『ホライズン、敵襲だ!!』
モビルスーツデッキに大音量でポールの声が響き渡る。
『ミサイルが来た!』
カインが何事かとシミュレーターから出てみると、ホライズンがモニター横のマイクに叫ぶ姿が見えた。
「ポール、チャフだ!アヤは速度上げろ!燃料なんて気にするな!ケインとステイシーはすぐにモビルスーツデッキに!俺は先に出て敵を抑える!」
「ホライズン、俺も・・・!」
カインが自分も出撃したいと言おうとした瞬間、ホワイトホエールが激しく揺れる。
至近距離でミサイルが爆発したのだ。
カインは床に放り出されそうになり、必死でコクピットハッチを掴んで耐えた。
「お前はまだ無理だ。操縦技術より大事なものが分かってない限りな。気ばかり焦っても戦いでは生き残れない」
ホライズンの鋭い目がカインを射抜き、それ以上何も言えなかった。
『て、敵のモビルスーツ・・・なの?空を飛んでる!ホライズン、気をつけて!』
「了解だ!カインは艦橋に上がれ!ジール、出るぞ!」
そう言って、掴んでいたマイクを放り投げたホライズンは《ガンボーイジム》に向かって駆け出した。
「敵は飛んでるんだろ?こっちは関節の防塵処理もできてないんだ、やれるのか?」
丁度操縦系のメンテナンス中だったのだろう、先んじて機体に取りついていたジールがメインエンジンを始動させてホライズンと入れ替わる
「向こうがその気なら仕方ない。やれるやれないではない、やるしかねぇ!」
「剥き出しの関節だから、長い事は動けないはずだ、無茶はするなよ?」
「わかってる!お前こそ、二人の機体は万全にしてやってくれ」
モビルスーツデッキの後部ハッチが開くと外から砂塵が吹き込んできた。
ジールが機体から離れ、《ガンボーイジム》はバーニアを蒸して艦外へ飛び出していった。
ジールは次いで、ケインとステイシーの機体に防塵処理を施す為に動き始めており、カインを一顧だにしない。
今ここに俺の居場所は無い。
カインは大人しく艦橋に繋がるエレベーターに向かおうとしたが、整備用スペースに一機のモビルスーツが佇んでいるのが目に入った。
コクピットハッチは急造の鉄板製の物に替わっており、膝から下は《ロダン》のシャーシとボディが無理矢理繋ぎ合わされていたが、それは紛れもなくターストシティでカインが乗り込んだ《ガンボーイキャノン》だった。
操縦技術以上に大事なもの?
そんなものがあるなら黙って訓練を見てないで最初から口で言えばいいのに。
自分からガンボーフリーダムに誘っておいて何もさせないのなら、俺は何のためにここにいるのか。
「俺だってやれる。みんなの役に立ってみせる!」
ホライズンへの反感と焦りに駆られたカインは、さっきの命令を無視してその機体に近づいていった。
飛び出してみたはいいものの、ホライズンに具体的な策があるわけではなかった。
戦闘経験は豊富だが、空を飛ぶモビルスーツなどこれまで見たことは無いのだから。
故に縦横無尽に動き回る未知のモビルスーツにホライズンは翻弄された。
「こいつら、遊んでやがるってのか!」
三機の敵機が《ガンボーイジム》の上空を旋回し、空中からマシンガンの雨を降らせる。
なんとか躱したが、その隙を突いて急降下してきた一機が剣を抜いて斬りかかってくる。
ホライズンは咄嗟に剣を抜き、受け止める。
「ここはお前らのホームグラウンドだろうに、飛べもしない!そんな奴が一人で!」
戸惑ったのは斬りかかるアレックスにしても同じで、思わずコクピットで叫んでしまっていた。
母国は定期的に地球にスパイを送り込んではいるものの、地球製モビルスーツの情報は極端に少ない。
だが地球での戦闘を目的に造られた《ドガ》は飛べるのだから、敵も当然飛べると想像していた。
が、現れた赤と白のモビルスーツは砂漠を這いずり回るだけなのだ。
高度な技術と莫大なエネルギーを必要とし、五百年前の戦争時にも貴重とされたビーム兵器。それを発射した可能性がある艦が持っているモビルスーツにしては余りにもお粗末だと感じられる。
何かの罠か?
