22
モビルアーマーの起動までに間に合うか?
焦りの中懸命に脚を動かし、聖堂の外に出た瞬間だった。
地面が微震を始め、聖堂がミシミシと不穏な音を立てる。どうやら五百年の眠りから覚めたモビルアーマーが地上に向けて移動を開始したらしい。
「モビルスーツに早く乗り込め!とにかくこの周辺から撤退だ!」
ホライズンは早くも〈ガンボーイジム〉に取り付き、グライスを補助席に座らせているようだった。
「はい!」
強さを増してきた揺れの中叫んだカインは、〈ガンボーイキャノン〉のコクピットハッチを開けてシートに飛び込んだ。
『ホライズン!地下から巨大な反応が上がってくるわ!一体なんなの?』
機体を立ち上げると、パニックに陥ったアヤの声が無線から流れた。
『モビルアーマーとか言う昔の兵器なんだとよ!とにかくホワイトホエールもこの空域から退避!』
ホライズンの声にも焦りの色が滲み、上空のホワイトホエールが聖堂の上から退避すべく艦体を傾がせた。
『モビルアーマー?聞いたことがあるなぁ。確か昔の戦争の時に拠点制圧用に作られた、巨大な兵器って噂が--』
『ポール!その話は後でゆっくり聞かせてくれ!今は奴を止めるのが先決だ!』
カイン達が退避行動をする間にのんびりとした少年の声が無線に入ったが、ホライズンが話を断ち切った。
そうこうしている内に、聖堂が土台部分から崩壊を始め、鋭い爪を有する青いアームが地面に突き刺さる。
街の象徴だった塔も崩れ去り、聖堂の瓦礫が降り注ぐ中、機体底面にあるスラスターを蒸した〈メトロポリタン〉が浮上してくる。
『こいつは・・・・・・』
地下では全容がわからなかったが、未だ消火しきれぬ街の火に照らされ、異形を晒したモビルアーマーを見たホライズンは、流石に言葉を失ったようだ。
『虫みたいで気持ち悪ー』
ホワイトホエールのクルーらしい若い女性の声がして、確かにと、カインも妙に納得した。
『ミラ、お前なぁ』
ホライズンが呆れたように応じる。
『ごめんごめん!それより、モビルアーマーの中央部にエネルギー反応があるわ!何だかわかんないけど、ホライズン達はモビルアーマーの正面直線上から退避して!』
見れば、蟹の爪のようなクローの根元にあるスラスターにも見える巨大なリングが淡い光を発していた。
あれは何だ?モビルアーマーの直線上から機体を移動させつつ、徐々に強さを増してゆく光の正体を確かめようと目を凝らした瞬間だった。
スラスターと思われたパーツの中央にこれまでの淡い光が収束し、リングの直径と同じサイズの眩く太い光の奔流となって吐き出された。
『な・・・・・・!ビーム兵器だと!?』
ホライズンの驚きの声が、ばちばちと大気を震わす大音量の中聞こえる。
搭乗者の視力を守るべく、モニターに搭載された防眩フィルターが自動で作動したが、それをもっても防ぎきれない眩しさに、カインは咄嗟に眼を閉じた。
『モビルアーマーには、今の技術じゃ再現出来ない核融合ジェネレーターが三基も積まれていて、ビーム兵器への転用が可能なほどの出力を有しているって、ニューポートロイヤルのメカニックが噂してるのを聞いたことがあるよ』
大音量が静まり、カインは恐る恐る瞼を開ける。
再びポールが口を挟み解説してくれたが、カインには理解出来なかったし、モニター越しに見えた街の惨状の方が余程衝撃的だった。
『お前!そういう事は早めに言え!』
『言おうとしたら、ホライズンが後で聞くって言ったんじゃないかぁ』
ホライズンとポールの間の抜けた遣り取りが無線上で続いていたが、カインの頭には入ってこなかった。
