第二話「過去から来たもの」(改)1
舷窓から入り込む眩しい光が義手と義足のツヤのある黒い装甲に反射し、次いで禿頭の男の顔をも照らしてゆく。
禿頭の男はあまりの眩しさに目を眇めた。
「目標、光学カメラで捉えました」
クルーが振り返って報告する。
彼の禿頭に反射した朝陽の眩しさにクルーは目を逸らしたが、男は気がつかなかった。
レーダーが目標の艦影を捕捉して五時間が経過していた。
発端は地球上でビームが使用されたと監視衛星から通信が入った事だった。
撮影された写真には巨大なモビルアーマーと思しき影と、飛行しているらしい艦影、そしてどちらが放ったのか不明ではあるが、両者の間に一直線の光の矢ーービームの光軸が写っていた。
恐らくビームの放たれたその瞬間の光景だったのだろうが、捉えられた艦影に見覚えがあった男は、すぐさま評議会議長ユーリ・ストローエフの元へ足を運んだ。
それから管理AIソフィアの正式決定が下されて、ここに到達するのに約五日。
遂に目的の艦を望遠カメラで捕捉できるところまで接近することができた。
正面の舷窓から見える殺風景な砂漠の景色は最初こそ物珍しかったものの、今やクルーの誰もがうんざりしていることだろう。
先程見た朝日が登る光景も同じで、三回も見てしまえば特に感動も感じなくなるが、舷窓の上にあるメインモニターに目を転じると、今しがた撮影された荒い画像が表示されていた。
捜索していた敵艦の捕捉に成功したという新たな刺激を与えられたクルー達が来たる作戦開始に向けて忙しなく動き回っていた。
大昔この星の海に生息していたと言われる巨大な哺乳類鯨を想起させるそのシルエットが、苦い記憶を呼び起こし失った手脚が痛んだ気がした。
新造飛空戦艦ネオプロヴィデンスのキャプテンシートに座った禿頭の男、ショウ・クリン大佐は、口元を覆った人工呼吸器のマスクの中でニヤリと嗤う。
「やっと見つけたぞ、モーツァルト」
崩れた民家の残骸からロダンが剣を構えて飛び出してきたが、ちょこまかと動き回る目の前の敵に気を取られていたカインにはそれが見えていなかった。
レティクルにどうにか逃げ回る敵を捉え、トリガーに指をかけた瞬間、コクピット内の照明が赤くなり、モニターの映像が停止した。
「横から剣で串刺しか」
正面のハッチが開き、外に出ると日焼けした若い男が透明のボトルに入った水をカインに渡してくる。
ホワイトホエール専属整備士ジール・メイカだ。
カインは水を呷りながら今まで自分が乗り込んでいた機械を仰ぎ見た。
そこには人型兵器モビルスーツ《ロダン》の、コクピットを内包する胴体だけが鎮座していた。
「やはりまだまだ実戦は厳しいか」
その胴体部から伸びたケーブルが繋がれたモニターの前にいたホライズンがガリガリと頭を掻きながら呟く。
カインの訓練をモニターで見ていたホライズンのその言葉に特に他意は無いのだが、カインの心は少し傷む。
「ま、ターストで訓練を受けていた分通常の操作は申し分ない、寧ろ優秀な位さ。後は場数を踏みさえすりゃ」
そんなカインの心を知ってか、ジールは言ってくれた。
「場数を踏む前に死んじまったら意味は無い。だからお前にこれを作ってもらった」
ホライズンは顎で《ロダン》の胴体をしゃくった。
ターストシティを出発して五日、外の世界について知れば知るほどカインの中で焦りが膨らんでいった。
ターストを、そして何より両親を救うためにガンボーイフリーダムに仲間入りした。
だが、外の知識を何も知らないカインにできることはあまりに少なく、せめてモビルスーツのパイロットをと名乗り出たのだった。
ホライズンがメカニックのジールに部品取りの為にシティで回収していた《ロダン》の胴体を使って急遽作らせたシミュレーターで訓練することになったのだが、繰り返される訓練の中で学園での訓練などごっこ遊びに過ぎなかったことを痛感させられたのだった。
