けいおん! 最高のプレゼント   作:熊さん

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「紬と母親」

 『ふわふわ時間』を何度か繰り返し練習しているうちに、ずいぶん演奏が合うようになってきた。

 1回演奏しては、感想や気づいたところをメンバー同士が出し合い、今度はその点を注意しながら、再び演奏する。

 「放課後ティータイム」の演奏練習のスタイルである。

 個人個人のパートメロディーを、理解していなければアドバイスもできない練習法である。

 

 

 

 「おおーし、今日の練習はこれまでにしようぜ!」

 

 田井中律は、額の汗を拭いながら、メンバーに提案をした。

 

 「結局『ふわふわ』の練習だけで終わっちゃいましたね」

 「そうね。でも、ずいぶんうまく演奏できるようになったわ」

 

 中野梓と琴吹紬が、笑いあいながら、話した。

 

 「やっぱり、しばらく『ギー太』に触っていなかったから調子が出なかったよ」

 「でも、唯は、絶対ギターコードを忘れていると思っていたけど、そんなことなかったな」

 

 秋山澪は、平沢唯が『ひとつ覚えると、みっつ忘れる』性格を心配していたのだが、そんなことが今回起きなくて、正直ほっとした。

 

 「あと練習できるのは2日間だけだからな。みんな、家で各自練習しておこうぜ」

 

 再度の田井中律の提案に、みんな賛成して、水曜日の練習は終了した。

 

 

 

 メンバー5人で揃って下校する、帰り道のことである。

 家でも自主練習するために、持ち運びのできる、ギター、ベース、キーボードを肩から担ぎ、ドラムのスティックは、カバンに入れて、メンバー5人は通学路を歩いていた。

 しばらくして、先頭を歩く秋山澪が、隣を歩く琴吹紬に相談をした。

 

 「むぎ。バラードの歌詞のことなんだけど……、最後の部分は、やっぱり、むぎが考えてくれないか? あの曲の最後は、メロディーが一番盛り上がっていくところだから、絶対にむぎの気持ちが一番伝わるところだと思う……。他の人の言葉を使わないほうがいいと思うんだよ」

 

 秋山澪の提案に、琴吹紬は、少し下を向いて考えながら答えた。

 

 「そうね……。でも、うまく言葉に表現できないの」

 「まだ時間があるんだし、少し間が空いたほうがいいこともあるよ」

 「……わかったわ。澪ちゃん頑張ってみるね」

 

 秋山澪と琴吹紬の会話を、2人の後ろを歩く他のメンバーは、黙って聞いていた。

 2人の話が終わったところを見極めて、中野梓が秋山澪に聞いてみた。

 

 

 「むぎ先輩のバラードって、どんな感じの曲なんですか?」

 

 

 実は、さっきから田井中律と平沢唯もこの質問をしたかったのだ。

 すると秋山澪は、いきなりみんなの方に振り返ると、興奮したように、身振り手振りを交えて話しだした。

 

 「最高だよ! もういきなり出だしのイントロから、ここにズドンと響いてくるんだよ」

 

 そう言うと、笑顔で、自分の胸を拳で叩いてみせた。

 

 「はやく、みんなにも聞いてもらいたいよ。とにかくすごい! の一言だよ」

 

 秋山澪から、最高の褒め言葉をもらった琴吹紬は、顔を真っ赤にさせて、恥ずかしがった。

 

 「澪ちゃん……。そんな大げさな……」

 「大げさなもんか! ほんとにそう思ったんだから……。だから、補作詞の難しかったことっていったら、大変だったよ。ホント」

 

 田井中律は、秋山澪の話に、歩きながら質問した。

 

 「作詞に慣れている、澪でも大変だったのか?」

 「うん、ほら、バラードっていうジャンルは、歌い手の感情だけじゃなくて、思いとか色々伝える曲が多いだろ。実際、曲自体は最高だから、歌詞の出来次第でその曲を壊してしまう可能性もあるからな……。ほんとに、難しかったよ……」

 

 秋山澪は、琴吹紬から原詩と曲の楽譜を預かってからの苦労を、思い出すように答えた。

 

