ブレイククラッカーズ   作:silofuku

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ファイターズ・ウォークライ - 08

ジェムズガンのマルチランサーがイフリートの右胸を深々と抉った。

突進した勢いで、ヒートソードを握った右腕が肩から千切れとぶ。

通常であれば勝負が決するダメージであったが、ブレイクデカールはそれを認めなかった。

 

「これでまだ倒れないのか!」

 

「俺のヒートソードが!」

 

自機の腕がもげるのを見た瞬間、アントンを支えていたものがぶっつりと途切れた。

途端脳裏に忍び寄る敗北の二文字。蘇る苦い記憶。もう二度と味わいたくないあの惨めな体験。

負け続ける程に歪んでいく己のプライド。そんな時、自分に差しのべられたのは…

 

「ああ…うわあああ!!」

 

ジェムズガンに背を向けると回避も被弾も考えずに逃げ出すアントン。

 

負けたくない、負けたくない!もうあんな気持ちになるのは嫌だ!

そうならないために!勝つために手に入れたのがブレイクデカールだったはずなのに!

どうしてこうなった!どうしてこうなってる!

 

ぐちゃぐちゃになった頭で答えの出せぬままアントンは逃げる。

その行為が敗北を認める事だという事実ですら認識できず、彼は半狂乱でフィールドを駆けた。

 

「なんだそりゃ…」

 

スレードは呟く。

 

「なんだそのザマは!!!!」

 

ジェムズガンはブーストを最大に噴かすと、ふらつきながら先を行くイフリートへ高速で詰め寄る。

スレードに怒りが込み上げる。それはもちろん対戦相手のアントンへの不甲斐なさでもある。

今まで散々こちらに勝っておいて、自分が負けそうな時にこんな姿を見せられた事への憤慨。これもある。

だがそれ以上にそんな相手に負けていた自分への怒り、今まで溜まりに溜まったアントンへの鬱憤。

イフリートの逃げをきっかけに、押さえつけていた様々な感情がスレード自身でも抑えきれぬほどに沸き立つ。

 

目の前に迫ったイフリートへ手持ちのライフルとビームバズーカを乱射するジェムズガン。

被弾しながらも逃げ続けるイフリート。

最早それはバトルの体をなさない一方的なワンサイドゲームだった。

じわじわと減っていくイフリートのゲージ、もう少しでその体力は尽きる。

デカールの力でも覆す事はもう出来ない。モニターの表示はアントンへ無慈悲にも現実を突き付ける。

 

「ああクソ!!こんな事があるわけ!!俺は…デカールで!!負けるはずが!!あああ!!」

 

誰へ向けてでもなく喚き散らすアントン。

その時、ビープ音と共にイフリートのモニタにポップアップが表示された。

 

「何だ?」

 

それはアントンも初めて見るものであった。

が、それがどういうものであるかすぐに理解した。

なぜならそれはブレイクデカールを起動する時と同じデザインだったからである。

そこには短い一文が書いてあった。

 

 

さらなる強さと勝利を求める。 YES NO

 

 

それはアントンにとっては願っても無いものであった。

今心から欲していたもの。自分ではどうにもできない状況に差しのべられる救いの手である。

ブレイクデカールにはさらに先があったのだ。まだ戦いは終わっていない。

 

アントンの目に光が戻った。

 

「俺は!負けねえ!!」

 

迷わずにYESのボタンに手を伸ばすアントン。

この状況で誰がYESのボタンを押さずにいられただろうか。

 

そう、例えそれが明確な「悪意」を持って仕向けられていたとわかっていたとしてもだ。

 

 

 

世界が歪んだ。

 

 

 

スレードの画面が、音が、目の前で崩壊し、砕け、再構築され、また歪む。

 

「これはっ…!!ぐぅっ!!」

 

思わずジェムズガンにブレーキをかけるスレード。

まるで車で悪酔いしたような気持ち悪さと嘔吐感が押し寄せる。

頭を振り大きく息を吸うともう一度モニターを確認する。

画像や音声周りの異常は収まっている。モニター表示にも特に異常は無い。

異常は無いが異変は起こっていた。

 

「バトル設定が解除されている…?」

 

モニターは通常画面へと戻っていた。

先程までイフリートととのバトルをしていたはずが、相手とのバトル情報は全て消えている。

 

「どういう事だ!イフリートは!?」

 

先程までイフリートがいた場所を見るもそこにイフリートの姿は無い。

 

「一体どこへ!」

 

レーダーを確認すると自機の遥か後方に機体の反応があった。それは先程イフリートと近接戦をしていた場所である。

 

「一瞬であんな場所に!?いやしかし何故…」

 

