けいおん! 最高のプレゼント   作:熊さん

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『グダグダの放課後』

 普通の家庭では、ごく一般的な風景なのであろう。

 しかし、この家では違う。

 ずいぶん久しぶりの風景なのである。

 食卓に『家族』が揃うことは……。

 

 琴吹家は、○○市内きっての名門の家である。

 琴吹紬の父親は、いくつも会社を切り回す敏腕社長であり、○○市の名士でもある。

 同じく母親も、御茶、御琴の師範を務める市内でも有名な才女である。

 

 琴吹紬は、この両親の一人娘である。

 

 普通なら、ここまで両親が有名になると、性格や態度にいろいろ問題がでてきても当たり前なのだが、彼女はひねくれたり、傲慢にならずに素直に成長してきた。

 しかし、やはり小学生も高学年ぐらいになると、友達から自分の家のことを色々言われるようになっていった。

 琴吹紬は、友達からの『妬み』や『おべっか』を受けることが、とても嫌だった。

 彼女は、たまたま琴吹家に生まれたというだけであり、もっとみんなから普通に接してもらいたかったのだ。

 しかし、友達よりも、実は友達の親の方がそれを許さなかった。

 いつも『紬ちゃんのお父さん、お母さんにはお世話になって……』とか『紬ちゃんは、やはり他の子と違うねぇ』などと言って、必ず一線を引こうとするのである。

 

 琴吹紬は、いつしか自分の中に『普通』という事柄に対して、強い憧れを持つようになった。

 『普通の友達』『普通の学校生活』『普通の遊び』……。

 みな、彼女の中の希望であり、憧れだった。

 その為に、高校は地元から遠くの高校を選んだ。

 

 (地元から遠くに行けば、自分の家のことを知る人も少なくなるから)

 

 ……というのが、この高校に進学した本当の理由である。

 そして、高校に入ってそれが、やっと実現されたのである。

 

 

 『私立桜ケ丘高校軽音部』

 

 高校入学した時、彼女は合唱部に入部するために、音楽室へ一人で行ったのだ。

 しかし、そこで運命の出会いがあった。

 

 『田井中律』と『秋山澪』

 

 初め、琴吹紬は、この二人がいったい何を言っているのかが全くわからなかったのだ。

 必死で自分を勧誘している田井中律。

 しかも『軽音部』の勧誘なのだ。

 その、あまりの強引な勧誘の仕方に、田井中律の髪を引っ張り制止する秋山澪。

 その秋山澪を、今度は勧誘する田井中律。

 

 まったく、ハチャメチャであった。

 

 しかし……しかしである。

 彼女は、瞬間的に感じた。

 

 (この二人となら『普通の友達』になれる……)

 

 「なぜ?」といわれたら、結局のところよくわからない。

 あの時は「愉快な方々と知り合いになれたから」って思ったのだが……。

 だけど琴吹紬は、この時の自分の直感に対して、今でも自分に拍手を贈りたいのである。

 この二人と出会え、後に平沢唯、中野梓とも出会え、彼女は最高の高校生活を送っているのである。

 

 

 

 2月も中旬を過ぎたある日。

 久しぶりに、琴吹家の家族3人が揃って夕食をとることができた。

 琴吹紬は、久しぶりに家族揃って夕食をとるのでとても嬉しいのだが、実は少し緊張していた。

 しかし、父親も母親も、実はまったく同じだった。

 最近、どちらも仕事が忙しくて、ろくに会話もしていない。

 いざ久しぶりに顔を合わせてみると、何を話していいものかわからないものである。

 食事が始まってから、しばらくは無言の夕食だった。

 その中で、琴吹紬は少し勇気を出して、両親に話しかけた。

 

 「お父さん、お母さん……。一緒にご飯を食べるのって、久しぶりよね?」

 「そうだな……。最近は紬が寝たあとに帰ってくるからな」

 

 会話のタイミングを探していた父親は、娘の方から話しかけてくれて、正直ホッとしながら返事をした。

 母親も、娘と父親の会話に早速加わった。

 

 「そうね……私もお琴の発表会の準備で遅くなったりして、一緒に食べれなかったわね」

 

 ちょっとした親子の会話だったのだが、琴吹家に長年執事として使えてきた斎藤は、琴吹紬が、どんなにうれしいのかが手に取るようにわかった。

 最近はほとんど彼女一人で、会話もなくとる夕食である。

 

 しかし、今日はひさしぶりにそろって家に両親がいる。

 例え会話がなくても、嬉しかったはずである。

 

 

 「……紬さん、学校の方はどうですか?」

 

