突然の来訪者に場の空気が張りつめる。
特に状況が読めないピックラックは警戒しながら目の前の状況を見守るしかなかった。
ジェムズガンで乱入してきた男とこの二人。面識はあるようだが、話で聞いたような仲間とも思えない。
それは彼らの態度からも明らかだ。
「またこんなこすい事やってるのかよお前ら。」
乱入者の男は続ける。
「そんなにポイント欲しいなら面倒な事せずに俺と戦いな。」
「ふざけるんじゃねえ!毎度毎度突っかかってきやがって!何度ボコッてやれば懲りるんだてめえは!」
アントンが男を怒鳴りつけた。どうやら二人は何度か戦ったことがあるらしい。
「いいだろそれで。そっちはポイント貰えるんだから。
なんならランクマッチだっていいぜ。
それとも何か、負ける要素の無い俺と戦うのが怖いのか?」
「見ての通り今は他の奴とバトルしてるんだ、邪魔するんじゃねえよ。」
「バトル…ね、おいアンタ。」
男がピックラックに話を振る。
「アンタこいつらがどんな連中か知っててバトルしてんのかい?」
「えっ、いや今日たまたま出会って一緒に遊んでるだけだけど…。」
(あっ、コレヤバイわ。)
ピックラックは嫌な予感がした。予感というよりももうほぼ確信と言っていい。
恐らくこの乱入者はデカール被害者で、被害を受けた後もアントンとカイレーに付きまとっているのだ。
しかも二人の前でこちらに詐欺の事を暴露して未然に被害を防ごうとまでしてくれている。
度々ジェムズガンが目撃されていたのも恐らくそういう事なのだろう。
(なんともありがたくて涙が出そうだ。間が最悪すぎるぞクソッタレ。)
ピックラックは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「こいつらはここらへんで観光客相手に詐欺働いてる奴らなんだよ。
ひっかかりそうな相手見つけては、フィールドの外れに連れてって賭けバトルでポイント奪ってるケチな奴らさ。」
「おい!人聞きの悪い事言うんじゃねえよ!好き勝手言いやがって!」
アントンは男を怒鳴りつけ牽制する。
だが、カイレーの方は既にバトルを諦めたのかふて腐れているのが見て取れた。
ヤバい、このままだとバトルが流れる。せっかくここまで詰めたってのに!
「そうですよ!そんなに悪く言うのはやめてください!失礼ですよ!
俺たちはただ楽しくバトルしてただけなんです!」
ピックラックも複雑な苛立ちを含みながら男に食ってかかる。
助け船を出してくれると思わなかったのか、アントンとカイレーはピックラックの行動に驚く様子を見せた。
先程出会ったばかりなのにどうしてこんなに真剣にこちらを擁護してくれるのか。
理由の知らぬ二人には混乱しかない。
(ここまでやっといてご破算にしてたまるか。
この状況で逃せばもうこの二人とのバトルは絶望的だ。
今までの仕込みを全て無駄にするわけにはいかない。
そのためにはアントンとカイレーのやる気を削ぐわけには!)
「そりゃ今までの話だろ。アンタ俺が来なかったらバトル始めてたはずだ。
そしたらもう遅い。
教えてやるよ。俺もコイツラにひっかかった事があってね。
今のアンタみたいに遊んだ後、一緒にランクバトルした事がある。
そしたらコイツ等の動きが全然違うのさ。きっと手加減されてるぜアンタも。」
(わかった。わかったからもう黙れ。頼むから黙ってくれ。)
ピックラックは喉まで出かかった言葉を飲み込む。
事態は最悪の方向へ向かっていた。
これ以上得意げにペラペラ喋られたらこの白けた空気を覆すのは不可能だ。
逆ギレで押し切るにも限度がある。これでもしブレイクデカールにまで言及された日には…
「しかもこいつらそれだけじゃない、チーターだぜ。聞いた事あるだろ?ブレイk」
「ぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
男とアントンとカイレーは驚いて声の方を見やる。
ピックラックが叫んだ。腹の底から怒気を含んだ声だ。
目は見開き、天を見上げ、拳を握りしめながら吠えていた。
こんな本気で感情の乗った声を聞くことも滅多にない。そこまでの怒り方だ。
「さっきから聞いてればなんですかアンタは!
