機動戦士ガンダムChain   作:ヨシノ・トミユキ

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#1「出会い」(4)

18

 

ホワイトホエールから出撃し、カタパルトでかなりの距離を飛ばされた筈だが、着地点はウエストブロックの端の方だったらしく、聖堂はまだ遠かった。〈ガンボーイキャノン〉を自動歩行モードに切り替えたカインは、機体の振動に揺られながら、改めてターストシティの広さを実感した。

しばらくは敵と遭遇する事なく進めたが、聖堂のある中央市街に入って、三機からなる〈ロダン〉小隊に捕捉され足止めを食らった。

『聖堂にはどれくらい戦力があるんだ?』

建物を巧みに盾にしながらマシンガンを撃ち放つ〈ロダン〉に応戦しながら、無線越しにホライズンががなる。

「明日出発予定の隊員達が全員と、〈ロダン〉が十五機程!・・・・・・だと思う!」

こちらも負けじと建物の壁に貼り付き、しゃがませた〈ガンボーイキャノン〉から応答した。

『結構な数のモビルスーツだな!聖なる空間にしちゃずいぶん物騒だ!』

冗談交じりのホライズンの声が銃撃音の中に聞こえる。

「遠征隊は〈ロダン〉でサイクロプスと戦うんですから、そりゃあるでしょう!」

カインは白熱した頭でわかったかわからないような返事を叫ぶ。必死で操縦席を狙わないように戦っているカインには応じる余裕など無かった。

初めての実戦で味方を相手にするなんて冗談じゃない。しかも街を破壊しないように気をつけながらなんて。

『ほらほら、こいつらはあたしが潰すから早く行きな!』

突然女性の声が無線に交じり、カインが狙っていた〈ロダン〉の脚部が吹っ飛ぶ。

『すまん、ステイシー!』

メインモニターのレーダーを見ると、十キロ後ろに〈ガンボーイタンク〉を示すマーカーがあり、先程の砲弾はその地点から撃ち込まれたものだろう。

『あたしはステイシーよ、よろしくカイン君!〈ガンボーイタンク〉で援護するから、二人共早く進みなさい!』

ステイシーと名乗った女性は、続けてもう一発大砲を撃ったらしく、撃墜された機体から少し離れていた場所にいた〈ロダン〉が、やはり脚部を潰されてその場に擱座した。

「よろしくお願いします、ステイシーさん!助かります!」

カインは返事をしながら、最初にやられた〈ロダン〉に近づくと、両腕の付け根に100ミリマシンガンを叩き込む。

腕をもがれ胴体と頭だけになった機体が転がる。これで反撃は出来まい。〈ガンボーイジム〉も同じく、擱座したばかりの〈ロダン〉に取り付き、両腕を短剣状の武器で切り離し無力化していた。

『みんな、待たせたな!俺の仲間が地上に出た、これから各方面の〈ロダン〉部隊を牽制してくれる、IFFコードを送信したから敵と間違わないでくれよ!ホライズンとカインは聖堂を抑えてくれ!』

無線機がなり、チャンネルを開くとホワイトホエールのグライスからの連絡だった。

どうやら仲間のモビルスーツの出撃が完了したらしいが、また知らない言葉が出てきた。IFFコードとは何か尋ねたかったが、もう一機残された〈ロダン〉の射線がこちらに向き、その余裕は無くなった。

