二人のあまりの大声に、平沢唯と中野梓は、椅子から少し飛び上がった。
「どうしたんです。律先輩、澪先輩!」
「どうしたの? ふたり揃って……」
平沢唯と中野梓は、目をパチクリさせて二人を見た。
田井中律と秋山澪は、それぞれ先を争って話はじめた。
「ほら、2人とも思い出して……、夏の合宿の時、むぎのお父さんに別荘を貸してもらったじゃん!」
「私達2年生は、2年連続になるけどな……」
田井中律の説明に、秋山澪の補足である。
「それで、私達、まだむぎのお父さんに、ちゃんとしたお礼をしてないんだよ!」
「……あぶない。今年もまた忘れるところだった……」
この二人の説明に、平沢唯と中野梓も納得した。
「そうでしたね。……確か『一回お礼をしなくちゃ』って言ってましたよね」
「でも、その時、むぎちゃんは『気にしなくていいから』って言ってなかったっけ?」
平沢唯は、その時の琴吹紬の言葉を思い出していた。
田井中律は、みんなの顔を見渡して言った。
「そりゃぁ、むぎの立場だったら、そう言うさ。でも、そんなわけにもいかないだろう?」
「1年生の合宿の時は、食べ物まで用意してもらってるんだぜ……」
秋山澪が、腕組みをして頷きながら田井中律の話に付け加えた。
中野梓は、部長の田井中律に問いかけた。
「でも、お礼って何がいいんですかね?」
「そうなんだよな。むぎのお父さんって、会社の社長さんだもんな。欲しいものは、さっさと買ってしまうだろうし……な」
「そういえば……」
秋山澪が、思い出したように口を開いた。
「むぎが『もうすぐお父さんの誕生日だけど、今年は何にしようか迷ってる』って言っていたなぁ」
みんな、試験勉強のことを忘れて、すっかり考え込んでしまった。
しかし、こんな時にとびきりの才能をだすのが、平沢唯である。
考え込んでたかと思ったら、いきなり叫んだのである。
「そうだ! ねえ『軽音部でしかできないプレゼント』にしようよ!」
「なんだ? 軽音部でしかできないプレゼントって……」
田井中律は、平沢唯に聞き返した。
平沢唯は、こんなふうに言うのである。
「あのね、会社の社長さんって、とっても忙しいと思うんだ。むぎちゃんとも、もしかしたら、あんまり話をしてないかもしれないし……。だから、むぎちゃんの家で、むぎちゃんの歌をプレゼントするの! もちろん、演奏は『放課後ティータイム』でさ。……つまり『むぎちゃんのお父さん誕生日おめでとうライブ』をしたらどうかな?」
「唯! お前……さえてるなぁ」
「唯! そりゃ、いいアイデアだよ」
「唯先輩! すごいです!」
みんな、異口同音に平沢唯を褒めた。
「いやぁ……それほどでも……」
平沢唯は、大テレである。
田井中律が中野梓と秋山澪を順番に見ながら、平沢唯の提案についての補足をした。
「じゃあ、むぎが来たら、さっきの唯のアイデアをどう思うか聞いてみようぜ!」
「そうですね。やるんだったらむぎ先輩から、お父さんのスケジュールを押さえてもらわないといけないですし……」
「会社の社長さんだから、予約しとかなくちゃな!」
みんなの意見がまとまった。
「ごめんなさい。遅れちゃった……」
琴吹紬が、息を切らせて音楽準備室に入ってきた。
自分のカバンをソファーに置くと、いつもの自分の席に座って、みんなに聞いた。
「みんな、休憩して、お茶にする?」
しかし、みんなの返事は違っていた。
