待つのはアマゾンの穏やかな滅び。それは君らにとって残酷な結末。しかし、それはアマゾンが長く生き残っていくための最適解でもある。

 やめだやめだ。今回はこんなインキくさいことを考える必要はない。答え合わせをするためだけにこうしている。

そう思い直し、私は目の前の背中に意識を向ける。君は元々口数が多い方ではないのでだまって運転している。暖かい、安心する。ノロさんに負ぶってもらった時を思い出す。ああ、案外自分には甘えるという行為ができるような心が残っているらしい。

 しばらく、走っていくと海が見えた。潮のにおいが鼻につく。海面から拡散する光の矢がまぶしい。おお、結構雰囲気出てるじゃん。

 海沿いの道を周りに車両がない状態でバイクは粛々と進んでいく。流石に海風が冷たい、試しに君に抱き着く腕の力を強めてみる。

 

「………」

 

無言だが背中が確かに強張った。しばらくすると心なしか体温自体も上がってきた気がする。

可愛い奴め。

 

「……周りに誰もいませんし、少し飛ばしますか?」

 

 君が急にぼそぼそと控えめに言った。明らかに照れ隠しだ。

 

「…ハァ、もう少し素直に反応したらどうだい♪私は柔らかいだろッフゲッ!」

 

グルルォォォとエンジンは文字通りの雄叫びをあげ、体に急激にGがかかる。

こいつ、やるようになったな…!

100キロは裕に越しているだろう。

 

「ちょ、舌を噛んだらどうするっ!」

 

「貴女なら、最悪落ちても大丈夫でしょう」

 

辛辣だなぁ、

腕にはより力を籠めなくてはいけなくなった。

 

 

 

「ふぅ、着いたね」

 

私はバイクから降り、ヘルメットを外して頭を覆っていた窮屈さから解放される。

目的地というのは東京近郊にある水族館だ。アクアリウムが好きだったという君らしい選択だ。デートっぽさも申し分ない。

 

「………」

 

ふと君を見やると建物を見てぼーっとしていた。

 

「なーに、してるんだ。ほらさっさと行こう」

 

私は君の手を引く。

 

「あ、はい!」

 

ということでまずはチケットだな。

 

「すいません、大人二人でお願いします」

 

売り場に入場券を購入する。ふと君を見るとなんと財布を懐から取り出すことだった。

 

「おい、舐めてんのかガキ」

 

つい素のきつい眼を悠に向けてしまう。しかしここは向こうに非がある。

この状況からデート設定優先で男に払わせるとでも思っているんだろうか。私がド外道だとしても悠にだけはそれなりにやさしく接してきたつもりである。

君にとっては気のいいお姉さんという認識のはずだ。

 

「違いますよ。これは愛支さんへの見栄じゃなくて僕の勝手なこだわりです」

 

「ほう、どう違うんだ?」

 

割と飄々と悠は答えてくる。少し威圧気味に聞き返した。

するとそこに来て君は照れているように頭を搔き、目をそらしながら控え目に言った。

 

「いや、その何ていうか、誰かに養ってもらうようなヒモにはなりたくないっていうか…」

 

はは~ん、なるほど。ま、さんざんやりあっていれば対抗意識も持つか。

やっぱガキか、ガキだもんな。

実際、私に対する意地とそう変わらないような気もしたが、久しぶりに見せた年相応の幼さがとても微笑ましく思えた。

 

「…分かった。割り勘でいこう」

 

「すいません、それでお願いします」

 

ニヤニヤが止まらない私を見て照れ臭そうに、君は答えた。

はたから見ればとても歪な会話だったのだろう、不思議そうな顔をする販売員をよそにチケットを購入する。半分ずつ平等に。

 

「それにしても、さっきから繋いでるこの手には突っ込み無しかい?」

 

瞬間、悠の手が強張る。

残念だったな。見た目に変化を及ぼさない範囲のパワーは君より上なんだよ。

場所が場所なため無理に拒むこともできず悠は数瞬で諦めた。

 

展示室に入ると悠は年相応の歓声を上げる。

彼の大きな瞳は星屑のような光を帯びていた。こんな表情が見られるならもっと早くに連れて来るべきだったとすら思った。

平日だったので館内は空いており、ゆっくりと鑑賞することができた。

 