ホライズンの〈ガンボーイジム〉が民家の影に退避するのを確認し、慌てて民家の影に隠れながらレーダーを見ると、味方機を示すマーカーが四つ増え、点滅していた。

どうやらIFFコードとは敵味方を識別する機能の事らしい。

などと思う間に、〈ロダン〉のマシンガンの銃弾に晒された民家がぐずぐずに崩れ始めた。

「肩の大砲を使います!」

所詮は木と煉瓦で構成された建物。モビルスーツサイズに巨大化したマシンガンの圧倒的な火力にいつまでも持ち堪えられるものではない。

カインは意を決し叫んだ。

『バッ、バカ!近すぎる!』

ホライズンが言った時にはトリガーを引いていた。

轟音と共に両肩の大砲が火を吹き、薬莢と燃焼ガスが排出される。

威嚇するつもりで建物を狙ったが、至近距離から放たれた砲弾は、建物そのものを消滅される勢いで崩壊させ、隠れていた〈ロダン〉の胴体部を貫通していた。

背中のバックパックに設置されたバッテリーと主動力部も無事では済まず、直撃した砲弾により〈ロダン〉の機体が周囲の民家を巻き込んで爆散する。

襲いかかる爆風に〈ガンボーイキャノン〉と〈ガンボーイジム〉が吹き飛ばされ、爆心地には瓦礫の山だけが残された。余りの破壊力にカインは呆然とした。

『バカ野郎!街の人間を巻き添えにする気か!』

ホライズンの言葉が呆けた頭を蹴り飛ばす。

そうだ、もしかしたら逃げ遅れた人がいたかもしれない。そうでなくとも〈ロダン〉のパイロットは確実に死んだ。いや、自分が殺したのだ。

遅まきながら己の行為の意味を認識したが、人を殺した実感は無く、ただ指に残るトリガーの感覚だけがあった。

人一人の人生をほんの少し指に力を入れただけで終わらせた?まさか俺が?ちょっと威嚇しようとしただけなのに・・・・・・。

ぐるぐると頭の中で思考が回り、ストレスの許容範囲を超えた脳が吐き気を誘発し、カインは左右のペダルの間に盛大に嘔吐した。

『どうだ?初めて人を殺した気分は。胸糞悪いだろう。だかな、今みたいに迂闊な事してると次は自分の身さえも危ういぜ。言ったはずだ、覚悟しろと。自分の命にも仲間の命にも、敵の命にさえも責任を持て。出来ないなら今からでもホワイトホエールに戻れ』

操縦席内に胃液とクッキーとコーヒーが混ざった吐瀉物の酸っぱい臭いが立ち昇る中、機体を立て直して横につけたホライズンが無慈悲に告げる。

「す、すみません。俺の認識が甘かったです。殺さなきゃならない事もあるんですよね。慣れます」

そうだ、これくらいで吐いていたら街を救うなんてできない。そう思ったカインは、肩で息をし、服の袖で口を拭いながら返事をした。

『ばか。人を殺すなんざ、何回やっても慣れねぇよ。どうやったら殺さないで戦いに勝てるかを考えろ。とりあえずそのキャノンは威力があり過ぎる。遠方を狙うならいざ知らず、他人を巻き込みたくなきゃ、至近距離では絶対使うな』

意外に思えた。自前の戦艦とモビルスーツを所有しているホライズンなら、今までたくさん人を殺めて、慣れていると思っていた。

何回やっても慣れない。少し悲しそうに言った彼は、きっと数多の罪を背負って生きているのだろう。

鋭い瞳の奥底に、己が殺してしまった人達への罪悪感を秘め、それでも自らの思いを成し遂げるために、罪に潰されそうな己を律して・・・・・・。

「すみません、気をつけます」

ホライズンの抱えた懊悩を垣間見た気がしたカインは、なんと言っていいのかわからず、とにかく謝った。

『だがな、危うくなったら自分の身を優先しろ。死んじまっちゃ、大事なものを救えないからな』

こちらの気分を知ってか知らずか、そう言ったホライズンの声音は心なしか優しく聞こえた。

「はい」

〈ガンボーイジム〉が〈ガンボーイキャノン〉に手を差し伸べ、立ち上がるのを手伝ってくれた。

聖堂は遠くにその姿を見せてはいたが、たどり着くにはもう暫くかかりそうだった。

 

19

 

戦闘が開始されて既に二時間半余り。

巡洋艦とその艦載機は、先ずは街を破壊しながら進行する〈ロダン〉部隊を殲滅するのに専念していた。

対するこちらも、巡洋艦に対して〈ロダン〉のマシンガンの発砲が試みられてはいるものの、外の世界で開発された高性能の装甲板には効果は無く、艦載機の脚無しとキャノン付きを使い、中央市街の〈ロダン〉をあらかた片付けた巡洋艦は、この聖堂に向けてゆっくりと移動を開始していた。

おまけに地下からも、一つ目の黒い色をした四機の所属不明のモビルスーツが現れ、東西南北の各支部から出撃し、中央を目指していた〈ロダン〉部隊を迎え撃つ為に移動をしているという情報も入ったのだった。

「機体性能に差があり過ぎます。〈ロダン〉では無理です。此方が仕掛けなければ彼等も発砲してこないようです。ここは彼等が聖堂に来た段階でもう一度話し合いを・・・・・・」