 「むぎちゃんの作ったバラード……。どんな曲かなぁ? 早く土曜日にならないかなぁ!」

 「おい、唯。その前にレコーディングする曲の練習が先だぞ!」

 

 秋山澪は、すこしボーッと空想している、平沢唯に注意した。

 

 「わかってるよ、澪ちゃん。今日から家でも『ギー太』に触れるんだし、ちゃんと自主練習するからね」

 「わかっていればよろしい……!」

 

 なぜか先生口調で言葉を返した秋山澪に対して、みんな苦笑した。

 

 

 

 みんなと別れたあと、帰りの電車の座席で、傍らにキーボードの入ったバッグを置いた琴吹紬は、秋山澪からもらった「補作詞済みの歌詞」を何度も口ずさんでいるのである。

 しかし、曲の最後の四小節の部分に当たる、歌詞がない。

 その最後のところに来ると、琴吹紬は口ずさむのをやめて、じっと、その空白部分を見つめていた。

 

 (……どんな言葉がいいんだろう……)

 

 琴吹紬の頭の中には、何度もこの言葉が繰り返されていた。

 やがて、顔を上げた琴吹紬は、窓の方を見て、流れていく車窓からの景色を、ぼんやりと眺めていた。

 

 

 

 家に着いた琴吹紬は、出迎えのメイドに挨拶をして、自分の部屋に行くと、荷物を部屋に置き、部屋着に着替えた。

 そうしていると、ドアをノックする音が聞こえた。

 

 「紬お嬢様。御夕食はいかがいたしますか?」

 

 部屋の外から、執事の斎藤が、伺いに来た。

 

 「今、行きます。ちょっと待ってて」

 「かしこまりました。では、ダイニングルームでお待ち致しております」

 

 そういうと、斎藤は部屋の外で、ドアに向かってお辞儀をすると、ダイニングルームにむかった。

 

 

 琴吹紬の部屋は、左右対称になっている屋敷2Fにある。

 中央にエントランスと階段があり、左側に4つの部屋がある。

 その一番左端が琴吹紬の部屋になる。

 夜にピアノを弾くことがあるため、2F左側にある4つの部屋の内、紬の部屋以外の3つの 部屋は、誰の部屋でもない空室である。

 エントランスを挟んで、右側には、父親と母親の寝室、書斎の部屋があり、会議室のような、2部屋をぶち抜いたほどの大きな部屋が1つある。

 

 琴吹紬は、部屋をでて右を向くと、1つ部屋を挟んで、2Fエントランスへ進んだ。

 右手に1Fへ降りる右回りの大きな螺旋曲線の階段がある。

 

 琴吹紬は、急いでその階段を下りていった。

 階段を下りると、とても広い玄関エントランスになり、左右に大きなドアがある。

 玄関エントランスからみて、左のドアは応接室へ行く扉で、右がダイニングルームとなる。

 

 右側のダイニングルームの扉を開けた琴吹紬は、正面にある20名は一緒に座れる、細長いダイニングテーブルの左側を進み、一番奥の席に座った。

 座った左側の、いわゆる主催者席が、通常、紬の父親が座る席である。

 そして、自分の正面の席には、紬の母親が座るのである。

 

 

 琴吹紬が席に座ると、左手の壁側にあるキッチンへのドアが開き、斎藤が冷たい水が入ったウォーターピッチャーを持って入ってきた。

 

 「お帰りなさいませ」

 

 琴吹紬に挨拶をした斎藤は、紬の前にあるウォーターグラスに、水を注いだ。

 

 「斉藤さん、ただいま……斉藤さん、お父さんとお母さんは、お食事は済んだの?」

 「いえ、旦那様は、今日は遅くなるというご連絡がございました。奥様は、少し遅れますが、もしお嬢様が、自分より先にお帰りになられたら、先に食事を出しておくように、との伝言をいただきました」

 「……そうですか。それじゃ、お母さんが帰ってくるまで、食事を待ちます。」

 「……かしこまりました。では、何か、温かい飲み物を準備しましょう」

 