アレックスは勘繰る。
数秒の鍔迫り合いの後、お互いが一気に退き間合いを空ける。
そこにドルフの《ドガ》が舞い降り、赤と白のモビルスーツに蹴りを見舞った。
受け身を取った敵機が、背中のバーニアを蒸してドルフの《ドガ》に切り掛かったが、《ドガ》が急激に高度を上げた為追いかけられずに自由落下していく。
その落ちていく敵機に、次はウォレンの機体が体当たりし、吹き飛ばされた敵機が砂漠に無様に転がった。
『はっ!こいつ!本当に飛べないらしい!』
ドルフが鼻で嗤う。
剥き出しの関節に砂でも詰まったのか、のろのろと起き上がろうとする敵機を見て、アレックスも悟った。
この連中は本気で地べたを這いずり回るだけなのだと。
「総員!一斉射撃で一気に畳み掛けるぞ!」
かつての大戦以来五百年ぶりに地球の勢力との戦いなのだ。
訓練の成果をできるまたとない機会であったのに、敵がこの有様ではなんともつまらない。
落胆したアレックスは、弱いモビルスーツにとどめを刺して、敵艦の拿捕という本来の任務に取り掛かる事にした。
『了解!』
ドルフとウォレンが返事をし、各々手にしたマシンガンを敵機に向ける。
総員撃ち方初め。
そうアレックスが指示しようとした瞬間だった。
ドルフとウォレンの《ドガ》が爆発を起こして吹き飛ぶ。
「なっ・・・!」
アレックスが驚き言葉を呑んだ瞬間、激しい衝撃が機体を揺さぶり正面のモニターに砂漠が迫る。
バランスを崩して地に墜ちた《ドガ》に黒い影が飛びつき、金属のぶつかる音と衝撃がアレックスを襲った。
「こ、こいつは・・・!」
『このぉ!飛べるからって調子に乗るなよ!』
見知らぬ若い男の声がコクピットに響き、アレックスは振動で朦朧とする頭を振りモニターに目をやる。
両肩に大砲を担いだ深紅のモビルスーツが、左脚を失った《ドガ》の両手を抑える形で覆いかぶさっているのが確認できた。
砲口からたなびく薄い白煙を見て、ドルフとウォレン、そして自分の《ドガ》はこの大砲に撃たれたのだとアレックスは理解する。
急襲を受けた二人は気絶でもしているのか、二機の《ドガ》は地に伏してピクリともしない。
接触回線が開いたらしく敵の大砲付きのパイロットと赤と白のモビルスーツのパイロットの会話が聞こえる。
『カイン!?お前はまだ実戦は無理だと言っただろ!今すぐ戻れ!』
『命令を守らなかったのは謝るよ!でも俺だってみんなの役に立ちたいんだ!』
『そう言う話じゃない!』
よくよく見ると、深紅の機体は膝から下が緑色で、どうやら切断された脚部のシャーシに別の機体のシャーシとボディを溶接して修理したもののようだ。
おまけに腹部のコクピットハッチも鉛色の鉄板が貼られているだけの粗末な物で、とても戦闘時の被弾ダメージに耐えられそうな代物ではない。
地球のモビルスーツとの戦いに落胆した気持ちを本来の任務に向き合うことで紛らわそうとした矢先に、出来損ないの機械でいきなりしゃしゃり出てきて自分と部下二人を地に堕としたカインというパイロットに、アレックスは腹が立った。
いち早く意識を取り戻したらしいウォレンの《ドガ》がふらりと立ち上がり、アレックス機を取り押さえた大砲付きにまっすぐに突進する。
『隊長から、離れろ!』と叫んだウォレンの声に反応した大砲付きがドルフ機の方に頭を向ける。
『や、めろ、ウォレン・・・』
ドルフも気がついたようだが、まだ朦朧としているからなのか機体に不具合があるからなのか、ドルフの機体はピクリとも動かない。
接触回線によって向こうの会話が聞こえるという事は、逆もまた然りなのだ。
幾ら怒りに駆られたとはいえ直線的な動きは迂闊だ。
そう思った時には遅かった。
軽く上半身を捻った大砲付きの大砲が、ウォレン機を射線上に捕らえる。
避けろ!という言葉がアレックスの口から出るより早く、放たれた弾丸がウォレン機の胴体を直撃する。
初弾と違い至近距離で放たれた実体弾をコクピットに受けて無事でいられる人間はいないだろう。
小規模な爆発とスパークを放ちながら魂の抜けた人形と化したウォレンの《ドガ》は、砂に頭を埋れさせる形で倒れ込みそれきり動かなくなった。
「やった・・・?やれたのか?」
抑え込んだ敵の羽付きモビルスーツからの接触回線越しに敵の無線が聞こえ、咄嗟に反応して肩のキャノンを撃った。
レーダーの反応が悪く、敵機の大まかな方向しかわからない中での当てずっぽうな射撃である。
が、よもや直撃するとは思わなかったカインは期待以上の戦果に驚くと共に、自分だってやれるのだという自信が芽生えるのを感じた。
だが射撃の為に体勢を変えたのが災いした。
『雑魚が!よくも私の部下を!』
抑え込んでいた羽付きから憎悪に満ちた声がする。
女の人?