所属不明のモビルスーツに〈ロダン〉が撃ち倒されていると被害報告が続々と入り、先程に至っては、銃撃音に混じり遠くでモビルスーツが爆散したらしい轟音も聞いていた。街の惨状を幻視したジョージは、窓際に立ち戦況を見ているワルターに向かって言った。

「今更話し合いなど不要!今期の遠征隊で最も優秀な操縦士を呼びなさい!地下のアレを使ってでも抹殺しなければならぬ!」

聖堂から、教王が大広間に来るようにと仰っていると連絡が入り、重い身体を引きずりここに着いたのが四時間程前。

取引先が約束を反故にした事に怒り狂う教王を前に、多少は気も引き締まるかと思ったが、自らの命より大事な息子を攫われ、身を焦がすほどの不安に苛まれている今のジョージには、目の前でわめき散らす老人のことなど彼岸の出来事の様に感じられ、緊張を取り戻す気配など微塵もなかった。

大多数の〈ロダン〉が失われ、形勢は不利になる一方だ。最早降伏を視野に入れてでも街の被害を最小限にすべきだと思った。とにかく今の最優先事項は、戦闘を終わらせる事だった。

何より、話し合いに持ち込めば息子を返してもらえる局面に持ち込める可能性もあると踏んだジョージは、ワルターに進言してみた。

が、ワルターは敵の殲滅を諦めるつもりはないらしく、あまつさえ地下で整備が進められていた古代兵器までも使おうと言い出したのだった。

「し、しかし!あれの性能は未知数です!住民の避難も完了しておりませんし、街にどの様な被害が出るか・・・・・・!」

ジョージは驚いた。十年前に聖堂の地下室を増設した際に発見され、それ以来整備と解析が進められているそれは、五百年前の戦争時に開発された物らしかった。

が、驚嘆すべきはその形状とサイズだ。

通常のモビルスーツの様に人型はしておらず、前後に長い下半身の左右に、八本の虫の脚を模した脚部が取り付けられ、機体前方上部に、三人乗りのコクピットを内包した上半身と呼ぶべきユニットが生えていた。

ユニットの背中側にはミサイルと呼称される飛翔式爆弾を発射するボックスが二基、弾頭と共に装備されていたが、頭部にあたる部分は見当たらず、コクピットの少し上に不気味なモノアイを有し、上半身の付け根には二対の蟹の鋏に似たクローがあった。そして、そのクローに抱え込まれる形で、巨大で丸く短い砲塔状のパーツが据え付けられていた。

全長百メートル、頭頂高四十メートルの巨体は、既存のどの兵器にも分類できず、技術班の頭を悩ませていたが、その後解析が進み、コクピットのコンピュータから〈メトロポリタン〉の名称と共に機体のスペック情報を読み出すことに成功した。

モビルアーマー--それがこの兵器を表す分類のようだった。

悪化した戦局を覆す為、強力な光学兵器搭載を目的に戦争末期に開発が始められた。

しかし完成が間に合わず敵の手に渡らぬよう地下深くに破棄されたものというのが、技術班によって導き出された推論だったが、真相は分かったものではなかった。

だが、この〈メトロポリタン〉こそが、組織に入りたいワルターが、彼等への手土産にしようとしていた切り札だった。

この二年余りで漸く50%の出力で稼働できるまでレストアされた〈メトロポリタン〉だが、この巨体が地上の人口密集地で暴れれば、最大出力を出せなくとも被害は相当なものになるはずだった。

「構いません。所詮奴らは下賤な者たちの末裔。いくら死のうが痛くも痒くもない。むしろあれに街を壊滅させるほどの戦力があるのならば、組織に売り込む良いパフォーマンスになる」

この方--いや、この醜悪な老人は、自らが権力を握るためならば、どの様な手段でも使う腹づもりだ。

「・・・・・・かしこまりました。直ちに遠征隊の中から操縦士を選抜し、地下へ向かわせます」

最早呆れを通り越し何も感情も浮かばなかったが、権力への服従が習い性になった身体が勝手に返事をし、遠征隊の集合している部屋に向かおうとする。

「それで良いのです。当初の予定から逸れましたが、奴らを倒した後サリンジャーでロボトミー化した遠征隊を連れて、私は〈メトロポリタン〉でニューポートロイヤルに向かいます。仲介役が居ないのが痛いですが、何とかなりましょう。組織に入った暁には、貴方をこの街の当主にして差し上げますよ」

老人がニヤニヤと笑いこちらを見る。

自分に嘘をついてこんな事を許してしまうのが大人の在り方か?

