#1「出会い」(1)
1
払暁。
辺り一面見渡すばかりの荒野だった。
だが、生物は死に絶えてはおらず、地平線を太陽の光が照らし始め、まばらに残る動植物に新しい1日の始まりを告げた。
それはこの荒野を土煙を上げて走り行く巨大な鉄の塊に乗り込んだ人間にとっても同じだった。ホバークラフトで軽快に進む全長二百メートル程ある白亜の戦艦を先頭に、こちらは全長三百メートルはあろうかという巨大な二隻の陸上輸送艦が縦隊で随伴していた。
「もうじき到着よ、ホライズン」
先頭を行く白亜の戦艦ーーホワイトホエールの操舵手アヤ・ツールは、赤みがかったロングの髪をかきあげると、マップに表示された目的地と自艦の位置を確認しながら背後にあるキャプテンシートに向かって言った。
「チッ、わかってるよ」
ホライズンと呼ばれた男は、仮眠明けの不機嫌な顔を隠そうともせず舌打ち混じりに答える。が、彼の不機嫌は寝不足だけが理由ではない事を知っているアヤは特に不満を言うでもなく、艦橋の正面に位置する窓に目をやった。
今回の任務に納得しているメンバーは1人としていない。随伴する輸送艦のクルーは知らないが、少なくともホワイトホエールに乗っている私達ガンボーイフリーダムのメンバーは誰一人として。
「くそ。何ていい天気だよ」筋肉質な引き締まった身体、黒い短髪、そして端正な顔立ちはさぞや女性受けしそうだったが、今ホライズンはその顔を精一杯苦々しげに歪めながらアヤの隣に立った。
「とりあえず賊の襲撃も受けずに着けそうで何よりだよ」
艦橋右側のシートに座っていた管制官のポール・スミスが、その太った身体で伸びをしながら呟く。
「いっそのこと襲ってくれた方が帰る口実が出来て良かったんだがな」ホライズンが返すと、
「まぁねー。輸送艦がやられてくれれば万々歳だったのにー。」左側のシートに居た通信士のミラ・カガミも、コンパクトを覗き込み、化粧をしながら話に入ってきた。
目的地--ターストシティまで後二時間と少し。
自らの信念に反する任務を遂行せざるを得ない立場に忸怩たるものを感じつつ、ホライズンは嘆息した。
レーダー上に映る自艦を示す中央の光点は、無慈悲なまでに目的地との距離が縮まっているのを示し続けていた。
2
海に面している部分を除き、周囲を二十メートル程の高さがある防御壁と巨大な門で囲まれたターストシティの中央市街。
煉瓦造りの建築物が並ぶ中で一際高い荘厳な塔のような建物が見える。それはシティの象徴、タースト教の教王ワルター・ギーゼン二十四世の住まう聖堂であり、そこから三ブロック程離れた所にターストサルベイション高等学院はあった。
家屋の屋根越しにその聖堂の塔を眺めながらいつものように登校したカイン・ウィンストンは、教室にこれまたいつものように話しこんでいる3人組を見つけた。
「おはよう!」
カインが声をかけると、机の上に座っていたアルフが振り向いた
「おぉ、カイン!今日は遂に初任務だな!」
人型機動兵器『巨神』操縦士志望の彼は幼年学校時代からの同級生で、カインの初任務が我が事のように嬉しいらしい。
「実戦用のロダンに乗れるんだろ?良いなぁ!」
横にいた機械マニアのトニーは今朝も頭の中が『巨神』の事で一杯の様子だ。『巨神』の整備士を目指す彼は、シティの主力人型機動兵器である〈ロダン〉を弄りたくてしょうがないという顔で言った。
「パレードの警備任務なんて任されるのは学園内でも一握りの優秀生だもんな!しかもカインの父さんは総司令官なんだし!」
椅子に腰掛けていたロンは読みかけの書物を閉じながらこちらに顔を向けた。
