無事に実力試験も終わり、いよいよ本格的に『軽音部』としての活動を再開させることになった。
2日目の試験が終了した、その日の放課後。
中野梓は息を切らせて、廊下を急いで走りながら、音楽準備室へ向かっていた。
右手に教科書などが入ったカバンと、左肩から背中に担いだ、愛用のギター『ムスタング』を揺らしながらである。
「もう『純』ったら、日直の仕事サボって、先に逃げちゃうなんて……。明日、ガツンと言ってやるんだから!」
ずいぶんとお怒りである。
中野梓と鈴木純は、同じ中学出身の同級生である。
今は『ジャズ研部』に所属している鈴木純だが、後に中野梓と同じ『軽音部』へ移籍することになる。
校舎の3Fにある音楽準備室まで駆け上がってくると、中野梓は、扉の前で「ハアハア……」と、息を整えた。
「すみません。遅くなりました……」
勢いよく扉を開いた中野梓は、2年生メンバーが、音楽準備室の正面奥にあるミーティングをするテーブルで、顔を近づけあって話し合っているところに出くわした。
「あっ、あずにゃんが、来た!」
平沢唯が、先に中野梓に気づいて手を振って呼んでいる。
「おおっ、梓。ずいぶん遅かったな」
「すみません。日直の仕事があって、遅くなっちゃいました」
秋山澪の質問に中野梓は、自分のカバンを部屋の中央にあるソファーの上、並べてある2年生メンバーのカバンの横に並べて、ギターの『ムスタング』をソファー近くの壁に置きながら答えた。
ミーティングをする机の自分の席に座った中野梓は、机の真ん中にあるメモを見た。
メモには『ふわふわ』『ホッチキス』『ふでペン』とあり、最後に『?』とある。
「先輩たち、なんの相談をしていたんですか?」
「いやな、土曜日のレコーディングの曲順決めをしていたんだ」
「ああっ、そうなんですか」
田井中律が、中野梓の質問に答えた。
「この『?』ってなんですか?」
「あのな、むぎがな『梓が来てから話す』っていうんだ」
「えっ、そうなんですか」
田井中律は、そう言うと、琴吹紬の方を見た。
「むぎ、全員揃ったぞ。さあ、教えてくれよ」
琴吹紬はちょっと下を向くと、恥ずかしそうに話し始めた。
「あのね、私ね『お父さんへのプレゼント』として、バラード曲を新しく作ったの」
「えっ……。バラードを……か?」
「うん。……それでね、歌詞を澪ちゃんにお願いしたんだけど『まずは自分で作ったほうがいい』って言われて、いろいろ歌詞を考えたの」
ここで、秋山澪が、琴吹紬の話を補足した。
「むぎから、試験日初日の昼休みに、その原稿と楽譜を預かって、そのメロディーに合って、むぎの原詩にそった言葉で歌詞を作ったんだ。……ほら、補作詞ってやつだよ」
田井中律は、やっと秋山澪と琴吹紬の隠れたやりとりがわかった。
琴吹紬は、みんなの顔を見渡しながら、話を続けた。
「あのね……、バラードは私の弾き語りで歌いたいんだけど……。みんな、いいかな?」
琴吹紬を除く他のメンバーは一斉に賛成した。
「もちろんいいさ! むぎの歌のレコーディングだしな」
「うわぁ、バラードですか……。早く聞いてみたいです」
田井中律と中野梓は、少し興奮した様子で答えた。
今度は秋山澪が、みんなの方を見渡して、話しだした。
「まだ、歌詞の最後の部分が決められなくてさ、むぎと相談しなくちゃいけないんだけど……。それと、曲のタイトルも決まっていないんだよ」
「えっ、題名、決めてないの? むぎちゃん」
「うん。……いろいろ考えたんだけど、しっくりこなくて……」
平沢唯の驚いた声と、それに対しての琴吹紬の答えである。
「大丈夫ですよ。ゆっくり考えていいんじゃないですか? まだ時間はありますし……」
中野梓が、琴吹紬に対して、アドバイスを送った。
「うん、そうね……。あずさちゃん、ありがとう」
琴吹紬は、笑顔で中野梓にお礼を言った。
「じゃあ、今から、『ふわふわ』『ホッチキス』『ふでペン』の練習しようぜ」
『オーッ!!!』
田井中律の提案に、他のメンバー全員が、声を揃えて賛成した。
『軽音部』のメンバーは、おのおの席を立ち上がると、早速、自分の楽器のセッティングに入った。
彼女たちがセッティングをしている間、軽音部と、そのメンバー紹介をしておこう。