自問し、グライスの言う通りなのだろうと結論した。

しかし、使命に殉じると決意してこの立場に就いたジョージには、今更使命を放棄して宗旨替えする勇気もなく、それを分かった上でこちらに笑みを向けた老人の汚さに、忸怩たる思いを噛み締めながら大広間から出る扉の取っ手に手を掛けた。

「ありがとうございます。恐悦至極にございます」

ワルターに背を向け無感情に言い切ると、ジョージは扉を開き、遠征隊の隊員達が待つ部屋に向かうべく足を踏み出した。

カイン、ジェーン。無事でいてくれよ。

廊下を歩きながら、ジョージは家族の無事を祈った。

 

20

 

『よし、カイン、これより聖堂に突入する。シートの下のサバイバルキットの中に拳銃がある。白兵戦に備えろ』

カインとホライズンは、聖堂から湧き出してくる〈ロダン〉部隊の襲撃を退け、何とか聖堂の前に辿り着いていた。

「は、はい!」

ホワイトホエールも今は聖堂の上空に滞空し、警戒に当たってくれていた。

グライスを迎えにホワイトホエールに行ったホライズンの機体が着地し、マニピュレーターに載せたグライスを地上に降ろす。

シート下から取り出した拳銃を手に、カインは聖堂の前庭にしゃがませた〈ガンボーイキャノン〉のコクピットハッチを開けて外に出た。

「カイン、周辺に気をつけろ!」

先んじて地上にいたグライスが、ライフルを構え周囲を警戒しながら叫ぶ。

程なく〈ガンボーイジム〉からもホライズンが降りてきて、眼で頷き合うと三人で聖堂の扉に近づいていった。

銃を構えたカインとグライスが扉脇でカバーにつき、ホライズンが勢いよく扉を開く。

予想された内部からの銃撃はなく、ホライズンは中に入ると銃口とリンクさせた眼を左右に振り、敵の有無を確認した。

「どういうことだ?誰もいやしねぇ」

明かりだけ灯された聖堂内に、ホライズンの声が響く。

「逃げ出したか?」

続いてグライスも中に入り、周囲を見回す。

「サルベイションの遠征隊もいるはずですが・・・・・・」

聖堂のホールには、礼拝客用に設えられたベンチ状の木造椅子の列がずらりと並び、それが前方中央の祭司が立つ祭壇に向かって緩やかな下り勾配をもって配置されている。そしてその後ろには絶対神カイラス・ギリを象った巨大な像があり、ホール全体としてはざっと四百人は入りそうな広さがあった。