大方中央図書館から借りてきた作戦立案関係の書物だろう。大柄な体躯故に実戦訓練や『巨神』操縦では三人の中では今ひとつ劣るものの、作戦参謀を目指す彼の本領は、知性を使う場面でこそ発揮される。学年トップに入る総合成績を誇るカインですら、座学方面では彼には一度として勝てた試しはない。
口々に言ってくる友人達にたじろぎながら、カインは面映ゆい気分を味わった。
明日この街--ターストシティからは、五年に一度目覚め、街に向けて侵攻してくるサイクロプス達を討伐する為に、人民救世軍ターストサルベイションの遠征隊が出発するのだ。
二千年前、この世界で繁栄していた人類を滅亡まで追い込んだ魔物達がいた。
人間を作り使役していた神の一人ザ・クが、自ら意思に反し文明を発達させすぎた人間に怒り、ザ・ク自身を模した一つ目の巨人サイクロプス達を生み出し人間達を殺しつくすよう命じた。
瞬く間に人間の世界はサイクロプス達に蹂躙されていった。
そのザ・クの所業を見かねた絶対神カイラス・ギリは、人間の中から一人の青年を選び、サイクロプスを倒す力と、人々を導いて新しい世界を作るようにとの啓示を与えたのだった。
そしてサイクロプス達は、啓示を受けた青年ーータースト教初代教王ルオー・ターストとの激しい戦いの末封印された。だがサイクロプス達はザ・クから与えられた魔力で五年毎に復活し、人間に復讐する為にこの街を目指してやってくるようになった。
周辺地域の生き残った人間は、ルオー・ターストの教えに救いを求めこの街に集まり、防御用の巨大な門を街の内陸部側に築いて生活の安寧を図った。
時を同じくして、サイクロプス討伐のための宗教軍ターストサルベイションが組織され、太古の昔から伝わる『巨神』を駆使し、復活した魔物を討伐する遠征隊を送ることになったのだった。
今日はその遠征隊を祝福する為に壮大なパレードが行われる予定で、未来のサルベイションを担う若者を養成するこの学院からは、成績優秀者が仮の隊員として任命されパレードの警備に当たるのが慣例だった。
「いや、任務に就けるってまだ決まった訳じゃないよ」
警備担当の生徒は、学院付属教会で行われる全校朝礼の時に発表されるが、父の跡を継ぎ、次期サルベイション最高司令官になる自分が選ばれるのは分かっていたし、自信もあった。が、周りの期待と羨望を一身に受けて恥ずかしくなったカインは、視線を泳がし意味もなく頭を掻きながら返した。その瞬間視線の先に教室の入り口に立つ人物が目に入った。
「グリフ先輩!」
今年この学院を首席で卒業したグリフは、有望な巨神操縦士としてサルベイションに配属され、今日のパレードに参加した後、明日出兵する予定だった。
カイン達はグリフの所属していた巨神戦術研究同好会の後輩で、彼が現役生だった頃はまるで弟のように可愛がられていたものだ。
「四人とも、鍛錬は怠っていないな?」
ニヤリと笑いグリフが言う。
「はい!」
巨神操縦訓練時の厳しいグリフを思い出した四人は、直立不動になり同時に唱和した。
「先輩、今日はどうしたんですか?」
トニーが尋ねる
「今日でこの街も最後になるから、色々と見ておきたくってな」
笑顔の中に少々の陰りを見せグリフは言う。
この二千年に及ぶサイクロプスとの戦いで生還した隊員はいなかった。
「大丈夫ですよ、先輩!戦いが終われば先輩の魂は肉体の檻から解放されて自由になります!カイラス神から与えられる最高のご褒美が貰えるんですよ?ここにだっていつでも来れますよ!それに今日のパレードでは僕らも見送りに行くんですから!」
サイクロプスとの戦いで死んだ者はカイラス・ギリの元に召され魂だけの存在として永遠の生を得られるとタースト教典には記されているのだ。
まさかあの勇敢な先輩が怖気づいている?