『私立桜ヶ丘高校軽音部』
歴史は、結構昔からあるようなのだが、いつから始まったのかは定かではない。
普通の学校では『軽音楽部』というのが当たり前のようだが、この『桜ヶ丘高校』では、生徒会に提出する、部活動申請書に『軽音部』とあるから、正式に『軽音部』なのである。
何度も廃部の危機にさらされながら、その度に、部として認められる最低人数の4人が集まってくる不思議な部なのである。
現在のメンバーは、5人である。
現2年生メンバーが、『桜ヶ丘高校』に入学したときに『軽音部』は、またも廃部の危機にさらされた。
田井中律が発起人で、秋山澪を強引に参加させ、そこへ琴吹紬が入り、とりあえず3人で、再び『軽音部』はスタートした。
そこに、大きな勘違いで部活入部申請を出した平沢唯がそのまま『軽音部』へ入部をして、正式に『私立桜ヶ丘高校軽音部』が継続されたのである。
翌年の4月、2年生になった4人は、新入生に対して、張り切って部員の勧誘をしたのだが、効果が全くなく、最後のアピールが『新入生歓迎ライブ』、通称『新歓ライブ』の場だった。
そのチームワークの取れた、素晴らしい演奏に感動して、たった1人、入部してきたのが、2年生メンバーの大切な後輩、1年生の中野梓だった。
そして、あるときバンド名がないことに気づき『軽音部』の顧問である、山中さわ子により『放課後ティータイム』というバンド名が命名された。
活動自体は、春の『新歓ライブ』と秋の『学園祭ライブ』がメインの活動発表で、あとは、部室である音楽準備室に集まり、わいわいとおしゃべりをしたり、お茶を飲むことが大半である。
そして、たまにオリジナル曲の練習や新曲の創作をするくらいである。
しかし、彼女達の作るオリジナルの楽曲は、全校生徒に人気がある。
「明るく、元気な曲」のコンセプトで作る彼女達の歌は、みんなの気持ちを楽しくさせる曲ばかりなのである。
メンバーの楽器のセッティングもずいぶん進んできた。
音楽準備室入口入ってすぐに小スペースが作ってあり、その入口のある壁際にドラムセットの位置調整を終えた、田井中律が、今度はチューニングキーを使って、各ボルトを占め始めた。
『ギュッ、ギュッ、ギュッ……。タン・タタン・タタン』
「もうちょっと……かな」
『ギュッ、ギュッ……。タタン・タン・タン』
「うん、こんなもんだろ!」
『田井中律』
軽音部部長である。
担当パートは『ドラム』で、中野梓曰く「少々走り気味」のリズム隊のリーダーである。
ショートカットで、髪留めを使って、おでこを丸出しにしている。
男の子っぽい仕草が特徴だが、メンバー同士の交流のまとめ役である。
飽きっぽい性格の彼女なのだが、このドラムにかける熱い思いは、中学生の時からずっと続いている。
ドラムセットにむかって左側の位置に、秋山澪は、ベースアンプをセットして、チューナー使い、ベースのチューニングを行っている。
『ズン』『ズゥーン』『ズウィーン』『ズウィン』
「おおっ、全部、一発で調整できたぞ! 今日は、いい演奏ができるかもな」
『秋山澪』
軽音部副部長で、影の部長と呼ばれている。
担当パートは『ベース』で、メンバーの中で、唯一の左利きである。
長い黒髪が印象的な綺麗な女の子だが、言葉遣いは田井中律のアドバイスで、男の子っぽい口調で話す。
「目立つのが嫌だ」という単純な理由からベースを始めたが、今では他のバンドにも名が通るほどの実力の持ち主。
あと、オリジナル楽曲のほとんどの作詞を担当している。
この部長、副部長の2人が、演奏中の『軽音部』の楽曲の土台を作り支えている。
ドラムセットにむかって右側の窓際近くの位置で、愛用のキーボードを台座にのせ、電源を入れた琴吹紬は、軽く音を出してみている。
『フゥァー、フュァーン、タラララララン』
「もうちょっと、音を絞ったほうがいいかな?」
『タン、タララララン。タン』
「よし、こんなものかな……」
『琴吹紬』
担当パートは『キーボード』である。
平沢唯は、彼女の印象を「おっとり、ポワポワ」と表現している世話好きな女の子。
幼い頃からピアノを習っており、コンクールにも入賞経験がある実力派。
中野梓曰く「どうして、軽音部にいるのだろう」と思われるほどである。