最初に、田井中律が聞いてきた。
「むぎ……あのさ『むぎのお父さんの誕生日プレゼント』ってもう決めたのか?」
いきなり予想だにしなかった質問だったので、琴吹紬は大いに困惑した。
「どうしたの? 律ちゃん」
「いや、もう決めたのかなって思って……」
「いいえ、まだ決めてないの。なんにしようかな」
すると今度は、秋山澪が訊ねてきた。
「あのさ、むぎ。ほら、夏の合宿の時、むぎのお父さんに別荘借りただろう。だから、何か、むぎのお父さんに、軽音部から、ちゃんとしたお礼がしたいんだけどさ……」
「もう、みんな気にしなくていいわよ。お父さんもそう言うだろうし……」
琴吹紬は、やんわりとみんなの申し出を断った。
「でもな、むぎ……」
今度は、田井中律の番である。
「一年の時もお世話になったのに、何にもお礼をしないってのもどうなんだろう?」
「そうだよ、むぎ。律の言うとおりだよ。軽音部の部長、副部長としてお世話になったからには、ちゃんとしておきたいんだよ」
秋山澪も琴吹紬の顔を見ながら、説得を続けた。
「もう、律ちゃんも澪ちゃんも、本当に気にしなくていいから。大丈夫だから……」
琴吹紬は、意外と頑固者である。
「じゃあ、こうしたらどうかな!」
平沢唯がうまく話をきりだした。
「むぎちゃんさぁ、『まだお父さんのお誕生日プレゼント決めていない』って言ったよね」
「うん、去年までは手作りの物をあげていたんだけど、今年はいろいろあって、まだ用意してないのよ」
「それじゃあ、むぎちゃん! 『歌』をプレゼントしたら?」
「私の歌?」
琴吹紬は、目をパチクリさせて平沢唯の方を見た。
中野梓も、すかさずフォローを入れる。
「さっき、むぎ先輩が来るまで話してたんですけど、『もしかして、むぎ先輩のお父さんは、いつも忙しくて、あまり先輩とお話していないんじゃないか』って、話してたんです。だから、むぎ先輩の歌をプレゼントしたらどうかなって。もちろん、放課後ティータイムの全員で演奏でやるの」
平沢唯が、再び話をつなげた。
「『むぎちゃんのおとうさんお誕生日おめでとうライブ』だよ!」
「私達も、むぎのお父さんに対し、お礼もできるしな!」
「どうかな? むぎ……」
最後の押しは、もちろん田井中律と秋山澪である。
琴吹紬は、黙ってメンバーの顔を見渡した。
その瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。
(確かに、最近はお父さんとお話はしていないわ)
ちょっと寂しい気がしていた。
でも、みんながこんなにもお父さんのことを気にかけてくれていたなんて思わなかった。
「みんなぁ……ありがとう。それじゃあ、私、お父さんに聞いてみるね」
琴吹紬が納得してくれて、メンバー全員がほっとした。
そこで、今度は琴吹紬の方から、相談を持ちかけた。
「あのね……。唯ちゃんから『私の歌のプレゼント』って言われて、今、思いついたんだけど……確かに、お父さんね……、最近、忙しそうで、家でも全然会えないの。……だから、私ね『なんとかプレゼントだけは手渡したい』と思っていたの」
そこまで話した琴吹紬は、一呼吸置くと話を続けた。
「それでね、ちょっと前まで、私、ハンバーガー屋さんでバイトしてたでしょ! そのバイト代があるから、みんなにお願いがあるの……」
琴吹紬は、一体何を思いついたのか?
