【アンコもどき小説】やる夫と叢雲とステンノは世界を渡りながら世界の危機を回避するようです 作:北部九州在住
真田繁留中尉にとって、その船は過去の遺物でしかなかった。
みねぐも型護衛艦『むらくも』。
その後部甲板にヘリは着艦し、責任者と対面する。
責任者の名前を知っているのは、つけられた隠しマイクの声を聞いていた司波深夜だけであった。
「入即出やる夫。
すごい名前が出てきたわね」
「どなたですの?
お母様?」
状況はよろしくないが、嘉手納基地周辺の安全は確保されている。
その基地司令部シェルターにて、十師族としての特権で入っている司波深雪は尋ね、司波深夜は淡々とそれを語る。
「1990年代の英雄。
そう呼ぶのがふさわしいのでしょうね。
その名前を、十師族は消したけど」
「消した?」
娘の疑問形に、母は淡々と語る。
究極な質である魔法を駆使する魔法師たちにとって量にこだわり続けたその名前は、到底許容できるものではなかったからである。
「一時期、魔界と呼ばれる異世界とこの世界は繋がったらしいわ。
今は途切れたけど、それを途切れさせたのが彼よ」
「どうやって途切れさせたのですか?」
「魔界に核兵器を派手に撃ち込んだの」
冷戦終結時、地球を何百回と焼ける量を持っていた人類は、人類生存を名目にその核兵器の集中使用によって魔界に居る悪魔たちを駆逐したのである。
これで終わるならば、彼はまだ英雄として記録されただろう。
彼がその業績を消されたのは、その先にこそあった。
「彼はね。
その時に既に魔法師の登場を予言し、対魔法師戦術の構築と流布を全世界にばらまいたのよ。
大亜細亜連合の攻撃の大元は、彼の戦略と戦術に行き当たるという訳」
基地司令を始めとした司令部スタッフが居るのに、司波深夜は淡々と語る。
マイクからは、真田中尉と入即出やる夫とのやり取りが聞こえてくる。
「どうしても、支援砲撃は無理ですか?」
「言った通りまずは敵潜水艦の排除、次に制空権の奪還無しには沖縄に近づくのは難しい。
対馬や佐渡の件も知っているのでそちらの苦境は理解しているが、艦隊を預かる者の一人として、むざむざ死地に艦隊を送り込むのは許容できない」
平行線を辿っているが、これについては向こうの言い分のほうが正しい。
向こうは潜水艦と敵空母の艦載機を相手にしなければならないのだ。
「…っ!
九島少将!」
基地司令の声と共に、モニターに国防軍少将の制服を来た九島烈が姿を見せる。
彼は退役し、今は師族会議議長という要職に就いていたのだが、制服を着ているという事は現役復帰したのだろう。
「状況は把握している。
東京の第一師団を動かす準備に手間取っている。
持ちこたえられそうか?」
「嘉手納は長期戦に耐えられるでしょうが、敵の増援が沖縄に向かっています。
橋頭堡を築かれると、嘉手納以南で戦火が長期化しかねません」
「表向きは援軍は送れないが、魔法協会の有志を集めて義勇部隊を編成している」
「おおっ!」
九島烈の言葉も基地司令の感嘆の声も半分以上は芝居に過ぎない。
結局の所、沖縄にその部隊を送る為の制空権が取れていないからだ。
海軍は佐世保と呉の部隊が対馬防衛にかかりきりになり、舞鶴と大湊の部隊は佐渡の戦闘が終わったとは言え、日本海の警備に張り付かねばならない。
横須賀の部隊が出撃して沖縄に到着するのは早くても明後日だ。
今日と明日は手持ちの駒のみで沖縄を死守しなければならないのである。
「司令。
すまないが、向こうの艦隊の入即出提督と話をさせていただけないかな?」
「日本国防陸軍九島烈少将と申します。
そちらの援護と協力に感謝を」
「海上自衛隊入即出やる夫海将補相当官と申します。
この艦隊を預かるものとして、同じ日本人として当然のことをしたまでです」
中継している那覇基地のモニターを誰もが黙ってみている。
写り込んでいる女性士官が恐ろしく美しいと司波深雪は場違いな事を思った。
「率直に申します。
明後日まで、援軍は送れません。
そちらの戦力と嘉手納基地の部隊で、敵軍を挟撃したい」
「お断りします。
明後日に援軍が来るのならば、それまで戦力保持に努めるべきです。
敵の増援は近づいているし、こちらも敵潜水艦と機動部隊の2つを相手にするのはきつい」
嘉手納基地が生きているならば、本土から航空隊を送るだけで敵空母から制空権を奪い返せるのだ。
対馬の戦況を見なければの話だが。
そのために、鹿屋の増援航空隊は足止めされていた。
「長期化は避けられませんが?」
「短期間で事態を解決する瞬間はとうの昔に過ぎているのです。
そちらが対馬を重視するのは理解できます。
ならば、対馬が落ち着くまで、沖縄の戦力保持に努めるしかないでしょう」
九島烈という大物を出しても入即出やる夫は動じない。
大物が出たからこそはったりであるという事を見抜いて、早期解決を放棄させて確実な解決を九島烈に強要する。
艦隊を突っ込ませて、敵を一撃のもとに叩くプランに乗る見込みはなかった。
そして、入即出やる夫を動かせる権限も手札も今の九島烈にはない。
「そちらの望みはできうる限り配慮しましょう」
「協力はしますが、そちらに借りを作るようなものは求めませんよ。
むしろ、そちらのゴタゴタをなんとかして欲しい所ですな」
「返す言葉もないですな」
佐渡では戦闘が終わったが、後始末で手一杯。
大事な魔法関連技術を開示するつもりは最初からない以上、互いの友好と信頼で妥協線を引くしかできないのである。
「大丈夫よ。深雪。
達也が居るもの」
司波深雪は母親のつぶやきを聞き漏らさなかった。
それは事実であり間違っても居た。
司波達也の『質』が戦場で無双するが、入即出やる夫の『量』が戦争を主導する。
それは未だ魔法師というものに立ちはだかる呪いのようなものだった。