25
夕陽が落ち、戦災を免れたガス灯が辺りを照らし始める。
ビームの痕跡を埋める作業に当たっていた人々が、三々五々帰り支度をするのをモニター越しに見たカインは、自分も一度食事でも摂ろうと思い立ち、〈ガンボーイキャノン〉をホワイトホエールに向かわせた。
戦闘が終わってからの一週間は怒涛のように過ぎていった。
戦闘後意識を失ったグライスは、近くの病院に運び込まれそのまま緊急手術が行われた。
失血により一時は生存が危ぶまれたが、二日目の夕方に奇跡的に意識を取り戻した彼は、すぐにホライズンに頼んで病室に録音用の機材や通信用の端末を運び込ませたのだった。
サイクロプス討伐隊の出陣を祝う街のムードは、機動兵器同士の戦いでパニックに変わり、街頭スピーカーから流されている放送によって混乱の度合いを深めていった。
搬送先の病院でグライスが録音し、日中は絶える事なく流されているその放送は、外の世界の現状とこれまでのタースト教の欺瞞を暴く内容で、それを聞いた街の人々の反応は様々だった。
ある者は事実を受け入れられず、彼らこそはサイクロプスに洗脳されたザ・クの信者だと憤り、街中でデモ紛いの行動に出ている集団もあるらしい。
ある者は今までの信仰を裏切られたショックで前後不覚に陥り、各病院に次々と卒倒した患者が運び込まれていると報告があった。
だが、大半の者は外の世界の存在とタースト教の欺瞞を知り、これからの街の行く末を思い途方に暮れていた。
放送を聞き様々な反応が出たが、これまで積み重ねてきた生活の基盤であるタースト教が失われた事で心の支えをなくし、不安に苛まれているというのは全ての人に共通していた。
しかし、中央市街に住む住民達は、外の世界で造られた空飛ぶ戦艦や〈ガンボーイジム〉などのモビルスーツを目の当たりにしており、彼らが聖堂の下から現れた、巨大な虫のような化け物が街を破壊するのを止めたところまで目撃してしまった以上、グライスの言葉を信じざる得なかった。
戦闘が終わった後、その外の者達が街の消火活動や瓦礫の撤去、艦に備蓄された非常食の配布を行なっており、好むと好まざるとに関わらず、彼らの存在を認める空気がこの一週間の間に人々の中で醸成されつつあった。
グライスの指示の元、審問会警察部隊とサルベイションは、有志の隊員を纏めて臨時の治安維持部隊として再編された。特に信仰の厚い人間が所属している審問会とサルベイションにおいては多数の反発が予想されたが、サリンジャーや奴隷販売等の実態を知った七割以上の隊員が参加の意を示し、意外なほどすんなりと次の体制に移行できた。
信仰自体は簡単に捨てられないが、街の体制がこれからどうなるかわからない以上、グライスについた方が得であるという、損得勘定が働いてもいたのだろう。
その治安維持部隊の手で、セカンドターストにある残存戦力の制圧作戦が進められる一方、サリンジャーに侵された隊員達は保護され、ワルターの一族や各省庁の幹部らが捕まっていった。
杳として行方の知れなかったキース審問会長官は、昨日の夕方変死体となってノースブロックの路地裏で発見された。
カインと共に病院に死体を確認しに行ったホライズンは、こめかみにあった銃創を見て追い詰められた末の自殺だろうと言った。
が、身体のあちこちに残る打撲痕を見れば、真実を知り暴徒と化した市民にリンチを受けた痕である事はカインにも一目瞭然だった。
街を仕切っていた主要人物の三人中二人がいなくなり、残りは〈メトロポリタン〉のカーゴスペースにいたジョージだけになった。
そのジョージは、今は住民達からの襲撃を避けるべくホワイトホエールの収監室に保護されており、同じく保護されたカインの母ジェーンも艦内にいた。