よってたかって人を悪人にして雰囲気悪くして!
なんですか!もう本当何なんですか!そんなに人の邪魔がしたいんですか!
ふざけるなよお前ちょっとコッチ来い!!!」
「え?あ?え?」
ピックラックは男の腕をむんずと掴むと林の中へ入っていく。
アントンとカイレーは呆気にとられその状況を見ているしかなかった。
と、二人にバトル申請が飛んできた。ピックラックからだ。
「ちょっとこの人と話しつけて来るんで待っててくださいね!!
後でちゃんとバトルやりますから帰らないで下さいよ!!」
「え…あ、はい…。」
怒り収まらぬピックラックの剣幕に飲まれ二人はそう答えるしかなかった。
林の中に消えた男達を見送った後にアントンとカイレーは顔を見合わせる。
「なあ…これ待ってないといけねえのか?」
「…一応はい、って言っちまったしなぁ。待たないといけない…のか?」
あまりの急な状況変化に二人の思考は纏まらない。
考えても彼らの困惑は消えず、とりあえずその場に留まる事にしたのだった。
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「オイアンタ何処まで行くんだよ!この手離せって!聞いてるのかオイ!」
男が叫ぶと、ピックラックは投げ捨てるように腕をほどいた。
「ったく何だアンタベラベラと余計な事捲し立てやがって!!」
ピックラックも男に食って掛かる。
「何が余計な事だ?アンタカモられる所だったんだぞ?
しかも奴らブレイクデカール持ちの札付きだ。」
「知ってるんだよんな事ァ!!」
先程のやり取りを思いだしたのかピックラック語気が強まる。
「知ってる?アンタあいつらの事知っててバトルしてたのか?」
「そうだよ!観光客騙してこすいシノギやってんのも、
ブレイクデカール持ってんのも全部分かってんだよ!」
「…アンタ何者だ?まさか運営の調査員か何かじゃないだろうな?」
男は多少警戒した様子を見せる。
確かにブレイクデカール持ちに近づく物好きなんて極一部の限られた連中なので当然である。
ピックラックは息を整えると改めて男に向き直った。
「俺はピックラック、結論から言えば運営の人間じゃない。
個人的な興味でブレイクデカールを追ってる。
あいつらに接触したのもブレイクデカールの実働データを集めたかったからだ。
…こっちの素性は話したぞ。次はアンタの番だ。」
「…俺はスレード。大体はさっきのやりとりの通りだ。
あいつらにやられてからずっとバトルを挑み続けてる。」
「挑み続けてる…って事は勝ててないって事だな。」
「いや、勝てる。」
強い口調でスレードは言い切った。
ピックラックは思わず鼻で笑う。
「口だけでなら何とでも言えるさ。アンタも随分やられたんだろ?
ブレイクデカール使ったガンプラにどうやって勝つって?」
「勝てるさ。実際イフリート相手には勝てる所まで行ってる。」
「…は?」
ピックラックはスレードの目を見る。その目はこちらを真っ直ぐ見つめ返していた。
嘘をついているようには思えない。
「スレード…でいいんだよな。その話、詳しく聞かせてもらえるか?」
「俺はアントンのイフリートにやられてからずっとあいつらを追ってる。
でもな、最初から奴よりも俺の方が腕は上だった。だがこっちが勝ちそうになると…」
「ブレイクデカールを発動してねじ伏せてくる。」
ピックラックの言葉にスレードは頷く。
「最初は全く動きに付いていけなかった。…ボコボコにされたよ。
だけどそのままで終わるのは癪だろう。何度も挑み続けた。」
「物好きだね全く。わざわざチート野郎に挑むなんてしなくてもいいだろうに。」
ピックラックはあきれ声で答えるも、スレードは意に介さない。
「関係ないさ、相手がチートを使おうが使わまいが。
問題はそいつが倒せるかどうかだ。後は俺の腕の問題だ。」
「何だいバトル馬鹿か。俺にゃわからん世界だよ。
…でもさっき勝てるって言ってたよな。」
「ああ、何度もやる内にアイツの動きがなんとなく読めるようになってきたんだよ。