普段は礼拝客で賑わうこのホールも、突然の騒ぎでみんな逃げ出したらしく、遠征隊員の待ち伏せも無ければ、ただの広い空間でしかなかった。

祭壇の左脇には、二階へ通じる階段があり、右脇の扉は地下に繋がる階段があると、前に父から聞かされた事があった。

それらを順々に眺めカインが言った時だった。

祭壇の右脇にある地下室に続く扉が開き、十人からなるサルベイション隊員が走り出して来た。

カイン達はすかさず椅子と椅子の間に隠れ、応射姿勢をとった。

椅子は背もたれの部分が高く作られており、グライスの大きな身体も、しゃがめば問題無く隠してくれた。

「どうやら奴らは地下に行ったか」

地下室について事前に調べていたのか、カインの横に隠れたグライスがヒソヒソと言う。

恐らくそうだろう。通路を挟んで少し離れた椅子の下に隠れているホライズンと目が合ったカインは、地面を指差してみせた。

隊員達の足音が少しずつ近づいてくる。

椅子の下を一列毎に確認しながら進んできているようだ。

「さて、こいつらをどうするか・・・・・・」

グライスは腰に巻いたポシェットのポケットを漁り、手のひらサイズの緑色のグリップを取り出した。

「なんです?それ」

およそ武器には見えない形状に、カインはヒソヒソと尋ねる。

「これはスタングレネードだ。俺が投げたら眼を閉じて耳を塞げ」

言いながら、グライスはホライズンにもグリップを示し、耳を塞ぐ仕草を見せた。

ホライズンにはそれだけで通じたのか、コクリと頷いた。

グリップの上部のピンを抜き、隊員達がいる方向に投げる。

その投擲の勢いのまま、間髪入れずにグライスはカインの上に覆い被さり、カインもまた耳を塞ぎぎゅっと眼を閉じた。

瞬間、耳を塞いでいても防ぎきれない轟音と、眼を閉じていても分かる激しいフラッシュが巻き起こり、カインの脳を揺さぶった。

「よし、奴らは暫くは起きまい。地下に行くぞ」

わんわんとなる頭の中で、グライスの声が聞こえ、カインが眼を開け椅子の背もたれから顔を出し周囲を見回すと、隊員達が残らず床に倒れているのが見えた。

「し、死んで、る?」

また人が死んだのか?耳鳴りが収まらず、自分の声さえも遠くに聞こえたが、カインは構わずに呟いた。

「いや、気絶してるだけだ。鼓膜がいった奴はいるだろうがな。さっきのは、大音量と激しい光で敵を気絶させるものだ」

グライスは立ち上がり、服に付いた埃を払いながら教えてくれた。

「おっさん、助かった」

ホライズンが地下に通じる扉に拳銃を向け、警戒しながら礼を言う。

「どうやら他の遠征隊メンバーは地下のようだな。恐らくは教主も・・・・・・」

扉に近づいたホライズンは、階段の先に誰もいないのを確認し、カイン達に向かって言った。

「行きましょう」

カインの一言を合図に、奈落の底へ通じているかのようにぽっかりと口を開けた地下への階段を、三人は慎重に降りていった。

 

21

 

各地下室に誰もいない事を確認しつつ、四階分階段を降り、辿り着いた先は暗闇だった。

薄暗い常夜灯がそこかしこに点在しているようだが、目が慣れていないカイン達には何も見えていないに等しかった。

「なんだ?何もありゃしねぇ・・・・・・」

そう言ったホライズンの言葉は暗闇に吸い込まれ、常夜灯の数からも推測するに、かなりの広さがある空間のようだった。

「よく来ましたね!」

暗闇の中ワルターの声が響き渡り、同時に空間の四隅に置かれていたらしいライトが一斉に点き、中央に鎮座する巨大な青い構造物を照らす。

その構造物の上部、目のような物がある辺りにキャットウォークが渡され、ワルターがこちらを見下ろしていた。

「あぁ、契約は破棄だって言いに来た」

ホライズンがワルターを見上げて叫んだ。

「残念ですな。真の自由を求める貴方ならば、私の計画に賛同していただけると思ったのですがね」

ワルターはニヤニヤと嗤う。

「あん時はどうかしてたぜ。やっぱ誰かを踏み台にしても自由を手に入れるなんて、俺らしくないって思い直したんでね」

「あんたが今までしてきた事も、今からやろうとしている事も、この街の元住民として容認出来ない。悪いが街は解放させていただく」

グライスもワルターに銃を向けて言った。

「貴方の話はウィンストン長官から伺いましたよ、グライス・ノートンさん。何でも三十年前に街の外に出て全てを知ってしまったとか。どこの街の意向で動いているかは知りませんが、モビルスーツまで持ち込んでいるみたいですね。本来なら捕まえて背後関係を吐かせたいところですが・・・・・・」