この街でターストの教えに従わぬ者は異端者として処刑されることになっている。容赦の無さでは有名な異端審問会がグリフに目を付け異端者の疑いをかけられれば、サルベイションの優秀な操縦士といえども即座に処刑の対象になってしまう。
心配になったカインは、意識して笑顔を維持しながらグリフの両肩に手を置いた。
「あぁ、そうだな。お前達も見送ってくれるならきっと今度も奴らに勝てるさ」
少し伏し目がちに返したグリフは、そう言うと踵を返して去って行った。その後ろ姿にカインは一抹の不安を覚えた。
「先輩、まさか異端者に・・・・・・」
アルフも去って行くグリフの背中を見ながらポツリと呟いた。
「そんな事あるもんか!先輩は偉大な戦士だ!〈ロダン〉を使わせたら右に出る者はいないんだぞ!サイクロプスとの戦いに怖気づくなんてあるわけないだろ!?」
アルフの言葉に過剰に反応したトニーが大声を上げ、クラスメイトの大半がこちらを見たようだった。
トニーの祖父は昔異端者として処刑されていて、彼が幼い頃は両親と共に異端者を出した一族と差別されていたので、殊この問題に関しては強い反応が出てしまうようだった。
「滅多な事は言わない方がいい。どこに審問会の目があるか分からない。それに、あれだけサイクロプスを倒したがっていた先輩に限ってそんな事あるわけないだろ?」
周りのクラスメイトに聴こえないようロンは小声で囁いた。
「そうさ、きっと大丈夫さ!」
三人に向かってカインは努めて明るく言ったが、胸に去来した不安を払拭は出来なかった。
3
現地時間09:00、ホワイトホエールと随伴艦二隻は予定通りターストシティに到着した。
とはいえ、ターストシティそのものではなく、シティから四十キロ程離れた場所にある中継地セカンドターストである。
艦船でシティそのものへ接近することは禁じられているらしく、街に入るためには港の機能を備えたこの中継地に艦を預け、各種の手続きを行う必要があった。
先程渡された資料に目を落とすと、シティ周辺の地形がよくわかる地図が描かれていた。
シティ自体は六十三平方キロメートルの横長な形をした島の中にあり、内陸部に面している部分に巨大な壁と門を作り『敵』からの襲撃に備えているようだ。
地図の脇には、ターストサルベイションの主力兵器は、シティ外でモビルスーツと呼称されている巨大人型機動兵器である。住民達からは『巨神』と呼ばれており、神から与えられた力として信仰の対象にもされている。
海に面している地域では、漁業が盛んで、市民の貴重なタンパク源の確保は七割が海産物に依存している。特に特産の牡蠣は美味である。
との記述があった。
ここまでは事前に"奴"から聞かされていた通り。
慇懃無礼な態度でシティ内での規則を説明し、承諾の書類へサインをさせた港湾職員の後ろ姿に睨む目を向けたホライズン・イーンは、先ずは知らされていた情報通りに事が運んでいるのを確かめて、先程の書類の禁則事項を思い出してみた。
シティに入った後は、市民とのみだりな接触を禁ずる。
又、タースト教が平服と定める貫頭衣に着替え、教徒として振る舞うこと。
最低限の教徒のマナー・知識は別紙参照のこと。
異端審問会に捕捉された場合は、釈放の為の合言葉を伝えること。
合言葉は「らりるれろ」。
他にも細かな規定があったような気もするが、最低限身を守る程度ならこれで充分だろう。
任務への不快感は拭えないが、こちらが"奴"に弱みを握られてる事実は変わらない。
譲れない矜持を持った俺達に踏み絵のような任務を遂行させて忠誠心を試そうってか。嫌らしい野郎だ。
舌打ちを堪え、ここはひとつ任務完遂まで命令を聞くだけの肉塊になる事を決めたホライズンは、共に街に向かうアヤとミラの方に振り返り、お互いに複雑な思いを押し殺した瞳を交わし合った。
「行くぞ」
ふっと短く息を吐き、それで覚悟を決めたつもりになったホライズンは、低く一言呟くと、準備に取り掛かるために動き出した。
4
学院のグラウンドに二つの人影が向かい合って佇立していた。