ここ数戦、実際にデカール使用状態のイフリートと近接でやりあえるようになった。
トドメをさせる所までな。」
「じゃあなんで負けてるんだ?」
「カイレーさ。」
スレードの表情が険しくなる。
「イフリートが負けそうになるとガブスレイが乱入してこっちを潰しにかかってくるんだよ。」
「ちょっと待てよ。乱入ってタイマンでやってるバトルに乱入なんて出来るのか?」
「理屈は知らないがな、それで邪魔されて結局勝ち星は0ってわけだ。」
ピックラックは情報を思い出していた。
アントンとカイレー相手にポイントを賭けて戦うと、
バトル後に実際の賭けた数値が異なっているという報告があった。
そして1vs1のバトルに途中からの乱入。つまり…
「ブレイクデカールはバトル設定部分もいじくれるオプションがある…って事か。」
自分の直感が警告を発するのをピックラックは感じた。
その理由はアントンとカイレーがどうこうといった事ではない。
本当に危険なのはブレイクデカールの性質が自分の想定と異なっている事だ。
本来チートツールとはプレイヤーが自分のプレイングの補助のために用いるもの。
これが基本原則のはずだ。
他プレイヤーとの競合するコンテンツのあるPvPゲームにおいては、他プレイヤーに差をつけるために使われる事が主な目的。
ブレイクデカールもそのためのもの、そのはずだ。だが…
認識がズレている。
ピックラックはそう感じた。
ブレイクデカールのガンプラ強化はチートツールの原則に乗っ取っている。これは明らかだ。
だがバトル設定の強制変更、これは違う。これはチートツールの原則に反する。
PvPにおけるチートツールにはもう一つ原則がある。
それはあくまで「他のプレイヤーと同じルールの勝負の中で優位に立てるようにする」という事だ。
ポーカーでの勝負であろうと、麻雀の勝負であろうと、丁半勝負であろうと、
イカサマはあくまで他のプレイヤーと同じ土俵の上で行われるものだ。その前提を破るのであればチートツールを使う意味が無い。
ブレイクデカールのルール変更機能はポーカーで負けそうになったら相手を直接殺しているようなものだ。
相手を殺してしまえば確かに負ける事は無いだろう。だがそれで勝利を得た者を周りは勝者とは認めない。
そして他者はそいつと戦えばポーカーの手札に関係なく殺されると認識し、挑む事を避けるようになる。
勝負は成立しなくなり、最後は賭場に誰もいなくなる。
PvP向けチートツールを使う奴は相手に負けたくない、相手より優位にいたいという虚栄心と執着力が強い。
ならば殊更同じ土俵で相手を倒して、自分が優位だと見せつける事が大事なのだ。
それをルールごと捻じ曲げてしまえばGBNにおけるガンプラバトルというゲーム自体が成立しなくなる。
デカール使用者が数を増やし、まともなバトルができなくなれば正規プレイヤーはゲームから離れる。
GBNはチーターの遊び場となり、飽きたチーターもゲームを捨て次の遊び場へ。
行きつく先はコンテンツの死だ。
ブレイクデカールは市場のデカいGBNで一山稼ぐためのもの、そう思っていたが…。
ブレイクデカールから微かな香りが漏れ出し始める。
それは悪意という香りだ。
ブレイクデカールというプログラムの先にある製作者の悪意だ。
だがあくまでそれはピックラックの推測にすぎない。今はまだ。
しかしその香りは煙のように思考に纏わりつく。
もし本当に自分の考えが当たっているとして、だ。
ピックラックは呟いた。
「どうしてGBNを壊す必要がある。」
「おい大丈夫かアンタ…ピックラックさんよ。」
スレードが怪訝な顔でピックラックを見ていた。
「ああ、悪いちょっと考え事してた。えっと、どこまで話したかな。」
「ガブスレイが乱入するんでイフリートにトドメをさせないって所まで。」
そうだ、今はそんな答えの出ない問題に悩んでる場合じゃない。
まずは目の前の問題を片づけるのが先だろう。
「じゃあガブスレイが乱入しないなら勝てるのか?イフリートに。」
「勝てるさ。勝つ。」
「それだけじゃ弱い。」