ワルターがそこまで言ったところで、後ろに隠れていた遠征隊隊員が現れ、手にした拳銃を躊躇なく放った。

銃弾が命中したらしいグライスが、苦痛の呻きを漏らし膝をつく。

「おっさん!」

「グライスさん!」

カインがうずくまるグライスに駆け寄る横でホライズンがすかさず銃をワルターに向けて放ったが、隊員が素早くワルターの前に出て、その銃弾を代わりに受ける。

眉間に命中した銃弾により絶命した隊員が、ドサリと音を立てて倒れ、その後ろに意に介した風もなくニヤニヤとしているワルターがいた。

「てめぇ!」

ホライズンの叫びと同時に、構造物の後ろに控えていた隊員達がぞろぞろと湧いて出、ワルターを庇うように囲んだ。

「無駄ですよ、彼らは既にサリンジャーを投与されていますからねぇ。私のために命を差し出す優秀な奴隷と化しています」

隊員の肩越しにワルターが嘲笑う。

「サリンジャー?」

カインは何のことか分からず呟いた。

今までこちらの存在さえ蚊帳の外にしていたワルターの視線がこちらに向く。

「その制服。君はウィンストン長官の息子かね?確かカイン君と言ったかな?誘拐されたと聞いたが、何故彼等と共にここまで来たのかな?」

笑みを浮かべながらも、凍るような冷気を放つ視線がカインを射抜き、我知らず少し後ずさりする。

「ぼ、僕は、真実を知るために彼等と一緒に行動しました!」

ともすれば萎えそうな身体を何とか支え、ワルターの視線に負けないようにカインは叫んだ。

「ほう、真実ねぇ。それを知ってどうするつもりだったんですか?」

「ホライズンさんやグライスさんが言っている事が真実なら、僕は遠征隊に入った先輩を救わなくちゃいけないんです!」

ちらりと横を見るとグライスの腹の傷に、ホライズンが破いた貫頭衣を包帯のように巻き止血をしていた。

グライスは意識はあるようで、傷は深くは無さそうだった。少し安堵したカインは、ワルターを睨み言った。

「それは御苦労な事ですね。では君の決意に敬意を表し、お教えしましょう。彼等が言っている事は真実です。タースト二千年の歴史はありませんし、サイクロプスなど存在しません。この街は旧時代の戦争が終結した五百年前から、サリンジャーと呼ばれる薬物を使い遠征隊隊員の自由意志を奪い、奴隷として販売しております。そして私は、このモビルアーマーを手土産に、街の外のとある組織に接触をしようとしておりました」

目の前が真っ暗になるような感覚だった。

ホライズンやグライスと知り合って、外の世界というものが実在することは、カインの中で疑いようの無い事実となっていた。

しかしそれとは別に、本当に街の住人は奴隷として売られていると、街を統べる者の口から直接語られるのは、覚悟をしていたとはいえ受ける衝撃が大き過ぎた。

「モビルアーマー?何だそりゃ。それがあんたの言ってた隠し球かい」

余りの衝撃に膝をついてしまったこちらをよそに、グライスの上半身を支えながらホライズンは不可解なものを見る目を構造物に向けた。

「その通り!この巨大な兵器を使えば、連邦再興を妨げる都市など瞬く間に蹂躙出来ましょう!私はこれの譲渡を条件に組織に入ろうとしているのです!」

構造物--モビルアーマーを仰ぎ見、嬉々として叫んだワルターは、最早自分の知る優しい教王様では無かった。

「もういい、もう沢山だ。先輩を。グリフ先輩を返してください」

自分の十七年の人生は、ワルター教王や異端審問会のキース局長、サルベイション長官である父、そしてそれを利用して虫けらみたいに奴隷を買い取っていた外の世界の者達によって演出された、欺瞞に満ちたものだったのだ。

それは自分一人に限らず、この街で暮らす大多数の人も同じだと思い至ったカインは、裏切られた悔しさと悲しさが極限に達し、涙を流しながら呟いた。

「グリフ?そうか、君の先輩はグリフと言うのですか」

カインを嘲笑うように言ったワルターは、パチンと指を鳴らした。

隊員の一人がモビルアーマーに設置された小さなハッチを開き、何事か操作する。

するとワルターの後ろで装甲が開き、操縦席と思しき空間が口を開ける。

狭いモビルスーツの操縦席とは違い、一部屋分はありそうな広さを有するその中に、父であるジョージに羽交い締めにされたグリフの姿があった。

「カイン!助けてくれ、カイン!」

どうやら外の様子は内部のモニターで見えていたらしく、操縦席が開くや否やグリフは暴れながら叫んだ。

すかさずワルターの周囲にいた隊員達が左右から口や腕や脚を押さえつける。

「せ、先輩!」

カインは呆然とした。

父さん、貴方はそこで何をしているんです?愚かな教王に魂を売り、家族や住民を騙してきた貴方が、今は巨大兵器の操縦席で先輩を拘束して--。

恐らくグライス達と行動を共にする理由を聞いていたであろうジョージは、ただこちらを無言で睥睨していた。

初めて見るジョージの冷たい視線に、カインは父に対する疑問をぶつけようとしたが果たせず、口をパクパクさせた。

「彼は何でも優秀な『巨神』操縦士だとか。このモビルアーマー、〈メトロポリタン〉を動かすに相応しい。その彼が長官の息子と親しい先輩と後輩の間柄だったとは。今ここで二人が再会したのは絶対神カイラス・ギリの思召しか!」

いもしない神の名を嘯き、懐から注射器を取り出したワルターが開いた装甲板に登る。

ニヤついた醜悪な笑みが、取り押えられもごもごと呻きをあげるグリフの横に立つ。

やめろ、やめてくれ。注射器の中の透明な液体こそがサリンジャーだと悟ったカインは、首を左右に振りながら叫ぼうとしたが、やはり萎縮した喉から声は出ず、グリフの首筋に少しずつ注射器の針が近づけられるのを見ていることしか出来なかった。