モビルアーマーの正面直線上の地面を抉り、一文字に刻まれた光の痕跡は、整然と区画整理されていた中央市街を斜めに貫いており、見る者に認知的不協和を起こさせるに十分な光景だった。そしてそれは痕跡の途中に存在した建造物や人命の全てを飲み込み消滅させた証でもあった。
痕跡は遥か遠方まで続いているらしく、余りに短時間で膨大な破壊をもたらしたビームとやらの威力に、カインは絶句した。
『とにかくあいつを止めるんだ!今のワルターなら街の全てを破壊しかねん!』
グライスが二人の遣り取りに割って入る。
そうだ、こちらが逃げ続ける限りあれはビームを撃ち続けるかもしれない。
これ以上惨状を広げないためにも、一刻も早く〈メトロポリタン〉を止める必要がある。
「そ、そうだ!行きます!」
グライスの言葉に我を取り戻したカインは、虫の脚に見えるモビルアーマーの脚を狙ってマシンガンを撃ち放った。
が、マシンガンの銃弾は青い装甲の表面で弾け傷一つつけられなかった。
「き、効かない?」
叫んだ瞬間、蟹の鋏のようなクローが持ち上がり、〈ガンボーイキャノン〉目掛けて振り下ろされた。
間一髪のところで躱し、態勢を立て直す。
『あたしがやるよ!』
ステイシーの叫びが無線に入り、〈ガンボーイタンク〉が、五キロ程離れた所から肩のキャノンを発射した。
モビルアーマーのビーム発射口に着弾するかに見えた砲弾はしかし、再び振り上げられたクローの先端に防がれた。
着弾の爆煙の中から無傷のクローがぬっと現れ立ち込める煙を割る。誰もが固唾を飲んで見ている中、煙の奥でモノアイが不気味な光を放ち、八本の脚を動かしカイン達の方に向かって移動を開始した。
『レーダーを見ろ、俺の仲間もこちらに向かっている!だが、材質の強度が桁違いだ。数が揃ったところで歯が立つか・・・・・・こいつはちと厄介だな』
周辺の部隊を粗方無力化したのか、確かに味方機を示すマーカーがこの場所を目指して移動しているようだった。
が、マシンガンが束になったところで効果があるか・・・・・・。
さすがのグライスも焦りを滲ませた声を出す。
『コクピットを潰すのが手っ取り早いが、カインの先輩もいるし、どのみちこの硬さじゃあな・・・・・・』
ホライズンも後退しつつマシンガンを発射したが、やはりかすり傷一つつかない状況にイラついているようだった。
「せめて脚を止められれば!」
カインも無駄を承知でマシンガンを撃つ。
ステイシーとケインのモビルスーツも肩のキャノンで脚部の破壊を試みていたが、押し寄せる銃弾や砲弾を意に介した風もなくモビルアーマーの前進は止まらなかった。
『ダメか、止まらねぇ!おっさん、しっかり掴まってろ!』
ホライズンが言うや、マシンガンを投げ捨てた〈ガンボーイジム〉の機体が駆け出し、バックパックの横に収納された折りたたみ式の短剣を抜き放つ。
クローが〈ガンボーイジム〉の進行を阻もうと数度振り下ろされるが、ホライズンはジグザグの挙動で巧みに躱し〈メトロポリタン〉に肉薄した。
『関節を狙えば!』
グライスの呻きが混ざる中ホライズンが叫び、左脚の最前列に位置する一本に狙いを定め、関節に短剣を突き立てる。
スパークを上げた関節が動きを止め、左脚の一本を無力化する事に成功した。
しかし、他の脚はまだ健在であり、モビルアーマーの移動速度を多少落とせた程度だった。
『くそ!この程度じゃ止まらんか!』
寧ろ懐に飛び込んだ分、クローのリーチ内に留まらざるを得ない〈ガンボーイジム〉の方が不利だった。
動かなくなった脚にしがみついていた〈ガンボーイジム〉の胴体部をクローが掴み、両断しようと出力を上げる。
『ホライズン!』
アヤの悲鳴が上がり、外部マイクが集音したミシミシという機体が軋む音がスピーカーを不穏に震わせる。
「させるか!」