病室に見舞いに行った時グライスに聞かされた話によれば、救援要請を打電したので二週間以内には他所の街からターストシティを立て直すための部隊が派遣されてくるらしい。
父と母は、サリンジャーを打たれた遠征隊隊員とその家族と共に部隊に連れられて外の街で保護される手筈になっていた。
やってくる部隊がグライスのバックにある街なのかどうかまでは分からなかったが、とりあえずは父と母の安全が保証されたことにカインは安堵したものだった。
兎にも角にもにもガンボーイフリーダムのメンバーやカインは事後処理に忙殺され、一息つけたのは戦闘終了から七日目の夜だった。
モビルスーツを格納庫のハンガーに戻し、ホワイトホエールのブリッジにいるポールに進捗状況を報告し終えたカインは、食事をして少し寝た方が良いとポールに勧められ、疲労困憊の身体を引きずり仮眠をとるべく艦内に与えられた個室に向かった。
ポールからもらったエネルギーバーを齧りつつエレベーターで居住区のある第二甲板に降りると、廊下の壁に背を預け腕組みしたホライズンがいた。
「よう、お疲れ」
こちらを見ずに片手を挙げたホライズンが声をかけてくる。
お互いこの一週間は平均睡眠時間が四時間を切っている筈だが、ホライズンの表情に疲れの色はなかった。
「お疲れ様です、ホライズンさんはタフですね」
エネルギーバーの最後の一口を咀嚼し、ともすればぼーっとしてしまう頭で何とか答える。
「あれからばたばたして、ゆっくり話す時間も無かったからな。その・・・・・・、先輩の事はすまん」
こちらを見ずに言い切ったホライズンは、壁から背を離しこちらに向かって頭を下げた。
「そ、そんな、頭を上げてください。あの時はあれしか手が無かったですし、モビルアーマーを放置する事も出来なかった以上、ああするのが最善の選択です」
手の中にあるエネルギーバーのパッケージがくしゃりと音を立てて握り潰される。
忙しさにかまけて忘れていた。いや、忘れようとしていたグリフの事が思い出され、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
きっとあの時の謝罪をする為にホライズンは自分を待っていたのだろう。
一週間という短い時間ながらも、共に復興作業をする中でホライズンの人となりを知った今なら分かる。
きっと自分にグリフを殺させないよう、ホライズンはモビルアーマーを止める役を買って出てくれたのだと。
「俺がトドメをさす時、先輩はワルターがビームを発射しようとするのを止めていた。どういう理屈か分からんが、サリンジャーを打たれた先輩がだ」
思いがけないホライズンの言葉にカインははっとした。
「そしてカメラ越しに何か言ったんだ。音は拾えなかったが、唇の動きで分かったよ。今だ、やれってな。あの時、お前コクピットハッチやられてただろ?もしかしたら先輩には見えてたのかもな、お前の泣き顔。だから、俺は先輩がお前を助けようとしたんだと思いたい」
滲み出てきた涙が視界を歪ませ、頬を伝う雫に結実する。カイン、泣くなよ。狭い廊下に反響する自分の嗚咽に混じり、グリフの声が聞こえた気がした。
「手を下した俺が言うのもなんだが、お前は先輩を解放してやれたんだと思う。薬にやられて奴隷として望まぬ事をやらされる人生から。最後の瞬間、お前を助けようとしたのは先輩自身の意思に間違いない」
そうなのだろうか?いや、そうであって欲しい。生まれた時から嘘の教義を刷り込まれ、奴隷としての一生を送り、この世界に何も残せないなんて惨めすぎる。
だからホライズンの言葉を信じよう。最後の瞬間、自らの意思を貫けて逝ったのなら、彼に救われ今を生きている自分こそが、グリフが生きた証になるのだから。
泣き続けるカインの背を、ホライズンの手がさする。その手は暖かく優しかった。
「あのよ・・・・・・」
暫く泣き続け少し落ち着いた頃だった。