大小さまざまな水槽で魚たちは特に窮屈さは感じていないように過ごしている。

水槽内の照明を受け、魚たちの鱗が輝きその空間の神秘性を演出していた。ここぞとばかりに悠は歩きながら魚の解説をする。この大作家様相手に生意気なことだ。といっても魚なんて食べないので知識はそこまでない。ここはおとなしく君の言葉に聞き入るとする。

 

「アマゾン川流域の淡水魚…」

 

軽快だった悠の足があるブースの前で止まる。

 

「…アロワナねぇ…」

 

アロワナは世界最大級の淡水魚らしい。その時は黙り込んだ悠に代わって私の視線の先にあるプレートが教えてくれた。もちろん、彼が気になっているのはそんな部分ではないだろう。

 

「アマゾン…何とも因果な名前だよな。きっと君のお母さまたちはアマゾン川の抱える種の多様性を指して名付けたんだろうが…悠、アマゾンという言葉の語源は知っている?」

 

「ええ、ギリシャ神話に出てくる女部族、でしたよね」

 

悠はこちらを見ようともせず、遠い目をして水槽を見つめている。巨大な水槽を与えられているにもかかわらず、その巨大な魚は怠惰にもほとんど動かない。

 

「この前さ、その部分を読み返してみたんだ。なんとなく、君たちと重なってねぇ…」

 

ただ闘争と強さを求める勇猛で野蛮な一族。彼らが原義に近い状況にあることを考えると名は体を表すとの格言はやはりその通りなのだろう。

 

「僕たちが欲しいのは平穏です」

 

こちらを見つめた悠と視線がかち合う。

 

「そうだ違うね。似てるのは君一人だ」

 

その言葉を最後に私たちはまた歩き出す。悠は何も言い返さなかった。

 

 大水槽の前でまた君は大きな歓声を上げる。

小魚の群れが渦を巻き、中型のサメが這うように泳ぐ、他にも様々な海洋生物が、切り取られた絵のような世界を描き出していた。

雄大でありながら穏やかで調和のとれた一つの世界。ガラス越しに入る蒼い光に照らされて、やっと見えた悠の顔もまた同じ穏やかさを浮かべていた。戦いのときに見せるあの雷光のように激しくかたくなな意思は微塵も感じられない。本当に不思議な奴だ。

聞いてみたいことがある。ずっと確かめたかったことが。

 

「君はさ、この箱庭に押し込められたこの生き物たちが可哀そうだと思わないのかい?」

 

別に私自身はそれが傲慢だとかどうとか責めるつもりはない。が、単純に悠の考えが聞きたかった。

 

「思いませんよ」

 

悠は表情を変えず言った。

 

「箱の中しか知らないなら、中にいるものにはそれが全てで外に何があるかなんて気にならないんです。逆に言えば一度でも外を知ると二度と中には戻れない…だから穏やかに過ごせる彼らを羨ましく思います」

 

経験者は語る。他の押しつけがましい道徳論よりずっとあてになる答え。

しかし、君は…

 

「ほう、だが君は自らガラスを蹴破って外へ出たね。何故だい?」

 

何故外の世界に求めるものがあるわけでもなく、安寧に不満を持つわけでもないはずなのになぜ導かれるように君は地獄へ這い出ることになったのか

ここまで話して初めて悠は言いよどむ。まるでそれを認めるのを恐れるように

 

「何故だい?」

 

君の核心に触れようと踏み込む。その答えなど私が一番分かっているのに。

それでも知りたかった。確かめるために、

 

「僕には居場所がないから…」

 

君はあきらめてしまうように呟く。

言った。いや、言わせてしまった。それでも聞いておかなければならなかった。

そんなこと私がよくわかっている。人間でないものが人間の輪の中に入れる道理はない。喰種だって人間の中に溶け込んでも、その在り方はやはり喰種だ。人間としての在り方を望まれていてもそうはできない。あくまで人間として扱おう狂気的な母のもとに君の居場所はなかった。

 そうするしかなかった。彼に平穏に居続ける選択肢はなかった。系譜を持たないものを生態系はただでは受け入れない。多くの外来種が環境をかき乱すか、あるいは駆逐されるのか。どちらにしろ戦うしかないのだ。