ホライズンの危地を救うべく、カインも〈メトロポリタン〉への接近を試みたが、それよりも早く、〈メトロポリタン〉の上半身の背後にある二対の箱状の物体から、小型の流線型をした物体が複数射出された。
『ミ、ミサイルだ!避けろ、カイン!』
ホライズンの警告が耳に刺さる。
ミサイルが何なのかは分からないが、ホライズンの声に危険の接近を察知した身体が、反射的に機体を後方に跳躍させる。
直後、本来なら〈ガンボーイキャノン〉が居たであろう箇所に爆発が起き、爆風が機体を転がす。
「何だ!?」
歯を食いしばり、機体を襲った激しい振動に翻弄されないよう、ペダルに脚を踏ん張りレバーをぐっと握り締める。
レーダーにあと二つのミサイルなるものの接近を確認したカインは、仰向けに倒れた〈ガンボーイキャノン〉を左に回転させた。
仰向けに寝転んだ機体が、手脚を器用に使い機体前面と背面を交互に地面に叩きつけながら左に転がっていく。
数瞬遅れでミサイルが着弾し、再び爆風に煽られた機体は、民家に半ば埋まった状態で動きを止めた。
『カイン!だ、大丈夫か!』
〈ガンボーイジム〉を苛む圧力が傷に障っているのか、グライスの声は苦しそうだった。
「は、はい!」
自身と機体の五体満足を確かめ、〈ガンボーイジム〉を助ける方法は無いかと考えた時だった。
〈メトロポリタン〉の背後から黒い影が素早く現れ、耳に突き通る高音と共に〈ガンボーイジム〉を掴んだクローのアームを中途から断ち切った。
地面に落下した〈ガンボーイジム〉を掴み、モビルアーマーから離れたその黒い影は細身のモビルスーツで、その手にした剣状の武器が、アームを切断したようだった。
『ジョセフか、すまない!助かった!』
無線を聞いたのか、見知らぬモビルスーツは片手を挙げて応じる。
グライスの反応からして、彼の仲間が動かすモビルスーツらしいと理解したカインは、兎にも角にも〈ガンボーイキャノン〉の機体を立ち上がらせた。
『高周波ブレードなら太刀打ち出来るか。ジョセフ、タケル達とあの化け物の脚を止めてくれ!』
グライスの言葉にハンドサインで了解の意を示した黒いモビルスーツは、周辺に集まっていた同型機三機と共にモビルアーマーに向けて走り出した。
『脚を切断して動きを止めてくれ!』
ホライズンの指示に従って、残り一本になったクローの攻撃を避けた四機のモビルスーツが左右に分かれていく。
高周波ブレードなる武器を抜き放ち、耳を聾する高音を鳴り響かせた機体達が、瞬く間にモビルアーマーの脚部を切断して行き、残された胴体部が地面に落下した衝撃が〈ガンボーイキャノン〉のコクピットを揺らす。
「すごい・・・・・・!」
モビルアーマーの落下により周囲に土煙が立ち込める。マシンガンや大砲をものともしなかった装甲を切り裂き、圧倒的な早さで〈メトロポリタン〉の脚を止めた黒いモビルスーツに、カインは驚嘆した。
『核融合炉で動いているって噂が本当なら、ジェネレーターを破壊するのは危険だ!核爆発ってのが起きたら、街全体を巻き込んで消滅させちまう!迂闊に動力部は攻撃するなよ!』
グライスが注意を促す中、黒いモビルスーツの一機が〈メトロポリタン〉の虫の胴体のような下半身に取り付き、装甲を切り裂いていた。
『た、隊長!人が、人がたくさんいます!』
知らない少年の声が無線機から流れる。
それは何故か今まで無線を使わなかった黒いモビルスーツからの通信だった。
『タケル!無線は使うなと言ったはずだ!』
また知らない男の声だ。
『ジョセフ、今は緊急時だ!タケル、構わん。状況を報告しろ』
『は、はい!機体の後方、下半身に当たる構造物の中に、大勢の人が収容されています!服装から遠征隊のメンバーと推測されます!』
ジョセフと呼ばれた男が押し黙る気配が無線越しに感じられ、タケルと言うらしい少年が状況説明をする。