 食事を進めながら、母親は一人娘の学校での様子を訊ねてきた。

 琴吹紬は、食事を中断し水で喉を潤して、母親の問いに答えた。

 

 「はいっ、もうすぐ実力試験だから、部活のみんなで部室で勉強会をやっています」

 「……そうか、軽音部のみんなによろしくな」

 

 母親への返事に対して、父親が答えた。

 

  

 「それでね、……実は私、お父さんにお願いがあるんだけど……」

 

 琴吹紬は少し恥ずかしそうに俯くと、今度は父親の方にむいて話はじめたのである。

 

 

 

 時間は、その日の夕方まで遡る。

 

 

 いつものように桜が丘高校の音楽準備室に、琴吹紬を除く、軽音部のメンバーが集まって、これもまた、いつものようにグダグダの部活動をやっていた。

 

 今は部活動よりも、試験勉強がメインとなっている。

 私立桜が丘高校の実力模試は、それまで習ってきた範囲が、全て出題範囲となる。

 2年生のメンバーは、1年生と2年生に習った範囲になるため、量的にものすごいものとなるのだ。

 

 

 「あずにゃん。この問題の解き方教えて!」

 「唯先輩! ここって、高校1年生の1学期の範囲ですよ!?」

 「だってぇ。……この問題の授業受けてないもん」

 「ええっ? 本当なんですか。律先輩!?」

 

 中野梓の問いに対して、田井中律は自分のノートをめくりながら、気のない返事で答えた。

 

 「一年の時は、唯とクラスが別々だったから知らないけど……。学校にいても、授業中居眠りしてたら、授業受けていないのと一緒じゃないのかぁ」

 

 この田井中律の誠にもっともな答えに、中野梓は大きなため息をついた。

 

 「……確かに、唯先輩ならありえる……」

 「でもね……」

 

 しかし平沢唯は、なぜか胸を張って得意げに話はじめた。

 

 「昨日ね『試験必勝法』って本を、本屋で立ち読みしてたら『わからないところまで戻ればわかるようになる』って書いてあったんだよねぇ!」

 

 これを聞いて、今度は秋山澪が大きくため息をついた。

 

 「……それでわからないところまで戻ったら、高校1年生の1学期に戻ったってわけなのか……」

 

 田井中律はノートをめくるのをやめると、平沢唯の方をみて、いきなり痛烈な言葉を浴びせた。

 

 「もう、本当におバカさんですね! 平沢さんは……」

 「律ちゃんだけには言われたくないでぇぇぇす!」

 「私は違うもん! 私もその本読んだけど戻ってみたら3学期からだったもん!」

 

 胸を張る田井中律に、あきれた様子で秋山澪が声を荒げた

 

 「……なんの自慢にもならん!」

 

 そう言うと、秋山澪は、田井中律の頭を拳骨で殴った。

 

 「あっ、痛ぁぁい! 暴力反対ぁぁぁい!」

 

 田井中律は、殴られた場所を手で押えながら、大げさに叫んだ。

 

 

 中野梓は、平沢唯の方をみて心配そうに聞いてきた。

 

 「唯先輩。来年は大学へ進学するんですか? このままで大丈夫なんですか?」

 「わかんないけど……。きっと大丈夫だよ! 本番に強いのが私なのです!」

 「……そういう問題じゃないと思うんですけど……」

 

 すると田井中律が中野梓に続き、平沢唯にむかってとんでもない事を言った。

 

 「唯はいっそのこと憂ちゃんに変装してもらって、代わりに受験してもらいなさい!」

 「あぁ……その手があるねぇ」

 

 鉛筆を鼻の下に挟んで、机の上に突っ伏すように背伸びをしながら、平沢唯は答えた。

 

 

 もうグダグダも極致になると、話の方向性がバラバラになる。

 秋山澪は場を引き締めるべく、いきなり椅子から立ち上がった、

 

 「律! 唯! ちゃんと勉強しろ!」

 

 しかし、それで引き下がるような二人ではない。

 

 「だってぇ、あずにゃんが教えてくれないんだもん」

 「梓も、実はこの問題がわからないんじゃないの?」

 

 いきなり、とばっちりを食らった中野梓は大いに反論した。

 

 「そんなことありません! 唯先輩が『おバカさん』だから、わからないんです」

 「ううぇーん。あずにゃんが、ひどいこと言ったぁぁぁ!」

 

 さすがに秋山澪も、今の中野梓の発言をたしなめた。

 

 「……おい、梓! 今のは言いすぎだぞ!」

 「……すみません。言いすぎました……」

 

 たしなめられて、少し神妙な面持ちで、中野梓は言葉を続けた。

 