レーダーの点は移動をせず、逃げるでもなくじっとそこに留まっている。

先程までの動きとは全く違う。スレードに緊張が走る。

理屈は分からないが本能が警報を発していた。

「何か」が起こったのだ。先程のゲームの異常。

バトル設定の解除、イフリートの場所移動。

間違いなくこちらにとって良い事ではない。

 

スレードの心臓がどっくん、と大きく脈打つ。

呼応するように遠くで雷が落ちる音がした。雨は先程よりも更に強くなっている。

 

「確かめるしかない…か。」

 

レーダーの点へ向かって移動するジェムズガン。視界の先に機影が現れた。

 

「いた!アントン!!」

 

改めてバズーカとライフルを構えるジェムズガン。

 

「いい加減観念しろ!負ける時くらい男らしくしやが…れ?」

 

啖呵を切りかけるもその光景に思わず凍りつくスレード。

そこにいたのは確かにイフリートではあった。だがイフリートではなかった。

自分の千切れた右腕を持つイフリート。その頭部は変形していた。

いや、変形というよりも変容していた、と言うのが正しい。

頭部が上下に分割して大きな口になっていた。そこには牙が生えている。

まるでSDガンダム外伝に登場するMSをモチーフにしたモンスターのようであった。

そいつは自分の右腕を愛おしそうに見つめている。

 

「何だ…これは。」

 

イフリートらしきものはジェムズガンに目をやる。だがすぐに興味を失ったようにまた自分のもげた右腕を見つめた。

 

「アントン!こいつはなんだ!!お前何をしやがった!!」

 

「スレード!?聞こえるのか!?そっちからは通信が繋がるのか!」

 

「何言ってやがる!お前そのイフリートどうなってる!バトル設定変えて逃げやがって!!」

 

「違う!俺はそんな事してねえ!!ボタンを押したら画面にノイズが走って…!!」

 

イフリートが喉からくぐもった唸り声を上げる。それはどう見てもMSのものではなかった。

 

「イフリートが操作を受付けねえんだ!!勝手に動く!

 ログアウトも出来ねえ!!どうすりゃいいんだ!!」

 

スレードは通信を聞きながらもイフリートから目を離せなかった。

信じられないものを見たのだ。

イフリートがにやりと笑った。自分のもげた腕を見て笑ったのだ。

 

「頼む!何とかしてくれ!こいつを…止めてくれぇ!!」

 

イフリートはその大きな口を開けると千切れた自分の腕に噛みついた。

金属のひしゃげる音の後にバキィという重い音が響いた。

自分の腕だったもの咀嚼して、じっくり味わうように噛み砕くイフリート。

それは明らかにプレイヤーが操作するものの動きではなかった。

 

「止めろってったってこいつは…違うぞ。」

 

腕を飲み込み、味を反芻するように首を伸ばすイフリート。

生き物ではないのだから飲み込んだという表現はおかしいのだが、そうとしか表現しようがない。

ゲーム的に言えば取り込んだ、とでもいえばいいのか。

 

ぴたり、とイフリートの動きが止まったかと思うと、つんざくような大きな声でイフリートが叫んだ。

 

「何だ!?」

 

イフリートの見た目にノイズが走る。

するとその表面に貼られているテクスチャが様々に変化していった。

それはMS本来のものから岩や川などオブジェクトのテクスチャだったり、ボタンやアイコンなののメニューのパーツまで節操がない。

さらに頭や腕、体、足のサイズも別々に大きくなったり小さくなったり変動を繰り返す。

まるでイフリートの中で謎の細胞増殖が起こっているように見えた。

 

同時にジェムズガンのモニターが変化し、勝手に設定がいじられてく。

 

「またか!さっきと同じ…」

 

モードが強制的にフリーバトルモードに設定される。

これは本来制限なしでフィールド内にいるものと自由に戦えるモードである。

だが今それは目の前にいるイフリートと交戦可能になった事を意味している。

スレードもそれを即座に理解した。

 

「アントン!本当にこいつ操作できねえんだな!?」

 

「さっきからずっとやってる!でもよぉ!駄目なんだよ!

 通信だってこっちからは送れやしねえ!!」

 

イフリートの変化が収まる。

先程よりも一回り大きな体。再生した腕。

体には所々イフリートの武器が融合している。

それはまるで怪獣のような様相を呈していた。

 

スレードはフィールドからのログアウトを試みるも受け付けられない。

異常は森林フィールド全体に及んでいるようだった。

 

イフリートがゆっくりとジェムズガンへと向き直る。

その体に纏わりつく黒い炎は仄かに紫色に発光し始めていた。

 

 

「終了条件すら分からないが…」

 

ジェムズガンも武器を構えなおす。

 

「やるしかねえみたいだな!!」

 

イフリートが二度目の咆哮を発した。

先程の咆哮とは明らかに違う。

それは獲物を見つけた獣の咆哮だった。

 

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