『拠点制圧用の白兵戦要員を運ぶキャリアーの機能も備えてやがるのか・・・・・・』
ホライズンの言葉に長官をカーゴスペースへと言ったワルターの声が思い出され、その意味が今更ながらに理解できた。
『隊長、どうしますか?今なら彼等を保護する事も--』
タケルがそこまで言った時だった。
無事だった方のクローがタケルの機体を掴み、カーゴスペースから引き剥がす。
スピードを重視していると思しき華奢な機体は、〈ガンボーイジム〉よりも薄い装甲を採用しているのだろう。
軽量化の為に犠牲にした防御力が裏目に出て、タケルの機体は瞬時に真っ二つにされてしまった。
生き別れになった上半身と下半身が地面に転がるや、スパークを爆ぜさせた機体が爆散する。
『タケル!!』
ジョセフが叫び、高周波ブレードでもう一つのクローを叩き切ったが、時すでに遅くタケル機は破片だけの無残な姿に変わっていた。
『ジョセフ!後ろだ!』
グライスの声が弾け、カインが何事かと見るや、ジョセフの機体が着地した背後のビーム発射口が光を放ち、再び放たれた太い光軸がジョセフの機体を巻き込んでいった。
『肉を切らせて骨を断つか、やってくれやがる・・・・・・』
光が収まると、発射口の前に位置していたジョセフ機とタケル機の破片は、跡形も無く蒸発していた。
取り付いていた残り二機の黒いモビルスーツも、〈メトロポリタン〉のビームの圧力で吹き飛ばされ、近くの民家に埋まっている。
すかさずそこにミサイルが放たれ、身動きが取れない二機はなす術も無く大破していった。
新たに大地に刻まれた痕跡を前に、仲間を全て失ったグライスが絶句する気配が無線越しに伝わり、ホライズンがボソリと呟く。
恐らくクローを犠牲に発射口の前におびき寄せ、ビームとミサイルによって新たに出現したモビルスーツを破壊したのだろう。
「なんでそこまでやる必要があるんだ!教王!あんたは狂ってる!」
最早碌に移動する事も出来ない状態にありながら、こちらの殲滅を諦めない姿勢に、ワルターの執念を感じたカインは、無線が繋がってないのを承知で絶叫した。
『脚を止めても無駄か。ジェネレーターは爆発の危険性があるから破壊できない。こうなった以上、コクピットをやるしか無い。カイン、いいか?』
爆風で飛ばされてきた高周波ブレードを拾い上げた〈ガンボーイジム〉が〈メトロポリタン〉を睨みつけるようにする。
もうそれしか手はない。
移動不能とはいえビームを発射できる機能が生きている以上、モビルアーマーを放置することは出来ない。
発射口を破壊すれば、直結していると思われるジェネレーターの誘爆も考えられる。
核爆発とやらがどのような威力かは知らないが、街が消滅すると言ったグライスの言葉は本当だろう。
ミサイルの脅威も去ったとは言えず、コクピットを潰す以外の手を思いつかないカインは、己の無力を呪いきつく唇を噛み締めた。
『辛いのは分かる。だが、これ以上の人殺しを俺は容認出来ない。カイン、分かってくれ』
自身仲間を失くしたばかりで辛い心中でいるはずのグライスが、こちらを慮って優しい声音で諭す。
自身の辛さを隠し、他人に優しく接するグライスの気持ちが痛い程伝わり、カインは我知らず泣いていた。
「・・・・・・分かりました」
畢竟、それしか手段が無いと結論したカインは、流れる涙を拭い敵を見る目をモビルアーマーに向けた。
23
あれ?俺は何をしてるんだろう。
身体を激しく揺さぶる振動が起き、反動で頭をぶつけたらしく痛みが走る。
その衝撃でサリンジャーがまだ完全に回りきってない脳が、少しだけ残されていた自意識を呼び覚まし、ぼんやりとした意識の中グリフは思った。
(なんて事だ!脚を全て切り落としおった!)