私は水槽をうっとりと見つめる君の表情を仰ぐ。気づいている、以前よりずっと影が差すようになったその顔に。

君は決死の覚悟で踏み出しつくりだした居場所すら失おうとしている。君はアマゾンですらないのだ。仕方ないと分かっていても仲間からの不信は募っていることだろう。その結末は言うまでもない。

人が折れるところを見るのは好きだ。固く熱情に満ちた心が崩壊していくのを見るのは胸がすく愉悦だった。

 だが君は折れないんだろう?その結末を見据えながら抗っているのだから。

『生きたい』なんて理不尽な根幹の本能に突き動かされて、君は息の根がいつか止まるまで…でもそれを否定することはすべての生命を無意味と断ずることだ。多少の妄執は抱きながら生きてきたつもりだ。その気持ちを愚かと呼べるほど私は達観できていなかった。君はフランケンシュタインの怪物だ。どんなに崇高なモノを創ったのかを知らず、人は君を本当の怪物に落とそうとしている。腹が立ってしょうがない。

 

「…?どうしました愛支さん?」

 

私の視線に気づき、悠はこちらに微笑みかける。

 

「ああ、いやなんでもない。次行こうか」

 

「…?…はい、行きましょう」

 

順路に沿い進む悠を後ろから眺める。

でもそれだけじゃない、特別なんだ。私にとって唯一無二の、君には苦しんでほしくない。私に安らぎの心地よさを始めて教えてくれた君だから…だから私は…

 

 

僕らは一通り館内を回り外に出る。普通ならここで食事にでも行くのだろう、しかし僕らはそうもいかない。

 

「これから、どうしますか?」

 

「ここで帰ってもいいんだが、一度廃工場に戻らせてくれないか?忘れ物をしちゃったんだ」

 

僕の問いかけに愛支さんは少し申し訳なさそうに答える。

この人が忘れ物なんて珍しいな。

 

「ええ、いいですよ」

 

しかし断る理由もないのでまたバイクに乗ってきた道を戻る。

 

「悠、今日はありがとうな」

 

「………!」

 

道中後ろから聞こえた声にドキッとさせられた。

愛支さんにそんなに直接的にお礼を言われたことは初めてだ。

 

「…おい、なんか言えよ」

 

すぐに手厳しい言葉が聞こえる。

 

「え?………ええ、お役に立てたようならよかったです」

 

また、いきましょうねとでもいうべきところなのだろうか、しかしさすがにそんな勇気はない。

 

「…なんだよそれ。ハハ…」

 

不思議とそれ以上彼女は何も言わなかった。

 

廃工場につくともう日は傾き、空は赤く染まっていた。

 

「それで忘れ物って何ですか?」

 

バイクを降りてとことこと離れていく愛支さんに後ろから声をかける。

 

「ああ、忘れ物…そう、我々は大事なものを忘れている…」

 

「………?」

 

質問に答えるでもない、不思議な言い回しに僕は困惑する。

愛支さんはある程度離れたところで立ち止まる。

 

「デートを終えたカップルがそのあとふたりきりすることなんて決まっているだろう」

 

「え…ちょっと、愛支さん?」

 

よからぬ連想をしてしまい、焦り脳が熱くなる。そんなことをするなんて貞操云々の前に危険すぎる。

しかし、頭の熱は一瞬で冷める。

 

「…なぁ、ハルカァ…」

 

ゆっくりと振り向いた彼女の瞳が赫々と輝いている。直後彼女の背中から赤黒い流体物が噴出し、それは徐々に異形の四肢を形成し始める。

その唐突な状況の中でも、僕の足は生存のための最適解を反射的に選び取れてしまう。

 

「…骨の髄まで、愛し合う(殺し合う)ゼー!…!」

 

白く細長い腕が舗装されていない砂利の地面を抉った時には、飛び上がって近くの建物の屋根に飛び乗った。

 

やっぱりこうなるか…

 

僕は建物の上から、白い巨大な鎧に包まれた愛支さんを見つめる。同じく僕を見るその瞳からは殺意以外感じられない。

肩や自分はどうだろう、酷く落ち着いている。信頼している人に殺されかけたというのにこうなることを分かっていた。

 