しかし、周囲に集まっている多数の人影、木々や建物との対比から推測するに、優に十八メートルはあろうその巨体は、もちろん人間のそれではなかった。
全身を包む鋼鉄の装甲は古代から伝わる物語に登場する騎士の甲冑を模した様な形だったが、甲冑がモスグリーンに塗装されているのが古代の騎士とは違っていた。
巨大人型機動兵器『巨神』と呼ばれるそれは、遥か二千年前に、絶対神カイラス・ギリが人類に与えたサイクロプスと戦う為の力という言い伝えがあった。
この日の三時限目は『巨神』操縦訓練だ。学院はサルベイション隊員の養成機関でもあるので、『巨神』操縦の授業も必修科目だった。
『よーし、カイン!初任務決定おめでとうと言いたいところだが、模擬戦においては関係ねぇ!今日は絶対負けないぜ!』
無線機から流れてくるアルフの声が模擬戦用〈ロダン〉1番機の胸部に位置する操縦席に収まっていたカインの耳朶を打つ。
全校朝会では予想通り、パレードの警備任務の座はカインが射止めた。
が、今朝のグリフの事が気になっていたカインは、諸手を挙げて喜ぶような気分ではなくなっていた。
そんなこちらの気分を察してか、アルフは普段より明るい調子を装って話しかけてきてくれていた。
「全力で来な、アルフ!卒業までに俺に一度くらい勝ってみせてくれよ!」
友人の気遣いを有り難く思いつつカインも気分を切り替えるべく、左右の操縦桿を握りつつ応じた。
『へ、言っちゃってくれちゃうじゃん?じゃ、行くぜ!』
こちらの気分の切り替えに気がついたか、軽い調子の返事と同時にアインの搭乗した〈ロダン〉二番機が地を蹴り突進して来た。
「突っ込んでくるだけじゃ・・・・・・」
お互いが衝突する刹那、フットペダルを踏み込んで右後方に少し退き、アイン機を受け流す。
『だけじゃ、ないんだな!』
そのままカイン機の後ろに過ぎ去りそうになったアルフ機が、右脚を軸に急速な左信地旋回をしながらこちらの肩を掴み勢いを殺した。
周囲で観戦していたクラスメイトから歓声が上がる。
「っ!」
掴んでいたマニピュレーターを振り払い、即座に十メートル程の距離を置いてアイン機に向き直させる。
『あーあ、せっかく捕まえたのになぁ!』
「いつもの戦法から変えてきたな!」
アインは相手に猪突猛進して一撃離脱する戦法を得意としている。
『いつもの戦法はお前には通用しねぇし、今日は格闘戦に持ち込もうかと思ってね!』
無線機からの声はイキイキとしており、アインが模擬戦を楽しんでいるのを伝えていた。
「なるほどね、いいよ!」
言うや、〈ロダン〉にファイティングポーズをとらせたカインは、フットペダルを全力で踏み、アルフ機に突っ込んだ。
「アルフー!カインなんてやっちまえ!」
「ばーか、格闘はカインの得意分野だぜ!」
「俺はアルフの勝ちに給食のパン賭けるぜ!」
「乗った!俺はカインに賭ける!」
学院内でも一、二位を争う操縦技術を持つ二人の格闘戦を期待してか、クラスメイトの興奮は否応なく上がっていく。
パレード見物は街の一大イベントであり、全タースト市民の楽しみでもある。そのため今日は四時限目終了後は給食を食べて下校出来るのも、生徒達のテンションを上げるのに一役買っているようだった。
リズミカルに左右のフットペダルを踏み込みつつ、左側の操縦桿を操作し、モニターに映るアルフ機に照準、人差し指にかかったトリガーを押すと、〈ロダン〉の機体が左ジャブを打ち出した。
軽快なステップを刻んで左右に跳ねるカイン機が、数発のジャブを浴びせながら、ガードの姿勢をとったアルフ機を徐々に後退させていく。
「アルフ!何やってんだよー!」
「パンがかかってるんだからなー!」
アルフの劣勢に、彼に賭けたと思われるクラスメイトの声援が上がる。
「こんなものかい?アルフ!」
『へっ、まだまだだよ!』
アルフは優秀な操縦士だが、元々格闘においてはカインに一日の長がある。
アルフ機が反撃の左フックを繰り出す。
半歩退がりカインはトドメの右ストレートを放った。