カインがそんな事を思う間に、羽付きは《ガンボーイキャノン》を押し返しながら上半身を起こす。
「あなた達が攻撃を仕掛けたからでしょう!?」
再び抑え込もうとするが、出力に差があるらしく機体の重量をかけられない姿勢での封じ込めはどだい不可能な話であった。
『貴様達野蛮な猿がビームの様な強力な兵器を扱ったからだろうが!』
「ビームと言った!?」
『貴様だけは私の手で殺す!』
羽付きの腰部のエンジンが唸り《ガンボーイキャノン》をはじき飛ばしながら羽付きが空へ舞う。
尻餅を突く格好になった《ガンボーイキャノン》に向けて上昇した羽付きがライフルを構えた。
あまりに呆気なく形勢が逆転し、カインの中に芽生えていた自信が霧散する。
『カイン!!』
《ガンボーイジム》が砂を蹴立ててこちらに向かってくるのがサイドモニターに見える。
敵の構えるライフルの銃口が正面のモニターに映る。
風に舞う砂塵、走る《ガンボーイジム》、周囲の動く物すべてがスローモーションに感じられた。
両親もターストシティの人たちも救うこともできず、真の自由も見つける事も出来ず、こんなところで死ぬ?
まだ何もできていない、世界について知る事だって・・・!
そんなの絶対に嫌だ!
そう思うのに、肝心の身体は恐怖に固まって動いてくれない。
ホライズンの言いたかったのはこの事だったんだ。
さっき倒した機体にも人間が乗っていた。
殺し殺されるのが戦いなのだ。
なのに俺は、力が欲しくて焦ってばかりで、命のやり取りをするって事の本当の意味をまだ分かっていなかったんだ。
やっぱり俺にはまだ無理だったんだ。
そんな言葉がぐるぐると頭の中を周り、カインは何倍にも引き伸ばされた時間の中、為す術もなく銃口を見つめ続けた。
しかし、予期していた死は訪れず、羽付きは弾丸を放つ事なく銃口をふいと逸らし上昇をかけた。
次の瞬間、さっきまで羽付きのいた空間を火線が貫く。
『ホライズン!カイン!無事か!?』
ケインの《ガンボーイキャノン》が来てくれたのだ。
更なる増援を察知した羽付きは回避行動に移行し、離れた位置に伏しているもう一機の味方の様子を見にいったようだった。
『ケイン!間に合ったか!』
『防塵処理に時間を食っちまった、すまねぇ!ホワイトホエールはだいぶ距離を稼いだ、奴さん達も今なら追えまいだろうから、一度退きたいが?ステイシーが艦から援護してくれる』
『賛成だ、こっちの関節はガタガタだしな!飛び出してきたバカも連れ帰らにゃならん、撤退だ!』
『了解、ならガンペリーを呼ぶぜ!』
そんなやりとりが無線越しに続いたが、今のカインにはろくに聞き取れるものではなかった。
ケインの《ガンボーイキャノン》が発光信号を打ち上げ、太陽の光よりも強い輝きが辺り一帯を照らした。
その光の中、左脚を失った女パイロットの羽付きが、僚機を抱えて飛ぶシルエットが見えた。
敵も撤退を開始したのだ。
仮にチャンスがあったとして、俺は彼女を殺せるんだろうか。
傷ついた味方を抱えよろよろと飛ぶ羽付きの姿は痛々しく、カインはぼんやりとした頭の片隅でそう思った。
「あーもう!何でこんなに見にくいわけ!?えっと、ケインがホライズンとカインに接触したみたい」
ミラの報告は不明瞭であった。
カインが敵を一機撃破するところまでは正確に確認できていたのだが、今は51に近づき過ぎているせいでレーダーはほぼ使えなくなってきていたので仕方なかった。
敵艦は艦載機でホワイトホエールの制圧を目論んでいたのか、ホライズンと敵モビルスーツが戦っている間はホワイトホエールの追跡を行おうとはしなかった。
向こうの思惑は分からなかったが、敵艦との距離はかなり開くことができた。
『こちらジール、発光信号を確認、ホライズンたちを回収してくる!』
格納庫のジールから雑音混じりの通信が入る。
艦内からの無線であるにも関わらず、51の影響で乱れ始めているのだ。
《ガンペリー》は本来物資輸送用の航空機であったが、よほどの長距離でなければモビルスーツの二、三機ぐらい載せることはできる。
戦場からの距離が開けば歩くことしかできないモビルスーツの回収は不可能になる。
だがジールはその武装もない輸送機でホライズンたちの回収を買って出てくれたのだった。
「こちらでも確認した。危ない真似をさせてごめん、気をつけて」
後方を映したモニターもノイズが走り始めていたが、かろうじて発光信号が見え、ポールはすまなそうに言った。
『なに、空飛ぶモビルスーツが近くで見られるかも知れん、気にするな!』
『あたしも援護するから安心しなさい!』
《ガンボーイタンク》のステイシーも準備万端のようだった。
《ガンペリー》が後部ハッチから発進し、遠ざかっていく。
「でもこの後どうやって敵艦を撒くの?」
アヤがポールに問う。
「それなんだけど、いい考え・・・とは言えないけど、手がないわけじゃ無さそう」
そう言ったポールの目は、艦橋右側の舷窓に向いていた。
視線の先には遠くに発生した砂嵐と、そして「51・・・」
ポールの呟きにアヤとミラは全てを察したようにため息をついた。