怒りが湧いた。愛支さんにではなく僕自身に。

彼女に救われた。話をすることも今日のデートもどうしようもなく楽しかった。唯一体裁を気にせずすむ相手、その存在はどれだけ心を軽くしてくれただろう?稀代の殺戮者だったとしても僕には確かに恩人だ。けれどやはり僕は彼女と会う時いつも心のどこかで身構えていた。今確かに僕の危惧は現実になっている。だがそれはなぜだ?だいたいは察することができる。彼女の殺意はあの人のそれと同じだ。だとしたら…

 

「…ったく、今ので殺されとけってんだよクソがぁ!」

 

先補とは全く違う歪んだ表情ですごむ。

まったくもってその通りだ。しかし、もう遅い、ここで殺される選択肢を僕は持てない。

二撃目の羽赫が飛んでくる。冷静に飛んで避け、空中でベルトを付ける。

ごめんなさい、愛支さん。僕は生きなきゃいけないんです。

 

知っている、今この場を収められるのは互いの刃でしかないと、

 

「…アマゾンッ!」

 

だから、頭で喚くきれいごとにとどめを刺した。

 

―EVO・EVOL・EVOLUTION!―

 

爆炎が晴れた時、白い仮面、というにはあまりに禍々しいものが愛支さんの顔を覆っていた。まだほとんど誰にも見せていないという『梟』の姿。

その姿を一度だけ見せてもらったことがある。その時は圧倒的な制圧力になすすべなくやられた。生半可な攻撃では勝てはしない。

 

―VIOLENT・PANISH―

 

僕は肥大化するヒレを、意識的にさらに伸ばす。さらに長く鋭く。体内でほとばしる熱をクラッシャーのカバーを開けて蒸気として放出する。むき出しになった牙は己の内の狂気をさらけ出しているようで、怖くなる。

 

「オイオイ、問答無用で本気モードかよ。もう少し躊躇とかさぁ…」

 

自分から仕掛けておいて何を言うのか。闘争に傾いた脳は、言葉での返答を億劫に感じ、前屈みになり、刃を構えて答える。

 

「そうだよな、散々あの男とやりやって一度も聞く耳持たずだもんな。流石にもう先は読めるか。でもそうゆう思い切りの良さ、私は好きだゼェ…」

 

お互いの間に降りる沈黙。

 

「ごめんな…悠、私はこんな事しかできない…」

 

その声は震えている、愛支さんの声だった。本能に喰われていた僕が戻ってくる。

それは僕のセリフだ。僕は貴女の言う通り意地を張り通すことしか出来ない子供なんだ。

 

「愛支さん、ありがとう」

 

熱が抜けきらないうちに、僕は屋根を蹴った。

 

「オオオッ―――!」

 

僕が飛び掛かるとともに、梟も距離を開ける。

リーチでもスタミナでも再生力でも僕に勝ち目はない。なら僕が勝つには、脚力で懐に飛び込み急所を切り裂いて戦闘不能にする他ない。

梟もそれが分かっているのか、建物から離れ僕のリーチ外から射撃を始める。跳ぶわけにはいかず姿勢を限界まで低くして、ナイフというよりもはや砲弾である羽赫の刃をヒレでいなす。幸い赫者化の影響か射撃の精度は高くない。しのぎ切れる。

しかし、砕けた破片は僕の皮を裂き、僕の広い視野に別の赤い像を写す。

それでも止まるわけにはいかない。

 

「やっぱ迅いなぁ…でも、ねぇ!」

 

「………っ⁉」

 

梟は単純な射撃では仕留めきれないと判断したのか、肩から先端に顎を持つ触手をいくつか生成し、僕に伸ばす。

不規則な動きをするそれだったが、僕の角はそれを正確にとらえていた。

 

「ハアァァァッ!」

 

地面を踏み込んで、回し蹴りを繰り出す。触手についた口は呻き声を上げてつぶれる。その勢いのまま右の触手の手刀で裂く、左から来たものはわざと腕を噛ませそのまま切り伏せる。

 

「しまっ…」

 

しかしそこまで来て気づく、触手は陽動だった。

三本指の異形の掌が迫る、僕はとっさに腕を組むが圧倒的なパワーに押し飛ばされる。建物壁に押し付けられ、体が壁にめり込む。

 

「グ、ガァ!」

 

衝撃が脳髄を揺らし、痛みとすら言えないような壮絶な感覚が全身を駆ける。なおも手は押し付けられ呼吸はできず、骨はきしむ。

 

「さぁ~て、私は君が好きだから首ちょんぱで楽に逝かせてやるよう。ケタケタケタケタ…ああ、でも仲間への遺言ぐらい聞いてやろう。言い残すことは?」

 

明滅する視界の中梟の紅く大きな隻眼だけが嫌に映えて見える。

声を出させるためか拘束に呼吸ができるほどに緩む。

 

「…ナ…ル…」

 

「ああん?聞こえないぞ」

 

「ナメルナァ!」

 

たとえこの先にあるものが苦しみでしかないとしても、僕は生きる。

ひたすら生きるためだけに!