瞬間、フックを戻したアルフ機もこちらの懐に飛び込みながら右ストレートを放つ。
「フェイント!?」
そう叫んだ瞬間には、アルフ機の右マニピュレーターがカイン機の頭部右頬を打ち据える衝撃が操縦席を襲い、咄嗟に目をきつく閉じたカインの身体にシートベルトが食い込んだ。
『引き分け!』
担当教官の声が無線機から流れ、恐る恐る目を開き、カインはモニターに彼我の機体の状態を確認した。
二機の〈ロダン〉は、お互いの頭部に右ストレートがヒットしている姿勢でフリーズしている。見事なクロスカウンターだった。
『あーあ、やっぱ勝てないなぁ』
心底残念そうな声が聞こえる。
アルフ機が右腕を離し握手を求めるようにマニピュレーターを差し出してきた。
カインもそれに応じて右マニピュレーターを出し、機体越しに握手をした。
「ちぇー!引き分けかよ!」
「賭けはチャラだなぁ」
「二人とも凄いぞ!」
『カイン。先輩は強い人だ、出発前にちょっとおセンチになってただけさ。それより今日は初任務だ。絶対成功させなきゃ、だろ?』
周囲で騒いでいるクラスメイトを見下ろしていると、無線からではない、『巨神』の装甲を震わせて会話をする接触回線越しの声がした。
「心配してくれてありがとな、アルフ。パレードは必ず成功させるさ!」
やはりこちらの心情を慮っていてくれたアルフの言葉は優しく、先程の模擬戦の興奮も相まってカインは少し晴れた気分になれた。
『それより〈ロダン〉の顔をへこませたの怒られるなぁ!』
「教官!〈ロダン〉の頭部の修理は僕にやらせてください!」
何事も無かったように長閑にアルフが言うのと、大方修理したくて飛び出そうとしたトニーが、観衆の中でロンに羽交い締めにされながら叫んだのが同時だったのが可笑しく、カインは吹き出しながら返した。
「一緒に怒られれば怖くないさ!」
自分には支えてくれる仲間がいる。アルフの言う通り、先輩も実戦を前に少し寂しくなって自分達の顔を見にきたのだろう。そう納得したカインは、先輩や仲間の為にも今日の初任務に集中しようと心の中で呟いた。
5
酒場の壁にかけられた振り子時計が四時三十分を指していた。
パレードがそろそろ始まる頃か。
「マスター。ブルーポイントの燻製と、ビールもう一杯」
着替えとシティ内通貨への換金を済ませ、ホワイトホエールに残るメンバーに留守中の対応を説明するのにたっぷり一時間。
セカンドターストを出た後、港湾職員の運転するジープでホライズン一行は街の近場にある地下通路の入り口に案内された。
地面に敷設された二本の鉄のレールから、古代に何らかのトランスポーターが走っていたと推測できる地下通路は、ターストサルベイション司令本部庁舎の地下に繋がっているらしく、一行はそこを通り、シティ内部--真の目的地への到着を果たした。
司令本部で待っていたジョージ・ウィンストン司令長官直属の教王近衛兵の案内で街の主要な場所を見て周った後は、パレード後に予定されている教王との謁見まで特にやる事も無く、アヤとミラが連れ立って買い物に行ってしまえば、一人残された身を持て余してしまったのがホライズンの立場だった。
近衛兵にパレードを観てはどうかと勧められ、時間潰しにぷらぷらと煉瓦造りの建物が密集する古めかしい街を歩きまわり、イーストブロックに到達したホライズンが、パレードが通過予定の環状道路の側にあるこの酒場のカウンター席に陣取って一時間と少しが経っていた。
いけ好かない任務に、周りは明日何が起きるのか知らない民衆に囲まれていれば、やりきれない思いで一杯やってしまうのが人情だろう。
セカンドターストを出る時の覚悟も忘れ、胸の内でそう言い訳をしながら、三杯目のビールを注文したホライズンは、すぐに目の前に出された特産の牡蠣を使った燻製をつまみに木製のジョッキにたっぷりと注がれたビールを呷った。
「おーい、マスター!ビール三杯と海老のアヒージョを三つ!それからブルーポイントの燻製!」