みんな、彼女の言葉に耳をかたむけている。
「『私の歌』をCDに録音して、お父さんに渡したいの!」
『むぎの歌を……』
『CDに録音?』
田井中律と中野梓、秋山澪と平沢唯が、そろって別々に琴吹紬の言葉を繰り返した。
「うん!! それってとってもいいよ!」
「絶対、むぎ先輩のお父さん喜びますよ!」
平沢唯と中野梓は、琴吹紬の提案に大声で賛成した。
「……でも、バイト代とどう関係があるんだ?」
「あっ……律、レコーディング代のことだよ」
「そうか、スタジオで録音するからか……」
田井中律は、秋山澪の説明に納得した。
「みんな、協力おねがいできるかしら?」
琴吹紬のお願いに、田井中律と秋山澪はそろって答えた。
「なにを、今更言ってるんだ。むぎ!」
「私達が断るわけがないだろう。むぎ!」
「でもね、お父さんの誕生日は、再来週の日曜日なの……」
「えっ……それじゃ、実力模試が、来週の火曜と水曜だから……」
「残りは、木曜と金曜と、土曜の3日間だけってこと?」
「そうなるな……」
田井中律と平沢唯と秋山澪は、順番に日数の確認をした。
みんな、考え込んでしまった。
どうせなら、少しでもいい演奏を録音したい。
しかし、最近は勉強が主のために、楽器の音合わせをしていないのだ。
しかも、「桜ヶ丘高校」の鬼の校則がある。
『赤点を取ったら、次の追試で合格するまで、部活動禁止!!』である。
軽音部には、一番の問題児が、一人いるのだ。
「頑張るから! 私、頑張るからね!」
平沢唯は、琴吹紬の顔をみて声をかけた。
「絶対赤点は取らないようにするから……むぎちゃん! むぎちゃんに迷惑かけないように、絶対頑張るからね!」
平沢唯の決死の覚悟に、秋山澪と中野梓が答えた。
「よし、しばらくは、唯の勉強の集中特訓だな!」
「一年生の部分は、私でも教えられます!」
「澪ちゃん……。あずにゃん……」
「私だって、教えられるぞ!」
いきなり田井中律が手を挙げたが、これを秋山澪が却下した。
「律。今回だけは冗談ですまない! もし間違えたら、むぎにも、むぎのお父さんにも迷惑がかかる! ……律。お願いだから、今回は邪魔しないでくれ……」
田井中律はほっぺたをふくらませて、抗議をしたが受け入れられることはなかった。
琴吹紬は、今日あった出来事を思い出しながら、夕食の時、父親に相談をしたのだ。
「お願いというのは……」
少しモジモジしながらも、しっかりとした言葉で琴吹紬が話し出した。
「再来週の日曜日、軽音部のみんなを家にご招待したいの。……お父さん、いいですか?」
「……軽音部の友達を、……か?」
「うん、実は、前から軽音部のみんなにお願いされていたんだけど……。夏休みに、お父さんの別荘を合宿で貸してもらったことがあったよね」
「あぁ。そうだったな……。あの時もいきなり紬にお願いされたんだったな」
紬の父親も、娘に言われて思い出した。
あの時も夕食の時間に、娘からお願いされたのだった。
たまたま空いている別荘があったので娘に貸してやり、必要だと思われる音楽機材も別荘へ運ばせたのだ。
「それでね、軽音部のみんなは『別荘を貸してくれたお礼がしたい』って言っているの」
「……そんな事、気にしなくていい」
紬の父親は、少し照れた表情で、娘の話を遮った。
母親は、黙ってにっこり笑いながら、親娘の会話を聞いている。
琴吹紬は、笑いながら話を続けた。
「いえ、私もそう言ったんだけど、そしたら、部長の律ちゃんが『それじゃ、むぎのお父さんの誕生日っていつ?』って聞いてきたんです」
「……私の誕生日?」
いきなり自分の誕生日の話になり、紬の父親の声が半音上がった。
(そうか。再来週の日曜日は自分の誕生日だ。まったく失念していた。しかし、なぜ紬は私の誕生日に軽音部を招待するんだ?)
琴吹紬は、不思議そうに見つめる父親にむかって話を続けた。
「はい。私が『再来週の日曜日よ』って言ったら、唯ちゃんと澪ちゃんが『むぎのお父さんのお誕生日に、今までのお礼を兼ねて、私の家で「お父さんお誕生日おめでとうライブ」やりたいんだけど』って言ってきたの。……なんだか話が決まっていたらしくて、軽音部のみんなが『むぎちゃん、いいでしょ』って話になって、律ちゃんから『お父さんに聞いておいてくれ』って頼まれたの」
紬の父親はびっくりした表情になったが、娘の嬉しそうな顔をみて、照れた表情になった。
「わかった。その日は家にいるようにしよう。お礼の方はどうでもいいが、紬のお友達が来るのだから、挨拶ぐらいはしなければいけないだろう」
紬の母親は、そんな親娘の会話を微笑ましく見ていた。
「斉藤さん。再来週のお父さんの誕生日のパーティーの用意に、紬さんのお友達も入れて、準備しておいてください」
「かしこまりました。奥様」
執事の斎藤は、うやうやしくお辞儀をした。
琴吹紬は、自分が歌うことについては、うまくごまかしながら、話さなかった。
おそらく、当日までの秘密にしておくつもりだろう。