視線を泳がせながらホライズンがぼそりと言う。
「グライスのおっさんには昼間に話したんだが、治安維持部隊も組織できた事だし、俺達ガンボーイフリーダムは明日の夜街を発とうと思う。どこの街の連中が復興支援に来るかはわからないが、俺達は元々奴隷の買取に来た身だ。組織に繋がってる街の連中が来る可能性もある以上、素性を知られたくはないし、戻って雇い主に報告もしなきゃならん。それで、提案なんだが、お前うちに入らないか?」
意外な言葉にきょとんとし、涙目のまま見上ると、ホライズンはぷいと目を逸らした。
「お前、例え明日が辛くとも、みんなが笑える未来を作りたいって言ったよな。俺も同じだ。何をどうしたらそんな未来が作れるのか、今の俺にはわからねぇ。でもな、お前が一緒なら、みんなが笑える本当に自由な世界ってのが見つけられるかも知れないって思ってさ」
恥ずかしそうに言うホライズンがおかしく、カインは吹き出してしまった。
「わ、笑うな!ガラじゃないのは分かってんだよ!」
慌てて付け足した様がまたおかしく、膝を叩いて笑ってしまった。まだ自分は笑えるんだ。今回の件でいなくなった人達はもう笑う事もできない。ならば先輩の繋いでくれたこの命は、一人でも多くの人が笑える世界を作る為に使いたい。
それに、失ったものは多いが、新しく得たものもある。
さっき背中をさすってくれた手もその一つだった。その手から伝えられた暖かさと発せられた言葉がじんわりと心に沁み、悲しさとは違う涙を流させる。笑いと共に流れる雫が凝り固まった疲れをほぐしてくれて、ひとしきりカインは笑った。
「それで、どうするんだ?」
柄にもないセリフを笑われて、仏頂面になったホライズンが尋ねる。
「俺はこの世界を知りたい。何がこの街を狂わせていたのか、世界の姿を自分の目で見て考えたいんです」
涙を拭き、ホライズンの眼を真っ直ぐ見つめる。そうだ、この眼と出会ったから自分は今ここにいるのだ。ターストの信者とも異端者とも違う、全てを切り裂くような鋭さの中に自由を求める高潔さを湛えた眼。
その眼を前に、カインは自身の心を偽りなく告げた。
「ホライズンさん達と一緒に自由な世界を見つけてみたい!だから俺、行きます!連れて行って下さい!」
ホライズンがニヤリと笑い、手を差し出す。
カインはその手を固く握り返した。
「ようこそ、ガンボーイフリーダムへ!今この瞬間から、お前も俺達の仲間だ!」
笑顔で言ったホライズンは、満足げにエレベーターに向かって歩き出した。
外の世界では何が起きているのか。父や先輩、街に住む全ての人達の人生を狂わせた原因は何なのか。ホライズン達と行動を共にすれば、その答えがわかるかもしれない。世界を見るんだ。あの瞳と共に--。
「あ、そうだ。俺は二十二歳でボーイとは呼べない年齢だが、うちに入った以上敬語とさん付けは禁止な!他の奴らにもだ!」
自室に戻る足を踏み出したところで、エレベーターのボックスに収まったホライズンが付け足す。
「あと、親父さんと母ちゃんとはちゃんと話しておけ。今更何を話せって思うかもしれんが、恨み言でも何でもいい。俺にはもう出来ないが、お前にはまだ言える相手がいるんだ。想いは生きてる間にしか伝えられないんだからな」
カインの両親への想いを見透かしたかのように言い残すや、エレベーターのドアが閉まりホライズンの顔は見えなくなった。
カーゴスペースから連れ出されて以来、燃え尽きたように虚脱した父は、到底会話ができる状態ではなかった。母にしても、艦内の雑務を手伝うなどして気丈に振る舞っているようだが、内心は夫のしてきた事に相当ショックを受けているはずだった。
正直なところ、尊敬していた父の変わり果てた姿など見たくなかったし、今は支えが必要なはずの母とは、父がそうなった原因の一端を担ってしまった気まずさから、意図的に会話を避けていた節がカインにはあった。