誰だろう?誰かが叫んでいる。脚?脚を切られたの?それは大変だ。明日はサイクロプスと戦わなきゃいけないのに。
(グリフ!あの黒い奴をやれ!)
グリフ?それ誰?俺?黒い奴?
あぁ・・・・・・、あれは!サイクロプスじゃないか?黒い一つ目の巨人だ!
サイクロプスを倒せと言う事は、貴方はカイラス・ギリ様?
ならばこれは神の啓示だ。サイクロプスは、一匹残らず殺さなきゃ・・・・・・!
グリフの身体がコンソールを操作し、レバーを握る。
ビームのチャージを行いながら、下半身に取り付いたサイクロプスをクローで掴み上げる。
(そうだ!クローなんぞ切られても構わん!捕まえた奴を囮にして誘き寄せて、光線兵器で奴等を一網打尽にせよ!)
うん、わかってる。これ以上奴等を野放しにはしないよ。任せて、カイラス・ギリ様。
サイクロプスへの怒りが、指に掛かったトリガーに力を入れさせ、クローが掴んだサイクロプスを両断する。
そこへ飛び込んできたもう一体のサイクロプスが、手にした剣でクローを切断する。
今だ!浄化の光で消し飛べ、サイクロプス!
コンソールの中央にある拳銃型のグリップを握り、グリフは躊躇わず引き金を引く。
眩い光が視界を埋め、その中にサイクロプスが溶けていく。
どうだ!カイラス・ギリ様から与えられたこの光の力!
(まだだ!あそこに二機残っておる!殲滅せよ!)
声に言われるまま視界を巡らせて見れば、二体のサイクロプスが民家に埋まって身動きが取れなくなっている。
性懲りもなく街を壊して!
素早くミサイルの照準を合わせ、コンソールの発射スイッチを押す。
放たれたミサイルが、動く気配を見せない黒いモビルスーツを完全に沈黙させる。
(よし!良くやったぞ!こちらも動けぬが、これで奴等も手出しはできまい!)
お褒めいただき光栄です、カイラス・ギリ様!
グリフは嬉しさのあまり声の方に顔を向けた。
あぁ、貴方がカイラス・ギリ様なんですね!教王様の姿を借りて俺の前に現れて下さったなんて!
(さて、後はミサイルで奴等を潰してやるのだ!)
はい、わかりました!サイクロプスの仲間を根絶やしにするんですね!
恍惚感に包まれて正面に顔を戻すと、白と赤のカラーリングに身を包んだ巨人が剣を携えてこちらに走り出していた。
(な、何だあやつは!あの剣がまだ残っていたのか!)
カイラス・ギリ様が慌てていらっしゃる。きっとあの剣は、ザ・クの作り出した魔力の剣に違いない。神の敵は俺の敵。
ビームのチャージを開始しつつ、赤と白の巨人にミサイルの照準を合わせ発射する。
しかし、ミサイルは空中で爆破され、地上に着弾する事は無かった。
誰だ?俺と神を邪魔する奴は!
恍惚感に水を差され、頭に来たグリフは、ミサイルを撃ち落とした奴を探した。
あいつか!あの赤い巨人が神の矢を撃ち落としたのか!
見れば、全身真紅に包まれた巨人が、銃でミサイルを撃ち落としたようだった。
あいつから先に倒してやる!
ミサイルの照準を赤い巨人に向け発射した。
数発は撃ち落とされたようだが、生き残った一発が右脚の膝下に命中した。
爆発の勢いでこちらの正面に投げ出された赤い巨人は、防御が優れているのか、装甲が吹き飛ばされ、片脚と胸の一部を失いながらも、まだ動こうとしていた。
その失われた胸の奥に、知った顔を見てグリフの心臓は大きく脈を打った。
カイン?そこにいるのはカインなのか?何で泣いてるんだ?いや待て、カインって誰だ?