学園ではトップレベルの操縦技術を持ち、一度は実戦を潜り抜けた自信も手伝って、カインは軽い気持ちでシミュレーションに挑んだのであったが、本物の実戦での敵の動きをコンバートされたシミュレーションでは一度の勝利も得られず、この四日程カインの中に焦りが渦巻いているのだった。
この間の実戦で生き残れたのは相手のパイロットも不慣れだった上に、カイン自身異様な興奮状態で勢いだけで勝つことが出来ていたに過ぎない。
ガンボーイフリーダムの面々の助けもあって、生き残れたのは完全にまぐれだった。
「力が、俺はもっと強くならなくちゃ」
ホライズンとジールがモビルスーツの整備についての話をするのを尻目に、カインは再びシミュレーターのコクピットに座り、両の手にぐっと力を込めた。
右手に持ったボトルが、ベコりと鳴った。
「そろそろエネルギーバーが無くなりそうだよ」
シート下の物入れをゴソゴソと漁っていたポールが少なくなったエネルギーバーを取り出した。
「さっき朝ごはん食べたばっかりでしょ?」
左手の爪にマニキュアを塗りながらミラが応じる。
「頭脳労働には糖質が必要なの。そっちこそ見せる相手もいないのにご苦労なこったね」
「女はいつ素敵な男と出会っても良いように自分を磨いておくものなの!」
「こんな砂漠の真ん中で出会いなんかないよ」
ポールは言いながら封を切ったエネルギーバーに齧り付いた。
ホワイトホエールはアメリカ大陸の西側に到達していた。
ガンボーイフリーダムが母港にしているニューポートロイヤルはここから太平洋を渡った所にあり、行きの航路で随伴していた奴隷運搬用の輸送艦もいない以上、ホワイトホエールは空を飛べば三日程で帰り着ける。
だが、今はそうできない事情があった。
ターストシティで想定外の戦闘を行ってしまい、積んであった燃料が残り少なくなっていたのだ。
「おはよう、二人とも朝から元気ね」
二人が言い合ってると、アヤが艦橋に入ってきた。
「あ、アヤ!おはよ!聞いてよ、ポールがあたしのマニキュア馬鹿にしたのよ!ひどくない?」
「そうなの?」
朝からかしましいミラを受け流し、アヤは操舵席に着く。
流されたミラは頬を膨らませた。
「おはよう!アヤ、わかってると思うけどそろそろ51だから航路、気をつけて」
ポールは現在の位置情報をアヤのミニターに送りながら言った。
51ーー正式にはタブーエリア51と呼ばれる地域は、アメリカ大陸の西側に広がるレーダーやセンサーが無効化される不思議な土地である。
その特殊性故に通常の航路からは外されており、立ち入る者は絶えて久しい。
過去の戦争からいち早く立ち直った各地の都市が幾度となく調査団を送り込んだが、誰一人として帰還した者は無く、この辺りを根城にする盗賊すら近寄らないと言う。
何故51と呼称されるのか、真実は定かではないが、一説では51に侵入した調査隊のモビルスーツがたまたま繋がった無線でエリアの外に待機していた母艦に伝えてきた内容に由来するらしい。
曰く『逃げ・・・、51・・・が!』と。
兎も角、残り少ない燃料を節約すべくホバーでの移動を余儀なくされたホワイトホエールだったが、途中盗賊の襲撃を受けることもなくようやく大陸の西端付近までたどり着き、ポール達ブリッジクルーも一息つけた所だった。
「了解、ここを超えたら後は楽なものね」
オートパイロットを解除したアヤはモニターの情報に目を走らせた。
「仕事を全うするどころか、取引先を一つ潰したんだ。帰った後の事を考えると胃が痛いよ」
ポールはアヤにコーヒーを淹れて手渡す。
「それは言いっこなし。みんな今回の仕事には納得してなかったでしょ?」
「そうそう、あたしなんかスカッとしちゃった!それに、グライスさんが自分達のせいにして報告しろって言ってくれたじゃない」
ポールの心配はもっともだったが、この件に関してはミラの言う通りで、シティの解放で溜飲の下がる思いを感じていた。
それに随伴の輸送艦のクルーはグライス達に捕えられたか行方不明になっており、今回の顛末を依頼主が知りうることは無い。