 「……唯先輩。すみませんでした」

 

 その謝罪に対しての平沢唯の返事に、その場にいた全員が凍りついた。

 

 

 「……えへへ、じゃあ、あずにゃん! 『いい子いい子』してくれる?」

 

 

 「……えっ……『いい子いい子』って?」

 

 キョトンとなった中野梓は、思わずオウム返しで聞き返した。

 

 「……ほら、頭なでて『いい子いい子』って」

 

 そう言うと、平沢唯は自分の頭を突き出してきた。

 

 

 さすがに、この発言には田井中律も秋山澪もあきれた。

 中野梓は、じっと平沢唯の顔を見るとポツリと質問してきた。

 

 「あのぅ、唯先輩。つかぬこと聞きますけど、もしかして「憂」にもそんなこと言ってたりします?」

 「憂はねぇ…… 『いい子いい子』の他に『よしよし』もしてくれるんだよ!」

 

 妹の平沢憂から「よしよし」されている自分を思い出し、平沢唯の表情が崩れた。

 

 

 「唯…… 『いい子いい子』と『よしよし』はどう違うんだ?」

 

 今度は、秋山澪からの質問である。 

 

 「うん! 『いい子いい子』はね、頭を後ろから前に撫でるの……んでね、『よしよし』は、頭を左右に撫でるの!」

 

 

 『……』

 

 みんな、一斉に黙りこくってしまった。

 

 「……みんな、どうかしたの?」

 

 平沢唯は自分が作ってしまったこの微妙な空気に全然気が付かない。

 

 

 

 田井中律は、秋山澪の顔を見ながら「どう解釈すればいいと思う?」と聞いた。

 秋山澪は、中野梓の顔を見ながら「実は、唯と憂ちゃんは年齢が逆なんじゃないか?」と聞いた。

 中野梓は、田井中律の顔を見ながら「……やはりそうじゃないかと、実は思っていたんです」と言った。

 三人は、平沢唯の顔を再び見ながら、三人揃ってツッコミを入れた。

 

 「普通、妹に『いい子いい子』してもらって、喜ぶ姉はいないと思うぞ」

 「私も、そう思う!」

 「私も、です!」

 

 田井中律は、平沢唯にむかって言った。

 

 「唯。……一度、母子手帳をちゃんと見せてもらった方がいいぞ。憂ちゃんと生まれた年月日が入れ替わっていないか?」

 「ひどいよぅ……律ちゃんまで! 私はちゃんと憂のお姉ちゃんだもん!」

 

 平沢唯は、半泣きで田井中律に抗議したのだった。

 

 

 「……でも『妹に面倒見てもらえる姉』っていうのもいいよな」

 

 秋山澪が慰めるように平沢唯へ言った。

 中野梓も「私も、憂がそばにいてくれたら、どれだけ助かるかわかりません!」と、笑顔で話した。

 平沢唯は、まるで自分のことのように喜びながら「自慢の憂だよ!」と言ったのであった。

 

 

 

 それからしばらくは、3人ともちゃんと勉強していたのだが、再びグダグダの世界へ引きずりこんだのは、またしても平沢唯だった。

 

 「もうすぐ、2年生も終わるね……」

 「ちゃんと、進級できれば、の話だがな……」

 「もし、進級できなければ、梓や憂ちゃんとクラスメイトになるんだぞ!」

 

 田井中律と秋山澪は、すかさず平沢唯に突っ込んだ。

 それに対しての平沢唯の返事は、少し真面目なものだった。

 

 「ねぇ。2年生の内にやり残したことってないのかな?」

 「やり残したことかぁ。……なぁんかあった気がするんだけどなぁ……」

 「私も、実はなんかしなければいけないことがあったはずなんだけど、それがなんだったのか思い出せずにいるんだ……」

 

 田井中律は、ずっと心の中でモヤモヤしていたのである。

 そして、秋山澪も同じ気持ちだったのである。

 軽音部の部長と副部長として、ちゃんとしておかなければいけないこと。

 なんだったんだろう……。

 

 

 するとその時、中野梓が、ひょっこりと発言した。

 

 

 「今日は、むぎ先輩は来ないんですか?」

 

 

 「むぎちゃん? ……むぎちゃんなら、職員室でさわ子先生の手伝いをしているよ。少し遅れるって言ってたよ!」

 

 平沢唯が返事をすると、田井中律と秋山澪の表情が変わった。

 

 「むぎ……?」

 「むぎ……!」

 

 突然、田井中律と、秋山澪が同時に声を上げた。

 

 「思い出したぁ!」

 「むぎのお父さんの事だぁ!」

 

 

 

 

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