だが、想いは生きてる間にしか伝えられないという言ったホライズンの言葉が、重い鉛となってカインの中に残っていた。
彼の過去に何があったかは知らない。しかし口ぶりからしてホライズンが後悔しているのだけは理解できた。
後悔を知るものだけが発することが出来る、重みを伴った言葉を無視する事が出来ず、カインは父が保護されている第三甲板に向かうべく、エレベーターに戻る足を踏み出した。
26
収監室がある第三甲板の廊下は、出入りする人間も少ないせいか常夜灯だけが灯されていた。
金属やプラスチックに囲まれた艦内の生活で無機質さには多少慣れたとはいえ、木や石でできた建物で育った身としては、壁を形成する金属製のパネルが常夜灯に照らされた様は、無機質を通り越していっそ不気味に感じられた。
今にもゴーストが出そうな雰囲気にたじろぎつつ父がいる部屋に通じる通路の角を曲がると、ドアの前に立った人影が目に入り、カインの心臓は跳ね上がった。
「カイン?」
人影がこちらの名を呼び身も世も無く叫び声をあげそうになったが、よく見るとそれはゴーストではなく、カインの母ジェーンだった。
「か、母さん!?」
恐怖とは別の意味で心臓が脈打ち、咄嗟に来た道を戻ろうとする。
「待ちなさい!」
ジェーンに呼び止められ反射的に足を止めた。 しかし、意を決して両親と向き合うつもりでいたにも関わらず、いざ父を見舞おうとしていたらしい母と鉢合わせしたカインは、最前の決意も虚しく振り向くことができなかった。
街ぐるみの悪事に手を染めていたとはいえ、それは家族の事を考え己の筋を曲げた末の事であり、母にとって父は以前と変わらず大事な存在であるはずだ。
街の人達の自由の為という大義名分があったにしても、その父を廃人寸前まで追い詰めてしまった以上、やはりカインには今更母と合わせる顔など無いと思えたのだった。
「アヤさんから色々聞いてるわ。あんまり眠れてないんでしょう、身体は大丈夫?」
こちらの体調を気遣うジェーンの声音はいつもの母のそれで、カインは堪らず拳を握りしめた。
「・・・・・・大丈夫だよ」
答えた声が喉に引っかかり、瞼をぎゅっと閉じる。
違う。こんな事が言いたいんじゃないのに。本当は今すぐ振り返って謝らなきゃいけないのに。
「うん、良かった」
すぐ近くで母の声が聞こえ、握った拳に暖かいものが触れる。
見れば、母の手が後ろからカインの拳に重ねられていた。
「・・・・・・カイン。無事でいてくれて本当に良かった」
背中越しに母が泣いているのが伝わり、心のわだかまりを溶かしていった。母にとってはまだ自分は泣くに値する存在らしいと納得したカインは、ゆっくりとジェーンの方に振り返った。
「母さん、泣かないでよ」
こんなに小さかっただろうか?背丈を追い越したのは三年ほど前だったか。普段は気にしなくなって久しいが、事件から一週間ぶりに見た母は、その間の憔悴もあってか更に小さく感じられた。
「父さんの事で私に会いづらかったんでしょ?でもね、私だって母親よ。子供が元気でいてくれて喜ばない母親はいないでしょう?」
涙を流しながら笑顔になったジェーンを見て、この人の子供で良かったとカインは心底思った。
「それにね、私は思うの。グライスさんの放送が真実なら、カインは父さんがこれ以上自分の心を殺すのを止めてくれたんだって。あの人がもっと辛い思いをするのを救ったんだって」
自分は父も救えた。少なくとも母の中ではそう解釈されたらしい。
「ごめん!ごめんなさい、母さん!俺、父さんが壊れるのを止められなかった!街の人達の為に父さん達と戦って!今までの穏やかな暮らし全部壊しちゃって!それで母さんに嫌われたんじゃないかって、俺・・・・・・!」