激情に任せ無理やり相手の腕を引き千切る。

僕は足が地面につくと同時に腕のしびれも無視して、懐に飛び込む。

 

「オオオォォォ―――!」

 

拘束中にため込んでいたエネルギーを全身の熱を解き放った。

 

「グギャッ!オマエェェェ!」

 

腕以外から飛び出た幾重もの黒い激槍が梟の身体を貫く、多角的に刺さったそれは、その巨体の動きを完全に封じる。再生力がすさまじくても赫包ごと全身を貫かれ続ければどうしようもない。いつか来るべき日のために用意していたの切り札、棘を意識的に指向性を持って発現部位を絞りつつ伸ばす。そのコントロールのために相当な訓練を積んできた。

明らかに梟を意識した攻撃。彼女への不義の証。

 

「ウゥオオオァァァ―――!」

 

極大の『絶叫』。それは僕の悲嘆なのか、彼女の怒りなのかもはや分からない。

 

僕は棘を体内に引き戻すと同時に梟の白い腹を立てに引き裂いた。

 

赤黒い血が滝の如く降りかかる。僕は倒れ伏す巨体の下敷きにならないよう一度腹の下からすり抜ける。

ピクリともしなくなった梟に呼応するように全身の力が抜け膝をついてしまう。それでも変身が解けぬよう気を張り、無理にでも足を動かして頭部へ駆け寄る。

幸運にも崩壊し始めた頭部は脆く、残り少ない余力で上半分を引きちぎることができた。見えた愛支さんを赤子取り上げるがごとくそっと抱きかかえる。訓練の甲斐あってこの彼女自身にとげが刺さらないようにするコントロールは成功したようで、目立った外傷はなかった。腕から伝わる鼓動と熱で張り詰めた精神がほどけ今度こそ変身が解ける。それでも、腕の力は抜かなった。

 

彼女がゆっくりと目を開けた。それと同時に一気に視界がぼやけ、嗚咽が漏れる。

 

「愛支さん、ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

「………なんでお前が謝るんだよ、殺そうとしたのは私だぞ」

 

その声にもう敵意は感じられなかった。

 

「でも…でも…!」

 

 貴女が僕を殺そうとしたのは、僕を『この世界(地獄)』から救おうとしたからだ。しかし僕は自分の保身のためにその手を拒んだ。後ろ手に隠し持っていたナイフによって。それを鑑みて裏切ったのは僕のほうだった。たくさんのぬくもりをくれた愛支さんを信じ切れなかった僕自身だ。

 

だからこそ、涙が止まらない。他人に慈愛ややさしさを押し付けていながら、自分自身はそれに徹しきれなかった。なんて自分勝手なんだろう、なんて中途半端なんだろう。自分が嫌でたまらなかった。何より、愛支さんを裏切ってしまったことが悲しかった。

 

「お前こそ、私を殺さなくていいのか?私は回復したらまたお前を襲うかもしれないぞ今度はさっきの手は喰わん」

 

僕は嗚咽を押さえて首を振ることしかできなかった。

殺す、という選択肢は生きるためになら肯定されるべきだと、思ったからここにいるはずなのに僕はその選択肢を鼻から頭にいれていないのだ。こんな男が何を守れるというのか。考えれば考えるほど深みにはまっていく。

 

愛支さんの顔を直視できない。涙をとめる術もない。

 

「悠、飯だ。飯にするぞ」

 

「…は?」

 

あまりに突飛な彼女な言葉に頭のテンションを無視した声が出た。

 

 ※

 

 私と悠は工場の屋根の上に少し離れて座っていた。街の光が遠いここだから、星の光がとても美しく輝いていた。そして悠の手にはほぼ常に常備しているハンバーガー、私はこうなることも半ば予想して用意しておいた人肉を持っていた。

 