本格的に脳を侵し始めたサリンジャーに、グリフの意識が混濁の度合いを深める。
いや、カインは俺の一番仲良しの後輩で。あれ?っていうか俺は誰だ?
(何をやっている!早くミサイルを撃つんだ!奴が!奴が!)
そうだ、早くカイラス・ギリ様の命令を実行しないと!どこにいった?白と赤の巨人はすぐそこに--
そう思い直し、赤と白の巨人を探した瞬間だった。
耳をつんざく高音と共に、目の前の壁が切り裂 かれ、激しい火花が視界を塞ぐ。
電子機器が焼ける匂いと煙が立ち上り、煙の向こうで白と赤の巨人の目が、薄い緑のバイザー越しに輝く。
目と目が合ったのも一瞬、重力に従い巨人の顔はすぐに視界の下方に消えていく。
(光線を!光線を早く!今なら消し炭にできる!奴等を一人残らず殲滅せよ!)
カインを殺すんですか?カイラス・ギリ様が俺にそんなこと命じるんですか?泣き虫だけど芯は強くてそれでいて優しくて、貴方の敬虔な信者で、街の事を一番に考えてるのに?っていうかカインって誰だ?
ビームの発射装置を握ったグリフの動きが止まる。
(何をしている!早く撃て!あの二機を焼き殺すのだ!)
教王の姿をしたカイラス・ギリの顔が歪んだ形相でこちらを見る。
違う。お前はカイラス・ギリ様でも教王様でもない!神が俺にカインを殺せなんて言う筈ない!お前こそ人類の仇敵ザ・クだ!俺を、騙したな!俺?俺は誰だ?カインって何だ?
(ええぃ、役立たずめ!その発射装置をよこせ!)
教王の姿をしたザ・クがグリフを突き飛ばそうとしたが、グリフは発射装置にしがみつき動こうとしなかった。
嫌だ!お前なんかにカインは殺させない!あいつはきっとお前を滅ぼして人類を解放してくれる!だから絶対に殺させない!あれ?俺は何をしてるんだ?
(早くそこをどけ!)
必死の形相で迫るザ・クと揉み合っていると、再び跳躍した赤と白の巨人が視界に入り、剣を構える。
混濁し消え行く自我を認識もできぬ中、グリフも教王を羽交い締めにする。
今だやれ!今ならザ・クも道連れだ!ザ・クって何だっけ?
(私は組織に--)
ザ・クがそこまで言った時だった。
巨人の構えた剣がこちらに突き出され、ワルターとグリフの身体は高周波の衝撃に見舞われ粉微塵にされた。
意識が消え失せる一瞬、グリフは光に包まれる幻を見た。
あぁ、これが魂の解放か。
カイン達も言ってたっけ。 何て穏やかな気持ちなんだろう。
俺な、本当のこと言うと死ぬのが怖くなったのさ。
笑ってくれていいぜ、カイン。俺、バカだよな。その弱い心をザ・クに付け込まれてお前を殺そうとしちまったんだからな。
でもな、今こうしてお前を助けて死ねるんだ。
だからカイラス・ギリ様がご褒美に魂を解放してくれたんだよ。
これでいつでもお前達や家族とも一緒にいられる。
だからカイン、泣かないでくれよ?