ジェーンのその言葉がきっかけだった。堰き止めていた感情と涙が溢れ出し、カインは自らの内に秘めていた思いを吐き出した。
恥ずかしいと感じる余裕も無く、カインは幼子のようにジェーンに縋り付き泣き叫んだ。
「・・・・・・大丈夫。大丈夫よ、カイン。怒ってなんかいないし、嫌いになんてなるわけないでしょう?貴方は自分の心に従って街の人の為に戦った。何も間違えてはいないし、母さんは誇りに思うわ」
震えた声が頭上で聞こえたかと思うと、ふわりとした感覚が身体を包みこむ。ジェーンが泣きながらカインを抱きしめ、二人は気が済むまで嗚咽した。
「母さん。俺は明日この艦と一緒に旅立つよ」
暫くして、お互いに落ち着きを取り戻した頃、カインは気恥ずかしくなって母から身体を離した。
鼻をすすりながら、明日旅立つ事を告げると、涙で真っ赤になった眼でジェーンがじっとこちらを見つめてきた。
「俺は、なんで父さんや先輩があんな目に合わなければならなかったのかを知りたい。この街を狂わせてしまった元凶は、きっと外の世界にあるんだ。いつかみんなが自由に暮らせる世界を作る為に、俺は行かなきゃならない」
こちらの心を探るように見ていたジェーンの顔がふっと微笑み、カインの頭をくしゃりと撫でた。
「貴方が自分で決めたのなら止めないわ。みんなの為になんて言うところなんて、昔のあの人にそっくりよ」
街の人々の平穏な日常を守る為に祖父の跡を継ぎサルベイション長官になった父は、幼い頃からのカインの憧れであり、かつて理想に燃えていた若き日の父に似ていると言われたような気がしたカインは照れ臭くなった。
「今の父さんに言葉が届くかわからないけど、伝えるよ」
恥ずかしさを隠すように、カインは父がいる部屋のドアに向き合った。
鍵は持っていなかったが、ホライズンが艦橋から解錠していてくれていたらしく、カードキーを通す端末のランプは施錠を表す赤ではなく、解錠を示して緑色に灯っていた。
一度深呼吸をしたカインは、母から貰った言葉を胸にエアロック式のドアを開くスイッチを押した。
自傷防止用のマットが壁を覆っている部屋は真っ暗で、設置された壁に収納出来るタイプのベッドだけが、廊下から入り込んだ常夜灯の薄い光に照らされていた。
「父さん、入るよ」
そのベッドの上に父の姿は見えなかったが、カインは迷わずに室内に足を踏み入れる。
廊下より一段暗い闇に目が慣れると、部屋の片隅に一際黒い影があるのが見えた。
目を凝らすとそれが膝を抱えて座り込んだ父であることがわかり、カインはその前に膝をついて父に話しかけた。
「父さん、俺だよ。わかる?」
まるでサリンジャーに侵された隊員のように虚脱した眼は何も映しておらず、こちらの言葉にも反応は無かったが、カインは構わずに話しかけ続けた。
「父さん、俺ガンボーイフリーダムのみんなと一緒に行くよ。父さんの様な人をこれ以上苦しめないような世界を作る為に」
反応は無くとも言葉は届いている筈だ。そう思ってカインは父の手を握り、じっと眼を見つめる。
「い、け・・・・・・、カ・・・・・・、イン・・・・・・。」
沈黙が数十秒続いたが、ふいにジョージの僅かに動いた唇から微かな声が漏れ、カインは涙ぐんだ。
廊下から覗いていた母も眦に涙を湛えてその様子を伺っていた。
父は同じ言葉を繰り返し、眼の焦点は定まらなかったが、カインの言葉は確実に届いていたらしい。
今はこれでいい、想いは伝えられた。
何年先になるかは分からないが、いつか父が自分を取り戻す日が来たら、その時は自分が見てきた世界の話を沢山しよう。
だからそれまでに作るんだ。父が自分の心に正直に生きることが出来る世界を--。
収監室の暗闇が右も左も分からぬ外の世界という暗闇を連想させた。
しかし、差し込む常夜灯の光に、暗闇を切り裂き心の赴くままに行けと告げられたような気がして、カインの中に忘れられない光景として焼き付いていった。