「クソ野郎が!」

ホライズンがワルターに向けて拳銃を放ったが、周囲の隊員がワルターを庇って銃弾に倒れる。

銃声に我を取り戻したカインは、全身全霊の力を込めて叫び声を上げた。

「やめろぉぉぉぉ!」

しかしその瞬間、カインの叫びも虚しくグリフの首筋には針が突き立てられていた。

ワルターの親指がピストンを押すとシリンジ内のサリンジャーに圧力が加わり、物理法則に従った液体は、唯一の逃げ道である注射針から彼の体内へと流入していった。

「あ、う・・・・・・」

グリフの眼から涙が一筋流れ、小さな呻きをあげる。

即効性があるのか、すぐにこうべを垂れ全身を弛緩させたグリフが、ジョージや隊員達に支えられた。

「本来なら、今この場ですぐに射殺しても良かったのですがね、私をこうまで愚弄した人間も初めてです。特別に〈メトロポリタン〉ですり潰してあげましょう。しかしカイン君、君は特別です、今回の件は大目に見てあげましょう。こちらに来なさい。将来のサルベイション長官に怪我があってはいけないですからね。お父様も心配していますよ?」

カインを籠絡しようとワルターが話す間に、グリフが意識を取り戻し顔を上げる。

が、その顔は一切の表情をなくしており、光を失い虚ろなガラス玉になった眼には、最早何ものも映っていないかのようだった。

「・・・・・・嫌だ。俺はもう貴方の言う事は信じない」

グリフを命令を実行するだけの機械人形にする様子を目の前で見せつけ、あまつさえそのグリフを使いホライズンとグライスを殺そうなどと、グリフなら拒否して当然の行為をやらせようとしている。

自らの野望実現と保身の為、個人の意思と尊厳を無視するワルターに、怒りが頂点に達したカインは、きつく拳を握りしめ、タースト教と決別するべく宣言した。

「良く考えなさい。私が奴隷を売るのも、売られている者達も、全ては過去から連綿と続く歴史の結果なのです。ならばそれを受け入れ、そのシステムの中でより良い立場を目指すのは当然でしょう?誰だって自分がかわいい、不幸になんてなりたくありません。私も同じです。ならばこそ例え自分の主義と反する事でも甘んじて役割を演じ、積み上げた成果を使いのし上がって行く。それが社会であり大人の世界なのですよ?」

ワルターの言葉を聞いたジョージの頬がピクリと動いたのは気のせいか?

「じゃああんたは、本当は奴隷なんて売りたくないと思っているのか?自分も結果を押し付けられた可哀想な人間だとでも言うのか?」

ホライズンに支えられているグライスが、呻き混じりに問うた。

「さて、自分以外の人間を操りたいと考えるのも、人の性というものでありましょう」

結局のところ、それがこの男の本音だろう。

予測していたカインは、別段驚く事もなくワルターの言葉を受け止めた。

「だったらやっぱり、俺は大人になんてなりたかねぇや・・・・・・」

傷を押さえ顔をしかめたグライスが呟いた時だった。

「カイン、グライス!なぜわからない!教王様の仰る事は真実だ!正直に言おう、私には教王様の野望なんて理解できないし興味もない。だがな、結果を受け入れて役割を演じて生きていくしかないんだよ!それは紛う事無き真実だ!そしてその中で家族や身近な人達の幸せを守ろうとする事の何がいけないんだ!」

今まで沈黙を通してきたジョージの鉄面皮にヒビが入り、堰を切ったように叫んだ。

「カイン!お前が攫われて私がどれだけの心配していたか!無事でいてくれたのは嬉しい!だが、そのお前が街を解放したい連中と行動を共にするなどと。お前は私の跡を継いだ後、私と同じ責任を背負わざるを得ないんだ。それが歴史の結果なんだ!だから私は真実を知らないうちはたくさん幸せな思い出を作ってもらいたいと、お前にとって良い父親であろうと努めてきたのに!」