俺はいつだってお前のそばにいるからさ・・・・・・。
一瞬を永遠に引き伸ばしたかのような時間の中、自我を取り戻したグリフがそこまで思考を紡いだ時、グリフの意識は唐突にブラックアウトした。
24
『・・・・・・分かりました』
言葉を発する前の沈黙がカインの悲壮な決意を表していた。
シート脇の補助席に座るグライスも、沈痛な面持ちで目を伏せる。
「この剣でコクピットを潰す。ビームが撃たれる気配がない今がチャンスだ。先ずは正面から行って、コクピットの装甲を切り裂く。お前はミサイルを撃ち落として俺を援護してくれ」
先輩を殺す事などカインには出来ないだろうし、させてはならない。
ワルターと先輩は俺が殺す。
結局コクピットを潰す以外の手を思い浮かばなかった以上、それがホライズンがしてやれるカインへのせめてもの配慮だった。
『はい、お願いします』
泣いているのか。カインの声は涙混じりだったが、返事は意外にはっきりしていた。
こいつはきっと大丈夫だな。強い奴だ。
少し安堵し、ほっと息を吐いたホライズンは、一切の思考を止めモビルアーマーに向けペダルを踏み込んだ。
駆け出す〈ガンボーイジム〉に気が付いたか、〈メトロポリタン〉がミサイルを放つ。
刹那、横合いからマシンガンの弾幕が張られ、ミサイルを撃ち落としていく。
カインが指示どおりにミサイルを落としてくれているようだった。
ホライズンは援護を任せ、ペダルを踏む足に力を込め続けた。
あと少しで届く。そう思った時だった。突如ミサイルが〈ガンボーイキャノン〉の方に向けて放たれ、ホライズンは脚を止めてしまった。
「カイン!そっちに行ったぞ!」
〈ガンボーイジム〉の周囲だけに集中しているであろうカインには自分に向けられたミサイルが見えていない可能性があった。
『え?』
案の定ミサイルへの対応が遅れ、数発は撃ち落としたものの、撃ち漏らした一発が回避しようとした〈ガンボーイキャノン〉の右膝の下辺りに着弾した。
『うわぁ!』
重装甲を誇る〈ガンボーイキャノン〉といえども、ミサイルの直接的な被弾に耐えられるものではない。爆発の衝撃が各部の装甲を剥ぎ取り、コクピットのハッチさえも外れていた。衝撃に晒されたカインの悲鳴が無線を騒がせる中、避けようとした方向に爆発の威力が加わり、吹き飛ばされた機体が二発目のビームで穿たれた痕跡に転がり落ちる。
「カイン!ビームがきたら不味い!早くコクピットを出ろ!」
カインを案じ、ホライズンが叫ぶ。
『脚が挟まって脱出出来ません、何とか機体ごと出てみます!』
駆動系はまだ生きてるようで、腕だけで痕跡を脱出しようと試みているが、難しいようだった。
「ホライズン!ビーム発射口が!」
グライスが発射口の光に気付いてモビルアーマーを指差す。
「一か八かだ!」
ホライズンは腹を決め、再びペダルを踏む。
一気に距離を詰め跳躍し、マニピュレーターに持たせた高周波ブレードのトリガーを引かせる。
モノアイのある位置まで飛んだ後、ワルターが乗り込んだハッチを横一文字に切り裂いた。
煙が充満する装甲の奥でワルターの顔が恐怖で引き攣り、操縦桿を握ったグリフがこちらを見つめる。
その光景も一瞬で上方に消え去り、発射口の前に着地したホライズンはすぐさま二回目の跳躍に転ずる。
今ビームを撃たれれば、カインも含めて一巻の終わり。ひやりとしながらペダルを踏み、スラスターを閃かせた〈ガンボーイジム〉が飛び上がる。
再度コクピットと同じ高度まで来た時、コクピットの中で、コンソールの操縦桿を前にしたワルターがグリフに羽交い締めにされているのが見え、ホライズンの心臓が大きく脈打った。
こちらのカメラを見据えたグリフの口がパクパクと動く。
い・ま・だ・や・れ
今だ、やれ。唇の動きからグリフの意思を読み取ったホライズンは、全ての感情を殺し操縦桿のトリガーを引き、高周波ブレードをコクピットに叩き込んだ。
収束しつつあったビーム発射口の光が霧散し、ジェネレーターの駆動音が静まっていく。
無線からはカインの押し殺した泣き声が流れ、
グライスが苦しそうな息をしながら、ホライズンの肩にぽんと手を置く。
未だ火の手を上げる街に充満する煙の中、〈メトロポリタン〉のコクピットから電装部品のスパークが引火したとみられる白い煙がたなびく。
それは夜風に流され、一つの戦いが終わった事を告げて街から登る煙と渾然一体となって空へと溶けていった。