 そう言うと、斎藤は、出てきたドアから、奥に引っ込んだ。

 

 

 琴吹紬は、目の前にユラユラとなびいている、テーブルキャンドルをボーッと見つめていた。

 

 (今週は、まだ家族揃っての食事がないなぁ……)

 

 そんなことを考えていたら、斎藤が、再びドアから出てきて、ロイヤルミルクティーの入ったポットと、ティーセットを、琴吹紬の前に準備した。

 

 「お待たせいたしました」

 

 斎藤は、琴吹紬の前で、ティーカップにロイヤルミルクティーを注いだあと、一歩下がった位置で、待機の姿勢を取った。

 ティーカップに何度か口を運び、体が少し暖かくなってきた頃、右側の入口ドアが開いて、紬の母親が入ってきた。

 

 「紬さん、ごめんなさいね。待たせちゃったわね」

 

 そういうと、着ていたオーバーコートを脱ぎながら、紬の席の前まで歩いてきた。

 多分、帰ってきたとき、玄関でメイドから、紬が食事をせずに待っていることを知らされたのであろう。

 斎藤は素早く移動をして、紬の母親からオーバーコートを受け取ると、母親の席の椅子を下げて、座れるようにした。

 

 「お母さん、お帰りなさい!」

 「紬さん。ただいま!」

 

 お互いニッコリと微笑み合うと、紬の母親は、傍らで待機している斎藤に、話しかけた。

 

 「……では、斉藤さん。食事をお願いします」

 「かしこまりました。奥様」

 

 そう言うと、斎藤は、オーバーコートを手早くハンガーに掛けると、キッチンのドアに入っていった。

 

 

 夕食の内容は、魚料理がメインのフランスコース料理だった。

 普通フランス料理は、1品1品の量が少ないのだが、琴吹家では、娘である紬の分だけ量が違う。

 父親が「量を食べれないものは体力もつかないし、何でも継続して続けることはできない」という考えで、娘の紬にも、それを実践しているのである。

 現に、琴吹紬は『軽音部』で、一番の力持ちである。

 

 

 「紬さん、どうしたんですか? 何か学校であったんですか?」

 

 食事をしながら娘の様子を見ていた、紬の母親は、少ししょんぼりしている様子の娘を見て、気になって声をかけた。

 

 「ううん。違うよ、お母さん。なんでもないよ。……ただ『お父さん、また最近忙しそうだな』って思って……」

 

 琴吹紬は、フォークとナイフをテーブルに置いて、母親の問いに答えた。

 

 「紬さん、大丈夫ですよ」

 

 紬の母親は優しく微笑むと、自分も食べる手をやめて、話を続けた。

 

 「お父さんは、お誕生日の日にお仕事が入らないようにする為、今のうちに仕事をやっておくつもりなのよ」

 「お母さん、それ本当?」

 「ええっ、本当ですよ。ちゃんと、お母さんも、お父さんに確かめたから……。だから、紬さん。お父さんのお誕生日ライブのこと、よろしく頼みましたよ。お父さんも、お母さんも、紬さんのお友達に会えるのを楽しみにしていますからね」

 

 母親からの、思いがけない父親の様子を聞かされて、琴吹紬は、とたんに明るい口調になった。

 

 「ありがとう、お母さん。『軽音部』のみんな、今、一生懸命に練習しているから、楽しみにしていてね。あっ、そうだ。お父さんにも、そう伝えて、お母さん!」

 「はいはい、ちゃんと伝えますよ」

 

 再び、食事に戻った2人は、その後、最近あった自分が面白いと感じた話を、笑いあいながら会話した。

 執事の斎藤は、笑顔で食事の進行状況に気を配りながら、今度初めて琴吹家を訪問する『軽音部』のメンバー達に対しての、もてなしの段取りを考えていた。

 

 

 外は、だんだん雲が厚くなってきた。

 もしかしたら、雪が降り出すかもしれない。

 食事を運びながら、窓の外を見た斎藤は、そんなことをフッと考えた。

 

 

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