未知の黒いモビルスーツがサルベイションの《ロダン》を次々撃破する映像もあれば、グライスの提案通り、こちらに非が無いと主張することも可能だった。
だが、ポールの脳裏に依頼者の顔がよぎる。
かつてニューポートロイヤルがならず者達が跋扈する無法地帯の小さな港街だった頃、圧倒的な策略と動物的勘を持って周辺地域を平定、有力なならず者達に莫大な利を与え配下に置くことに成功した男がいた。
彼は周辺地域を併呑し開発や法整備を行い、ニューポートロイヤルは今では世界有数の巨大都市になることができた。
一代で繁栄する大都市を築き上げた男。
それこそが今回ターストシティでの仕事を依頼してきた男だった。
相対するものに鋭い視線を向け、自分にとって使える人間なのか常に値踏みしているような男を相手にどこまでこのでっち上げが通用するのか・・・。
それに彼は・・・。
ポールが微かな不安を覚えた時だった。
巨大な熱源が接近してきたことを知らせる警報が唐突に艦橋に鳴り響いた。
「敵襲!?」
アヤがミラに視線を向ける。
「51に近くなってきたからレーダーが弱まってたみたい!今正面に出すね!」
ミラの指がキーボードを素早く叩く。
「これは・・・」
モニターに映された映像を見た瞬間、三人は同時に息を呑んだ。
地球上に飛行可能な戦艦は、彼らが知る限りホワイトホエールしか存在しない。
だが、モニターに表示された艦艇は重力をものともせず空中に浮かびゆっくりとこちらに向かってきているのである。
三人は驚きを隠せず、モニターを食い入るように見つめた。
対応が遅れれば謎の艦は次のアクションを起こしてしまう。
ミサイルを発射したのだ。
ポールは即座にヘッドセットを引っ掴んで艦内放送のボタンを押すや力一杯叫んだ。
「ホライズン、敵襲だ!!」
『エンジン部を破壊して連中を生け捕りにしろ。ビームを発射出来る艦ならば将来的に必ずや我が国家の脅威となり得る。が、そのテクノロジーを研究はしておきたい。心して掛かれ』
艦橋のショウ大佐からの通信が切れると、ネオプロヴィデンスからミサイルが発射された。
数秒後、カタパルトの発進シグナルがグリーンになる。
コクピットでその瞬間を待ちわびていた女パイロット、アレックス・ハンター大尉は、「アレックス、ドガ、行くぞ!」と叫ぶや、フットペダルを一気に踏み込んだ。
既にカタパルトに足を固定され発進位置に着いていた紫色のモビルスーツ《ドガ》が、頭部のモノアイを輝かせ弾かれたように艦首に向かって打ち出される。
ネオプロヴィデンスの形状は地球上の鳥に酷似しており、ちょうど背中から頭にかけてがカタパルトになる。
その鳥の頭から虚空に投げ出された《ドガ》は、重力の虜になり砂漠に落下するように思われたが、背中に装備されたブースターが腰の後ろに移動し、その左右に備えられた羽が展開されると、今まさに自らを捕らえんとした重力に逆らい飛翔して見せた。
後方から次いで二機の《ドガ》が発進し、アレックス機に追いついた時、遠方に爆煙が見えた。
だが、モニターに拡大された映像に、煙に混ざってキラキラとしたものが飛散しているのが見て取れた。
「チャフを撒いたか。そうでなければ困る」
第一撃は失敗したのだが、アレックスは嬉しそうに言う。
この程度で堕とされては、ショウ大佐に鍛えられた操縦技術を見せつける場が無くなってしまう。
『でなければ、我々が出た甲斐もありませんからな』
二番機のドルフ中尉も同調した。
『モビルスーツが出てきたら如何致しますか?』
三番機のウォレン少尉が面白がるように聞く。
「目的は艦の拿捕だ!モビルスーツに関してはショウ大佐は何も仰られてはいない。ならば、かつての戦争を忘れ腑抜けた地球人に、我々の力を見せつけてやれ!だが、パイロットも貴重な情報源だ、くれぐれも殺すなよ?」
『はっ!』
ドルフとウォレンが唱和し、三機の《ドガ》が目標に向かって飛び去っていった。