どかどかと店内に入るなり、ホライズンの背後のテーブル席に着いた中年の三人組は、パレードを見物する為に仕事を早く切り上げてきた労働者だろう。
「明日の遠征はまたサルベイションの大勝利だぜ!俺達にはカイラス・ギリ様の御加護があるんだからな!」
椅子に座ると一番年嵩の禿頭の男が大声で言う。
「遠征隊のおかげで人類はまた五年、平和に暮らせるってもんさ!そういや、今回の〈ロダン〉の操縦士には、中々優秀なのがいるらしいじゃないか!」
その向かいに座った立派な顎髭の男が応じる。
「あぁ、高等学院の首席だった操縦士だろ?」
顎髭の隣にいた眼鏡の男が、マスターが持ってきたビールを受け取り、他の二人に配りながら答えた。
「くぅー、たまらん!俺も若い頃は〈ロダン〉の操縦士に憧れたもんさ!戦いで散ればカイラス・ギリ様から永遠の魂にしてもらえるしな!」
ビールを一気にジョッキ半分程飲み干し、禿頭が叫ぶ。
「俺の爺さんの弟は操縦士で、昔サイクロプス達と戦ってシティを救ったんだ!今でも一族の誇りだよ!」
そう言った眼鏡は酒に弱いらしく、三分の一程度のビールで頬が紅潮していた。
「俺んとこはまだシティに貢献できてないからなぁ。息子も漁師になっちまったし、孫がサルベイションに入るのを期待するしかないな」
顎髭は心底悔しそうにテーブルに運ばれてきた牡蠣の燻製を口に入れた。
「ま、漁師も食糧確保の面から言えばサルベイションの為になるってもんだが、サルベイションの下請けでライフル作ってるうちの息子の方が漁師よりはちょいと優秀ってもんだな!」
「漁師をバカにしたね?じゃあこの牡蠣は食わせないぜ?息子の仇討ちさね!」
顎髭が拗ねた口調になり、禿頭と眼鏡が盛大に笑った。
聴きたくもない会話だが、これだけ声量が大きければ嫌でも耳に入る。
「うちがこうだ、よそがどうだって、ペチャペチャうるせえなぁ。大体、そんなにタースト教に身も心も捧げたいかねぇ?」
程よく回ったアルコールも手伝って、ホライズンは口にしてしまっていた。
三人の会話が止み、何を言われたのかわからないとでも言いたげな顔をこちらに向ける。
その惚けた表情が更に癇に障り、静まり返った店内の空気をよそにジョッキを持って立ち上がったホライズンは、三人に近づいていった。
「兄ちゃん、今日はパレードの日だぜ?ちょっとうるさかったかもしれないが、大目に見てくれんかな?謝るからよ」
近づくこちらに怪訝な目になった顎髭と眼鏡だったが、年の功といったところか、禿頭が二人を制しながら笑顔で穏やかに言った。
向こうが逃げ道を用意してくれている今がチャンスだ。ここで退け、無用なトラブルは起こすな。
アルコールに侵食されながらも最後に残っていた理性が脳内で叫び、爆発寸前の怒りをなんとか抑えこむ。
「いや、こっちこそ悪かった」
きまりの悪い顔でぼそりと呟き、踵を返した瞬間だった。
「坊やはタースト教に御奉仕出来てるのかなぁ?俺ら市民の最大の誉れなんだけどなぁ〜。あ、異端者を出した一族だから無理なのかなぁ?」
顎髭の声が聞こえよがしに響き、最後の理性も吹き飛んだホライズンは、振り向きざまに手に持っていたジョッキを顎髭の顔に投げつけた。
「っ!」
残りのビールを撒き散らしながら真っ直ぐに飛んだジョッキが顎髭の顔面に弾ける。
眉間から鼻筋に走った痛みと吹き出した鼻血に、たまらず顔を押さえうずくまった顎髭が意味不明の叫び声を上げる。
「御奉仕なんてしたかないねぇ。あいにくと、自由な生き方に魅力を感じるタチなんでね」
その様を呆然と見ていた禿頭と眼鏡だったが、数テンポ遅れて事態を理解したのか、二人共血相を変えて立ち上がった。
「このガキ!」
「てめぇやっぱ異端者か!」
眼鏡がアルコールで紅潮した顔を更に紅くして掴みかかってきたが、すんでの所で躱したホライズンは、マスターが三人組に出そうとしてカウンターに置いていたアヒージョの皿を掴み、中身を眼鏡の頭上からぶちまけた。
高温に熱された油と具が襲いかかり、眼鏡が熱い熱いと喚きながら床に転がる。