27
ホワイトホエールの高度が上がるにつれて、ターストシティの全景が見渡せるようになり、艦橋の正面にある窓から下を見下ろしたカインは初めて見る景色に驚いた。
日没間際の街は残照に紅く照らされていたが、迫る夜の闇に備えて其処此処でガス灯が点り始めた様子は、さながら夜の星空を地上に引き下ろしたかのようだった。
「これが、俺の産まれた街」
「よく眼に焼き付けておけよ」
隣に立つホライズンも同じように街を見下ろし呟く。
眼下に広がる無数の光の点を見つめながら、カインは街で過ごした最後の時間を思い出した。
出航を控え、ガンボーイフリーダムのメンバー達は朝から慌ただしく働いていた。
カインはカインで、ホライズンが出航まで自由時間をくれたので、病院と学院に顔を出そうと思い立ったのだった。
治安維持部隊の隊員に父と母を預けた後、病室で部隊の指揮を執るグライスに別れの挨拶を済ませる。
「グライスさん、色々と街の為にありがとうございます。父と母を頼みます」
「俺にとってもこの街は生まれ故郷だから当然さ。死んでいった仲間達や、これまで犠牲になった連中のためにも、必ず復興してみせる。お前の両親の事も心配するな、二人は俺の幼馴染だから、絶対に守る。お前は安心して世界を見てこい」
最後にそう言ったグライスの言葉を信じて、病室を後にしたカインは、その足でターストサルベイション高等学院へと向かった。
一部のタースト教上層部と繋がりのあった教師は逮捕され、学校としては機能していなかったが、住居を失った住民に施設を解放して避難所として活用されていた。アルフ達を筆頭に、戦災を免れた学生はその住民の為にボランティアで様々な支援活動をする傍ら、有志の者は治安維持部隊の復興業務を手伝っていた。
「お前頑固だからなぁ、やるって決めたらやっちまうんだろう?でもな、お前の帰って来る場所は、ここだからな!絶対帰って来い!それまでに俺達がここをすげぇ街にしといてやる!」
トニーやロンも作業の合間を縫って来てくれたところで、今回の事件の経緯を説明し自分はガンボーイフリーダムと共に旅立つ事を告げると、アルフがカインの首に腕を回して言ってくれた。
街の惨状を招いた後ろめたさがあったが、いつもと変わらぬアルフの言葉が嬉しかったし、笑顔で接してくれるトニーとロンにも感謝した。
「いつか、必ず帰ってくるよ!そしてみんなで作ろう、誰も悲しまないでいい世界を!」
避難民の食事の配給や生活必需品の搬入などを手伝ったりしながら友人達と過ごす時間はあっという間に終わり、去り際にそう言い残して学院を出た後は、ホワイトホエールの物資積み込み作業やらの出航準備に追われ、街を離れる感傷に浸る暇も無かった。
三日前に出発しセカンドターストを制圧して戻ってきた治安維持部隊の一団が、回収してきた燃料を補給してくれ、全ての準備が完了したのは陽が傾き始めた夕刻だった。
「主機、出力規定値に到達、オールグリーン」
アヤやポール、ミラの詰める艦橋に専門用語が飛び交い、出航の最終確認をする。
エンジンの律動が徐々に高鳴り始めると、操舵輪を握ったアヤがキャプテンシートに座ったホライズンに報告した。
「ホワイトホエール、浮上!ニューポートロイヤルに針路を取れ!」
シート脇のパネルに異常がない事を確認したホライズンが号令し、ホワイトホエールがゆっくりと浮上し始めた。
治安維持部隊の面々と、近隣の住民が見送る中、全長二百メートルにも及ぶ巨大な艦体が浮き上がり、徐々に高度を上げていった。
「ちゃんとみんなに挨拶できたのか?」
「え?あぁ、はい」
ホライズンの一言で物思いから引き戻されたカインは、窓に映った自分を見た。
気が付けば陽は完全に沈み、艦橋の照明が内側から窓に反射し、景色があまり見えなくなっていた。
