どうも皆さん。知り合いの幼女に変身するという業の深い真似をした槍使い、ヨシオです。
ええっと。うん。えぇ……なぁにこれぇ(素)
さっきから戸惑うような騒めき声が止まらないんですが言わせてほしい。この場に居る誰よりも間違いなく俺が戸惑っている。
いや、百歩譲って変身したのは良い。ヒーローものみたいでかっちょいいしさ。でもその対象がルナちゃんってどういう事だよ。これじゃあ俺はただの少女趣味の変態みたいじゃないか。
見回すように全身を確認する。長い黒髪……いや、少し赤茶けた色の艶のある髪に、健康的な肌色の肌。身長は俺と同じ位だろうか。金属繊維で出来た白いドレスアーマーとでも呼ぶべき装備に身を包んだこの身は紛れもなく女性のモノである。
少しだけ下を向き……どうやら母親譲りの遺伝は仕事をしていないようだと外観から確認し、うむ。と一つ頷いて。
どうしてこうなった。
「貴……貴殿、は……黒槍で間違いない、のだろうか?」
「間違いありませんよ。呪いの魔槍の力の一つでして。神に最も近き存在へと一時的に姿を変えその力の片りんを振るうのです」
王太子の言葉にさもこの事態を知っていましたよとばかりに頷いて返す。ついでに厳かチックな口調もプラスして、だ。
まぁぜんっぜん予想もしなかった事態だけど驚きすぎて逆に頭がクールになっちまったから、ついでに意趣返しも兼ねて殴られた分倍返しさせてもらおうじゃないか。
「おい、やっぱり」
「ああ……神の……」
俺達の会話を聞いていたのだろう。民衆がざわざわと言葉を交わし始め、その事に呆然としていた王太子の目が現実へと引き戻されてくる。
しくじったと顔に書かれてるぜ王太子様? この場に居る民衆の事を一瞬忘れていたな? そちらが用意したんだ。それをこっちが利用しても文句は言わせない。
「答えろっ! ルナ=インバース!」
「……大人しく待ってろよなぁ」
城壁の上からキンキンとカン高い声で吠え猛る少年に胡乱な視線を向け、俺は深く息を吐いた。
仕込みとしてはこんなもの、か。
「王太子殿下っ! あれが貴国に巣食う魔族の首魁でお間違いないかっ!」
出来る限りキリっとした表情をしつつ声を張り上げる。流石の美声。普段の2割(期待値)は凛々しく言えたと思う。思いたい。
俺の言葉に苦々し気な表情を浮かべる王太子殿下に良いんだぜ否定しても? と顔を向けると王太子は青を通り越した白い顔色で城壁の上をちらちらと見る。迷っているんだろう。上に居る相手が俺の予想通りなら、当然のことだ。
俺達の会話を聞いた民衆たちは「おおぉっ!?」と驚きの声を上げ、自分の隣り合う人物へ、そしてその人物がまた隣り合う人物へとどんどんと話を広げていき、瞬く間に広場中にこの言葉が広がっていく。
王太子の言葉こそ引き出せなかったが。この反応を引き出せた段階で勝ちみたいなものだ。
少なくとも、今、この場で俺が行う事は正義になる。外聞気にしなきゃいけないのは面倒だが、ルナちゃんの姿でやらかすのも嫌だからな。
「よっと」
まごつく王太子を横目に膝を曲げ、そのまま一気に城壁の上へと”飛び上がる”。
信じられない程軽やかに飛び上がる体。普段の俺が
城壁の上に降り立ち、軽く周囲を見渡す。魔族の姿は、他に無し。随分と自信があるのか舐められているのか。まぁ別に魔族全体と事を構えたいとかそういうわけでもないんだ。これはこれでありがたいか。
「こんにちは」
そんな俺の姿に少年の姿をした何かはパクパクと口を開きながら指をさしてくるので、俺も出来る限り優しい微笑みを向けて口を開き。
「そして、しね♪」
言葉と共に全力のタマちゃんを”城”に突き刺した。
グギャアアアアアアアアアアッッ!!!?