「おい、食えよ悠。星空の下カップルでディナーなんて存外しゃれてるだろ」

 

私は手元の肉をかじりながら言ってみる。

 

「………」

 

無言どころか、食べようとする様子もない。

私は構わず話す。

 

「悠、単刀直入に言うが私はもう君を襲わないことにした」

 

「………⁉」

 

悠が驚いてこちらを見る。

 

「まぁ、もともと殺したところで私に利益は無い。君がそこまで生きたいと願うならそれを尊重しようと思うことにした」

 

私は君を舐めていた。次私が彼を襲っても結果は今日と同じだろう。それに私を下した意思と力それが開く未来を見据えてみるのも悪くない気がしている。

 

「そして、ここからが重要だ。悠、私はこれからも君と友でいたい」

 

「愛支さん…」

 

悠は信じられないとでもいうような顔をする。

 

「君は、どうせさっきの技が私への裏切りだとか思ってるんだろうが、気にはしない。ほらあるだろう、走れメロスだ。どんなに強い友情にも不義や不信は生まれうる。むしろそれを乗り超えられる関係こそ本当の友情だろう」

 

内心、どの口が言うとは思ったが、それは今は考えない。

 

「むしろ私との縁を切りたいのは君だろう?」

 

そもそも、友達を殺そうとすることそのものがこれ以上ない不義理だ。殺戮と闘争が日常になりすぎて完全に感覚がマヒしている。

 

「だから、私から頼む。私の今日の行いを許し、これからも友でいてほしい。私は君との時間を得難く思っていた。そして君が大切だった。だからこそ君を苦しませたくなかった。それがかなわないと知った今、それこそあまりに身勝手だが君との時間を大切にしたい」

 

 

悠は心底困った顔をした。

 

「………」

 

私は畳みかける。

 

「君は私をどう思っているんだ?」

 

悠はさらに顔をしかめた後、ゆっくりと言った。

 

「僕もあなたといる時間は楽しかった。今日貴女が僕を襲った理由も理解しているつもりです。けど結局僕は心のどこかで貴女を恐れているんだと思います。でも、同じくらい貴女に出会えたことが幸せに思えたのも、たしかです」

 

つい、頬が緩んでしまう。

 

「やっぱり友達が怖いなんておかしいですよね…」

 

その言葉に私はすぐさま反論する。

 

「そんなことない。完全な清廉潔白なんて存在しない、むしろそんなものがあるなんて胡散臭いだけだ。それにほらあの2人は一発殴り合って和解しただろ、それと同じだ」

 

悠もそこで頬が緩んだ。しかし目元がまだ迷っている。

 

ああ、もうじれったい!

 

私は悠に詰め寄りその腕を掴む。

 

「うわっ!ちょっと愛支さん!?」

 

慌てながも手に持つハンバーガーは消して落とさない。その辺は悠らしい。

 

「いいか、大人が気にするなと言っているんだ。ガキは黙ってそれに従う!」

 

顔をを思いっきり近づけ怒鳴る。 

 

「は、はい!」

 

私の剣幕にびびったのか、言質は取れた。

 

「それで返事は?」

 

「僕はこれからも貴女と友だちでいたいです」

 

悠は照れているのかうつむきながらボソボソと言った。

きっと私はこれ以上無いほどの笑顔を浮かべたことだろう。

 

「さ、そうと決まれば晩餐と洒落込もうぜ!祝え!新たな友情の始まりを!ってね」

 

彼のネガティブ思考を吹き飛ばずためこちらは全力でテンションを上げる。

 

「はは、貴女は本当に愉快な人だ…」

 

あ、ヤバい

雲間から日が見えるような微笑みに一瞬素でドキッとした。

 

「そう言ってくれるのは、間違いなく君だけだろうけどな」

 

大人の意地でなんとか動揺を表に出さずにすんだ。

 

悠が自分の肉に口をつける。正直可愛い。私の方も食が進む。

 

「愛支さん、その…」

 

しばらくして悠の方から口を開いた。

私は黙って悠ん見る。少し頬が紅潮している?

 

「その、また、2人でどこかに行きませんか?」

 

できたてカップルか私たちは…

おかしさから来る笑いを抑えて答えた。

 

「ああ、何度でもな」

 

 




クオリティは今までで一番のつもりですがどうでした?

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(もう後書きを書く気力がない)
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