「そうか」
それだけ言うとホライズンはキャプテンシートに戻ろうとする。
「ありがとう。ホライズンのおかげで父さんと母さんにも俺の心、伝えられた」
「俺のオヤジの口癖さ。想いは生きてる内にしか伝えられないってな」
振り返らずにホライズンが答える。
「そっか、ホライズンの父さんにも感謝しなきゃ--」
「ま、俺はオヤジが嫌いだがな」
カインの言葉に被せるように言い切ると、ホライズンは憮然とした表情でどっかとキャプテンシートに座った。
「はぁ?」
「出た!ホライズンの父親嫌い!」
感謝の言葉を断ち切られ唖然とするカインを他所に、すかさずミラが茶々を入れる。
「そのくせいつもオヤジの口癖だ〜って言うんだよね」
ポールもエネルギーバーを咀嚼しながら乗っかり、「そこまで嫌いなら言わなきゃ良いのに」と言ったアヤは笑いを噛み殺したかのように肩を震わせていた。
「ホライズンも父さんが生きてる内に伝えたい事があったんじゃないの!?俺はてっきり後悔してるんだと--」
「うるせぇな!口癖はうつっちまったんだから仕方ないだろ?嫌いなもんは嫌いなんだよ!後悔はしてるさ!あいつが生きてたら死ぬまでぶん殴ってやりたいね!」
皆に揶揄されてヘソを曲げたらしいホライズンはぷいと横を向いた。
「いつもこうなの?」
こんな人の言葉に心打たれてしまったなんて。ホライズンの意外に子供っぽい一面に面食らい、先程までの感傷も吹き飛んでしまった。
「そうそう!兄貴風吹かせてカインの前だとカッコつけてるけどさ、案外子供なんだよね!」
ミラがケタケタと笑い、「あ!ミラ、お前バラすんじゃない!」と赤面したホライズンが叫ぶ。
「バラすって、子供っぽい自覚あったんだ!いいんじゃない?ガンボーイフリーダムに相応しく、中身がボーイって事で!」
ポールの追い討ちにトドメを刺されたアヤが我慢の限界に達したらしく、吹き出してしまった。
「あんたが子供っぽいなんてすぐバレるんだから、隠しても無駄無駄!」
「ポール、アヤ!お前らまで!」
「糖質が足りないから怒りっぽいんだな!チョコでも食べなよ!」
「あ、ポール!私達にも!」
「あいよ!ほら、カインも!」
まさかの発言に、呆気に取られているとポールが開封したエネルギーバーを差し出してくる。
思わず受け取り一口齧ってから、ワンテンポ遅れてホライズン達の遣り取りが可笑しくなり、カインも釣られて笑ってしまった。
これが、俺の新しい仲間。押し寄せる笑いの波の中、カインの胸に暖かいものが湧き上がっていた。
「と、とにかく!ニューポートロイヤルまで総員気を抜くなよ!」
エネルギーバーを片手に咳払いを一つし、リーダーとしての威厳を取り繕ったつもりになったらしいホライズンが、笑う全員を制して言い放つ。
「了解!」
艦橋に全員の返事が明るく弾け、巨大な推進スラスターを閃かせた白亜の戦艦が、荒野の上を目的地に向けてゆっくりと飛び去って行った。
#1「出会い」 fin
初めまして、天羽九十九(あまのはねつくも)と申します!
まずは、ここまで読んでいただきありがとうございます!
初めて書いた小説だったので、読み難い部分も多々あったでしょうが、第1話終了までお付き合いいただけてとても感謝です!
で、恐らく皆様思われたであろうガンダムです。
ガンボーイ〇〇とかふざけやがって、ガンダムいつ出るんじゃい!と思われた方もいらっしゃるでしょう。
ご安心下さい。出ます、ガンダム。
次回はカイン達ガンボーイフリーダムがガンダムを手に入れるお話です!
この時代の状況も徐々に分かってくるような展開にもなっておりますので、1話で面白いと思ってくれた方はご期待下さい!
12月中旬から順次アップしていく予定です!
それでは、次回#2「過去からくるもの」でお会いしましょう!