轟音のような悲鳴を上げて、”城”が崩れ落ちていく。 見える限りの風景が、一瞬で崩れ落ちていく中。
俺は静かに左手の中指を天に突き立てた。
「城が、城が崩れ……何だあれは」
「逃げろ、早く!」
背後をちらりと振り返る。広場に居た民衆は、どうやら唐突に起きた城の崩壊と轟音にパニックになり、広場から我先にと逃げ始めたようだ。
その中に紛れる様に逃げていく王太子の姿と、あとはにやにやと笑っている黒い服の小さな影に「たくましい連中やなぁ」と思いながら前に向き直る。
「ギ、ギザマァアアアアッ!」
「ガーヴの言ってた陰険って言葉の意味が良く分かったよ。少年の姿すらフェイク。本体は町……いや、この”城”自体が本体で、中に俺を誘導しようとしていたのか」
悶える様に叫ぶ少年。いや、もう少年の姿すら維持できず、ぐにゃぐにゃと流体のような何かが叫び声を上げ続けている。中に俺を誘い込んで何をしようとしたかは分からないが、まぁ恐らくは碌な事じゃないだろう。
気づかれないと思ったか。まぁ、そうだろうな。変化する前の俺なら、
現実世界と
「初めまして……だな。冥王フィブリゾ。会いたかったぜ?」
「グ、ギ、ギギギ……」
「本当に……本っっっっっ当に………会いたかったぞテメエェェェ」
ある意味もっとも待ち望んでいた相手との邂逅に、声が震えるのが良く分かる。
もしも目の前のこいつが居なければ、師匠は今も騎士をしていただろう。ガーヴだって魔族と人、相反する在り方に苦しめられることはなかった筈だ。ガウルンは俺と戦わなかっただろうし、そしてルナちゃんだって……ルナちゃんだって、まだ普通の子供として生活できていたかもしれない。
魔族と人間の関係は、この世界に居りてから少しずつ学んでいったし、その在り方までとやかくいう事は俺にはできない。
「これで、全てが終わる……」
きつくタマちゃんの柄を握りしめ、穂先を少年へと向ける。心臓が爆発するように高鳴っているのを感じながら、構えを取る。
「この俺の怒りも」
悶える様に、そしておびえる様に震える何かに向けて、語り掛ける様に口を開く。
正直な話、俺は魔族と神族の戦いに介入するつもりはない。今日明日世界が滅びる訳でもないし、俺はあくまでも外部の人間で、それに部下さんやルナちゃんと殺し合うなんて想像するのも恐ろしい。
火の粉が降りかかれば払う。それ位の感情だった。だったのだ。
「貴様の、運命もっ」
だが、お前はダメだ
俺が取りえる全てを持って、必ずお前を滅ぼす。そう、心に決めた。
だから……
「これで、最後だあああああぁっ!」
テイク55
「えぇ……」
「アッハッハッハッハッハッ! ヒィーッ、お、おなかいたい……!」
唐突に切り替わった視界。視線の先で笑い転げる金髪のねーちゃんの姿に思わず周囲を見回す。
ここ、いつもの空間だな。うん。
え、どして?
「やぁわが友ヨシオ。今回は……その、凄かったな」
「大分頑張ってオブラートに包もうとしてくれてありがとう部下さん!」
「し、知り合いの女の子に変身……プ、プクククッ」
あの、気持ちよさそうに笑ってる所申し訳ないんですが、俺なんでここに……
「ヒィ……ハァ……私を笑い殺す気っっ!?」
「あ、はいすみません」
ようやく笑いが収まったのか。金髪ねーちゃんが唐突にキレられたので取り合えずへへーっ、と頭を下げてみる。部下さん譲りの土下座は今日もうなりを上げるぜ!
あ、というか気づいたら姿が元に戻ってる。良かった、息子が、息子が戻ってきたよ! やったねエリス!