前にも述べたが『軽音部』の楽曲のほとんどを、彼女が作曲している。
メロディアスな曲が多いが、秋山澪の作る詩とよくマッチし、聴く者のハートに直接響く曲を作る。
ドラムセットの前に陣取る、ギター隊の平沢唯と中野梓は、ギターのチューニングを行っている。
『ビュゥィーン、ビュィーン、ギュィーン』
「チューニングは、こんなもんかな?」
「唯先輩、チューナーはやっぱり持っておいたほうがいいですよ」
「大丈夫だよ、あずにゃん。ほら!」
『ギュイーン、テケ、テケ、テケ、テケ』
「もう、グループサウンドですか!」
『平沢唯』
担当パートは『リードギター』で『メインボーカル』を務める。
「天然のドジっ子」という表現がぴったりの女の子である。
高校生になってからギターを手にした全くの素人だが、一度耳にしたメロディーを、即興で弾くことができるし、チューナーを使わずにギターのチューニングができる絶対音感の持ち主。
しかし音楽用語や知識が全くなく、中野梓曰く「すごいのか、すごくないのかよくわからない」人物。
愛用のギターを『ギー太』と名づけて溺愛している。
『中野梓』
担当パートは『サイドギター』である。
ツインテールの髪型が印象深い、メンバーの中で一番のおチビさんである。
幼少の頃、ジャズをやっている両親の影響でギターに興味を持ち、それ以来ずっとギターをやってきた。
平沢唯よりギターテクニックがあるのだが、平沢唯の強引な「リードギターやりたい」という主張のために、サイドギターを担当することになった。
しかし、今では平沢唯の演奏を支える、重要なパートとして誇りに思っている。
「よーし、みんな、準備できたか?」
田井中律は、メンバーのセッティング状況の確認をとった。
「準備いいぞ!」
「こっちも、いいわよ!」
「準備、オッケー!」
「こちらも、準備できました!」
秋山澪、琴吹紬、平沢唯、中野梓が、それぞれ順に返答した。
「よーし、それじゃ、最初は『ふわふわ』からいくぞ!」
「ワン・ツー・スリー・フォー! ワン・ツー・スリー!」
『ジャ、ジャラ! ジャラジャラ、ジャッジャン! ジャララ、ジャララ……』
平沢唯のリズミカルなギター演奏が始まり「放課後ティータイム」の楽曲『ふわふわ時間』から練習が始まった。
『ふわふわ時間』
この曲は『軽音部』として、中野梓を除いた2年生メンバーが最初に作ったオリジナル楽曲である。
当初、歌詞はなかったのだが『学園祭ライブ』に出演するために、急遽、秋山澪が詩をつけた。
好きな人に、声をかけられずにいる女の子の気持ちをメルヘンチックに歌った曲である。
基本は平沢唯のボーカルなのだが、希に、秋山澪もボーカルを務めることがある。
メンバーが特に思い入れのある曲のようで、ライブのスタートやトリの曲に選ぶことも多いようだ。
『ジャ、ジャーン、ジャン!』
『ふわふわ時間』の1回目の演奏が終わった。
みんな、ちょっと渋い表情の今一つという感じの顔である。
「微妙にリズムがあっていないな……」
秋山澪の意見である。
平沢唯が、秋山澪の意見に自分の感想を言った。
「澪ちゃん、ちょっと、私のギターが遅れ気味なのかな?」
「うーん、少し遅れているかなぁ」
「でも、大丈夫ですよ、唯先輩。コード間違いの箇所はなかったし、何回か演奏したら、バッチリになりますよ」
中野梓が、平沢唯の演奏に対する、自分の感想を言った。
「じゃあ、もう一回な!」
田井中律は、もう一度演奏することにした。
『オッケー!』
「ワン・ツー・スリー・フォー! ワン・ツー・スリー!」
『ジャ、ジャーン、ジャン!』
『ふわふわ時間』の2回目の演奏が終わった。
今度はメンバー誰もが、少し満足したような顔になった。
「ちょっと良くなったか?」
秋山澪が、みんなに聞いた。
琴吹紬と、中野梓が今度は感想を言った。
「うん、1回目よりは、良くなったみたい」
「はい。唯先輩も調子戻ってきているみたいです」
「よーし、まず今日は、『ふわふわ』が、完璧に演奏できるまで、練習するぞ!」
『オー!』
田井中律の掛け声に、他のメンバー全員が、元気よく答えた。
久しぶりに、音楽準備室の空間に、元気な音楽が流れている……。