きっと父さんは、家族や親しい者達の平穏な暮らしを守るため、世の不条理を飲み込み心を殺してきたのだろう。

カインは、いつも優しく自分を育ててくれていたジョージの秘めた思いを理解した。

「父さんありがとう。父さんが俺や母さんを大事にしてくれてたのは良くわかってるよ。でもね、俺はサルベイション長官として、サイクロプスから街のみんなを守る父さんに憧れてたんだ。父さんが今まで背負わされてきた責任の重さや苦しみが、全部分かるとは言わない。だけど、俺や母さんの為に父さんだけがそんな思いをするのは嫌なんだ。だから、誰もが自分を騙さなくてもいい、自分に正直に生きられる人生を手にするために、俺はこの人達と街を解放する。簡単にいくとは思ってないよ。でも、例えどんなに苦しい明日が待っていても、それが正しい道なんだって俺の心が言っている。いつか街のみんなが笑って暮らせる未来を作るために、俺は戦う」

カインの言葉を受け、ジョージの顔が悲壮に歪む。

「ジョージ、お前の倅は立派だ。俺が請け合うよ、誇りに思っていい。お前はどうなんだ?まだそうやって自分を誤魔化し続けるのか?お前だって本当は--」

グライスが押し被せたが、場違いな笑い声が響いてその先の言葉を封じた。

「御涙頂戴のとんだ茶番ですね。中々楽しませていただきましたよ。さて、無駄話はここまでです。ウィンストン長官、我々と決別した以上、カイン君にもここでこの世とお別れしていただきますが構いませんか?」

ジョージは項垂れて返事をしなかった。

「まぁいいでしょう。私の計画を理解できないと言ったさっきの言葉は忘れましょう。貴方にはまだまだ働いてもらわなければなりませんからね。長官をカーゴスペースへお連れしなさい」

ふんと鼻を一つ鳴らし、ジョージの横にいた隊員に命じる。

隊員は、ジョージの腕を掴むとキャットウォークの階段を降り、モビルアーマーの下半身に当たる装甲の上を歩きだした。

ジョージは俯いたまま大人しく連れられて行った。

「ではグリフ君、〈メトロポリタン〉を動かしていただきましょうか」

ワルターがグリフの肩に手を置き、操縦席へと誘う。

「待ってください!先輩!」

カインの叫びはグリフには届かず、閉じた操縦席の装甲が二人を分かつ。

「カイン、こいつはやばそうだ!とにかくモビルスーツのところに戻るぞ!」

グライスを背負ったホライズンが撤退を促すが、カインはモビルアーマーから目を離すことが出来なかった。

ワルターを警護していた隊員達も、カーゴスペースとやらに移動をするらしく、キャットウォークの上から姿を消しつつあった。

あれに父さんと先輩が乗っているのに。自分には何も出来なかった。二人を救うことが出来なかった。

低く唸るジェネレーター音が響き始め、モビルアーマーの目覚めがすぐそこに迫っているのを感じたが、カインは根を張ったかの如く、その場から動けなくなっていた。

「二人を救うなんてどだい無理な話だったんです。俺はもうだめです。置いて行ってください」

呆けた眼でモビルアーマーを見上げていると、鋭い痛みが頬に走った。

「まだ終わりじゃねぇ!諦めるな!明日がどんなに苦しくても、みんなが笑える未来を作るんだろ!さっきの言葉は嘘だったのかよ!」

ホライズンが平手打ちをしたようだった。

ホライズンとその背に身を預けるグライスがじっとこちらを見つめ、張られた頬から、痛みとは違う熱いものがじわりと広がった。その熱はやがて全身を包み、さっき自分が言った言葉の意味を隅々まで行き渡らせるような感覚があった。

「嘘じゃない、自分に嘘はつかないって決めたから。けど--」

「けどもでももない!だったらやってみせろ!お前一人で足りない分は俺達がサポートする!」

グライスが皆まで言わせず言い切った。

そうか、俺は一人じゃない。今日出会ったばかりなのに、この人達は俺を信じてくれている。

そして俺も、やっぱり自分を騙したくない。モビルアーマーを止められれば、街の住民はもとより、まだ二人を救えるかもしれない。

「ありがとう。ホライズンさん、グライスさん。地上へ行きましょう、モビルアーマーを止めます!」

人を物のように扱う輩に、もうこれ以上勝手なマネはさせない。

決意を新たにしたカインの言葉を聞いて、ホライズンとグライスが頷く。

ジェネレーターの暖機に時間を取られているのか、モビルアーマーが長い眠りから覚めるにはもう少しだけ猶予がありそうだった。

グライスを背負ったホライズンが先頭を行き、それをカインが後ろから押す形で、三人は急ぎ地上へ続く階段を登り始めた。

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