「まぁ戻ってきてもあんたあの世界の子じゃないから子供は出来ないんだけどね」
「やっぱりですか」
「ま、そんな小さな事はどーでもいいのよ。いやー、流石は我が娘ね。面白かったわ」
金髪ねーちゃんから褒められたためか、隣に浮かぶタマちゃんがヴオンヴオンと音を立てて黒いオーラを放ち始める。うん、嬉しいんだねタマちゃん。ちょっと余波であぶられて少し痛いけど俺もうれしいよ。
というか個人的には子供の方も結構大きいんですが詳しく……部下さん、そんな必死に首を横に振らんでももう聞きませんよ、はい。
「で、ここに来た理由だっけ」
「おおう唐突に戻る。はい、出来れば教えていただければ」
「あんたでもわかりやすい例を出すとネズミの心臓でゾウの体を動かそうとするとどうなると思う?」
「死にます」
「つまり、それね。正確には人の魂の出力で上位存在の体を動かそうとすると、だけどね。あんたの魂は特別製だけど、単に不滅なだけで他は普通の人間とそんなに変わらないから」
鼻歌でも歌いそうなほどに気分良さそうに語る金髪ねーちゃんに、やっぱあれマジの最終手段だな、と確信して心のメモ帳に書き込みを入れる。
たった数分で限界を迎える位にルナちゃんと俺の体じゃ格が違うというわけだ。下手したらルナちゃんの死体があっちにあるのか……見たくないな。
「そこは安心なさい。あんたの魂が耐えられなくなった時に合わせて消滅してたから単に消えた風にしか見えないわ」
「それ安心要素どこにもないのですがそれは」
「じゃ、頑張りなさいな」
思わず問い返した俺に笑顔を向けて、金髪ねーちゃんはクイっとどこからか取り出した紐を引っ張る。
あ、これ。と思う間もなく足元が消える感覚と一瞬の浮遊感、そして落下する感覚に襲われながら俺の意識は金色の闇に包まれていった。
「うん、まぁ。仕方ないわな」
シュタッとリポップした地点に降り立ち、タマちゃんを肩に担ぐ。
うーん、シャバの空気はうま……埃臭いな。城崩れたんだからしょうがないか。つい目の前に居たから刺しちまったんだよなぁ。つまり目の前に居たフィブリゾが悪いって事だな。QED(証明終了)
「じゃ、ボチボチさくっと行かせてもらいましょうか」
肩に担いだ唸るタマちゃん(比喩じゃなく)を持ち替え、目の前で地に両手をついた少年に槍を向ける。
「ごほん…………これで、最後だあああああぁっ!」
先ほどまでの流れを一旦リセットしかっこいい流れに戻す。オマージュまでしてあれは流石にないしなぁ。ここや、ここしかない、と一層気合を入れてタマちゃんを握りしめ、槍の一撃を少年に向かって突き入れ。
ようとしたが当たる直前に穂先の黒いオーラが消え、ヅガン、と刃のない槍先が少年の頭部を強打。「グェッ」とヒキガエルが潰れたような声を上げて少年はそのまま前のめりに倒れ伏した。
「…………うん?」
あれ、タマちゃん、タマさーん? と声をかけるも急に不機嫌そうにオーラを醸し出し始めた相棒に目をパチクリさせながら、頬を掻き首を傾げる。
目の前に倒れ伏した少年は「うぅっ」とうめき声のような声を出しながらもぞもぞと動いているので恐らく死んでいる訳じゃないだろう。
というか、これもしかして人間じゃないか……?
「えっ。もしかして逃げられた?」
俺の呟くような声はひゅぅん、と拭いてきた風に流され、土煙と一緒に消えていった。
「今回のMVPは我が娘ね」
「まぁ、そうですね。そのまま世界滅ぼしてくれれば良いのに」
「……あんた最近、仕事をさぼり気味、ね?」
「いえあの私今氷漬けで」
「言いわけ無用! 最後の慈悲よ、コーラの樽に詰められて溶かし殺されるのと転生したらスライムになって殺されるの。どちらか好きな方を選びなさい」
「後者はゲームによっては強キャラアアアアアアアアッッッ!」
クロオ「子供、出来ないらしいです」
外道神父「……すまない、ノーコメントとさせていただく」