ピックラックはスレードにぐいと顔を近づける。
スレードはそれでも目を逸らさずにピックラックを見ていた。
「根拠を聞かせろ。確実にイフリートを倒せるという根拠。勝てるっつうんなら言えるはずだ。」
「動きの癖。」
スレードは間髪入れずに言い放つ。
「ブレイクデカールで奴のイフリートの機体性能は強化される。
だけどそれでも変えようがないものがある。」
「それが動きの癖か?」
「そうだ。」
「続けてくれ。」
「デカール使った奴と戦い続けて気づいた事がある。
デカールでイフリートの動きは確かに速くなる。目で追うのが難しいくらいにな。
しかしそれが弱点にもなってる。」
「どういう事だ?」
「速すぎるんだよ。俺にとっても、アントンにとっても。
デカール使用後のイフリートの攻撃は力まかせだ。丁寧さが無い。
アントンはデカールの強化を制御しきれないんだ。」
「随分冷静に見てるじゃないか。」
「何度もやられてりゃ嫌でも気づくさ。仕掛けてくる格闘攻撃が直線的すぎる。
恐らくロックカーソルに反応があったらただ切りかかる。
この繰り返しでラッシュをかけて来てるだけだ。
あのスピードだ、他の事がしたくても奴の腕ではそれしか出来ない。
それが俺の出した答えだ。」
ピックラックは黙り込んだ。そして少し考え込み、スレードへ問いかけた。
「本当にそうだとして、それでもアンタがイフリートに勝てる理由にはならない。
教えてくれ、そのラッシュを捌いてアンタが勝てるって思える理由を。」
「右側だ。」
スレードは答えた。
「奴が右手のヒートソードで切りかかった後右側に回ると姿勢制御でこちらを向くまでに左側に回るよりも時間がかかる。
さっきも言ったように奴のラッシュは短調だ。ロックオンされてからこちらに切りかかるタイミングも覚えた。
相手の攻撃を避けて、揺さぶって、右側に回って俺のショットランサーを直接ぶち込む。」
愛機のジェムズガンを見つめ、スレードは肩にマウントした改造ショットランサーを指さした。
「実際それでイフリートをあと一歩まで追いつめてる。
ガブスレイが来て2対1の状況にならないのなら…」
スレードの目に光が宿る。
「勝つのは、俺だ。」
「乗った。」
ピックラックが不敵な笑みを漏らした。
スレードはまだ言葉の意味を理解できずにいた。
「乗ったってどういうことだ。」
「そのまんまの意味さスレード。アンタの勝負に俺を混ぜろ。」
「混ぜろって…。」
「タッグマッチだ。俺がガブスレイを引き付ける。
アンタがその間にイフリートを倒す。シンプルだろ。」
「シンプルって…、お前ガブスレイに勝てるのかよ。
さっきの戦闘見てたけど手加減されて互角だったろ。」
「それはお互い様。」
さらりと返すピックラックにスレードは面食らった。
ピックラックの言葉に淀みは無い。
今までの話、そしてこの言動、目の前の男は少なくとも「真面目」なプレイヤーでは無い。
「ピックラック、アンタがガブスレイと互角かそれ以上に戦えるとしても、
恐らく奴もデカール持ちだぞ。」
「分かってる。一応設定できる範囲でシミュレーションバトルはやってきた。
…勝率は半々以下だけどな。」
「駄目じゃねえか。」
「だから聞きたい。イフリートがデカール使ってから何分持たせればお前は勝てる。」
一瞬の間があった。
「5分…いや3分。」
「5分だな。やってはみるけどあんまり期待するな。
3分くらいなら俺も…なんとかしてみせるさ。」
ピックラックはスレードを強く見据える。
「手はある。」
しばし二人は無言で見つめあった。
最初に口を開いたのはピックラックだった。
「どうだい?」
「乗った。」
スレードは笑みで問いに答える。
二人は互いに破顔すると、自分の愛機を見つめた。
ピックラックに通信が入る。相手はアントンだった。
「なぁ…もう大丈夫か?そろそろどうするか聞きたいんだが…」
「ああ待たせてすみません。話は付きましたのでそちらに向かいます。」
ピックラックはちらりとスレードに視線を向ける。
「詳しい話はそちらで、ね。」