機を逃さず繰り出されたホライズンのブーツのつま先が鳩尾にめり込み、眼鏡は失神した。
「お前、生きて帰れると思うなよ?」
瞬く間に仲間二人を沈められ、怒りが頂点に来ているらしい禿頭が、脳内で爆発的に分泌されたアドレナリンに全身を震わせながら静かに言い放つ。
「へぇ、死んだらカイラス・ギリ様に会える?」
こちらも同様に頂点に来ている怒りに任せ、ホライズンはおちょくるように返す。
「残念ながら異端者はザ・クのところで八つ裂きだ!」
他の二人と違い、間合いを取った禿頭は単純に突っ込んで来ない。
互いの眼を睨みあう時間が二分程続いた。
しびれを切らせた禿頭が右脚を引き、飛びかかる素振りを見せた瞬間、静寂は唐突に破られた。
ドアを勢いよく開けるガタンという大きな音が響き、複数の足音が無遠慮に店内になだれ込んで来た。
「皆さん、この若い男です!」
カウンター下に隠れていたマスターが顔を出し、入ってきた四人の武装した男達に向かって叫ぶ。
「大人しくしろ、異端者!」
最後に入ってきた男が、制帽の下の双眸から鋭い眼光を放ちながら言い、先頭にいた二人がホライズンの眼からは旧式に見えるライフル銃を向けてきた。
その銃口の黒い闇に怒りが一瞬で吹き飛び、冷静さを取り戻したホライズンは、彼らの制服が載った写真がセカンドターストで渡された資料の中にあったのを思い出す。確か異端審問会の擁する警察部隊。
恐らくマスターが電話で通報し、近場で警備に当たっていた部隊が急行してきたのだろう。
禿頭が警察部隊の到着に我が意を得たりとニヤついた顔で見ていたが、事態に対応するプランを考えるのに精一杯なホライズンにはもはや関係無かった。
合言葉は確か市民の前で言ってはいけない規則だったはず。
一度捕まって伝えればいいのだろうが、市民二人に暴行を加えた現行犯の状態で話を聞いてもらえるか?
港湾局員が話していた通り異端者に容赦が無いならば、ライフルを構えた警察部隊の隊員は、引き金に掛かった指を今にも引くかもしれない。
それで自分が死んだらどうなる?
ガンボーイフリーダムのメンバーは?そして何より"彼女"は?
様々な事が一瞬のうちに脳を駆け巡り、最後に"彼女"の笑顔に結実した。
まだ死ぬわけにはいかない。ぐっと奥歯を噛み締めて、ここは逃げの一手だと結論づけたホライズンは、テーブルや椅子が盾になる様ジグザグに進路をとりながら一気に店の出口に向かって走った。
「抵抗するか!」
既に臨戦態勢をとっていた二人が叫びながらライフルを撃ってきた。弾が髪を擦り、数メートル先の壁に火花が爆ぜるのを知覚したホライズンは、隊員達の明確な殺意を感じひやりとした。
「当たんねぇなら・・・・・・、どうってことねぇ!」
左腕を銃弾が擦り、熱さと痛みが走ったが、止まったら死ぬという強迫観念がホライズンを突き動かす。裂帛の叫びをあげ、右側にいた隊員に急接近しスピードを乗せて威力を増幅させた蹴りを顔面に見舞った。
「やれ!射殺して構わぬ!」
マスターと禿頭が銃撃に悲鳴をあげ、部隊長が叫ぶ間に拾い上げたライフルをもう一人の射手に向け、ロクに狙いもつけずに引き金を引く。
その弾がまぐれで右肩に命中し、もう一人の射手がライフルを取り落としたのを横目に、残りの二人に突進する。
近づくこちらにサーベルを抜く挙動を見せた部隊長ともう一人にラリアットを食らわせたホライズンは、その勢いでドアを蹴破りパレードの観衆でごった返す外に飛び出した。
「待て!」
店内でひっくり返っていた部隊長の叫びが聞こえた気がしたが、待てと言われて待つお人好しはいない。
突然酒場から走り出してきた男に人々は奇異の目を向けてきたが、構ってはいられなかった。
建物の屋根越しにモビルスーツの巨体が見えた。が、管轄が違うのか、それともまだ連絡がいっていないのか、こちらを捕捉するような挙動はない。
ホライズンはこれ幸いと思い、隠して持ち込んだ携帯通信機器を懐から取り出し、人混みを掻き分けながらイーストブロックから離れるべく走り続けた。